悪の秘密結社アシュロス。
その真の姿は未だに謎に包まれている。
数多くの戦闘員に、強力な怪人、恐るべき権力を握り、人間界の征圧を企んでいることくらいしか、まだ判明していない。
その組織のトップである総統アシュタロスは、裏切りには敏感だった。
千年前に自分の作った下級魔族に裏切られたことがトラウマになったのか、今になっても怪人一人一人に自爆装置をつける徹底ぶりを見せた。
「ユッキーからの連絡はまだか?」
アシュタロスが玉座から言った。
目の前には勘九朗が恭しく日本征服計画中間報告を行っている最中だった。
豪華な肘掛を使い頬杖をつき、じとっと機嫌の悪い子供のように見据える。
「いえ、まだですわ。 あの雪之丞がしくじるはずもないし、まったくどこをほっつき歩いているんでしょうね。 オホホホホ」
口に手を当て、たからかに男の低い声で女性の笑い方をする勘九朗。
勘九朗の横で書記を務めていた戦闘員は、隣りで奇行を演じる怪人に恐れおののき汗を大量に流して、ちらっとアシュタロスに救いを求めた。
「私もヨコシマンとやらの正体分からぬのでな。 ユッキーも苦労しているとは思うのだが、念のためにユッキーの捜索のために一人派遣しようと思う。 今のところハーピーが第一有力候補だが、お前から何か意見はあるか?」
「賢明なご判断かと。 ハーピーならば空も飛べますし、戦闘能力も低過ぎるとも高すぎるわけでもないちょうどいい塩梅。 わたくしからも彼女を推薦いたしますわ」
「ふむ。 では手配することにしようか。 ……ポチっとな」
肘掛の所に現れたボタンを押すアシュタロス。
すると遠くから何やら物音が。
「コッコッコッコッコ、コケッコー!!」
そしてどこからともなくにわとりが。
「コケッコケッ……」
「コココココココ」
「こっこっこっこっこっこっこ」
「こけっけけけけけけ」
それもたくさん、山のように、雪崩れの如く。
白と赤と黄色の絨毯はもぞもぞと蠢き、さしもの勘九朗も戸惑っている。
「一体なんなのよ!? 私はマスターソードなんて持ってないわよ!!」
「こけーっこっこっこ」
「痛いッ、痛いってば、つつかないでーーーっ!!」
傍若無人の振る舞いをする鶏達。
アシュタロスは輝く笑顔を携えながら、天井スレスレまで持ちあがった玉座に座って避難をしていた。
「こけこっこーーッ!!」
ひときわ大きい鶏の、ひときわ大きい鳴き声。
それとともに全ての鶏が呼応するかのように、一点に集中。
次の瞬間、そこにはハーピーが居た。
「はー。 死ぬかとおもったじゃん」
アシュタロスの玉座のあった場所の面前に伏し、後方のさっきまでつついていた勘九朗には全く目を向けなかった。
「私の台詞よそれはッ! 何変な登場の仕方をしているの!! 私の髪型がぐちゃぐちゃになっちゃったじゃないの!」
ムキーと乱れた髪形を指差してハンカチを噛む勘九朗。
だが、それでもハーピーは無視し続け。
「アシュタロス様、ご命令通りハーピーめが参りました」
「ちょっと無視する気? いい度胸じゃないの、あんた!」
「ご苦労。 それではお前に任務を与える」
「あ、アシュ様まで私のことを無視なさるの!? 」
「ヨコシマン捜索に行ったユッキーが失踪したのはお前も知っておろう。 ユッキーの捜索をお前に命じたい」
「そんな! アシュ様、酷いわ、酷いわ。 あんなに尽くしたのにポイっと捨てるなんて」
「了解致しました。 アシュタロス総統の意に添えるよう、微力ながら尽力致します」
「うむ、期待しておるぞ」
次の瞬間、隣りで騒いでいる勘九朗を無視して去っていくハーピー。
ちょうど出口で、また大量のにわとりとなって消え去っていった。
