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▽レス始

「それからの、それからの、それからのGS達! 2(GS、オリジナル)」

katana (2005-01-27 23:27)


 アシュタロス戦役……
 一人の魔王の増長が巻き起こした惨劇。
 魔王が大魔王サタンに成り代わらんとした欲望の渦が世界を巻き込んで起こった有史以来最大の霊障。
 新たな宇宙創生という途方もないスケールの野望を実現しようと数百年の時をかけて作り上げられていった神・魔・人界全てを掌握するためのシナリオ。  
 創造主にしか許されぬ力を用いて多くの消滅したはずの魔族が蘇り、魔王が宇宙創生の場として選んだ東京を中心として、多くのGS達と渡り合い、神話を現代の蘇らせたかのようなさまざまな英雄譚を残した。


 英雄の一人は美神令子……現代最高、最強のGSとして、あらゆるオカルトアイテムを巧みに操り、魔王を討ち滅ぼす中核となった女傑。
 英雄の一人は西条輝彦……魔王の尖兵を人々の前で数多く滅ぼしたヒーロー。美神令子が魔王を滅ぼす力を蓄えるために尽力したオカルトGメンの鑑たる人物。
 英雄の一人は美神美知恵……オカルトGメンの部隊長としてこの戦役の収めるために最大の尽力をした指揮官。その深慮遠謀と奇策が無ければ、人類は生き延びる事ができなかったのだろうといっても過言ではない。
 この他にも東洋最高の呪術師たる小笠原エミ、名門、六道家の令嬢、式神十二神将を自在に操る六道冥子、ヨーロッパの魔王ドクターカオス、その最高傑作たる人造人間マリア、本来バチカンよりの破門の身ではあるが、その人格が多くの後輩諸氏に慕われる日本最初のS級GSの神父唐巣和宏、未成年の身ではあるが現在世界でもたった4名しかいない白の死霊術士、氷室キヌ……
 神々さえも魔王アシュタロスの策略により力を失い、人々が絶望の中にうずくまった中で……けして希望を失わなかった彼らの手により、魔神は討ち滅ぼされ、世界は秩序と安定を取り戻した。


 だが……彼らに敬意を表し、畏怖と尊敬の目で見る世の人々は知らない。


 仲間と信じていた人々に裏切られ、捨て駒として切り捨てられ、名誉も、命さえも失いかけながらも……それでも世界を守るために舞い戻り、戦いの中で恋人を世界のために見捨てざるを得ない選択をした報われる事を知らない悲しい少年を。
 本当に魔神を討ち滅ぼす要となった無賛の英雄を。
 捨てられた友のために怒り、あえて友のために一人戦う道を選び、彼が帰参した際にその背を守り抜き、心残りが無いようにと事件中心地、東京に現れた魔王以外の全ての悪魔、悪霊を打ち倒した白銀の騎士を。
 本当に人々を守り抜いた無賛の英雄を。
 己の弱さを憎み、己を強くしてくれたかけがえのない友を守り抜くために、ようやく手にいれた愛する女のために、魔王を一時とはいえ押さえ込んだ、赤い鎧に身を包んだ義人を。
 本当に命を懸けて恋人と親友のために我が身を盾にした無賛の英雄を。
 何の力も無いはずなのに、人とも言えぬ、敬遠されて然るべき己を受け入れてくれた奇妙な少年のために、ようやく手に入れた暖かな場所を失わないために……その場所を傷つけた魔王に対する怒りを込めて、義人と手を取り合い戦い抜いた優しき虎人を、美麗な吸血鬼を。


 人々は、知らない。

 本当の英雄は、いったい誰なのかを。

 あの戦乱の中で惨たらしく手折られた恋の花を。

 少年の嘆きを。

 少年たちの自噴と悔恨の怨声を。

 恨み言など一つも言わず、ただ、愛した少年のために正しく命を賭けた心優しき魔族の少女を。

 人々は、知らない。

 彼らが居る事さえも。

 彼女が居た事さえも。


 



「……かくして、史上最大の霊障たる魔王降臨事件、宇宙創生事件……“アシュタロス戦役”は幕を閉じた。

 この事件以来、その解決に尽力した日本を代表するGS達はマスコミから“救世者"と呼ばれ、非公式ながらもバチカンから功一等を認められ“奇跡”の認証を受ける。ここで非公式となったのは破門された経歴を持つ唐巣和宏神父の存在による物が大きいと思われるが、ともかくも彼らは一人も余す事は無く、艱難辛苦を乗り越え勝利と平和をつかんだ者にふさわしい栄華と賞賛を得たのである……いやいや、なんとも素晴らしい話……正にハッピーエンドね」

 朗々と己の持つ本を読み上げる女性に対し、唐巣は心底苦虫を噛み潰した声を上げた。

「……それは私に対するイヤミかね? 百合子所長?」

「ふふ……まさか。世の中は皮肉ってみたいけど……これくらいは許してくれるでしょ? 息子を人身御供に使われた母親なんだし」

 オフィスのデスクで書類仕事に精を出していた唐巣は、その言葉に苦笑いで答えた。そして、ようやく苦笑いで応えられるようになれた事に安堵し、自分のような者の心労までも慮ってくれた彼女に心よりの尊敬を改めて抱いた。

「……返す返すも、彼等に……いや、彼らと彼女には心底申し訳ないと思うよ。私は自分がその本の中で賞賛されている事自体が恥ずかしい……」

 そういって、唐巣は彼女がポン、と自分のデスクにほうり置いた本のタイトルを斜めに見た。


『魔人戦線、その奇跡        オカルトGメン日本支部広報課著』


 これを見る度に叫びだしたくなる衝動を抑えるのに、一苦労したものだった。真実を暴露したくなってしょうがなくなったものだ。

 それをこれまで抑え切れたのは、自分以上に暴走する彼の弟子とその友人を前にしたからだ。果たして、彼が己の弟子と殴り合いの大喧嘩までしたと、日ごろの師弟を知る誰が信じるだろう?

