まず、落ち着いて考えてみよう。 こう云う時に冷静に考えずして何が探偵か、という話なのだから。 こら、落ち着くんだ。バクバクするな。 まずはそもそもの発端から考えてみよう。 まずは冷静な事実のみ。 余計な推論や自分の意見を排除した厳然たる事実のみからだ。 何事も全てそこから始まるのだから。 時期は奈々子ちゃんを助けた後、11月の中盤の頃だ。 僕の住んでいた白旗の家(といっても今は一時的に離れてはいるが)に泥棒が入った。 その上、その泥棒は僕の子供の頃の思い出の品を盗み、 僕の目に付く所に謎々のような形で隠した。 その上でその泥棒と同一人物かどうかは不明である、が仮に同一人物としてかつ犯人が名乗ったように怪盗Xと呼ぶとしよう。 その怪盗Xは先輩を使って僕にあの奇妙なカードを届けさせた。 何も書いてないカードに最初は戸惑ったものの先輩の意見を手がかりに、 あぶり出しなどという子供じみた方法で そのカードにある文字が書かれている事を僕たちは調べ上げた。 そのカードに書かれていた内容(それも謎々等という子供染みた方法で書かれていた) に沿って行動してみると、そこには先程の盗難事件で盗まれていたと思われる 僕の子供の頃の思い出の品が隠されていたのだ。 子供の頃の思い出の品。 探偵バッチなどという今思うに赤面してしまうようなものだ。 特に何の機能がある訳ではない。子供の頃は、いやもしかしたら今でもそうかもしれないけれど。 それを持っていれば自分が何者かとして認められる。 そう思わせてくれるそんなものが欲しかったのだろう。 僕が子供の頃に作ったそれだった。 事件はそれだけで終了はしなかった。 怪盗Xは探偵バッチだけではなく、 僕が子供の頃作ったそれ以外の探偵秘密道具も次々と色々な場所に隠し、 僕と先輩にはその隠し場所のヒントを残した。 僕と先輩は力を合わせてそれぞれの隠し場所を見つけ出し、 そしてそれらの探偵秘密道具を取り戻していった。 ここで疑問がある。 はっきり言って、今先輩達と追っている殺人事件 (生田目を逮捕した事により解決に向かってはいるが)や 未だ病院にいる奈々子ちゃん、そして刑事の堂島さんの件に比べて これは事件ともいえないような物だ。 その上、犯人については大体判ってもいる。 なぜ先輩はこんな事に付き合ってくれるのだろう。 お節介な性格なのであろう事はその言動やマヨナカテレビ内での行動から推測できる。 意外とマメで、花村先輩や巽君からだけでなく、女性からの信頼も厚い。 学内でも信頼されており、事件だけでなく運動部、文化部の活動もきちんとこなすバイタリティーは目を見張るものがある。 それだけじゃない。時間を見ては趣味、なのだろうプラモデル作りや読書、釣り等も行っているようだ。 そう、だから先輩は、明らかに暇ではない どころかとても忙しい人なのだ、と思う。 こんな事(と言えばあまりにこんな事だ)に関わる意味など無いと断言できる。 今まで友人付き合いというものの余りした事のない私が言うのも何だけれど まあ頑張れよ。の一言があれば親切な人というものだろう。 それが、それがである。 困った事に巻き込まれた僕を心配したのか帰り際には声を掛けてくれる。 それだけではない。 そのように細々と気を使ってくれた上に今回の件を一緒に解決しようと言ってくれ、 現に解決への道筋を付けてくれている。 これはちょっと親切と言うには親切すぎるんじゃないだろうか。 間違ってない。ここまでの考えは間違っていないはずだ。 もう一度考え直してみよう。 ここまでの話に僕の願望や、根拠の無い推論はあっただろうか。 無い筈だ。これが、客観的に見た厳然たる事実、真実だ。 先輩が親切と言うには親切すぎるという部分に関しては真実の筈だ。 絶対に。僕の思い過ごしじゃないし、僕の願望が入っている訳じゃない。 だから先輩は、先輩の行為は客観的に見てきっと『少し親切すぎる』筈だ。 ぼ、僕が久慈川さんの先輩に対する態度が少し『親しすぎる』と感じる事がある程度には 客観的に見て僕に対する先輩の態度は『少し親切すぎる』に違いない。 