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▽レス始

「恋する女の子(GS+鶴の恩返し)」

テイル (2005-01-17 03:21)

 昔々、ある山に横島忠夫という男が住んでいました。家族もなく恋人もいない彼は、その山でたった独り寂しく暮らしていました。
 ある冬の日の事でした。日々を農作業と狩りによって営んでいる横島は、いつものように狩りにでました。冬場はただでさえ食べ物を得るのは難しいものです。しかも彼が住んでいる山には、先日から大雪が降り歩くのさえ困難なほどでした。これでは畑からは存分な収穫は得られるはずもありません。その日やっと雪がやみ、彼は狩りにでることができたのでした。とはいえ、冬の雪山です。ろくな獲物はいません。
「冬眠している熊でも見つけて、何とかするしかないかな……」
 なかなかにとんでもないことを考えながら、彼はざくざくと雪を踏みしめ歩いていきます。
 雪がやんだとはいえ、その日は本当に寒い日でした。凍えるような寒さに身を震わせながら、彼は獲物を求めて歩いていきます。彼は曇った空を見上げました。風に流されていく雲に、彼は眉をひそめます。おそらくそう時間をおかずに、再び雪が降るでしょう。そう感じた横島は、ため息をつきながら足を早めます。家にはもうほとんど食べ物がありません。
「今日なんも食い物見つけられんかったら、マジで死ぬかも」
 呟いた彼に、寒風が容赦なく吹き付けます。まるで彼の身も心も凍てつかせようとしているかのようです。
 ふと横島は立ち止まりました。彼の耳が妙な音をとらえたからです。それはまるで何かの苦鳴のようでした。彼はこの近くに、先日雪が降る前に罠を仕掛けたことを思い出しました。彼は慌ててその場所へ向かいます。この声……あきらかに何かが罠にかかっていました。
 罠を仕掛けた所へ辿り着いてみると、そこには罠にかかった一羽の鶴がもがいていました。
「鶴か。鶴って食えるんかな」
 呟きながら彼は罠にかかった鶴に近づいていきます。鶴の方も横島の姿に気づきました。その姿を認めるやいなや、鶴はさらに暴れ始めました。しかしどんなに暴れようとも罠がはずれることはありません。それが無駄とわかると、一転して悲しげな目で横島を見つめました。そんなことをしても、何も変わらないというのにです。狩人が獲物を前にして躊躇するはずがありません。しかし……なぜか、横島は怯んでしまいました。
「お、おいこら。そんな目で見るな。俺だって生きなくちゃいけないんだ」
「………」
「だ、だからそんな目で見るなよ」
「………」
「いや、だから……」
「………」
「………」
 しばらく後、涙を流しながら鶴を罠から逃がしてやる横島の姿がありました。どうしても、彼には助けを求める目や声には勝てないのでした。もし鶴がずっと暴れ続けていれば、彼も鶴を獲物として捕らえることができたのでしょうが……。
 鶴を逃がしてからしばらくして、再び吹雪いてきたため横島は家に戻りました。もちろん今日も獲物はありません。


「あー、腹減った」
 粗末な小屋のような家の中、弱々しく燃える火にあたりながら、横島は横になっていました。すでに日は落ち、気温は下がる一方です。彼は残り少ない干し肉を一欠け口に入れただけで、今日の食事を終えていました。もちろんそれで空腹が満たされるわけがありません。
「やはりあの鶴を逃がすべきではなかったのか……」
 そうしておけば今頃は……とそこまで考えて、彼は苦笑しました。どうせそんなことはできなかったのだから、考えても意味がない、と。
 とにかく、彼はもう眠ることにしました。眠ってしまえば、多少は空腹も紛れます。
 彼が薄い布団に入り込み、目を閉じたときでした。ふいに家の戸が鳴りました。一瞬風かとも思いましたが、少し時間をおいてとんとんと再び鳴りました。
 彼はいぶかしく思いました。こんな所に訪ねてくる友人を彼は持っていませんでした。そもそも外は吹雪なのです。こんな天気にいったい誰がきたのでしょう。彼はとりあえず家の戸を開けに行きました。そして驚きました。そこに立っていたのは、とても美しい若い女だったのです。
「あの、夜分遅く申し訳ありません。私この吹雪に道に迷ってしまいまして、どうか一夜の宿をお願いできませんでしょうか」
 ひのめと名乗ったその若い娘は、こういって一夜の宿を求めたのでした。もちろん彼はその申し出を受けました。そして……その夜、二人は夫婦となりました。布団が一組しかなく、しかも娘は若く美しく、そしてこの家の主は横島です。無理もありませんでした。ちょっと違うようなきもしますが、気にしてはいけません。