「その件だったらあの子達とさんざん論じ合ったんじゃありません? 私もまさか、神父があの子達一人一人に無抵抗に半殺しにされるとは思いもよりませんでしたけど」

「……ただ単に、彼らに抵抗する事などできなかっただけだよ。もう歳だし、なにより彼らは私なんかよりもよほど強いからね」

 淡々と言葉をつなげるそんな彼に、振り返った女性……横島百合子は四十を過ぎてもなお魅力的な笑顔を浮かべて、瞳だけで彼を柔らかく責めた。

 “嘘つき"と。

 自分の後悔を包む母性に、唐巣は天井を見上げてこみ上げてくる何かを瞳の中に押し込んだ……こみ上げてきた理由には、彼女と同年代の、互いに一児と二児の母であるはずの二人の女性との比較があったりもしたが。

「彼らはもう六道に着いたのかね?」

 メガネを押し上げる手がちょっと震えたのは愛嬌だろう。

「そうですわね。そろそろ時間ですけど……私たちも行きますか? 唐巣顧問?」

「ああ、そうだね。所長」

 自分を顧問と呼んだ女性の取り出したキーを見上げ、唐巣は自分の机にあった書類を片付け始める。神父の自分がこういう仕事をするのもおかしなものだと、彼にこれを頼み込んだ三白眼の弟子の友人に教育の必要を感じながら。

「いやあ、しかしいい天気だね、今日は……」


 《D.H.T.Y.GSオフィス》


 戸締りを済ませ、伸びをしながら机仕事によって凝り固まった我が身をほぐす唐巣の頭上で雑居ビルの白い看板は陽光を照り返す。
 本日はまだまだ雲の侵略を許さぬ秋晴れの空だった。




 一方、ところ変わって私立六道女学院。

 初等部から中等部、高等部、大学部のキャンバスで含めれば、面積が約2・5平方キロメートルと言う、東京に現存する私立の学校にしては破格の広大さを誇るエスカレーター式の女子学校である。

 別段農業学校のように敷地の中に牧場があるわけでもなければ、自動車大学のように構内に様々な研究施設およびサーキットのようなものがあるわけでもないのにこれだけの広さを誇るのは、この学校が日本唯一の、ある特殊教育を行う学校だからである。別に、代々ささやかな事でプッツン切れて周囲にヤケクソな被害を撒き散らし、自分は無傷であるとんでもない式神使いが居るために広大なスペースを必要としているわけではない。

 ……特殊教育、即ち、霊能。

 この学校がやたらと広いのは、将来のGSを育成するために様々に特殊な施設を設けているからだ。

 いわく、霊的格闘用の結界付リング(様々な特殊環境設定あり)。

 ないしは、霊力を練り上げるための瞑想室。

 あるいは、怨霊、悪霊、魔物、呪いなどに始まる様々なオカルトに関する知識を蓄える日本最大のオカルト書物蔵書量を誇る図書館。

 果ては、捕獲した魔獣、悪魔を保管する核廃棄物処理工場真っ青の危ない場所まである。

 などなど、さすがは日本最大(というか、唯一の)のオカルト専門校である。付け加えておけば、これらの施設――プロもわりと頻繁に利用する。

 なんだかんだといっても、個人では到底所有することができない様々な施設だ。六道の卒業生をはじめとして、多くの現役GSがこれら施設を、主に休日や夜などに使用している(それでも男性の入校には様々な規制があるが)。

 その中で、特に頻繁に使用されるのが発禁本(某煩悩絶頂男が喜ぶような意味ではない)まで含む図書館であり、ここは通常の施設とは異なり、生徒は使用に教師の同伴が必要ともされているが、現役スイーパーは許可用の書類にサインすれば結構簡単に使用できたりもする。まあ、さすがに悪魔召還や、危険な術を記した魔道書の類などは厳重に地下禁書室に保管されているが……

 そして、その真逆に日常ほぼ全く使用されないような場所も、やはりある。

 どうにもやるせない話だが、人間だろうと妖怪だろうと、そして施設であろうとも、人気のあるものと無いものは確かに分かれるものだ。

 この六道女学院において、最も人気のない、使用頻度の少ない……そんな寂しくなってしまうような場所。日常、立ち寄る人こそ結構多いが、ほとんどが通り過ぎていくだけであり、随分本気で使用者が少なくてさびしい場所。

 グラウンドである。

 通常、体育会系の部活動などで随分と活躍の機会がありそうなグラウンド君ではあるのだが、あいにくとこの六道女学院は、その名前の通りに女子高である。加えて(例外もいるが)お嬢様学校というやつだった。

 グラウンドというものは大概は球技や陸上競技などに使用されるスペースだが、女子高という事は……共学の学校に比べてスポーツ関係の部活動が結構少ないということである。特に、球技に関しては世間一般から見ても女子が行うものは少なく、フィールドを扱うものは更に希少である。 

