「直斗」
「はい」
「白鐘くーん」
「……はい」
「王子ー」
「…………」
「……ナオチャーン」
「ああもう!何なんですか!」

 OKやっと振り向いた、と彼は小さくため息をつく。
「何怒ってるんだ」
「先輩が変な呼び方するからでしょう」
 用がないなら早く行きましょう。踵を返す直斗の肩に手を置いて引き留めた。
「そういうことじゃない」
 振り向く代わりに肩越しに視線を投げられる。どうも態度が刺々しいのは、ここがテレビの中だからというわけではないだろう。
「素材、集めるんでしょう?立ち話してたら効率が悪いですよ」
 この調子だ。やっと返事をしてくれたと思ったのも束の間、今日の直斗と来たらとりつく島がない。
 これがちょっと口が滑っただの愛情表現が過ぎただのと思い当たる原因でもあれば全力で機嫌を直しにかかる所だが、今日に限っては本当に心当たりがないのだ。
「だからちょっと待て。テレビに入る前からずっとその調子だろう?せめてきちんと話してくれ。ちゃんと言ってくれないと判らない」
「……心当たり、ありませんか」
「あるも何も昨日の昼に話したのが最後じゃないか」
 彼の返答に直斗の声が低くなる。
「本っ当にありませんか。昨日から今日にかけて。全く。微塵も」
「昨日……あのあと…………?」
 直斗と別れて教室に戻った辺りから記憶を辿る。どう考えても関係ない授業を除外して、放課後の行動を思い返し……
「……あ、あああっ、まさか」
 一つの行動に思い当たって声を上げる。
 あからさまな動揺を見せる彼を、直斗は上目遣いに睨み上げた。眼鏡越しだから余計に迫力がある気がする。
「思い出しましたか?思い出しましたね?いくら人気のない場所だからって、どうしてあんなことしたんですか!」
「ち、ちょっと待て、どうして直斗が知ってるんだ。まさか、見……」
「僕は盗聴器を仕掛ける趣味はありません」
 ぴしゃりと言い捨てる。つまり見たということだろう。あの恥ずかしい姿を。

 いきさつはこうだ。

 約24時間前、放課後の河川敷。
 四阿よりももう少し奥、通行人からはほとんど死角で滅多に立ち入る人影も無い場所がある。ここ最近そこに定期的に通う人物がいたのだ。勿論気付いている人間はほとんど居ないだろう。と本人は思っていた。
 昨日も彼はそこに居た。通り側と違いあまり手入れのされていない草むらにがさがさと踏み込むと、音を聞きつけた小さな生き物が草の間から姿を現す。
「よう」
 彼が声をかけると、それは挨拶を返すようににゃあ、と鳴く。まだ大人になりきっていない真っ黒な猫だ。
 いつだったか頼まれごとで河川敷の猫に餌をやっていた時期がある。その猫はどうやら身重で餌が満足に調達できなかったらしく、ある程度体力を取り戻すと彼にお礼の品を渡して姿を消した。その後しばらくしてこの黒猫に出会った。
 その頃は今よりももっと小さい、およそ一匹で野良生活など出来まいというほどの子供だった。はぐれたか事故にでもあったのか親兄弟の姿は近くにはなく、といって居候状態な上に今は一人きりの堂島家に連れ帰る訳にもいかず、放ってもおけずに時折餌を与えるようになった。
 自分用のものとは別の小さな弁当箱を取り出す。中には幾切れかの魚の切り身。弁当箱ごと差し出すと猫は警戒する様子もなくそれを囓り始めた。
 勿論最初は警戒されたが何度も餌を置くうちに次第に懐いてくれたようだ。素っ気なさげな態度こそ変わらないものの、今では撫でたり抱き上げたりには黙って身を任せてくれるようになった。毎日餌をやっている訳ではないがこの黒猫、中々頭は良い様子である程度遠出が出来るようになってからは自分で餌を調達しているらしく、今はもう食うにもそれほど困っていない様子ではあるのに彼が来る日だけはしっかり覚えていてこうして待っているのだ。実に可愛い。
 食事の邪魔をしない程度に背中の毛並みに触れながら彼は少し目を細める。この猫との触れ合いをおおっぴらに出来ない理由は、野良に餌をやってはいけませんというのは勿論あるわけだが、それだけではない。
「……ナオト」
 食事中の猫は返事の代わりにしっぽを振ってみせる。
 そう、名前を付けてしまったのだ。よりにもよって愛しい人と同じ名を。
 最初は何となくだった。綺麗な真っ黒の毛並みに小さい体、それでいて意思の強そうな目。素っ気ない態度ながらも感じられる全面的な信頼。彼女と面影が重なって何となく口にしたその名に、猫は彼の方をまっすぐに見て一声鳴いた。それで名前が決まってしまった。
 仲間にバレたら何と言われるか。茶化されるか、ふざけていると怒られるか。特に本人には絶対言えない。
 無論猫の方はそんな都合は知ったことではない。魚を綺麗に平らげた猫は、傍らに屈み込んでいた彼の足にぐいぐいと体を擦りつけた。
「なんだ、今日はやけに甘えるじゃないか。ナオト」
 膝の上に抱き上げてやると猫は勝手知ったる風にぴったりとそこに収まった。顎の下を掻いてやるとゴロゴロと喉を鳴らして身をよじる。
「はは、ナオトは可愛いな。……こらそんなに舐めるんじゃない、くすぐったいぞ」
 ナオト、ナオトと連呼しながら猫といちゃつく様を、まさか見ていた人物が居るとはそのときの彼は欠片も思っちゃいなかった。

