cause and effect
とあるところ、とある時間。
一人の青年が居ました。
その青年は、世界と恋人、どちらかという選択を迫られました。
青年が選んだのは世界でした。
恋人は死にました。
彼の目に自分の不幸が映りはじめました。
自分のした過ちに未練を残し、とりあえず生きてました。
自分以外にも恋人をなくした人のことが見ることができませんでした。
自分を慰めてくれる人たちも居ましたが、彼はその人達の心がわかりませんでした。
本当ならば近しい人をたくさんなくした人もいたのですが、彼は自分自身の不幸しか目に映りません。
また、彼は他の人にはない能力を持っていました。
その能力を高めれば、過去へ行ける、そんなことを考えて修行しました。
毎日毎日血を吐いて、毎日毎日人に迷惑をかけて。
それでも、まだ彼の目には自分の不幸しか映っていませんでした。
ついに過去へと渡る力を身につけました。
そのことに夢中な彼は、さよならをつげるだけでこの世界での責務を一切放棄し、過去へと飛びました。
また、彼に残された人たちは嘆きました。
けれど、彼の目には自分の不幸しか映っていなかったので、彼はみんなが悲しんでいることに気がつきませんでした。
彼が過去についたとき、彼は彼でないことに気付きました。
まったく見覚えのない場所、見覚えのない男女。
魔族と呼ばれる種族があたりを取り囲み、自分を祟っています。
彼は魔族になってしまったのです。
まさに皮肉、まさに因果応報。
自らの身しか省みる事の出来なかった者の末路です。
時はまだ神と魔がおおっぴらに対決し、人が居ない時代。
神と魔の区分が極めてあやふやな時代。
大きな戦争がありました。
勝った方が正義となり、負けた方が悪となる、大きな大きな戦争でした。
彼もまた、身を窶して戦いました。
彼は悪と呼ばれるのがいやだったからです。
一生懸命、一生懸命戦いました。
でも、負けました。
彼は死にたくなりました。
神が神であり、魔が魔であることが明確に決まった時から、人が存在するようになりました。
人はひ弱な存在でありながら、神と魔に新しい変化をもたらしました。
神を更に神たらしめ、魔を更に魔たらしめる。
『信仰』という名の、神魔を明確区分する方法を自然に身につけていたです。
正義、悪という形容しにくいものも、人を基準としてそのシステムが組み立てられました。
だから、神と魔は人というものを大切なものにしました。
もっとも、正義だ悪だと括られるのがいやな神と魔も居て、そういうものは人間を密かに殺しました。
ところで、その『信仰』というものが存在するにつれて、神と魔にもう一つ変化がありました。
神と魔はどんなに低級のものであっても、魂でその存在を識別することができました。
けれど、人にはそれが出来ません。
人は言葉を開発し、それを代用するようになりました。
こうして、神と魔には必要のなかった、新たな概念『名前』が普及したのでした。
名前を与えられなかった神や魔も数多く存在しましたが、彼は名前を貰うことになりました。
悪だ悪だと罵られる生活にも多少慣れ、少しずつ生活を直そうとしていた矢先のことでした。
彼の名前は『アシュタロス』
そう決まりました。
かつて自分が葬り去った悪魔の名。
極大の力を持つ悪魔の名。
未来の、世界の、宇宙の反逆者の名、アシュタロス。
そのことを知った彼は、気が狂わんばかりでした。
もうすでにデタントに動きつつある神と魔の最高指導者に直訴し、神にしてほしい、とねだりました。
が、結局はかなえてもらうことができませんでした。
次に、自分の命を絶とうと思いました。
けれど、どう頑張っても死ぬことができません。
宇宙のホメオスタシスによって彼は死ぬことを許されなかったからです。
絶望に浸る彼。
その頃から、段々とおかしくなっていきました。
数多く居た部下と顔を合わせず、篭る毎日。
まだまだ長く、刻々と迫るタイムリミット。
毎秒、毎秒、カウントされるたびに身を襲う、絶望に道を塞がれた者の恐怖。
想像を絶する苦悩が彼を襲います。
そして、それが彼を狂わせました。
ひょっとしたら歴史の修正力が働いたのかもしれません。
もしかしたら世界の強制力が動いたのかもしれません。
彼は数千年後、元の自分に殺されました。
まさに因果応報。
cause and effect
……そして彼を殺した彼も、また再び彼に。
cause and effect
この世とはまた別の魂の牢獄に。
cause and effect
すべては、最初の彼の為に。
cause and effect
物語は終わりません、ただ語るのが終わるだけ。
ではさらば。
後書き
さて、どうだったでしょうか。
『cause and effect』……原因と結果は。
今回の横っちは、原因が結果となり、結果が原因となる無限ループの輪に入り込んだわけで。
アシュ様が言ってた『魂の牢獄』ってのが因果律の中に現れた新たなる『魂の牢獄』なわけで。
まぁ、相対的に見れば抜け出したことにはなるんでしょうけど。
ちなみに余談ではありますが、今回のSSSを書いた動機は。
『逆行物って完結しないよね、じゃあ一話読みきりで完結させちまえ』という不純なところから。
別にSSSでなら完結したのは多いだろうな、という今の感想。
というわけで、ここらへんで逃走。