 そういうわけで、通常は閑古鳥の大合唱が鳴り響く六道女学院の悲しき校庭君ではあるが……今日、この日に限っては例外中の例外。魂が存在していれば(霊能力者が集う場所なので、その可能性が皆無ではないのが恐ろしい)きっと感涙に咽ばんでいたであろうほどに彼(女?)の上には数え切れないほどの人が集まっていた。

 学院の生徒、中等から大学部までが余す事無く一同に勢揃いしているのである。

 総勢、2200名。

 若さ溢れる女性達は、それぞれがグループごとに分かれて整列し、ある一点に、いまかいまかとのメッセージを込めて、熱い視線を向けていた。


『第一回 六道女学院主催、オカルトGメン・GS協会合同特別講義会』

 

 墨痕見事に書かれた横断幕がさわやかに晩秋の風に翻る……仮設ステージに。  


 



「は〜〜い〜〜、皆さんお待たせしました〜〜! これより〜〜《オカルトGメン・GS協会合同特別講義会》を〜開催いたしま〜〜す〜〜!」

 仮説ステージの真ん中で、この学校の理事長であり、先のアシュタロス戦役の英雄の一人である六道冥子の母、六道冥歌がマイクを片手にノリノリで司会を務めている。それを白い目で見ながら、《D.H.T.Y.GSオフィス》の四人はひどくしらけた気分でいた。

「今回は〜〜! あのアシュタロス戦役の英雄である〜〜オカルトGメンの西条輝彦さんと〜〜その部下のピエトロ・ド・ブラドーさん〜〜! 業界No.1GSの美神令子さん〜〜! その助手でこの学院の大学部に在籍している氷室キヌさんと〜〜! 弓かおりさん〜〜! そして〜〜! 新進気鋭の〜〜! 《D.H.T.Y.GSオフィス》の四人に来ていただきました〜〜!」

 娘に自らの面影を強く残した、実年齢に比べ随分若く見える理事長がいつもの紺色の着物の袖を振るごとに、名前を呼ばれた一人一人が演壇の上にそれぞれ、手を振ったりお辞儀をしたりとアクションを返しながら登っていき、拍手と歓声に迎えられる。

 その歓迎振りは正に熱狂。アイドルのコンサートもかくやと言うべきで、あるいは、ステージ前を埋め尽くす生徒たちの間には興奮のあまりの失神者がいるのではないかと思われるほどだ。

 それもそのはず、今回行われる六道女学院の講義会に呼ばれたのは、今をときめく最新の英雄……《救世者》の面々なのだから。




 ――かの“アシュタロス戦役”が世の人々の心に残した傷跡は実に大きかった。

 それまで霊障というものは、人々の多くにとっては対岸の火事でしかなかった……例えばワイドショーでの異常犯罪特集でも見ているようなところだ。しかし、あの事件でその認識は一変した。

 世界中で悪霊をはじめとする魑魅魍魎が跋扈し、一斉に人々を襲い始めたのだから、それは当然といえる。

 あの歴史上最大のオカルトテロ以来、霊障はどこにでもあり、誰にでも降りかかる身近な脅威になったのだ。

 故にこそ、事件を解決し正しく世界を救ったといえる彼ら《救世者》は誰もが憧れる英雄となったのだ。その《救世者》が目の前に現れたのだから、彼女らの興奮は当然だ。

 事に一段と拍手が激しかったのは、この学園のOGでありアシュタロス戦役でも功一等と言われる美神令子であろう。

 亜麻色のロングヘアを颯爽となびかせ、きびきびと姿勢良くステージを横断して席に着く姿は、その鋭利さを持つ美貌が手伝って見守る彼女の後輩達にため息をつかせずにはいられない。彼女を見る生徒たちの態度は、もはや生き神様を拝む敬虔な信者のようでさえある。

 同じく英雄と呼ばれる西条輝彦と部下の金髪碧眼のバンパイアハーフも、その男っぷりが女子高という日ごろ異性と接触する事のない立場の生徒達にとっては実に刺激的だ。

 それぞれの部下といわれる女性達と言えば、上司のあまりの人気に隣に座るのも居心地が悪そうだがそんな彼女たちも結構羨望と尊敬の目で見られている。特に、この学園に在籍しているキヌとかおりの二人は、嫉妬の目で見られる事も無く憧れの視線こそが二人に注がれている。

 キヌはかの大戦で、それほど大きく取り上げられたわけでもないが最前線で戦った英雄の一人であり、弓かおりも、現在はなにやら高校在学時に出会った彼氏と日々修行を行っているようであり、霊能課の学年主席の座を常に独占している才媛である。

 それぞれ、英雄の下につくには文句の付けようがないと彼女たちを囲む生徒一同は考えているわけだ。

 しかし……それらの熱を含んだ歓声は《D.H.T.Y.GSオフィス》の面々がぞろぞろと壇上に上ると、とたんに事務的になった。

 一応の拍手はしてくれているものの、彼女らの視線は明らかに非好意的である。まるで、貴族の舞踏会に紛れ込んできた乞食を見るような、そんな視線が若者たちの体に四方八方から突き刺さった。