「どういうことですの!? 私のことを無視なさるなんて。 私は貴方のお気に入りじゃなくて?」
そして残ったのは憤慨した勘九朗と、沈着冷静なアシュタロスだけ。
玉座が機械音を立て、本来の玉座の用途のための一番ベストな位置で止まる。
「私は個人的感情で、階級の優劣は決めない」
「雪之丞のことはどうですの? ユッキーとお呼びになって寵愛しているように存じますが」
「ふ、ユッキーは例外だ」
「ムキーッ! 嫉妬するわぁぁ! 雪之丞! 私こそ逞しいアシュ様の側室、いえ、正妻にふさわしいのにッ!」
キリキリキリと歯車が回る音とともにアシュタロスの上方から一本のロープが舞い降りてきた。
「アシュ様。 どうかお考えなさって。 私の方が貴方様に何もかもつくせ……」
ロープを引くと、勘九朗の足元の床がガバッと開き、暗闇への道を作った。
勘九朗は速やかに重力に従い、姿を消す。
ちょうど2秒後、閉じた床のあたりから水音が聞こえてきた。
「ふむ。 たまには他人の真似をしてみることも有効か」
アシュタロスは静かに玉座から姿を消した。
誰も居なくなった玉座の間には、『ワニが、ワニがーーッ』とどこからともなくくぐもった音が聞こえるのみとなった。
マッドネスヒーロー4 『群れろ、ヨコシマン』
「平和だなぁ。 こんなに平和だったら、俺って一体何者なんだろう、とか思えるぜ」
公園の池でぽつりと一人座っている男が居た。
枝バサミを脇に置き、ねじり鉢巻に長袖長ズボンの格好で、ポーッと池の中の鯉を眺めていた。
そう、彼こそが悪の秘密結社アシュロスの怪人、伊達雪之丞なのだ。
今は六道家の庭師の親方の弟子として働いているただの勤労青年である。
「生きがいがあるってことは、幸せなもんだな。 今から見ると昔の俺はやんちゃな子供。 地に足がついて、まっとうな仕事を修行するっていうのは、こんなに素晴らしいことだったなんて思いもしなかったぜ。 それに……」
懐に手を突っ込み一枚の紙切れを取り出す。
太陽光をテカテカと反射するそれは、一枚の写真だった。
「……恋か。 こんなに素晴らしく感動的で、また切ないものだったなんて、知らなかった」
思春期の女の子のように頬を桜色に染め、被写体を見つめ続ける雪之丞。
そっと後ろから歩み寄る一人の女性。
長い黒髪を棚引かせ、メイドという日本ではいささか珍しい職種の制服を着ている。
少しずれた白いカチューシャをそっと白い手で直し、目の前の男の背にそっと声をかけた。
「雪之丞さん。 こんなところにいらしたんですか」
「ん? ああ、弓さんか……」
写真を再び懐に収め、隣に座ろうとする女性に目を向ける雪之丞。
「どうしたんですか? 俺、まだ昼休み中なんですが」
少し愛想の無い言葉。
彼は女性にはみんなこうだった。
「いえ、特に用はないのですけれども。 ただ、何をみているのかなあって」
首を傾げ、雪之丞の顔を覗き込む弓。
気高さに優しさのあるかわいらしい顔を、興味深そうに雪之丞の無愛想な顔に向き合わせている。
「池と鯉、それに空」
「では、わたくしと同じ物を見ているのですね」
「そうかもな」
そこで会話がぷっつりと途切れた。
弓かおりとは美しい女性だった。
光沢のある黒髪、滑らかな白い肌、端正な彫り込みの顔、平均的美女の基準を概ね満たしている人だった。
性格も極めて日本的。
日本にはおおよそ並ぶところの無い貧乏寺『闘竜寺』の一人娘で、高校生にして六道家に住みこみのメイドをしている。
GSのエリート校、六道女学院の秀才で、未来の一流GSとして期待されている。
その人が得体の知れない庭師の男と並んで座っている。
