晩秋の高台。すでに紅葉の盛りは過ぎ、広葉樹の葉が幾重にもなって落ちている。 重なり合った赤や黄の落ち葉はまるで上等な絨毯のようで、華やかでいて少し寂しい。 冬を予感させる冷たい風が時折頬を撫でる。 直斗は街が一望できる高台の景色から肩越しに振り返った。 「あなたといると…自分が、とても怖くなります。自分の本当を認めてしまった途端に、何かが全部、溢れてしまいそうで… でも、僕は…言わなきゃいけませんね…本当の気持ちを…」 そう告げると、振り返った先に立っている彼が静かに微笑した。 目が合うだけで心臓がどきどきと早鐘を打つ。立っているのが精一杯だ。 何度か唇を噛みしめる。継がなければならない言葉が、喉に引っかかってなかなか出てこない。 彼は急かすことはない。ただ、穏やかな表情のまま見つめ返している。 「あなたのことが…好きだって」 ようやく喉から搾り出した言葉は、風に掻き消されてしまうほどにか細かった。 彼の耳に届いたかはわからない。だが、もう一度同じ言葉を紡げるくらいならこんなに時間がかかったりしない。 「あ、あの…とにかく、そういうことみたいです」 直斗は視線を外し、帽子を深々と被り直した。 顔に血が昇って、何が何だかわからなくなってくる。 「も、もう…恥ずかしくて…死にそうだ」 昨日の夜、さらりと言えるようにさんざん脳内でシミュレートしたつもりだった。 だが、本人を目の前にしていざ本番となるとまるで役に立たなかった。 100点中20点といったところ。完全に赤点レベルだ。 誰かを好きになるのも初めてなら、告白するのも初めて。 初めて尽くしなのだから致し方ないと、自分を慰めるくらいしかない。 「ありがとう」 彼が少し照れたように微笑む。年齢相応の優しい顔だ。 こういう表情を見られるようになったのは、ごく最近だった。 普段の彼はとても落ち着いていて、たったひとつの年齢差が越えられない壁のように思えさえするのに。 異性として意識するようにならなかったら、見られないままだったかもしれない。 ようやく想いが伝わった。その安堵感に急に膝に力が入らなくなる。 直斗はへたへたと座りこんでしまう。 「…直斗! 大丈夫か?」 彼が慌てて駆け寄ってくる。ますます恥ずかしい。 穴があったら入りたかったし、消えられるものなら消えてしまいたかった。 「…だ、大丈夫、です…」 そう答えたものの、腰が立たない。 彼が腕を掴んで立たせてくれた。だが、支えがなければまたへたりこんでしまいそうだ。 一生懸命足に力を入れても、膝のあたりが震えてしまう。 どうしたものかと考えあぐねていると、ふと温もりに包まれる。 肩に大きな手がかかっている。視界には見慣れている学ラン。 抱き寄せられている――状況を理解した途端、頭がパニックになる。 「ああああの、その…」 「捕まえた」 「え…?」 思い返せば、初めて告白されたときにどうしていいかわからず、逃げ出してしまった前科があった。 今さら言い訳はしたくないが、いっぱいいっぱいだったのだ。 すでに彼を特別な存在として意識していたのは間違いない。 ただ、自分の中にある想いがどんなものであるのかわかっていなかった。自覚さえなかった。 ――今、想いは確かに形を成して胸の中にある。 「…もう、逃げたりしませんから…」 「うん」 耳を澄ませると、彼の鼓動が聞こえてきた。 普段より速い、かもしれない。少しくらいは緊張してくれているのだろうか。 「今度、どこか行こうか」 何でもないことのように彼が誘う。 想い合っている男女が一緒に出掛けるのは、俗に言うデート以外の何物でもない。 学校帰りに本屋に寄ったりするのとはわけが違う。意識してしまうと、かっと頬に血が昇る。 「…はい」 何とか気を静めて頷くのが精一杯だった。 初めてのデートなら、先輩の家に行ってみたい――そう言ったら彼はどんな顔をするだろう。 心臓の音が耳についてうるさいくらいだ。 結局反応を想像するだけで、口にすることは適わなかった。 (終)