 その冷たさたるや、氷室キヌにピートと言う日ごろ温厚さで知られる二人はついつい四人と生徒たちを見回しておたつくほどである。だが、当の横島たちは、オカルトGメンの中ではピート一人ににこやかに挨拶をして(西条の前では、横島が思いっきり不愉快そうな顔でかっきりポーズをやり、西条も親指を地面に向けて応えていた)、平然と美神達の前を通り過ぎると、何も言わずに静かに席に座り込む。

 当代の英雄である西条を前にして横島が行ったジェスチャーのせいで、生徒たちの視線はいやがおうにも冷たさ、もしくは熱さを増したが、それらの中にひときわ熱い一条の視線があった。

「……あいつら……この私に挨拶もなしとは随分出世したものね……」

 彼らとは個人的にも付き合いの深い、『世界最高のGS』様である。

「ま、まーまー、美神さん、おちついて……」

「そ、そうですわよ、おねーさま。雪之丞達も、こんな壇上ではなかなか挨拶もしづらいでしょうし……」

 キヌと弓かおり、気心知れた二人が何とか彼女をなだめようとするが、そもそも彼女は一部を除いて、根本的に人を人とも思わない女である(断言)。

「だったら、なんで雪之丞はかおりちゃんに挨拶していったのかしら……?」

 かおりは、蛇のような『おねーさま』の視線に耐え切れず、思わず自分から少し離れた位置に座る恋人に恨みがましい視線を向けた。当の雪之丞は、正しく藪をつついて蛇を出してしまった恋人の視線の意味がわからずに首をかしげていたが。

 そんなカップル達の様子に苛立ちを増した令子(彼氏いない暦=年齢)は、GS界の先輩にして、元々の雇い主である自分の前を素通りしていった四人(特に横島と頼光)を鋭さが(毒)針にも似た視線で幾度も心臓を突き刺しながら、眉一つ動かさずに平然と前を見る元従業員を見つめ……というよりも観察し始めた。

 まずは何といっても横島忠夫。

 彼女の知る横島は16歳から17歳の一年半を共に過ごした少年だった。

 けして、例えばピートのような目を見張るようなハンサムではないがそれなりに整った二枚目半の顔を、常に様々な煩悩によって情けない表情に彩り、いざ事が起これば真っ先に逃げ出すか諦めてしまい、その度に令子を始めとする周囲にいる美女(何故かこの男の周りには美女が多い。令子は、雇い主である自分の『類は友を呼ぶ』が理由だと思っている)に錯乱しながら飛び掛ってぶん殴られると言う生活を続けていたバイト学生。

 だが、逃げてはいけない場面では、けして逃げなかった少年。

 とある竜神の勧めでGS資格試験を受け、その試験に絡む陰謀に関わった時から少しずつ変わり始めた少年。

 思えば、一体いつの間にやら事件が起こる度に要所要所で実力不相応なほどの活躍をし始め、ここぞという時に戦闘の流れをこちらに持ってくるのは常に彼だったようにも思える。

 事件が起こる度に力を蓄え、術を得て、少しずつ少しずつ弱気で逃げ腰な心が変わり始めた。

 恐ろしい事に立ち向かう事を覚え始めた少年は、あの『事件』の時についに自ら戦う事を選択して、その類まれな才能を開花させた――GSとして。

 そして何よりも、前述したように情けないところばかりが目立つのに、何故か多くの人間に、妖怪にまで慕われる少年。

 美神令子は思う。

 それはきっと、彼が馬鹿すぎて、人と妖怪、幽霊の間に存在する垣根というものが全く理解できないからなのだろうと。


 素敵な馬鹿。


 彼は、きっとそんな存在。そこにいるだけで、周囲が活気付く。彼はきっと、そんな存在。


 ……だが、そんな彼は自分の前から居なくなってしまった。

 自分たち親子のせいで。


 そして次に、そんな彼の相棒……弓の彼氏、伊達雪之丞がライバルならば彼は相棒。

 平賀頼光。 

 ステージの上でぐるり、と首を回して自分の周りを伺う彼は、美形と手放しで表現するにはいたらないまでも精悍さが前面に出た凛々しい顔立ちで、本来は十分に異性の目をひきつけるに足るだろう。だが、今はいかにもイヤそうに己の周りを見回しているために、魅力は全く感じられない。

 そんな彼もまた、横島とほぼ同じように一年半を彼女の元ですごした。

 横島の学校で九十九神を除霊をした事件をきっかけとして転がり込んできた少年は、除霊中に横島を怪我させてしまった事を気に病んで、償いのために事務所の一員となった。けして霊力があるわけでも体力があるわけでもないのに、歯を食いしばって自分達についてき続けた。

 美神の非常識具合に唖然とし、横島のセクハラに完全と立ち向かい(笑)、おキヌとお茶を飲み……唐巣の、主にとある姓を持つ女性たちに関する愚痴を聞いたり、唐巣に、主にとある姓を持つ女性たちに関する愚痴を三時間ほど言ったりして(例えば美神とか、もしくは六道とか)過ごす一ヶ月……霊障を体験する度に、横島ほど表に出してはいなくとも、内心ではどっこいに怯えながら日々を苦労してやり過ごしていた。

 いつの間にやら、他の仲間たちの破天荒さに常識的な見地からツッコミを入れるポジションが確立され、唐巣とピートの師弟に『美神除霊事務所の良識』と言われる様にもなり、少しずつ事務所内の居場所を作り上げていった。美神と横島には、特定の分野の口論で煙たがられていたが。