「うあああああごめんなさい!」
 頭を抱えて直斗に背を向ける。恥ずかしい。何が恥ずかしいって、無邪気に猫と戯れていた様を知らないうちに見られていたことも恥ずかしければ、恋人と同じ名前をつけて可愛がっていたという事実が恥ずかしい。というか正直痛い。
「ナオト、ナオトって、恥ずかしいのはこっちです!いくら人目に付かない場所だからって、もし万が一学校の誰かに見られていたらどうする気だったんですか。というか、何考えてるんですか」
 バカなんですか。背中に辛辣な言葉が刺さる。直斗がこうまで怒るのは以前ナイフの前に飛び出したとき以来だろう。それでもこうまで頭ごなしにバカと言われた記憶は流石にない。しかも返す言葉がない。大体状況が違いすぎる。
「こっちを向いたらどうです」
 はい、と素直に向き直る。が流石に顔が直視できない。冷や汗を流しながら縮こまるその姿は、目線だけなら見上げているにも関わらず直斗にはやけに小さく見えた。
「そもそも、どうして僕なんです」
 言うだけ言って少しだけ落ち着いたのか、直斗のほうも多少は冷静になったようだ。いえ、あの、と何故か敬語調になりつつ彼は弁明する。
「なんというか、似てるなあ……と。そう思ったら、つい」
「つい、で人の名前を付けて、しかもお日様の下で無心に戯れるんですね。貴方は」
「いや本当に似てると思ったんだ、なんというかこう普段はそっけないけど二人きりだと急にごろごろと甘えてくるところとか」
「ふざけないでください」
 ……うっかり調子に乗るとそうやって容赦なく一刀両断するところとか。撫で回しすぎて引っ掻かれたことを思い出して彼は黙り込む。
 このままでは一向に怒りは解けそうにない。どうしたものか。そう考えていると、直斗が大きくため息をついた。
「……貴方にとって、僕も猫も大して変わりないわけですか」
「いや、違う。それは断じて違う」
「どう違うんですか。僕にもあんな顔したことないのに」
 その一言で無限ループにはまりかけていた思考がぴたりと止まる。なんだか怒りの矛先が変わってはいなかっただろうか。
「直斗、ひょっとして……妬いてるのか?」
「――ッ!」
 ばす、と音を立てて顔に直撃したものに視界を塞がれる。大して痛くはなかったがあまりの不意打ちに完全に意表を突た彼はそのまま後ろによろけてしまう。
「バカっ!!」
 ストレートな叫びと、投げつけた帽子を残して直斗は走り去る。
「あー……」
 顔面から引きはがした帽子を見ながら、曲がってしまった眼鏡を直した。