 翌日、いきなり大切な護るべきものができた彼は、張り切って狩りに出かけます。しかし相変わらず獲物は捕れません。裏の畑も、ただ凍り付いているだけです。あまりの不甲斐なさに情けなく思った横島に、ひのめは織物をつくりましょうと言いました。彼女が織り、それを横島が街まで行って売ってくればいいと。
 横島は迷いました。それは彼女にそんなことをさせていいのかという思いと、街に行きたくはないという思いからでした。……実は横島は、ある事情によって街を追われた身だったのです。しかしこのままでは二人とも飢え死にです。背に腹は替えられませんでした。
 「決して覗かないように」という言葉を残し、ひのめは奥の一室に籠もりました。それから一時もとぎれることなく、織物を織るぎったんばったんという音が聞こえ続けました。休まず織物を織っているであろうひのめを、彼は心配しました。
 三日三晩が過ぎて、やっと機織りの音が止まりました。はっとした横島の見守る中、ひのめがこの世のものとは思えない美しい織物を手に、部屋から出てきました。横島はその織物の素晴らしさより、ひのめの顔色の悪さの方に目がいきました。
「おい、大丈夫なのか? 倒れそうだぞ」
「平気ですよ。それよりこれを売って来て下さい」
 彼女は憔悴した顔に笑顔を浮かべました。こうなった以上、街で織物を売り、滋養のある食べ物を買ってひのめに食べさせた方がいい。そう考えた横島は、織物を受け取ると全速力で街へと向かいました。もちろんしっかり寝ておくようひのめに言い残して。
 やがて街から戻ってきた横島の手には、大量の食べ物が持たれていました。しかしあの織物の価値から見ると、その量は少ないといえました。
「すまない。俺は街の連中には嫌われていてな。何とか売ったが、かなり足元を見られちまった」
 横島は申し訳なさそうに言いましたが、ひのめは首を横に振りました。
「いいんです。それより、最近あまり食事をしていないでしょう? しっかり食べなきゃ」
 彼女はそう言って立ち上がろうと身を起こしました。横島が買ってきた食べ物を料理するためです。彼はそんなひのめを慌てて止めると、布団の中に押し戻しました。
「俺がやる。お前は寝とけ。精の付くものをいっぱい買ってきた。お前こそ食わなきゃ駄目だ」
 彼の言葉にひのめは微笑んだ。
「はい、ありがとうございます。……食事の後は久しぶりに一緒に寝られますね。あの、可愛がって、下さいね」
「ぶっ!」
 頬を赤らめながらのいきなりの言葉に、横島は鼻を押さえました。何故かは言うまでもありませんね。
「お、おまえな。今日くらいしっかり休まなきゃ駄目だろ?」
「その方が、休めるんです」
 横島は、ゆで揚がった蛸のようになりました。
 もちろ手料理を食べた後、二人は同じ布団で眠りました。そこで何があったのかは、まあ、語るまでもありません。