 その頼光の人生における転換期が、美神がパワーアップのために訪れた妙神山修業所で起こった。

 横島と美神のメチャクチャな反則修行によって破壊された修行場の修繕を、二人をとめる事が出来なかった申し訳なさから(バイト代目当ての)横島とともに手伝った際に巡り合った出会い。

 当人曰く、天の采配たる出会いをきっかけに、彼は自らを鍛える事をはじめた。

 始めは過酷な除霊に荷物持ちとしてついていく事にも困難を感じていたため、これからのために自分を鍛えていこうという考えだった。しかし、彼は少しずつ自分が変わっていく手応えに喜びを感じ始めた。

 神族、魔族が絡む事件において少しずつ頭角を見せ始め、GS試験戦、元始風水盤事件、魔族暗殺者襲来事件、心霊兵器開発事件など……彼がいなければ事件が解決しなかったとは言わない。しかし、彼が居る事により、より犠牲が少ない戦いを繰り広げる事が出来た。

 月面での戦いではとうとう単独でベルゼブルとヒドラを討ち取るにいたった。

 ……最も、そのせいで疲れ果ててメドーサ相手には全く活躍できずに倒れていたが。


 平賀頼光。

 横島が毎度のごとく事件に巻き込まれる男であるのならば、彼は毎度のごとく事件に首を突っ込む男だった。元始風水盤事件の折には、雪之丞に請われ、美神が非干渉を貫いていたにも関わらず真っ先に勘九郎に立ち向かった。

 美神の時間移動能力が暴走し、横島と二人で中世に行ってしまった時には、カオスの制止も振り切って得体の知れない消失を遂げようとする二人を助け出そうと、共に中世にまでついてきてしまった。

 続く人狼による辻斬り事件、死津喪比女復活事件……頼光は事あるごとに危険な事件に首を突っ込んでいって我が身を危険にさらし続けた。

 常に、他人のために。

 しかし、それらを理由に報酬を要求する事も、感謝を要求する事さえも無かった。月でも、人狼の里でも、おキヌの故郷でも、彼は誰かに感謝される毎に面映そうに頭を掻いて目をそらしていた。

 それを見る度に令子は思う。

「……唐巣先生も若い頃、こんなだったのかしらね〜〜……」

 なぜ、危険な事にばかり首を突っ込むのか。

 なぜ、感謝の言葉さえも受け取りたがらないのか。

 一度だけそれを聞いた令子に、彼はむっつりとした困り顔で応えた。

「格好悪いのが、いやなんですよ。昔から、あれこれ言い訳作ってやらなきゃならない事にもしり込みしててうつむいてるような奴だったから……だから、やらなきゃならないんだって、わかっている事がある時には……頭使う事やめたんです。考えたら、逃げるための理由ばっかり作るようなヘタレですから。

 まあ、義を見てせざるは勇無きなり……を座右の名でいってみようかなって」  

 ……本気でそう言っているらしい大馬鹿男に、令子は苦笑いさえも出なかった。 


 彼もまた、素敵な馬鹿。


 そう、彼らはきっと、そんな存在。 


 しかし、そんな彼もまた自分達の傍から居なくなってしまった。

 不器用で、それぞれに自分を曲げる事が出来なくて……そんな彼らの限度を、自分達が超えてしまったから。

 人として、超えてはならないファウルラインを、いつの間にか超えてしまっていた自分達を、とうとう彼らは許さなかった。

「……すいません、美神さん。あなたが生きていてくれる事は嬉しいけれど、それでも、俺は隊長のやった事が割り切れないです。ルシオラは……俺が殺しちまったアイツは……忘れられないっスから」 

「あの人が、この時間の中で生きていた人であれば、俺も割り切れたかもしれません。でも、あの人は全てを知っていながら俺の友達にいろんな辛い事を押し付ける道を選びました。結果、あいつは恋人をなくして、あの人は貴方を無くさず、新しい娘まで手に入れていた。

 彼女にとって、今の世界はハッピーエンドですむんでしょう。でも、俺はそれに納得がいきません」

 彼らが、自分たちの元を去る時に告げた言葉が胸に残る。

 令子は、そしてキヌの視線は、壇上で何やら熱弁を振るう西条を通り過ぎ、二人の美女は眼差しを過去の記憶に向けていった――……




――SIDE/KINU


 私たちの事務所が四人そろったのは、まだ私が、自分が何者であり、何のためにここにいるのかも知らなかった頃。

 まだこの世界の事などほとんどわからず、三百年間を幽霊として無為にさ迷っていた頃の事。

 横島さんが愛子さんという机の九十九神さんに取り込まれてしまった事件からです。

 三十年以上も(私が幽霊としてさまよっていた時期に比べれば微々たる物ですが)日本の学校を渡り歩き、神隠し事件を起こしては生徒さん達を体内の異空間に取り込んでいた愛子さん。青春らいふを楽しんでみたいというのが理由だそうですが、日ごろから物の怪には縁がある横島さんが彼女に目を付けられたのは、あるいは当然……と言うか、必然だったのかもしれません。

 事件は、校長先生に連絡を受けた美神さんが見事に解決して、横島さんを始めとして取り込まれていた生徒さん達も無事解放。

 ただ、この時一つの問題がありました。

 横島さんが大怪我をしてしまったのです。理由は、平賀さんをかばったから。

 平賀さんは、横島さんが愛子さんに取り込まれた時に、とっさに袖をつかんでしまい、一緒に異空間に放りこまれてしまったのですが……表にいた私には何があったのか詳しくわかりませんが、除霊中に平賀さんのせいで横島さんが怪我をしてしまったのです。