 図星だったのか。



「……言い過ぎたかな」
 薄暗い通路をとぼとぼと歩きながら直斗は一人ごちた。先程は思わずカッとなってしまったが、怒鳴るわ走るわでいつの間にか怒りも発散されたらしく頭の方はすっかり冷却されている。
 そもそもカッとなったのは本心をズバリ言い当てられたからなのだろう。勿論半分は勝手に名前を付けて文字通り猫可愛がりしていた無神経さへの苛立ちだが、もう半分は多分彼の言った通りで間違いないのだと、改めて言葉にされて実感していた。
 自分らしくもないと思う。以前はこの程度のことがあったとしても人前で激昂するようなことはなかった筈だ。
 変わったということなのだろう、素直に感情をだせるようになったということは。そしてその機会を与えてくれたのは誰あろうあの人だ。そこまで考えると先程までの怒りなど本格的にどうでも良くなってしまう。
(……戻ろう)
 戻って謝ろう。きっと彼も謝るだろう、それでこの件はお終いだ。
 そう考え、踵を返そうとして……直斗は自分の状況に気付いた。
「あ、れ」
 そういえば――ここはどこだろう。やたらに走ったおかげで道順など見てはいなかった。入る度に構造の変わる不安定なこの世界では目印になるようなものなど何もない。
(失態だ……)
 周囲の状況にも気付かないぐらい血が昇っていたとは。こんなことは今まで無かった。少なくとも人前では。
 再び湧き上がりそうになる苛立ちを押さえようと頭に手を当てるが愛用の帽子がないとなんとなく落ち着かなかった。
 感情に任せて走ったせいで道順すら覚えていないし、無論、一瞬で帰る手段など持っていなかった。落ち着け、壁に沿っていけばそのうち出口があるはずだと言い聞かせて直斗は一歩踏み出し……ぞくりと背に走った悪寒に身を硬くする。
 そう、道順などよりももっと大事なことを忘れていた。ここがどんな世界だったかを。
 振り向いた先にはうごめく影たち。ぎらぎらと光る何対もの眼が、しっかりとその小さな体を捉えていた。


 まとわりつくシャドウに銃弾を浴びせ、装填の隙をペルソナで埋める。ただそれだけのことが一人ではかなり大変な作業だと思い知った。性別や体格から来る埋めようのない非力さを補うための武器選択も、あまりに多勢に無勢では裏目に出る。
 おまけに相手は人間ではない、シャドウだ。一体二体倒したところで怯んではくれない。個々の力こそ大した事はなくとも一斉にたかられてはひとたまりもないだろう。
 延々と伸びる通路を追いつかれないように退きながら直斗は自分の浅はかさを悔いた。いくら大したシャドウが居ないからといって何が起こるか判らないこの世界で、軽率に単独行動を取るべきではなかったというのに。
「うわっ!」
 突然足を取られて直斗は転倒する。起き上がるよりも早く背後に迫る群れにペルソナの剣撃を浴びせ、足を掴む腕だけのシャドウに銃弾を叩き込む。肩で息をしながら残党を確認した。倒せない数ではないが、仲間内でも特に燃費が悪いペルソナであることは直斗自身も自覚するところだ。既に体力も精神力も限界に近かった。
 とにかく立て、走れ。自分の体に檄を飛ばし立ち上がろうとした瞬間、足首に走った激痛でバランスを崩して膝をつく。
(しまった……!)
 先程捕まれたときに足首をやってしまったらしい。そうこうしている間に残ったシャドウに取り囲まれる。
「ヤマトタケル!……!?」
 一気に蹴散らすしかない。気力を振り絞ってペルソナの名を呼んだ直斗は、しかし強烈な目眩と脱力感に襲われてくずおれた。
 最悪のタイミングで限界が来たことを悟りながらどうにか手をついて顔を上げる。大剣を手にしたシャドウが何かの碑のようにそびえていた。緩慢な動きでそれが振り上げられるのを、他人事のような不思議な気持ちで見上げる。
 ああ、終わる。心のどこかでそう思う。恐怖だとか色々な感情よりも先に脳裏に浮かんだのはつい先程こっぴどく罵ってきた彼の顔。これであの人に謝ることも出来なくなってしまうという、死を前にして思うには少々外れた考えだった。
 巨大な刃が振り下ろされ――

