幕間話 『机と寝ぼすけの奇妙な生活』
天野唯の部屋に愛子がルームメイトとして押しかけてから数日。
今日も日の出と同時に愛子の一日は始まる。
「先生っ!散歩行くでござるよ!」
「ヨコシマっ!行くわよ!」
「お前らもっと静かに来んかっ!」
隣の少年の日課とも言える朝の喧騒が愛子にはちょうどいい目覚ましになる。
人のように眠る必要もない身とはいえ、ルームメイトも居ることだしなるべく生活を人間に合わせようと、ここに越してきてからは唯と同じベッドで寝ることにしている。
とりあえず起きようとして戸惑った。
自分に手はだけではなく足まで絡ませてスピョスピョと寝ている唯を引き剥がす。
まずは首に絡む手をはずすと次は足…足をはずすとその間に再び絡まってくる手…。
そんな堂々巡りは「ゴン!」と言う音で終わりを告げる。
頭から煙を出して寝息まで止めて熟睡?する唯から身を離してウーンと背伸び。
早くも慣れてしまった行事だ。
流し台で顔を洗い歯を磨く。なんとなく自分が人間に近づいた気がしてこの時間が結構好き。
ドアを開けて外に出てみると、ちょうど横島とシロタマが散歩に向かうところだった。
「おはよう」と挨拶する。
「おはようでござるっ!愛子殿!!」といつも元気なシロ。
「おはよう」とタマモ。最近はよく笑顔も見せてくれる。
「おっす」と横島。昨夜はバイトも無かったのか眠そうな顔だが疲れはなさそうだ。
「今日はどこへ行くの?」とシロに聞けば「海でござる!」と元気なお返事。
「あら、だったら今日は期待していいのかしら?」
「まあね…」と笑いながらタマモ。
「んじゃ行ってくるわ」と自転車に乗る横島に手を振ってお見送り…気分は出社する亭主を見送る新妻気分…いやんいやんと頬を染め身をくねらせれば、生ぬるい笑みを浮かべている新聞配達のお兄さんと目が合って…。
そそくさと部屋に戻るととりあえずパジャマから部屋着にお着替え。
パジャマや部屋着は担任の相沢から「女房のお古だが」ともらったもの。
下着もくれると言ったがサイズがあるからとさすがに断った。
「サイズなら各種揃っているんだけどな…」との相沢の台詞が謎だったが。
お着替えがすんだら朝のお掃除。
まだ早い時間だから掃除機なんか使わずに箒とハタキでパタパタと。
白目を剥いて爆睡している唯の周りも丁寧に。
それが終われば今度は横島の部屋。
掃除しながらこっそりゴミ箱をチェックしているのは乙女の秘密。
そうこうしているうちにジャーからピーピーと電子音。
おコメが炊けた。
「よしっ!」と気合を入れて朝餉の支度。
トントンと包丁の音も軽快にアリエスが持ち込んだキュウリの浅漬けを切っていく。
つながったキュウリなんぞ出さない。家庭科は得意♪
ちゃんと出汁をとったお味噌汁に昨日の朝、横島たちが散歩の途中で採って来た野生のアサツキを散らす。具はタマモ御用達のお豆腐屋さんから買って来たお揚げ。
部屋に味噌汁のいい香りが立ち込めるころ、今日のお土産持って横島たちが帰ってきた。
ただカロリーを使うのももったいないと、横島がテレビを見ていて考え付いた節約策。
朝一番の市場で商品にならない魚や野菜を格安であるいはタダで貰ってきたもの。
今日の収穫は小アジが十匹。鮮度はいいが運ぶ途中で傷ついたものらしい。
さっそく受け取って一塩して焼き始める。
シロタマはおキヌの朝食を食べに事務所へ帰り、横島はアサリの入った袋を花戸家に届けている。
魚も焼けて一段落。
さて本日の大仕事。
「天野唯起床作戦」である。
アリエス直伝目覚まし歌は二日で効力が無くなった。
まずは定石どおり揺さぶる。
「うにょ〜」とモグラのごとく布団に潜り込んでいく唯。
ならばと布団を引っぺがすが、それで起きるなら苦労は無い。
「くかー」と寝こけているのは相変わらず。
やれやれと別の方法を試すことにする。これで駄目なら最終兵器「ねりワサビ」の出番。
取り出だしたるは鳥の羽。それで唯の鼻をモショモショ。
「ぺくちっ!!」
意味不明のくしゃみとともに目覚める唯。最終兵器は次回に持ち越しらしい。
「おはようございますう…」