 平賀さんに肩を借りながら、いつものように血まみれの横島さんにちょっと慌てる私。そんな私に平賀さんは頭を下げ事情を説明してくれて、次いで美神さんに頼んだのです。

 横島さんを怪我させたお詫びに、自分がしばらく手伝いたい、と。

 これが、平賀さんが美神除霊事務所に加わった一幕です。

 ……ただ、横島さんが結局いつものようにあっさりと復活したとか、横島さんの怪我が、どうみても美神さんに殴られた傷のようにしか見えない、とかいろいろな問題がありましたが、愛子さんの編入などの騒ぎでいつの間にかうやむやになってしまいました。

 翌日、初出勤してきた平賀さん、横島さんが全快して普通に仕事しているのに唖然としたり、美神さんのお金に対する執着についつい、

「非常識なのは格好だけじゃなかったんだな……」

 といって殴られたり、

「時給255円!? 思いっきり法律違反じゃありませんか!?」

 と言って殴られたり……

「……いまどき、スジモンでもここまで凶暴だったりはしないと思うけど……」  

 と言っているのを聞き取られてしまって、何故か横島さんと一緒に殴られたり……

「……横島といい、このコといい、どうにも最近の若い奴は一言多いよーね……!」

 美神さんもまだ二十歳そこそこなんですけど……

 結局その日、平賀さんは目を覚ましませんでした。

 ――それからしばらくの間は大きな事件も無く、関係者と出会う度に新人の平賀さんが挨拶したりするくらいがいつもとは違うところ。

 横島さんも、最初は男の人が増えるのがちょっと気に入らなかったみたいだけど、除霊中に横島さんが持つ大人よりもおっきな荷物が半分になったし、平賀さんは女の人(美神さん)目当てじゃなくて、あくまでも横島さんを怪我させた事を申し訳なく思ってだったので結局仲良くなりました。

 それまではあんまり口を利かなかったそうだけど、結局クラスメートですし。

 ただ、横島さんが美神さんのお風呂を覗こうとする度に、二人は大騒ぎをしていましたが……  

「はなせっ、ライ―――っ! この桃源郷を目指す俺の気持ちがわからんとはそれでもお前は男か!? このムッツリがぁ!」

「人聞きの悪い事を言うな! 犯罪行為が目の前で行われていたら未然に防ぐのは当然だ!」

 後は美神さんとも……

「いくらなんでもやり方がひどすぎます! 大体修行場が壊れたのは半分美神さん、半分横島のせいでしょうが! 保障をするのは当然です! このやり口はほとんど詐欺ですよ!」

「ぬぁんですって! こぉんの丁稚2号がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁっ! あたしに意見するなんざぁ百億万年早いのよ!」

「誰が丁稚ですか! そんなに丁稚が欲しいんなら江戸時代の商家にでもタイムスリップしてください!」

 ……以上。

 など、など、など……当時幽霊の私にはよくわからない事も、今の時代に生きている平賀さんにはちゃんとわかるらしくて、おかげで美神さんや横島さんとの騒ぎが毎日絶えませんでした。美神さん相手の時には、最後はいつも殴られてましたけれど。

 そんな平賀さんにいたく感動したのが、美神さんのごーすとすいーぱーとしての先生である唐巣神父様。

「美神君の事務所の人間の割に随分と真面目で礼儀を持っている青年だと、初めて会った時から思っていたが……よもやこれほどとは……! 私は感動した! ああ、主よ! 私にこの戦友(とも)を授けてくれた事を、心より感謝いたしますっ!」

 平賀さんの尽力、というか横島さんが言うところの『生贄』、もしくは『暴挙』、それでなければ『人跡未踏の不可能に挑む挑戦者』というすーこーな行為……神父様は主の自己犠牲にも匹敵する! と言って泣いていましたが……のおかげで、美神さんと横島さんのお金と女性絡みの困った行為は大分減りました。それまでの4/5くらいに。

 それを知った時の神父様の魂の叫びです。ただ、そういう時、大抵平賀さんは疲労で倒れているか、出血多量で意識を失っているかのどちらかでしたけれど……

「……警察に訴えたら殺人未遂で逮捕できるぞ、あの人はぁ……」 

「それも連続猟奇殺人でな……」

 そんなこんなで、平賀さんも事務所になじんできた頃。

 その当時、悪霊が少しずつ強くなってきて苦戦が目立ってきた美神さんは、神父様に紹介状を書いてもらってごーすとすいーぱーの修行場の最高峰、建ってる場所もたぶん最高峰の『妙神山修行場』に挑戦しました。

 紆余曲折あって(ホントにいろいろありました……)美神さんは見事(……? なのかな?)ぱわーあっぷできたんですが、最後の試練でのあまりのやり口に真面目な平賀さんがいつものように美神さんにくってかかり、また大騒ぎになりましたが……

 結局、美神さんのおごりで修行場にてれびとか洗濯機みたいな最新機器をつけて電気を通したりするのと横島さんが平賀さんと人足の手伝いをする事で話は落ち着きました。

「……だ、大丈夫ですか? 頼光さん……?」

「……………」

「………へんじがない。ただのしかばねのようだ」

「横島さん!」

 修行場の管理人で、竜神様の小竜姫様に膝枕してもらっている平賀さんが羨ましかった横島さんが余計なことを言って、怒られてました。もう……私でよければいつでもしてあげるのに……きゃー! きゃー!