 それからしばらくの時が流れました。織物を売って得た食べ物も底をつき欠け、しかし相変わらず横島は獲物をとらえられず、そして冬はまだ長かったのでした。ひのめは微笑みながら、また織りましょう、とそう言いました。苦い顔をしたのは横島です。彼には織物を織るという行為が、ひのめにどれほど負担になっているかよくわかっていました。しかもそうして彼女が苦労して織った織物を、自分はまっとうに売りさばくことができないのです。
 苦悩する横島を優しげな目で見た後、ひのめは再び奥の部屋に籠もりました。「決して覗いてはいけません」という言葉を残して。
 ひのめが織物を織り終わるのに、今度は四日かかりました。前よりも憔悴した顔で、前よりも美しい織物を手に、ひのめは部屋から出てきました。横島はその織物を持って街へと行き、それを売りました。しかしやはり、その織物は本来の価値とはほど遠い値段でしか売れなかったのです。
「ちくしょう」
 歯を食いしばりながら、食べ物を持った横島は帰路につきました。


 それからさらに時が経ち、再び食べ物が底をつき欠けました。そしてやはり獲物は捕れず、冬は続いていたのです。どうやら今年の冬は、例年に比べて寒く長いようでした。
「後一度だけ織物を織りましょう。それで今年の冬は越せますね」
「駄目だ。これ以上織ったらお前が死んじまうかもしれん」
 ひのめの言葉に、横島は首を横に振って拒みました。これ以上ひのめに無理させたくはなかったのです。しかし織物を織らなくては飢えてしまうかもしれないと、そう考えたひのめは、横島の制止を振り切って奥の部屋に籠もりました。いつもと同じく「決して覗かないように」という言葉を残して。
 部屋の前からぎったんばったんという音が聞こえ始めました。横島は部屋の前にじっと座っていました。その顔に浮かんでいるのは、迷いです。その顔から、本当に様々なことが彼の胸中を浮かんでは消えていっている事が伺えました。
 やがて横島は意を決すると立ち上がりました。その顔には、もう迷いはありません。彼は奥の部屋の戸を、勢いよく開きました。
「あ!」
 横島がそこで目にしたものは、驚いたようにこちらを見る一羽の傷ついた鶴でした。どこにもひのめの姿はありません。その鶴は自らの羽を引き抜いて、機を織っていたのでした。
「何故……」
 鶴はそう言うと、横島が見ている中ひのめの姿になりました。何故かそのことに横島は驚きませんが、気が動転しているひのめは気づきません。
「何故、覗いてしまったのですか」
 そう言ってひのめは涙を流しました。そしてそのまま涙ながらに話しました。自分は以前助けてもらった鶴だと。助けてもらった恩を返すために、ここへやってきたのだと。そして貧しさから救ってあげるだけのつもりが、あなたを愛してしまったのだと。しかしこうして正体がばれてしまったからには、もう一緒には暮らせない。そう言いました。
 横島はただ頷きながら、ひのめの言葉を聞いていました。やはりその顔に驚きはありません。その事に彼女はやっと気づきました。
「旦那様……」
「ん?」
「旦那様は、全く驚いていないのですか? 私のこと……」
 横島は悲しげな笑みを浮かべ、頷きました。
「そりゃ、知っていたからね。……最初から」
 ひのめは驚きました。無理もありません。それでは横島は、自分が化け物と知りながらも一緒に暮らしていたことになるからです。
「最初にここへ来たときからわかっていた。ああ、あの鶴だって」
「何故……わかったのです」
「俺には不思議な力がある。普通の人間には見えないものが見え、普通の人間には感じられないものを感じることができる。はっきりいって他の人間から見たら化けもんだな」
 そしてそれが、街の連中に毛嫌いされ、街を追われた理由だったのです。在らざるものを見、在らざるものを感じ、在らざるものの世界に関わることができる。……異端というものは、嫌われる事が宿命と言っていい。それを横島は嫌というほど味わったのでした。
「まあ、その力のおかげでわかったのさ」
「なら!」
 ひのめが横島に詰め寄りました。
「なら、何故おそばに置いてくれたのですか!? 私が、化け物だと知りながら……」
「そんなの決まってる」
 横島はひのめを抱きしめました。そして耳元で優しくささやきます。
「一目惚れだったのさ」
 腕の中でびくり、とひのめの身体が震えるのと横島は感じました。
「だから、お前が無理をして……命を削るようにして織物を織ることが、俺は嫌だった。大切なお前を俺のために傷つけているのが我慢できなかった。……なんとかするから、もう織物を織ることはやめてくれ。お前は俺が護るから。情けない男だけど、がんばって、何とかして、護るから」
「……でも、正体を知られたからには、ここから去らなくては」
「何故?」
 それは化け物と知られたからには人間と暮らすことはできないから。そう答えようとしたひのめは、横島がその事をもまるで問題にしていないことを思い出しました。正体を知られたら彼と別れ、ここを去らねばならない。そう思いこんでいた彼女にとって、絶望が希望に変わった瞬間です。
 詰まったような声で、ひのめは言いました。
「これからもずっと、おそばに置いて下さいますか」
「絶対にはなさない」
 ひのめの両手が横島の背に回り、力一杯彼を抱きしめました。