その先輩が、こう言った。 「直斗が女で嬉しい。」 と。これは何を表すのだろう。 客観的に、事実のみを取り出せばこれは先輩が 僕が、女性である事が、嬉しい。 という事になる。 何故か。 あの時僕は、男っぽい事が好きな(探偵バッチを作るような、高い所に上る事が好きなような) そんな自分が何故男に産まれなかったのか。とそう言った。 今考えるにあの時僕が先輩に言ったこの言葉はあまりに気安い、内面を吐露するような言葉だった。 きっと先輩は困ったに違いない。 僕だって、そんな事をあまり親しくも無い人間から言われたら どう反応しようかしばし考えてしまうだろう。 …なんだろう。この少し嫌な気持ちは。 先輩に、困って欲しくなかった? 甘えるのもいい加減にするべきだ。 確かに嬉しかった。これは否定しない。ワクワクした。 それも否定しない。 僕と先輩がやっているこれは、僕が昔からやりたかった名探偵ごっこ、そのものだからだ。 僕が勇気を持って事件に立ち向かい、そして解決するリーダー。 そして先輩が頭のいい、そして僕をある時は救い、ある時は引っ張ってもくれるスマートな助手。 学校帰りに集まって、二人で知恵を絞って難事件を解決していくのだ。 そこでは誰も僕の事を否定しない。 犯人がいて、二人でお互いを信頼して、力を合わせて真実を追究していくのだ。 その、先輩には言わなかったけれどすごく、すごく楽しかった。 怪盗Xを追おうと言ってくれた先輩に。 そして、僕の言葉を真剣に聞いてくれる先輩に。 でも僕がやりたかった事を先輩がやりたいとは限らない。 先輩は親切だから付き合ってくれているだけだ。 それを忘れたら、又笑われるだろう。 「女の癖に」 「子供の癖に張り切っちゃって。」 先輩はきっとそうは言わないでくれるのだろうけれど。 でも。甘えるべきじゃない。 僕の事件は、僕1人で解決するべきなんだ。 それなのに、僕はあんな事まで言ってしまった。 女に産まれた違和感をあんな風に吐露してしまった。 マヨナカテレビで見られた本当の自分とは違う。 あんな仕方の無い形じゃない。 僕が、僕の口で先輩にあんな事を言ってしまった。 先輩はどう思ったんだろうか。 こんな風に厄介事を持ち込んだだけじゃなく、 関係の無い僕の気持ちまで一方的に聞かされて。 気安い奴だ。と思っただろう。 もっとあからさまに迷惑だ。と思ったかもしれない。 そこまで先輩が考えたであろう事は判る。 僕も今、顔が赤くなっている事だろう。 何であんな事を言ってしまったのか、 言われた先輩の気持ちを何故慮らなかったのか、恥ずかしくてならない。 ・・・ でも先輩から帰ってきた言葉は 「直斗が女で嬉しい」 だった。 それが判らなかった。 例えば、何の関係も無い人からあんな事を言われたら僕なら何て答えるだろうか。 きっと、君の事を知らない以上、何も答えられない。 なんて事を僕は言ってしまうだろう。 でも先輩なら? 先輩ならきっと当たり障り無くこう言うかもしれない。 これなら想像が出来る。 『仕方のないことだ』 そう、当たり前の事。自分で何度も言いきかせた事だ。 でも先輩から言われたら納得できただろう。 やっぱり仕方が無い事なのだ。と。 でも先輩は優しいからもしかしたら 『男でも女でも関係ない』 こんな事を言ってくれるかもしれない。 そう言われたら、すごく嬉しかっただろう。 先輩に迷惑を掛けてるわけじゃない。先輩は僕の事を仲間として、友達として それで僕と一緒に怪盗Xを 馬鹿だ。 これだから僕は馬鹿だ。 子供っぽい思考。 子供っぽい考え方。 この後僕がどう考えるか当てて見せよう。 先輩は僕の事を仲間として、友達として見てくれたなら 『男でも女でも関係ない』そう言ってくれた筈だ。 じゃあなぜ 「直斗が女で嬉しい」 なんて事を言ったんだろう。 いやらしい考え方。子供染みた誘導尋問。馬鹿な考え方。 先輩が、僕に、好意を。 好意を持ってくれてるんじゃないだろうか。 そんな事を考えるつもりだったんじゃないか? まさか、ありえない。 ありえないなんて考える事こそどうかしている。 