 ――こほん!  その後、二週間ほど横島さん達のいない時間が過ぎましたが、美神さんもぱわーあっぷのおかげであんまり文句はなく私と二人でお仕事をしてました。ちなみにその間、小竜姫様の御威光で二人は学校を公休だったそうです。 

 お二人が帰ってきてからの美神さんは八面六臂の大活躍! 賞金がかかっているとても手ごわい悪魔を二匹も退治したり、横島さんのせいで暴走したアンドロイドのマリアを取り押さえたりとしました。

「だから! おキヌちゃんを使ってイカサマしないでください! どこが完璧な理論武装ですか!」

「ば、馬鹿! 声が大きい!」

 ごーかきゃくせんの“かじの”では、平賀さんも横島さんも私もかなり苦労しましたけど……

「横島・さん、キス・を」

「それはキスじゃなくて殺人ヘッドバッドじゃあぁぁぁぁぁああぁぁぁっ!」

 マリアが横島さんのせいで暴走した時にも、やっぱり苦労したけど……むう、横島さんの馬鹿。

『あれ? 今日も二人一緒に帰るんですか?』 

 ドタバタドタバタと騒々しくても楽しい、ちょっぴり怖い事もあるけど、四人一緒でとっても幸せな毎日でしたが、この頃から横島さんと平賀さんが連れ立って帰る事が多くなりました。何をしているのかは教えてもらえなかったけれど、どうも二人で体を鍛えているらしいのです。

 横島さんはいやいやっぽかったけれど、平賀さんはとっても嬉しそう。仕事が終わると、横島さんを引っ張ってさっさとどこかに行っちゃいます。あんまり楽しそうなので、何の気なしに聞いてみると、

「美神さんには内緒にしてくれ、おキヌちゃん……あんまり知られたくないんだ……」

『かまいませんけど、どうして隠すんです?』

「あの人に知れたら、もっと酷使される気がする……」

『………』

 あの時は、がんばってるんだなぁで済ませてしまったけど、今思い返せば、この時から二人の戦いは始まっていたのかもしれません。

 それは、竜神族絡みの事件が続出するにつれて段々と明らかにされてきました。

「やるね! エリートさん! でも、そんなお上品な剣じゃあ、私は止められないよ!」

「お前は! 龍族ブラックリストはの5番――メドーサ! ……って、なんで顔に靴跡なんか……?」

「うっうるさいっ! ……あの小僧ども……絶対に殺す!」

 メドーサさんはほっぺたに靴跡、体はところどころ焦げていました。

 結局、小龍姫様も美神さんも、メドーサさんにやられてしまい、あわや全滅か……と彼女は天竜童子様にやられてしまい、その場はいったん引いてくれましたが、何故だか他の誰よりも平賀さんと横島さんをにらんでいったような気がします。

 次に彼女と再会したのはGS資格試験の時。         

 美神さんと小竜姫様の思いつきで、本当は美神さんが変装して行うはずだった潜入調査に、横島さんと平賀さんも加わる事になってしまいました。でも、二人とも隠されたさいのーがあったんですね! ぜんぜん気がつきませんでした!

「……いえ……何の気なしに言っただけだったんですけど……」

 妙に盛り上がってしまった美神さん達に何も言えなくなってしまう小竜姫様でした。本当に……ただの思い付きだったんですね……試合があるって言ってたのに……二人とも可哀想……

 しかし、いざ試験が始まると、二人とも大活躍! 小竜姫様のくれた『心眼』というあいてむのおかげで、二人とも見事にGS資格を得る事が出来ました! 

「……おかしいですね……妙に動きがいい……それに、霊力が強すぎる……心眼は霊力コントロールのアイテムであって、パワーアップアイテムではないのに……?」

 小竜姫様はこの時、ひとしきり『心眼』の効果に感心する私達を他所に、お腹の中では二人の事をちょっと怪しんでいたみたいです。

 そんな彼女の疑問は、それからしばらくの間ずっとくすぶり続けていたようです。

 魔族の目論見が白日の下にさらされて、最後は全員揃っての大乱闘になってしまった試験が終わった後も、次に小龍姫様が依頼してきた香港での元始風水盤事件の際にも。

 美神さんを始めとするいつもの面々は、小龍姫様にもらったアイテムの効果が続いているんだな、と思って、この時から行動を共にするようになった雪之丞さんが随分と二人を買っているのを見て随分と気の毒に思っていたものでした。

 ……でも、この時にはすでに『心眼』さん達は消えてしまっていたのだそうです。それぞれ、戦いの中で横島さん達をかばって。

 香港の事件を解決した美神さん達ですが……この時期から魔族、神族がらみの事件が少しずつ増えてきました。

 狼王の復活、美神さんの時間移動、更に、私にとってはちょっと胸がざわついた記憶を残す、貧乏神様事件。

 日本にオカルトGメンが出来たのもこの頃です。Gメンの一人が美神さんの幼馴染、憧れのお兄さんだそうで、おかげで横島さんがピリピリして大変でした。平賀さんも平賀さんで、