 これから先のお話は、詳しく語る必要もないでしょう。もちろん、二人は仲睦まじく幸せに暮らしたのでした。めでたしめでたし。


 目覚まし時計の音に、彼女は目覚めた。枕元で鳴り響く時計を止めると、大きな欠伸をする。もやのかかったような視界。目をこすり身を起こした。
「うーん……夢、かぁ」
 彼女は目覚まし時計の隣に置いてある絵本を見た。題名は「鶴の恩返し」。有名なおとぎ話だ。
「寝る前にこれ読んだからかなあ。……いい夢だった」
 彼女はにへへと笑いながら身をくねらせた。大好きな横島お兄ちゃんと夫婦になって幸せになる夢。
「今度は白雪姫とか、シンデレラとか読んでみようかな。また夢を見れるかも。……そしたら今度は、お姫様と王子様かあ」
 顔を赤らめ、ますますその華奢な身体をくねらせる。その頭の中はもうピンク色だ。
 にへへにへへとあっちの世界に旅立っていると、不意に部屋のドアがノックされた。
「ひのめ、起きてるの? 学校遅れるわよ」
 母親だった。
「お、起きてるよう」
 慌ててこちらの世界に戻ってくると、ひのめ嬢は返事をする。母親がドアを開かないよう祈りながら。今開けられたら、顔が真っ赤なところを見られちゃう。
「そう。早く着替えていらっしゃい」
 彼女の祈りが届いたのか、母親は部屋には入ってこずに戻っていった。ほっとしつつ、ひのめはベッドから下りる。カーテンを開けると、太陽の光がさっと入り込んできた。いい天気だった。夢見もとてもよかったし、今日はいい一日になりそうだ。
「今日はお兄ちゃんに会えるかなあ。会えるといいなぁ」
 えへへと笑いながら、ひのめは着替えるべくパジャマを脱ぎ始めた。
 ……小学校に向かうために。


 美神 ひのめ八歳。周囲の友人よりもはるかに早く、ただいま初恋中であった。


 あとがき

 完全無欠の電波です。これを書くにあたって鶴の恩返しのあらすじを振り返ってみたのですが、鶴を助けた心優しき若者が、鶴の織った織物のせいでだんだん堕落して行く様が書かれていました。なんだかとってもリアル。哀れなもんですなあ。

「再会。ただそれだけ」(後)の感想の返事です。
 感謝感謝です。


>柿の種様
 確かに横島の考えは傲慢です。すべて自分の力によってどうにかしようなんてのは無謀ですし、無理です。でもそれだけ自分を許せなかったのでしょう。ルシオラを助けられなかったのではなく、見捨てた事を。自らの意志で彼女の手を離したようなもんですからね。

>リーマン様
 すいません。書き始めた当初はここまで考えてませんでした。でも嬉しいです。
 実はこいつら、書いている内に勝手にしゃべり始めまして……。書き手としちゃ嬉しい現象ですけどね。

>偽バルタン様
 あああ、タイトルに関しての感想がまた! 嬉しいけど当初考えてなかっただけに、誉められるとちょびっとだけ恥ずかしい……。

>柳野雫様
 マイナス地点にいた二人が寄り添ってやっとゼロの状態に。あとはどれだけプラスを積み重ねられるかですよねぇ。


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