見る人が見れば、首をかしげる風景だった。
「写真の人、誰でしたの?」
顔を青い空の雲に向けたまま言った。
「貴方が先ほど眺めてらした写真の人……」
「誰でもねぇよ」
「誰でもない人の写真を見てらしたのですか。 変わった趣味をお持ちですのね」
雪之丞が隣りに座っている人をにらんだ。
が、そのことに対して気にしていないかのように弓はそしらぬ顔で未だに雲を見ていた。
「誰ですの? 別に知ったからどうなるというわけでもありませんけど、私、知的好奇心というものを満たさないと気がすまない性分でして」
「さあな」
「……」
「ほっとけよ」
「……恋人ですの?」
「知らんな」
「色々事情がおありのようですね。 私でよければ相談に乗りますが」
「余計なお世話だ」
雪之丞はおもむろに立ちあがり、弓を残して歩いていく。
弓は雪之丞の背中を見、再び空の雲に顔を向けた。
小さな親切、大きなお世話という言葉が彼女の心にリフレインする。
ほぅ、と一つ小さな溜息をつき、彼女もまた立ちあがる。
「柄にもないことをするもんじゃありませんわね」
誰に言う事もなく、雪之丞が帰った場所に向う弓。
再びずれたカチューシャを直す。
その瞬間、木々から全ての鳥が飛び立った。
木の葉が舞い、小鳥のざわめきから風が生まれ、ただならぬ妖気がこの場を支配した。
「……妖怪!? 私、闘竜寺弓式徐霊術の後継者として、邪気祓わねばなりませんね」
唾を飲みこむ。
「そして、もしものことがあれば……裏モードも発動させなければ……。 そういえば、邪気がする方向には雪之丞さんが……雪之丞さんが危ないわっ!」
弓は走った。
辺りの空気に満ち満ちる邪気に押し戻され、体全体に負荷が掛かる。
だが、彼女は走った。
人の命を救う為、同じ職場で働く同僚を助ける為。
「やっとみつけたじゃん。 ユッキー」
「ユッキーって呼ぶな、この鳥女!!」
邪気の中心には、ハーピーと雪之丞が対峙していた。
お互い殺気を放ち、臨戦体勢が整っている。
「アシュ様がお前を探してるじゃん。 ヨコシマンの正体を見つけてなくてもいいから、一旦基地に帰るんじゃん」
ハーピーが飛び上がり、雪之丞を見下ろすように言った。
懐には凶器を隠し、今すぐにでも攻撃が出来るように狙いを定めていた。
「それは出来ないな。 俺は居場所を見つけた、仕事を見つけた。 そして、愛すべき人を見つけた。 あの基地にはもう二度と戻らない」
「何を寝ぼけたことを言ってるんじゃん。 あんたのママを復活させてもらえないよ? ああ、あんたがこんなアホボンと知ったらあの人、どんなに悲しむかわかってるの? 勿論、アシュ様だって心を痛められるだろうし。 あんたは親不孝者じゃん」
「黙れ! ママのことは言うな! 消えろ、この悪魔め!」
「親不孝者め! アシュ様に力を分け与えてもらった恩も忘れて……ノコノコと!」
ハーピーが雪之丞に向って唾を吐いた。
汚い雫に命中した雪之丞は、頭に血管を浮かび上がらせる。
「……消えろ! いや、俺が貴様を消す! 魔装術、チェーンジ!」
雪之丞の体の周りに霊力が収束、特殊な形を形成する。
凄まじい霊波と魔力が交差し、とても強いつむじ風を発生させた。
そして、そのとき、どこからともなくポロロンとギターの音が。
「誰が呼んだか、誰が呼んだか、呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン。 愛と煩悩と、正義の味方、ヨコシマン、推参ッ!」
冬でも短パン半そで、赤いマフラーが似合う憎いヤツ、ヨコシマンが公園の入り口に佇んでいたのだッ。