「おはよう♪唯ちゃん!」
「…そして…おやすみなさい…」
パタリと再びベッドに倒れこむ唯。とたんにその口から「くー」と寝息が漏れる。
最終兵器投入決定…
「ウニャァァァァァァ」と言う少女の叫びは横島たちに朝食が出来たことを告げた。
横島の部屋で開かれる花戸家の家族も交えての朝の宴。
目覚めるなり速攻で洗顔(主に鼻)と歯磨きを済ませた唯が席に着き、一堂そろって「いただきます。」
横島と貧が小アジの争奪戦を繰り広げ、小鳩が苦笑しながらそれを宥めつつさりげなく横島に自分の作ったサラダと玉子焼きを勧める。
唯は小鳩母とにこやかに会話しながら箸を進め、それを見ている愛子の顔にも笑顔が浮かぶ。今日のお味噌汁は自分でも合格点だと思う。
その証拠に次々に差し出される「おかわり」のお椀たち。
やがて楽しい朝餉は終わりを告げ、一同はそれぞれの準備に戻る。
今日の食器の片付けは唯と横島。二人で共同しながら狭い流し台で茶碗を洗っている。
お弁当も忘れない。
小鳩が作った玉子焼きや野菜炒めを彼女と共同でてきぱきとそれぞれの弁当箱に詰めていく。
質素だけど皆には評判がいい。
もっともピート経由で間接的に横島に弁当を渡していた少女たちには評判が悪かったりするがそれはそれ。
乙女の闘いは厳しいのだ。
後始末も終わり、それぞれが自室に戻って登校準備。
部屋着を脱いで一時本体へ戻る。
再び現れたときはいつもの制服姿。
それほど必要はないのだが、小さめのドレッサーの前で自分の髪を梳かし、ついでに寝癖満載の唯の頭も梳かしては、まるで実のお姉ちゃんのように唯の髪を両側で小さくリボンにまとめてやる。
遅刻魔の唯のせいで編入初日以外はつけられることのなかったリボンがやっと日の目を見た。
さて…と時計を見ればそろそろ登校時間。
カバンを持ち、自分の本体を背負う。後ろでは唯も準備完了。
外に出てみれば小鳩も横島もすでに部屋を出ている。
「気いつけや〜」と手を振る貧の見送りを受けて一同は通学路を歩き出した。
朝の光が優しく彼らを照らす。
夕方。カラスの鳴く声が空に響く。
暮れ始める町を帰宅するのは机を背負った少女一人。
小鳩は近くのパン屋さんでアルバイト。
唯は警察のお仕事。
横島はいつものバイト。
さてさて今晩はどうしましょうか?と考えながら商店街を散策する。
机を背負った女子高生という光景にも商店街の人から奇異の視線はない。
伊達にお買い物をする幽霊少女を受け入れていたわけではないのだ。
この商店街の人たちは順応性が高い。
それは彼女のクラスメートにも言えることだが。
とりあえず唯と花戸家の食事だけでいいだろうと見れば豚コマが特価だったり。
晩の献立は豚コマの味噌炒めに決定。お味噌汁は今朝のアサリを小鳩母が砂だししてくれているだろう。
ちょっとだけ考えて愛子は肉屋へと向かう。
肉屋の親父は愛子の交渉術の前に敗北した。
花戸家で食事をしていると小鳩が帰ってきた。
手にはパン屋さんから貰った昨日の食パンの入った袋が握られている。
以前なら「パンの耳」が精一杯だったが、「貧」の努力か霊格があがったからかは知らないが、最近ではパンそのものをもらえることも多い。
「明日は私が朝ごはんの当番ですね。」と笑う小鳩に「だったら私がお弁当ね。」と笑い返す。
花戸家から自室に戻っての一人の時間。
今日の授業の予習復習をする。
成績優秀の彼女にその必要はないのだが、同居人はそうはいかない。
遅刻癖もあいまって今の唯の成績なら夏休みは消えてなくなる可能性が高い。
さて…少し厳し目にいきますか…と教育方針が固まったとき唯が帰ってきた。
「へう〜」と少々疲れ気味の唯が着替えている間に食事の準備をすます。
もっとも電子レンジなんてものはないから軽く温めなおす程度だったが。
ウサギのプリントのピンクのトレーナーに着替えて出てくると、愛子の用意した晩ご飯に目を輝かせる唯。
モフモフと彼女が食べているのをお茶を飲みながら付き合う。一人のご飯はおいしくないし…。
唯の食事が終わり、愛子の淹れたお茶を飲んでいるとトントンとドアをノックする音。
