なんで僕は女なんだろうか。周りも、自分も男であるのをきっと望んでいたはずだ。跡継ぎ、職業、家柄…あげれば女である特典がまったく見当たらない。たかだかDNAの螺旋配列がちょっと違うだけで性別が変わるなんておかしいと思う。今からでもかえられないのか。 女に生んだ両親を恨むべきなのかもしれないが…正直両親の記憶というものがあまりない。ない、というか思い出せないといったほうが正しいのかもしれないが。 ただ、数少ない残っている両親の写真にはいつも目をひく光が輝いていた。 両親の耳元に輝く光。父と母がそれぞれ片方ずつもっている光。小さい頃はそれがなにかわからなかったが今ならわかる。 ピアスだ。 しかし写真にきらめく光はもうないはずだ。両親が揃って亡くなった際、一緒に火葬されてしまっただろうから… その光はいつも写真の中だけで輝いていた。もう、自分が目にすることはないと思っていた。 15の誕生日を迎えたその日、特になにごともなく1日がおわるかと思っていた。お祖父様の心遣いあふれる夕食をとり、いつも通り風呂にはいり、読書をしてから寝るつもりだった。 読みかけの小説わ開いた時、部屋のドアが控えめにノックされた。 「はい。なんでしょうか?」こんな夜分にだれかが部屋にくるなんてめずらしい。 「…遅くにすみません直斗様。薬師寺です。」 音の主はお祖父様の秘書、薬師寺さんだった。 「開いてます。どうぞ。」 薬師寺さんは手にちいさな包みをもっていた。それを僕に差し出す。 自分の悪い癖だとは思うがなんとはなしにその箱をまじまじと観察してしまう。色褪せた包装紙に包まれたちいさな箱だ。 「…これは?」 「直斗様へご両親からのプレゼントです。」 両親から?すでに亡くなっている両親から? 両親がいなくて寂しいと思ったことがないわけではない。しかし今は探偵の真似事かもしれないが事件を追いかけ、真実を探すことに忙しくいつしか悲しみは薄れていった。 薬師寺さんのいうことが理解できず、とりあえず箱をうけとる。 色褪せた包装紙をはがし、中からでてきた箱をあける…… そこにあったのはあの写真の輝きがはいっていた。一対のシンプルなシルバーのピアス。装飾の石等は一切ない。美しい螺旋を描いた銀の輝きがそこにあった。 「これは…?」 声が震える。両親を失ってから涙をなくしたように思っていた自分に熱いものが込み上げる。 「ご存知かと思いますが…直斗様のご両親がつけておりましたピアスです。ご両親が婚約した際、指輪ではなくピアスを一対買い、互いに片方ずつつけるようにしたそうです。」 淡々と薬師寺さんが要点を語る。 「このピアスは直斗様が大人になった時にプレゼントすると直斗様が生まれたときにそれはそれは嬉しそうにおっしゃっておられました。」 箱から出し、手にのせる。キラキラと部屋の明かりに照らされ、写真と違わない光を放つ。 「ですからご両親が亡くなった時…私はその言葉を守るため、このピアスだけは手元に残しておいたのです。」 言葉がでなかった。記憶の片隅の両親は仲がよく、いつも一緒だった。そんな両親が好きで自分もそうなりたいと願っていたときもあった。 しかし今は女であることを隠し、女が踏み入れるべきではないと暗黙のうちに示される職種に足をつっこんでいる。 「直斗様。直斗様が選んだ道を私は否定いたしません。ただ、ご両親が残したこの輝きをどうか忘れないでください。きっと、偽物ではなく本当の輝きを直斗様も手に入れることができるでしょう…」 薬師寺さんの顔をみることができず僕は背を向けた。足音が数歩分響き、ドアがあき、ドアが閉まる音が響いた。 今の自分をみたら両親はどう思うだろうか?笑うだろうか、泣くだろうか? 「本当の…輝き…か。」 いつしか自分もわかるのだろうか、女でよかったと思える事が。女であることを素直に喜べる事が。この身に刻まれたDNAの螺旋配列を素直に受け入れられる事が。 まだ、その日はこないかもしれない。でも……… このピアスがそばにあればなんとなくその日が近づきそうな気がした。 運命はいつしか誰かと絡まり、そして新たな絆を紡ぎ出す。 そう、それは手を伸ばせばすぐにとどくその場所で。