深い青色の箸が弁当箱の上でつかの間止まり…しかしさまようことはなく、玉子焼きを刺した。
 箸は器用に玉子焼きを二分する。半分が直斗の口元に運ばれた。
 はむ。
 もぐもぐ。
 味はどうだろうか、失敗はしていないか……いつの間にかこうして屋上で弁当を振る舞うことが通例になっていたが、相手の最初の一口はいつも若干の緊張とともにある。
 もぐもぐ。
 直斗は黙って咀嚼しているが、その表情は明るい。時折こくこくとうなずいているのは、美味しいということなのだろうか。
 直斗は決して口にものを入れながら喋ったりはしない。そこら辺やはり育ちの良さというものか。
 代々探偵を〜…というからには白鐘はそれなりの家であるのだろうし、特に躾られたという感じもない。そしてそれは何も食事の作法に限らず、姿勢や態度にもごく自然に表れている。
 考えてみれば直斗は――名家のお嬢様なのだった。
 それでは自分はさしずめ彼女の執事だろうか。執事は弁当は作らないと思うが。
 こくん、と玉子焼きを飲み込みきった直斗が口を開けた。

「うん……すごく、美味しいです」

 微笑う。
 美味しいものは偉大だ。こうも簡単に直斗から満面の笑みを引き出してくれる。
 写メって待ち受けにしたい衝動にかられるが、そんなことをしようものならたちまち顔を隠されてしまうのは火を見るより明らか――というよりも実体験として経験済みだ。まあ、照れて深く帽子を被る直斗もそれはそれは可愛いものなので、今はそれを設定していたりするが。
 バレたら怒られるだろうか……きっと真っ赤になってこちらの携帯を奪おうとするだろう。飛び跳ねたりとかして、必死に。……うむ、それはそれで!

「あの…、先輩? どうしました? 心ここにあらずな感じですけど」

 見上げて自分をうかがう直斗に何でもないと手を振り、それよりも弁当を食べるんだ、いいから食べるんだ。トマトも食べなさい昼休みは有限であることだしほらあと20分ー

「トマト…? 何かごまかしてません? いや、まあ、いいか……それじゃあ改めて、戴きますね」

 空腹を満たす誘惑にはさしもの名探偵もかなわないとみえた。美味しいものは偉大だ。こうも簡単に直斗の気をそらしてくれる。

 直斗は再び箸を取り、短い円柱状の型で固めたふりかけ飯を口に運ぶ。
 これも口に合ったのか、直斗の表情は至福のそれだ。
 それを見る顔が弛むのを感じつつ、手元の自分の弁当に箸をつけた。
 自分的には邪道なのだが、甘いもの好きと推測される直斗の味覚を考慮して砂糖を入れた玉子焼き。食べやすいように型に入れた飯はのりたまと鮭ふりかけの二色を交互に配置。
 ほうれん草と細切り人参のおひたしには鰹節を和えてみた。肉類はちょっと手抜きしてジュネスの冷食4割引セールで買った和風鳥唐。彩りにプチトマト。
 自分と直斗の弁当は中身は同じだが量は倍ほど違う。しかしかきこむように食べ終わったとき、直斗の弁当はまだ三割ほど残っていた。
 直斗がクスリと笑う。

「犬猫じゃないんですから。せっかくのお弁当、もったいないですよ?……それに」

 直斗の手が伸びてきて、頬に触れた。その指先には米粒が。

「ご飯粒ついちゃってます」

 パクリとためらいなく米粒のついた指先を口に含み、そしてまた、先輩子供みたい、と直斗が笑った。



 さあ、召し上がれ!
 お粗末




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