「先ほどの会話を聞かせてもらったぞ、ご両人。 アシュロスの裏切り者とそれを抹殺しようとする刺客。 このヨコシマンが登場しなくて、いかにする!? そこのカニっぽい君! 君は今日からボクの味方だ! 一緒にヒーローとして活躍しよう!」
手に持っていたギターをジャジャジャジャーンと掻き毟り、捨てた。
「ヨコシマン? 貴様がヨコシマンか……いいだろう、俺は生活と愛する人を守る為、戦う。 敵の敵は味方、極めて単純な公式。 貴様の手を貸してもらおうか」
「フッ、そうなくっちゃな」
意気投合する二人。
ハーピーが少しうろたえる。
そしてそんなとき、どこからともなく澄んだフルートの音が鳴り響く。
「水晶の輝きがあるところ、悪の悲鳴が轟き消える、愛の戦士クリスタルレディ、見参!」
ヨコシマンのちょうど反対側、公園の池のある方向から水晶の鎧を装備した女性が現れた。
全身を覆うその鎧は、神聖な水晶の輝きを放ち、すさまじい量の霊力を蓄えている。
更に特徴は、彼女の普通の腕の付け根の少し上に、また二本の腕が生えているところ。
彼女は、計四本の腕を自由自在に操る正義の味方だったのだ。
「そこのマフラーさんとカニっぽい人達、どうやら私と同じ職業の方達とお見受け致しますわ。 そして今私達は共通の敵を目の前にしております。 今回は三人で力を合わせて戦うというのはどうでしょう」
人にしては数が多すぎる腕をしならせて言うクリスタルレディ。
中身は、弓かおり。
「モチロンさ。 クリスタルレディさん。 ところで、あとでボクとデートしませんか?」
「ふふ、遠慮致します」
にこやかに微笑ましい会話をこなす二人。
けれど、ヨコシマンを除くヒーロー達はじっとハーピーに目を向けて、戦闘体勢をキチッととっていた。
「チッ、汚いじゃん! 三対一なんて、割に合わないじゃん! 戦術的撤退するじゃん!」
ハーピーが羽ばたき、空へ浮かぼうとする。
だが、彼女の前に見えない壁が立ちはだかり、それを阻止した。
「甘いですわッ! 既に結界の展開は終わっております。 逃げれませんことよ」
「くっ、こうなったら。 衝撃の……フェザーブリッドぉぉぉぉ」
ハーピーの翼にエネルギーが収束、そしてそのエネルギーが爆発し羽根の発射の推進力になった。
ライフル弾並のスピードで地面に突き刺さる羽根。
1発目は誰にも当たらなかったが、当たったらいかなヒーローであっても即死は免れない。
「固まるな、散って倒すんだ! ハーピーは攻撃力が高いが防御力は低い!」
クリスタルレディは樹木が多い場所に飛び込み、ヨコシマンは公衆便所の影に身を潜め、雪之丞はそのままハーピーの攻撃を避け続けた。
「俺がヤツを引きつけておく。 そのうちに攻撃してくれ!」
「おいさ、ヨコシマン・ボーガン!」
「クリスタルパワー、ヴァージョンアップ! クリスタルレディ、ヴォリューム2。 水晶に代わって、折檻よ!」
ヨコシマンの手にはボーガンが。
クリスタルレディは変形し、腕が四本から六本に増えた。
「ヨコシマン・ボーガンとはヨコシマンの108つの必殺技の一つ。 強力な霊体ボーガンで獲物をしとめる、超一流のハンターの技だ!」
ショットショットと矢を打ちまくるヨコシマン。
だが、動物愛護団体に鳥に矢を撃っているところを見られたら『鳥に矢を撃つ悪魔の心を持つ人間』とか罵られそうでとっても危なっかしい。
幸いにも、ハーピーはそれらの攻撃をひらりひらりとかわしたおかげで、彼のイメージダウンには繋がれなかった。
一方クリスタルレディは、六本あるうちの二本の手をロケットパンチの如く飛ばしたあと、胸部の鎧を射出。
俗に言うおっぱいミサイルを発射して、弾切れになってしまった。
しかも全弾外れ。