出てみれば洗面器を持った小鳩が立っていた。
「あの。お風呂行きませんか?」と言う小鳩に「ちょっと待ってて」と返事をすると部屋に戻る。
「唯ちゃん。小鳩ちゃんがお風呂行かないかって…」
「へう!行きますっ!!」
「そう。だったら私は留守番してるわ」
「何いいますかっ!愛子ちゃんも行きましょう!!」
反論する間も与えずに部屋に戻ると二人分のお風呂セットを持って現れる唯に「机を背負って入浴するなんてお店の人が許してくれるかしらねぇ…」と苦笑する。
「きっと大丈夫ですっ!」と言いながら愛子の手を引いて玄関を開けた唯に小鳩が驚いた。
「お待たせですっ!」
「あの…唯さん?」
「う?」
「その格好で行くんですか…?」
「へう?」と首を傾げる唯の格好を見れば………。
「唯ちゃんっ!!下、履いてないわよっ!!!」
「なんとっ!!」
うっかり娘たちであった。
銭湯はあっさりと愛子を受けいれてくれた。
拍子抜けしつつも嬉しい愛子。
もっともこの銭湯の実質的な経営者が愛子たちの学校の生徒で、なおかつ彼もまた人外の存在と共同生活しているという奇想天外な青春を送っている男だったりするからなのだが、それはまた別なお話。
「ふに〜」と湯船に入って蕩ける唯。
横では小鳩も「てろ〜」とした顔でつかっている。
「やっぱり浮きますねぇ…」
「え?唯さん?」
「こうして波を立てるだけでも揺れますねぇ…」
「あの…またですか…?」
「ちょっとこの「アヒル隊長」を乗せてみてもらえませんか「止めなさいっ!!」…なおっ!…」
銭湯では今時珍しい木桶による突込みを受けて、ブクブクと沈んでいく唯、しかしすぐに復活する。
「へう〜何をしますかぁ〜」
「何じゃないっ!そんなことばっかり言っていると縮むわよっ!」
「縮みませんっ!」
「ふっ…そうね…それ以上縮めばマイナス領域よね…」
「あぅぅぅぅぅぅぅ」
泣き崩れる唯に近くで体を洗っていた五歳くらいの幼女と母親の会話が聞こえてくる。
(ママ、あのお姉ちゃんなんで泣いているの)
「う?」
(あのお姉ちゃんはね。オッパイが小さくて泣いているのよ)
「えうっ!」
(ユカも小さいかなぁ)
「…(コクコク)…」
(大丈夫よ。ユカちゃん、ママもパパも大きいからね。)
「お父さんもっ!」
(そっか!あのお姉ちゃんのおっぱいにはしょうらいせいがないんだね…フッ)
「えううぅぅぅぅ!!鼻で笑ったなあぁぁ!!おのれ小娘え!そこへなおりなさいっ!!!」
「あ〜発作が…小鳩ちゃん…麻酔お願い…」
「は…はいっ!…えいっ!」
ゴゲン!!
その後、気絶している唯を二人がかりで洗う。
今度はデッキブラシを買おうかと考える愛子だった。
銭湯から戻ったら二人でビデオ鑑賞。
寺津が貸してくれたSFアニメとか摩耶が貸してくれた巨大ロボ物とか。
今日見ているのは安室が貸してくれたSF物。
こういうのに詳しいアリエスが居たら色々と解説してくれるだろうか。
物語も終盤、白いロボットの主人公と赤いロボットに乗ったライバル同士の最後の決戦。
地球に隕石は落ちるのか?と言った場面で愛子の肩にポテッと軽い感触。
見れば唯が半分寝かかってもたれている。
「むー」とか「みー」とか言っている彼女をなだめすかせて一緒に就寝の準備。
顔も洗った。歯も磨いた。お肌の手入れは「うみー」…間に合わないようだ。
パジャマに着替えさせてベッドに連れて行く。
布団をかけるとき唯が「くけけけけ」と笑ったが気にしないようにしながら、自分もパジャマに着替える。
そしてこの奇妙な同居生活が始まってからの習慣。
自分の本体の上で日記を書き、それをしまうと部屋の明かりを消した。
隣の少年はまだ帰ってきていないようだ。
そーっと唯を起こさないように(無駄な心配ではあるが)横に潜り込んで目を閉じる。
明日もいい日でありますように…。
後書き
ども。犬雀です。
突発的に思いつきで書きました日常生活SS。
なんか愛子ちゃん。学校妖怪というより主婦妖怪化してきているような…。
また気が向けば彼女達の珍生活のお話を書くかもしれません。
でも、GSの世界観とかけ離れるかな?
では…また本編で。