寧ろこれは先輩への侮辱ですらある。 男に生まれたかったなんて考えている、 諦めきれずに自分の事を僕なんて言っている化け物みたいな僕に。 先輩の周りには里中先輩や天城先輩、久慈川さんみたいな 本当に特別に美しい女性がいるというのに。 この頭は本当に本当に馬鹿な事を考える。 笑ってしまえればいいのに。 僕以外の人ならきっと大笑いするだろう。 いっそ言ってしまえばいいかもしれない。 「先輩が、僕の事を好きかも知れないんです。」 巽君なんかはきっと、…いや彼らはきっと違うだろう。 彼らはとても優しいから、そんな事を言う僕の事すら許してくれるかもしれない。 それ以外の人、例えば警察の人なんかに。 「僕を助けてくれた先輩が、僕の事を好きかもしれないんです。」 きっと小気味良い位に笑ってくれるだろう。 大きな口を開けて。呼吸困難に陥るかもしれない。 机を叩き、床にしゃがみ込んで腹を抱えながら苦しそうに笑うだろう。 もしかしたら大真面目な顔をして、こんな事を言うかもしれない。 「小さい男の子を好きな、そんな野郎もいるかもしれないな。」 そう言って、そして自分の気の利いた冗談にまた大笑いをするだろう。 そこまで考えて、僕は今、自分の頬に涙が毀れている事に気がついた。 本当に、楽しかったのだ。 僕がなりたかった名探偵になれた気がして。 一人ぼっちじゃなくて、皆で力をあわせて事件を解決する、そんな本当の名探偵に。 楽し過ぎたのかもしれない。 馬鹿なことを考えてしまうくらいに。 文化祭のミス何とかコンテストの時にふと、考えた。 僕がグランプリを取ってしまったらどうなるだろう。 結果がどうなったのかは知らないけれど票なんて入らなかったに違いない。 若しくは、度々手紙などをくれる、少し趣味の偏った子なら票を入れてくれたかもしれないけれど。 ほんのちょっと頭の片隅を過ぎっただけ。 その次の女装コンテストなどと言う時に化粧をしてあげる事になって、 慌てて教室を飛び出した時にふと考えた。 何かの役には立つかもしれないと思って化粧の仕方位は覚えておいてよかった。 そしてちくりと少し胸を刺した、『化粧道具を借りなければいけない』自分について。 涙が邪魔してしょうがないから両手を目に当てた。 僕はどうやらしゃくり上げる位に泣いているみたいだ。 子供みたいに。 好きになっちゃったみたい。なんて他の女の子みたいに気軽に言えれば良かったのに。 高い所なんて嫌いで良かったのに。 名探偵なんてなりたくなければ良かったのに。 男の子みたいに、そんなもの好きじゃなければ良かったのに。 そうしたらもしかしたら嬉しかったかもしれないのに。 「直斗が女で嬉しい」 って言われて嘘でも勘違いでもほんのちょっとでも期待できたかも知れないのに。 こんなにうろたえて、おろおろして、馬鹿みたいだ。 馬鹿じゃないか。馬鹿そのものじゃないか。 怪盗Xが現れて、ドキドキして名探偵になったみたいに喜んでいるのと全く一緒だ。 子供染みた、馬鹿みたいな、妄想の塊。 それが僕だ。 手を繋いでみたいなんて僕はなんで思うんだろう。 もっとお話をしたいなんて、何で思うんだろう。 久慈川さんの隣じゃなくて僕の隣に座った時に、何で嬉しいって思うんだろう。 学校帰りに誘われるとなんであんなに嬉しいんだろう。 これが好きという感情なら、本で読んだそれとは全然、全く違った。 苦しくて辛くて堪らない。 それでも先輩に誘われたら又僕はついて行ってしまうだろう。 だって楽しくてしょうがないから。 僕が、名探偵みたいに、女の子みたいに、そんな風になったみたいに思えるから。 泣き声だけはちょっとは女の子みたいだ。 散々泣いて少し落ち着けたのかもしれない。 僕は1人でくすりと笑い声を上げた。 袖がぐしょぐしょだ。 鏡を見たら、きっと酷い事になっている。 明日も学校に行く。 それでも学校は楽しみだったから。 それでも?いいや、違う。とても、学校が楽しみだったから。 仲間と協力して事件を解決する、一人ぼっちじゃない名探偵になれるから。 女の子になれるから。 先輩に会えるから。 了