 ――がす、と鈍い音がした。シャドウが振り下ろした大剣は直斗に届くことはなく、空間を切り取るように現れた一枚の光の壁に飲み込まれてあたかも鏡に反射する光のように切っ先だけが反転しシャドウ自身に食い込んでいた。
 そのまま勢いと剣の重みに任せて自らの肩口から腹の辺りまでを綺麗に斬り込み、やがてシャドウはただの黒い塊になって四散する。
「これは……まさか」
「直斗っ!」
 消えてゆく光の壁を見ながら呆然と呟く直斗の耳に切羽詰まった声が飛び込む。
 さらに飛びかかってきた蛇型のシャドウを切り払いながら視界に飛び込んできたのは、やはり。
「せ、先輩」
「そこにいろ」
 半ば自失したままの直斗を庇うように立ち塞がり刀を振るうのは間違いなく先程思い浮かべた彼の姿だった。あっという間に手近なシャドウを切り捨てると彼は胸の前に拳を作る。
「――散れ」
 普段の彼からは想像も付かないような低く冷たい声を合図に、ぱきん、と何かの弾ける音。英雄の名を冠するペルソナが具現化しシャドウの群れを縦横無尽に飛び回る。
 やがてペルソナが姿を消す頃には、彼らの目の前に動くものは何一つなくなっていた。

 全て片付いたのを確認して刀を収める。ぱちりと鯉口の鳴る音で、呆然と始終を見ていた直斗ははっと我に返った。脱力感をこらえて膝を立てるがやはり立つのは無理だった。
 せめて何か声を掛けようとした直斗は、しかし振り向いた彼の表情を見て息を飲む。冷たいというか、堅いというか、そんな印象を受ける顔。滅多な事でこんな顔はしない。ことに仲間にこんな顔を見せることは無かったはずだ。帽子のせいで目元が翳っているから余計に迫力があるように思える。
 怒っている。そう感じた。だから彼がゆっくりと歩み寄ってくる間、直斗はなんとなく萎縮してしまって何も言えなかった。言わなくてはいけないことがあるはずなのに。
 目の前で足が止まる。ややあって彼が動く気配に、怒られる気がして直斗は身を固くする。
 けれど予想に反して体を包んだのは暖かい感触。
「……えっ」
 縋るようにして抱きすくめられ、直斗は声を漏らす。
「ちょ、ちょっと先輩、苦しい」
「……良かった」
 強く抱かれ、息苦しさに戸惑う直斗に返ってきたのは信じられないほどか細い彼の声。
「先輩……?」
「間に合わなかったらどうしようかと思った。直斗に何かあったら……」
「先輩、あの。怒ってないんですか」
「え?怒ってたのは直斗だろう?」
 問われて肩口にうずめていた顔を上げた彼は、もうすっかりいつもの彼に戻っていた。不思議そうに首を傾げるその姿に直斗はなんだか肩透かしを食らった気分になる。
「でも、さっきはあんなに」
「さっき?……ああ。あいつらか」
 そんなことはどうでもいいから、と彼は刀を放り出すと直斗の肩を押して座らせる。先程痛めた足を出させ、てきぱきと靴や靴下を剥ぎ取った。かなりの力で掴まれた細い足首にはどす黒い鬱血が浮き既に腫れはじめていた。包帯代わりのハンカチを足に巻き付けて固定する。
「痛っ」
「悪い、ちょっと我慢だ。……直斗、さっきの話な」
「はい。その、あんな先輩見るのって、奈々子ちゃんが攫われたときぐらいだったので……正直驚いてしまって」
「俺だって怒るときぐらいあるさ。俺の直斗にこんな怪我させて……」
「……『俺の』?」
「あ、いや」
 直斗が思わず拾った言葉に二人とも急に気恥ずかしくなり、そのまましばらく沈黙が流れた。
「……すみませんでした」
 固定のみの簡単な応急処置が終わるのを待ち、直斗は俯いたまま告げた。なんで直斗が謝るんだと彼は首を傾げる。
「勝手な行動を取って危険な事になりましたし……それに、さっきは少し言い過ぎたかなって」
「ああ――」
 そんなことを気にしていたのか。今度は口には出さなかった。
「そもそも原因作ったのは俺だし」
「それだけじゃないんです。さっき先輩に言われたこと。あれ……多分、その通りだったんです。僕、嫉妬してたんだと思います。僕が知らない先輩を無防備に見せる相手が居たっていうことに。――その、自分でも身勝手な話だとは思いますけど」
 しかも相手は猫だ。人間相手ならまだしも猫にまで妬いていた、なんて。結局、名前の件を差し引いても自分ひとりで空回りしていたことに気付いて直斗は恥じた。
 そうしてすっかりうなだれてしまった直斗の頭に彼はそっと帽子を被せてやる。やっと持ち主の元に戻ったその上から手を添え、笑った。
「もういいさ。さっきも言ったけど、元々悪いのは俺だし……それに、正直言うと少し嬉しいんだ」
「嬉しい?」
 怪訝そうに見上げる直斗に、怒らないで聞いてくれよと冗談めかして続ける。
「直斗が妬いてくれるなんて」
「あ……」
 たちまち直斗の顔が赤くなる。戻ってきたばかりの帽子を下げて目元まで覆い隠すその癖が、不機嫌なのではなく照れ隠しであることは既に知っている。
「可愛い」
「……ばか」
 羞恥の為か少しだけ掠れた声で、さっきも聞いた台詞をまた言われた。けれどそこに含まれる意味は全く違う。直斗は自ら帽子の鍔を少しだけ押し上げ、ぎりぎり見える彼の顔に上目遣いの視線を投げる。優しく微笑む彼と目が合うと、どちらからともなく穏やかな笑い声が上がった。


