12月31日。大晦日。外は凍てつくような寒さ。触れれば凛と音が鳴るような。降り続ける雪は、少しずつ地面に積もり続ける。  白鐘の屋敷に戻っていた直斗は、ぼんやりと窓の外を眺め続ける。  思い起こすのは、ほんの数日前に全てが終った事件のこと。  そして、クリスマスイブの逢瀬。  愛された記憶は、今も体の隅々にまで残っている。    居場所  ゆっくりと流れる時間。  もうすぐ、年が変わる。脳裏を過ぎるは、激動の一年。  この一年で、彼女は大きく変わった。何よりも、自分を女性だと認められるようになった。  もしも、あの街に行かなければ。もしも、あの事件に関わらなければ。  自分はどのように、この時を迎えていただろうか?  問いかけてみたのは、きっと、今が幸せだから。  そっと胸に手を置く。奥から生れるぬくもりは、全身に広がっていって。中心にあるのは、彼の面影。  唐突に鳴る携帯。着信音だけで、誰から来たメールかわかる――――ちょうど、想っていた彼から。  パタパタとスリッパで駆けて、ベッドの上に置いてあった携帯を開く。そのメールの内容に、少しはにかんだように笑って、携帯のカメラで部屋を写す。  カシャッ  そしてすぐにメールに添付して、送信。 『こんな部屋ですよ。つまらないでしょ? 何で見たいんですか?』  本棚に並ぶのは探偵小説ばかり。机の上には、作りかけの探偵グッズを完成させる為の工具が並ぶ。女の子らしいものの何もない部屋は、それでも確かに直斗にとって一番、居心地の良い場所――――だった。  過去形。そう、今は二番目――――いや、三番目に、居心地の良い場所。  すぐに戻ってくる返信。文面に、彼女はまた微笑む。そして携帯の上を走る指。 『今度、招待しますよ。あなたなら、いつでも大歓迎です』  送ってから、その文面がとても恥ずかしいものだったことに気付いて、赤面するけれど。  他愛もないメールのやり取り。遠く離れたこの場所でも、彼のことを感じられる。  優しく流れる時間。  やがて聞こえてくる除夜の鐘。  雪の降り続ける外を眺めた瞬間、館の振り子時計が時を刻む。  ボーン ボーン ボーン  2012年の到来。その瞬間、彼女の持つ携帯が音を立てる。今度は、電話だ。相手は、勿論。 「もしもし?」 『良かった。繋がったか』 「年が変わった瞬間の電話は繋がりにくいですからね」  予感があったから、驚きはしなかった。彼女自身、聞きたかった声だから。 「あけましておめでとうございます」 「あけましておめでとう」  それから少し、話す。内容は相変わらず他愛のないもの。メールよりほんの少し、レスポンスが早いだけ。けれど、文字だけでは伝わらないものも伝わる気がして。  例えば、こんなにも会いたいという気持ちとか。  携帯は素敵だ。直斗はそう思う。一瞬で、そこを世界で二番目に居心地の良い場所に変えてくれる。  それは、彼の声が聞こえる場所。 「じゃあ、そろそろ切るな」 「ええ。奈々子ちゃん達と初詣に行かれるんですよね」  少し寂しい気持ちはあったけれど、直斗は我慢する。甘いおやつを食べ過ぎれば太ってしまうように、甘い時間は多過ぎると体に毒だ。離れられなくなってしまうから。 「……あなたの声を、今年、一番最初に聞くことが出来て良かった」  顔を見てはとても言えないようなことを、直斗は口にする。きっと、電話の向こうで彼は、驚いている。  そして。 「お正月が終ったら、帰りますから」  あなたの元に。  世界で一番、居心地の良い場所。  あなたの胸の中に。