「使えねーよ! お前ら!」
雪之丞が叫ぶ。
彼はハーピーの攻撃を全力でかわしつづけ、体力が限界に達しそうだったのだ。
「う、うぬぅ、面目ない。 こうなったら、あの技を使うしかないッ! カニっぽい君に、クリスタルレディ! 耳を閉じろ! ヨコシマン・ウェーィブ!」
次の瞬間、ヨコシマンの右手がゴマフアザラシに変形した。
思わず目が点になる三人。
クリスタルレディと雪之丞はヨコシマンの言いつけ通り手で耳を塞いでいた。
ハーピーだけがぽかーんとしている格好で、珍奇奇天烈な右手を除いていた。
「きゅーきゅーきゅーきゅーきゅーきゅーきゅーきゅー」
上半身だけの体を左右上下にフルフル振るわせ、愛くるしい鳴き声を上げ始めるゴマフアザラシ。
ヨコシマンと体が繋がっていなかったら、きゃわいらしぃーん、と言えるものの残念ながら今回は出来ない。
ゴマフアザラシの声がハーピーの体を侵食していく。
ハーピーはそれに気付かず、ゴマフアザラシの声を聞く。
そして、ついに臨界点が来た。
「がほっ……げぇぇ……き、貴様、何をした……」
大量の血液を地面にぶちまけ、よろよろと血の水溜りに落ちるハーピー。
体中が自分の血の色に染まった。
「ふ。 ヨコシマン必殺技、あまりに危険が多く周囲に人が居ないことを確認しなければ発動することのできない、『ヨコシマン・ウェイブ』の効き目はどうだ? 日本のとある川に住みついたゴマフアザラシをモデルにした発信機から特殊な音波を飛ばし、相手を内部から破壊していくとても危険な必殺技! 相手が銀色の盾や白装束を着ていたら効果が半減してしまうカラスー波はさぞ効いただろう! いたるところにガンとかそんなんが発生しているぞ、わはははは」
効果とはまた別の意味でも危険な技だった。
「くそっ、まだ、まだいけるじゃん」
「いかせねーぜ! ヨコシマン・ウェブ!」
ゴマフアザラシが2度体を左右に揺らしたと思うと、いきなり破裂。
ゴマフアザラシの体が網となり、ハーピーを絡め取った。
飛び立とうとしていたハーピーも、ねばねばした液を出す網に絡み取られて、翼を地面に叩きつけられる。
「これこそヨコシマン・ウェブ! 煩悩エネルギーの篭った網はさぞやしつこいだろう、わーっはっはっは」
「くっ、こんな屈辱……」
ハーピーはもがいたが、更に網を自分の体に絡ませてしまうだけ。
自慢のフェザーブリッドのためのエネルギーを練ろうとしても、網に吸い取られてしまう。
完全なチェックメイトだった。
「流石だな、ヨコシマン。 アシュロスが目をつけて、俺に狙わせただけある」
「見なおしましたわ、ヨコシマンさん」
「なーんのなんの、この程度の敵、屁のつっぱりはなんとやらだぜ、がはははは」
あちこちキズだらけの雪之丞と、鎧の一部をなくしたクリスタルレディが歩いてきた。
血と網に塗れたハーピーは動こうにも動けず、しばらくもがいていたが、その動きも止まった。
「……ところで、貴方達がここにいらっしゃった前に、男性を見かけませんでしたか? 目付きが悪くて、背の低い方なんですけれど」
クリスタルレディが言った。
今まさに目の前にいる、男のことなのだが、彼女は気付かない。
「いや、俺は見てないっすけど」
「俺もだが?」
そして、自分のことを言われているのに気付かない雪之丞。
ああ、すれ違い。
「そうですか……では、わたくし、これにて退散させてもらいますわ。 まだ色々と用事がありますので……では、アデュー」
素晴らしい脚力で跳ねあがるクリスタルレディ。
そしてそのまま公園から出ていってしまった。
「じゃ、俺も行く。 俺も……まだしなくちゃならないことがある……」
同じ方向に走り去る雪之丞。