「さて」
 そろそろ戻るか、と彼は腰を上げる。手近なシャドウはあらかた片付けたとはいえまた沸いて出てこないとも限らない。
 傍らに置いていた刀を手渡され疑問符を浮かべる直斗の目の前で彼は体を反転させ、背を向けた状態でまた膝をつく。
 その体勢の意味を直斗はなんとなく理解した。
「………………あの」
「うん、遠慮するな。それじゃ歩けないだろ」
「いや遠慮とかそういうことではなく」
 子供っぽいんじゃないかという考えと、恋人と密着状態になるということと二重の意味で恥ずかしい。確かにこの足では歩けないし体力も限界だけれど。
「……判った」
 そんな心中を知ってか知らずか、中々乗ってこようとしない直斗に彼は頷く。
「じゃあ前か後ろか好きな方を選びなさい」
「は!?」
 要するにおんぶか抱っこか好きな方を選べと言うことだ。判ってない。否、むしろ判ってて言っている。刀を抱くようにして困惑する直斗にとどめの一言が投げかけられた。
「早くしないと前に抱えるの一択に」
「うっ……わ、わかりました!後ろで!」
 諦めて彼の背によじ登る。首に手を回すとき、ちぇ、と残念そうな声が聞こえた気がしたがあえて聞かなかったことにした。
 立ち上がる際に膝の下に腕を回される感触がなんだかくすぐったくて腕に力が籠もってしまう。苦しいかなと様子を窺う直斗にタイミング良く、しっかり掴まっていろよとの一言。軽々と体が持ち上げられ、いつもより高い目線に直斗はほんの少しだけ高揚を覚えた。
「足が治ったら、一緒に会いに行かないか」
 歩き始めてしばらく、彼が口を開く。
「会う?」
「俺の友達。真っ黒でふかふかの」
「ああ……」
 それが例の『ナオト』の事だと気付いて直斗は曖昧な返事を返す。冷静になった今となっては別段どうということはないのだが、やはり自分と同じ名前を付けられた相手というのはなんとなく複雑だ。
「紹介しようと思って。俺の『彼女』」
「かっ……」
 あえて『彼女』にアクセントを置き、背中で感じる直斗の体温が僅かに上昇する感触を楽しむ。見なくても容易に表情が想像できて彼は小さく肩を奮わせた。
「先輩!もう……からかってますね?」
 拗ね気味に非難する直斗にごめん、と返すも、どうしても声が笑っている。直斗は諦めたように肩に顔を埋めた。
「いや、でも向こうにも妬かれたら大変だな。そしたらどうしようか?」
「妬かれたら、って。……猫がですか?まさか」
「猫にしてはやけに頭いいからなあ。それに、言ってなかったっけ?ちゃんと女の子だぞ。あっちの『ナオト』も」
「……モテモテですね。けじめぐらい自分で付けて下さい」
 僕はもう知りません。心底呆れた直斗は投げ槍に呟く。呆れながらも、内心ではその小さな『ナオト』にどんな挨拶をしようかと考えないでもなかった。







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犬も食わなきゃ猫も食わない例のアレ?


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