「……なんて無責任な! あれでも一つの事務所を切り盛りしているプロのつもりか!? ていうか、それ以前に大人か!?」

 事務所をほっぽってGメンに行ってしまった美神さんに随分カリカリしていて、おかげで事務所はしばらく大変でした……『美神さんがいなくても事務所を運営する』っていう目標がなければどうなっていた事か。

 ……でも、それじゃあ『美神除霊事務所』じゃないです。

 横島さんも平賀さんもまだ見習いだから、一人で除霊しちゃだめだし……平賀さんは意趣返しに美神さんとは一番仲の悪い呪い屋、エミさんに協力頼んできちゃいました。おかげで、元の鞘に納まった美神さんはまた荒れるし、最近すごく強くなってきた二人はなかなか譲らないし……

 美神さんは誰かに譲ると言う事が根本的にありえない人だから、またしばらく大変。エミさんの大笑いがすっごく気持ちよさそうでした。

 そんな風にギクシャクが続いた事務所を救ったのは……恥ずかしながら私の失踪。

 私は300年前に山を鎮めるために死んだ巫女の娘なのだと、自分では思っていましたが……実はそれは、死んだ際に起こった記憶違い……実際には、ある一匹の強力な妖怪を封じるために生贄になった村娘でした。

 私は地脈を押さえ込む堤防のようなものだったらしいのですが、美神さんが別の霊と取り替えてしまい、私も私でそんな事をころっと忘れて東京へ……そのために妖怪が復活。急遽私は事務所を去る事になりました。

 本当に急遽だったので事務所の誰にも連絡を入れることが出来ず、結局はまた美神さん達に頼る事になってしまいました。ただ……たった一つだけ良かった事が、おかげで事務所のみんながまた一つにまとまり始めたのです。

「だっ! かっ! らっ! 元はと言えば美神さんが山神を入れ替えた挙句ほっておいたせいでしょう!? この上どうやったら追加料金とろうって言う発想が出るんです!?」

「ダ――っ! うっさい! あの時その場にいなかった奴がとやかく言うな! 

 こんなのほっぽって、そこの道士の残骸! いーから、私にあんたの残した術書や霊具のありかを教えなさい! それで死津喪比女倒してやんだから、安いモンでしょ!」  

「まー、まー……ライ、美神さんも最近俺らがどんどん強くなってるもんだからさ、いろいろ焦ってるん……ぽべらっ!?」

 ……まとまり始めたんです。お願いだからそういう事にしてください……しくしく。

 その後、残骸呼ばわりされて目一杯いじける道士様の『記憶』から、生前に残した秘伝の書や霊具をごっそりもらって、美神さんは死津喪比女に立ち向かってくれました。

 敵は300年間封印されたとはいっても大妖怪……その力は絶大……ただの末端に過ぎないはずの花一輪(みんなですっごい憎まれ口叩いてましたが……)でも美神さんが仕留めるのにすごい苦労をしていました。最終的には、周辺一体を覆い尽くす無数の花を、美神さんが『何たらみさいる』で一掃しましたが、横島さんがすっごい慌てていましたし、平賀さんなんか、もう口も利けないほどの状態でした。

「……倫理って……常識って……」

「……諦めろ……所詮これはGSワールドなんだから……」

 何だか真っ白になってしまった平賀さんに、横島さんがよくわからない慰めをしていましたが、原因である美神さんはそんな二人には見向きもせずにエミさんに連絡を取って……えと、さいきんへーき(……最近平気?)で死津喪比女を倒す算段を決定しました。それを聞いて、二人は更に混乱するし、道士様まで冷や汗をかいていましたが、美神さんだけは得意そうに自分の手腕を誇っていました。

「ま、まあこれで……おキヌちゃんが特攻かます必要はなくなったんスよね」 

 そう、死津喪比女が復活した今、私の最後の役割はこの身を爆弾として特攻する事だったのです。

「……それだけは心底救いだな……」

 しかし、残念ながらそうはいきませんでした。道士様の反対により、私はいつでも突撃できるように待機。エミさん達が東京でやられてしまったために、死津喪比女に突撃してしまいました。

「おキヌちゃぁぁぁぁぁぁああぁぁぁんっ!」

 私は、そのまま消滅するはずでした。


 ――皆を……守らなきゃ……!


 それでもかまわなかった。本来、私は生き返る事が出来るはずだったれども……それは随分と遠い先の時代の事であり、更に、幽霊だった時の事を何もかも忘れてしまっているのだから……

 それでは生き返っても意味がない。

 そんな自暴自棄の思いが私を支配していた。

 けれども、そんな私の背中を押してくれた人達がいた。

「夢は、人の心に必ず残るものよ! それが素敵な夢ならなおさらでしょ? 指から水はこぼれても、掌にはしずくが残るわ――生きて、おキヌちゃん! 生き返った後改めて本当のお友達になりましょう!」

「俺だって……俺だって……別れたくないよ! だからさよならはなしだ! 生きてくれ、オキヌちゃん!」  

 みんな、みんな……泣いてくれました。わたしと離れたくないと……必ずもう一度会うんだと……

「あ……う……あ、うう……」

 普段はあんまりそういう所を見せない平賀さんが一番ひどい顔して泣いてくれて……もう、何も言えない位で……


『絶対に……絶対に思い出しますから! 忘れてしまっても……皆の事……すぐに! 絶対に――!』 


 ……そうして、皆の泣き笑いの顔に見送られて……私は300年間のさまよう日々に終わりの一文を付けたのです……


△記事頭

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