一人暮らしの部屋。カレンダーの三月二十一日に○を付ける。
 それはまだ、一月以上も先のこと。けれども、時が過ぎ去るのはあまりにも早い。
 お正月。二人で初詣に出かけた。その時は、まだ先のことだと思っていた。あと三ヶ月以上も一緒にいられる、と。

 なのに気が付けば、もう。

 このところ、毎日のように一緒に過ごしている。彼の部屋か、あるいは僕の部屋で朝まで共に居ることもしばしばだ。
 どれほどの口付けを交わしただろう。どれほど体を重ねただろう。
 その瞬間は、満たされる。幸せを感じられる。そのぬくもりが、優しい声が、心に触れてきたような気がして。

 けれども、時々不安に襲われる。


「どうかしたか?」

 問われて、自分が泣きそうになっていたことに気付く。僕はその言葉に答えないまま、あなたの手に指を絡めて、たくましい胸に顔をうずめる。
 トクン。トクン。心臓の音。トクン。トクン。
 戸惑わせてしまっただろうか。少し不安になる僕の頭を、髪を、あなたはゆっくりと撫でる。
 サラリ。サラリ。飽きもせずあなたは。サラリ。サラリと。
 あなたは聞かない。僕が何を考えていたのかを。
 判っているからだろうか。それとも。


「じゃ、また学校で」

 早朝五時。一度、家に帰るというあなたを、僕は玄関まで見送る。
 別離のキスは、唇に触れるだけ。三時間後にはまた顔を合わせるというのに、いつも泣きそうになる。必死で隠しているけれど、きっとあなたは気付いているだろう。
 玄関で別れた後は、すぐに窓に向かう。カーテンを少し開けて、あなたの背中を見送る。
 感じるは寂寥。あなたはきっと、僕がこうして見つめていることに気付いていない。だから、振り返る筈もないのに、振り返って欲しいと願う。
 ああ、どうしてこんなに。
 あなたを求めてしまうのだろう。

 あなた無しで僕は。
 生きていけるのでしょうか。

 好きです。
 大好きです。
 愛しています。

 どんな言葉でも言い表すことが出来ない、僕の気持ち。
 わかってくれてると思うのは、傲慢ですか?

 それでもあなたは、元の場所へと戻っていく。
 あなたがいないこの街に、僕の居場所はあるのでしょうか。


 もしも。僕が――――私が。
 三月二十一日。あなたと共に電車に乗りたいとそう言ったとしたら。
 あなたはどんな顔をするのでしょうか。

 あなたの隣の席に座ることを、許してくれるのでしょうか。




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