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▽レス始

「愛に生き、愛に死す(GS)」

熊沢司 (2004-12-23 15:40)


 世界にノイズが走る。ざあざあと。灰色のフィルターによって覆われた世界は、どこか物悲しげに濡れていた。
「……あのさ」
 ぽつり、と。耐え切れなくなった沈黙を打ち破るように声が出た。掠れたその言葉は、どこか相手を気遣うような声色で。
「――もう、泣くな。……終わっちまうのは仕方ないんだ。誰もどうしようもない。だから、泣かなくていい。こうなるのは運命だったんだよ」


   愛に生き、愛に死す


 ざあざあと。耳障りな音は止みそうにない。それは、まるで壊れかけのテレビのようで。だからこそ、冷静になれている。
「――でも」
 涙の混じる声を発したのは、彼女だった。ふるりと震える肩はまだまだ小さく、まだどこか大人になりきれない子供を感じさせる。けれど、その小さいからだに信じられないほどの強さがあるのを、知っていた。だから、笑ってやる。
 その涙を拭うように。
「オマエのせいじゃない。ましてや誰かのせいでもない。だから、気にすんな」
「――でも!」
 耐えかねたように顔を上げる彼女は、まだガキだったあの頃に出会ったアイツとそっくりだった。きっと、さらに似てくるのだろう。そして、いつかはアイツを越えてさらに成長していくのだろう。その姿をずっと見ていくができる、ということは何よりの幸せだと気づいたとき、救われた気がした。助けられなかった悔恨が、薄れた気がした。
 それもこれも、全部コイツのおかげだった。心に今も空く穴が塞がることはないけれど、でもそれを少しでも埋めてくれた。挙句、でっかい幸せを持ってきてくれたのだ。
「……知ってるか? 親が子を助けるってのは当然のことなんだ。たとえ、子が親を嫌っていたとしても、親は子を大事に思う。――なんでだろうな。愛してる、ただそれだけで自分の命なんて惜しくないんだ」
「知らないよ――知りたくない! なんで、なんで――私なんて助けたのよ!」
 恐らく、コイツは戸惑っていたんだと思う。自分の中にもう一人誰かがいるような感覚。早くからその兆候が見受けられていたが、思春期を迎え、それに憎悪にも近い嫌悪感を抱くようになっていた。そして、きっとそれは俺に関係するものだったに違いない。小学校を卒業する頃には、すでに彼女と俺の間には修復しがたい溝ができていた。俺はどうすることもできず、せめてこれ以上苦痛を与えないようにと、家を出ることにした。今、考えてみればその行動は間違っていたかもしれない。例え傷つけ合っても話し合うべきだったと気づいた頃には、もう終わってた。
 でも。それすら悔やむことはない。今、目の前で泣いているその姿。それを知っただけで、俺は今までのことを全て忘れることができた。
「残された者の悲しみは、尊いもんだ。けどな、それに囚われちゃいけない。悲しみは、結局のところ、思い出に変わる時に出る少しばかりのおつり過ぎないんだよ。俺はそれを間違えた。あんまりにも悲しくて、悲しいのが悲しくて、どうしようもなくて――結局オマエにもその感情を押し付けちまった。だからかな、こんなことになってちょっとほっとしてるんだ」
 背中を預けていた壁の感触がだんだんと感じられなくなってきた。相も変わらず、ノイズは延々と耳の中で鳴り響き、煩わしい。
「こんな時でもないとさ、もう話すこともなかっただろ。だから、ずっと言いそびれていたことを言おうと思うんだ」
「な、によ……そんな、遺言みたいな」
 気丈なセリフは実のところ、そんな似合っていなかったが、それもそれで可愛いと思ってしまうのは、親の贔屓目なのだろうか。そんな考えに思わず苦笑しようとしたが、口から零れたのは僅かばかりの呼気だけだった。
「……ずっと、申し訳ないと思ってた。俺の身勝手で、オマエを苦しめてた。だから、スマン」
「…………!」
 言い終わった瞬間。がくん、と一段階何かが下がった気がした。先ほどまで煩いほどに鳴り響いていたノイズが途切れ、ふっと視界が暗闇に覆われた。
 それに抗うように、まるで残っていない霊力を全身に行き渡らせる。こうすることで、僅かばかりの猶予を稼ぐことを本能的に分かっていた。
「あと……もう、ひとつ――」
「しっかりしてよ、こんなところで死ぬなんて、そんなことありえないじゃない!」
 その言葉は。きっと、自分の風評を聞いたのだろう。誰が呼び始めたのかは分からないが、不死身だとか、超人だとか、そういった触れ込みが出回っているのは聞いたことがあった。自分でも人間離れしているとは思っているが、決して人間を辞めているような力は持っていない。だから、死ぬときゃ死ぬのだ。
「きい、てくれ。こんなこと――言えた義理、じゃないんだが――――」
「――――」
 はっ、と息をのむ音が聞こえた気がした。もう、時間がない。それは、分かりきっていた。体を巡る霊力が霧散していく。それと同時に、体の熱も消えかけていった。
 痛みとか。苦しみとか。そんなものは何一つない。間違いだらけの人生だったけれど、最高の女と結婚し、最愛の娘を授かり、束の間だけれど幸せな家庭も築いた。やっぱり最後まで馬鹿なのは治らなかったが、それでも振り返ってみれば自分は自分として生きてこれた。
 だから。一言で言ってしまえば――
「あい、してるよ。今も、昔も。ずっと、変わらずな」
「――っ、さん!」
 愛している。この気持ちに偽りなんてない。
 娘だけじゃなく。妻も、両親も、友人たちも。これまであった様々な人も、神族も、魔族も。それに、そんな自分たちが住むこの世界も。
「――おとうさんっ!」
 それが、自分の心の在り方。
 愛があれば、それでいい。
 間違いなんかじゃない。
 だから。

 ――愛してるよ。

 それが、さよならのことば。


 こうして。
 父となった英雄は娘を救い、その生涯を閉じた。


《愛に生き、愛に死す 了》


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