と、途中まで来て、振り返り、戦友に向って自分の名を名乗った。
「……俺は、ダテ・ザ・キラー。 ヨコシマン抹殺の為にアシュロスに派遣された、元アシュロス怪人の一人。 そして、今は愛と汗に生きる一匹狼さ」
「おう、明日も頑張ろうな! カニっぽいダテ・ザ・キラー」
やがて、雪之丞の姿も見えなくなった。
ヨコシマンも、彼の背中を見送り、クリスタルレディとダテ・ザ・キラーの二人と同じ方向に歩き出す。
そう、六道家の屋敷がある、あの方向へ。
「雪之丞さん……どこにいらっしゃったのかしら。 心配だわ」
弓式徐霊術、裏を解除した弓は、少ししわのよったメイド服を正しながら屋敷へ急いだ。
とっくに昼休みは終わり、気を配ることはできないのだが、見失った彼の姿を探すため、いつもより注意を払い道を一歩一歩踏みしめていった。
「……あの、ママに似ている男……今日は来るんだろうか……ああ、愛しい」
ヨコシマンの中の人が盗撮された写真を握り締め、恋に身を焦がす雪之丞。
彼も昼休みが終わっているというのに、愛しい人の姿を見つける為、いつもよりゆっくりと辺りを見まわして屋敷へ戻った。
「きょ~おっは、冥子ちゃんと初仕事ぉ~♪ すきっぷすきっぷるんるんるん」
変身を解除したヨコシマンは、頬を緩ませ、足を軽く、そして鼻歌を歌っていた。
今日は彼のパートナーである美少女六道冥子との初仕事、地獄の始まりだと言う事も気付かずに、ルンルン気分で冥子の家へと向っていった。
ああ、三人の思いは空回り。
こんなに近い距離に居るのに、空回り。
戦え、ヨコシマン! 気付け、ヨコシマン!
今日は初めて戦闘らしい戦闘でハーピーを撃退した!
極めて危険、そして別の意味で危険な技で制したも、次回に備えろ!
新たな仲間も増え、心強くなったが、実は味方が一番油断ならないぞ!
これからも地球の平和を守る為、世界の悪を倒す為、今日を乗り切れ、ヨコシマン!
それでは、『待て、次か……』
「あら? あんなところに人が……」
三つ編みのセーラー服を来た少女が偶然公園に通りかかった。
そこには、また偶然にも網に絡み取られて身動きできなくなったハーピーが居た。
カラスー波というハーピーは体力の消耗に絶えきれず、その場で意識を失い、そしてヨコシマンウェブも耐久時間が過ぎ、風化して消滅していた。
「まあ、大変! 人が倒れているわ! 救急車を呼ばなきゃ!!」
慌てる彼女。
彼女の年代になれば携帯電話なるものを所持しているのだが、彼女は家庭の事情というものでそれを持っていなかった。
となると救急車を呼ぶ方法はただ一つ。
公衆電話を利用すること。
しかし、更に差し迫った状況により、その方法を決行するには問題が一つあった。
「……十円玉……持ってないわ……うぅうっ、貧乏なんかに、負けちゃいけないのに……」
彼女の知識不足が要因により、公衆電話を使う事が出来ない。
しかし、正義感に溢れる彼女はすぐさま別の方法を考えついた。
「そうだわ。 私の家につれてこれば……」
貧乏で健気な女学生が、道に倒れるハーピーを担ぎ上げ、えっちらおっちらと歩き始めた。
このことが、彼女をヒロインの世界へと連れていくのだったとは、彼女はそのとき思いもしなかっただろう。
では、『待て、次回!』
後書き
どうも、zokutoです。
今回はまだ壊れていなかったほうかな、と。
ス〇ラー波だの、多摩川に現れた某アザラシだのの古いネタを使っていましたが、壊れとはまたベクトルが違うタイプですかね。
まぁ、あんまりダメにしすぎてもマイナス効果だと思いますし、今回は少し休憩ってことで。
では、次回もよろしくおねがいいたします。