ぐれキン狩りの途中で直斗と狐に会ったので 駄目だ。 と、直斗は思う。それが悪意や好奇に満ちたものであれば、かわすことも受け流すことも容易であるし、これまでもそうしてきた。だが 本日の探索の供となった狐の尾が、ふらりふらりと左右に揺れるのを見詰めてみる。必要ないほど、一心に。 右、左、右、右、左、右………やっぱり駄目だ。 下顎と首元が密着するほどに頑なに下を向き、キャスケットのつばをまぶたが隠れるほどに引いた。視界にはもう揺れる狐の尾の先と、自らの足下しかうつらない。 それでも駄目だ。 古代、魔術の始まりは邪視。つまり視線による呪いであったという。 なる程確かに。 見ていなくても、見られている。ここにいる此の人に。 そう思うだけで身体の芯に火が灯る。顔が熱い、鼓動が高鳴る、手に汗がにじむ。 ついで頭の奥から引き出された情景がまた、症状を酷くさせた。 痺れるほどの快楽と幸福の記憶に目眩。ギュッと目を閉じる。 名前を呼ばれた。 駄目だ駄目だ駄目だ。此の人は平素無口なくせに―――いや、無口だからか―――目で語り過ぎる。 顔を上げたらおしまいだ。視線なんか合わせたらもう相手の思うツボだ。 せめてもの抵抗を、 「……見ないで…くださいっ…」 自分でも笑えるくらい声が上擦る。 苦笑の気配。 提案。雑談しよう。 話す余裕なんてありはしない。 だいたい何で独りで探索しているのだ。「ひとりで突っ走らない」は自称特別捜査隊設立時からの不文律と聞いたが違うのか。 不満を漏らせば、りせがナビしてるからひとりじゃないと応えが返る。 ああそうか、じゃあ今この状態も彼女には筒抜けかもしれないのか。 ―――死にたい。 なんだそれ恥ずかし過ぎる。 今すぐここから駆け出して逃げたい衝動。はやく どっか いって。 「恥ずかしくて……死にそう…なんです」 意を決して放った言葉。顔に熱が集中する、目が潤む、ドクンドクン、鼓動がうるさい。 ……わかった。 それじゃあ、行くから。 カリリ…、彼の持つ大剣が地面を浅く削る音。それが意味するのは持ち主が身を翻す動作。 え、と声が漏れた。そんなあっさり、という感想が強い。 慌てて顔を上げれば翻る制服の背中はもはや遠くにある。 途端に息が詰まる思いがした。 側に居れば煩わしいほど胸が騒ぐのに、離れると途端に見放されたような気持ちになる。 胸の内でいつかの影が「寂しい、寂しい」と泣いているみたいで、何とも勝手な自分の心に軽く自己嫌悪した。 ため息混じりに見送る背中、それが不意に立ち止まる。振り向いた。目が合う。 彼が笑った。手を振りながら、直斗の名を呼ぶ、愛してるだとか好きだとか叫びながら。 結局のところ、またからかわれた……のだろう、恐らくは。 まったく、こっちは真剣に悩んでいるというのに。 装填確認、引き金を引く。快音一発。弾痕が彼の足元を穿って、黙らせた。 息を吸う、大声で。 「先輩なんか、もう知りませんっ!」 「ので、じっと見つめた後ちょっとからかってみたら撃たれた」 お粗末 目次 / 戻る |