週末。
 先輩に誘われて沖奈駅の繁華街にやってきた。
 仕事絡みで一、二度来たことはあったけれど、それ以外でここを訪れたのは初めてかもしれない。
 先輩はここに用事があるという。
 でも一向にそれを済まそうとする気配も見せず楽しげにウィンドウショッピングに僕をつき合わせている。

 僕はと云えば、馴染みの薄い街並みと人の多さについキョロキョロして、しばしば先輩の背中を見失いそうになりその度に慌てた。

 クリスマス一色に彩られたこの街は、僕たちのような年頃の若者でいっぱいだ。
 男女の二人組はなぜか一目で友人同士か恋人同士か分かる。
 ・・・僕たちはどちらに見られているんだろう。
 いや、自分はどっちに見られたいんだ?

 そんなの・・・決まってる。  ・・・でも僕なんかじゃ。  軽く自己嫌悪。女の子たちはみんなかわいらしい格好をして僕にはマネのできないような笑顔を振りまいている。僕なんて”かわいい”とかから程遠くて無愛想で女の子らしくもないし、そもそも女に見えてるかどうかも自信がないのに・・・

「あ、あれ?」

 そんなことを考えながら歩いていたら完全に先輩を見失ってしまった。
 ま、まずい。いつもテレビの中で後を追っている見慣れた背中もこの人ごみでは見つけられない。
 せ、先輩どこですかー?

「ここだよ」

 あ、心の声が届いた。さすが先輩!
 でもほっとした瞬間まさかの背後から肩をポンと叩かれ飛び上がらんばかりにビックリする。
 そして目の前に差し出された”半径1m以下”の表示。

「落ち着け。慌てる前にこれを見よう」
「うわぁ」

 ああ、もうなんたる失態。がっかり、自分にがっかりだ。

「先輩、ごめ―――」
「ごめんな」
「は?」

 どうして先輩が謝るの?

「俺がもっと気を配っているべきだった」
「いや、これは僕が・・・」
「こういう人多いとこ歩くの慣れてないだろ」

「ほら」

 そう云って先輩は僕に手を差し伸べた。
 これって・・・つ、つないでいいんですか?

 そういう顔をしていたんだろう。先輩は僕に向かってうんと頷いた。
 僕はおずおずと手を伸ばす。
 たぶんテレビの中で会ったあの子ならとっくに気づいていたかもしれない。
 先輩とのこんなシチュエーションに憧れていたって。
 鈍い僕は今この時になって分かる。きっと僕は自分の気持ちにも疎いんだ。

 先輩が僕の手を捕まえた。とても自然に、壊れものでも扱うように。
 まずい、ドキドキしてきた。
 そんな僕の胸中を知ってか知らずか先輩は云ってのける。

「こんなかわいい子とはぐれたらよその男に連れてかれちゃうからな」
「なっ・・・か、かわいくなんかないですっ」

 まんまと動揺して、なぜか大声で宣言してる僕。
 サイアクだ。先輩はクスクス笑っている。
 なにやってんだ僕は。先輩もそういうことをサラっと云わないで欲しい。
 反応に困るじゃないか。あーもう頬が熱い。顔に出てたらどうしよう。

「先輩だって・・・同じです」
「え、俺もかわいいって?」
「ち、違っ」

 一瞬、ミス?コンのときの先輩が浮かんで光の速さで打ち消した。
 アレの是非はどうあれ今ここで思い出してはいけない、断じて!

 でもこの流れのおかげで、少し気持ちが落ち着いた。
 僕はそのわずかな余裕を使ってこっそり自分の手を見てみる。本当につないでた。当たり前か。

 暖かくて少し乾いた掌。それにすっぽり包まれてしまうほど僕の手は小さくて否応なしに自分が女であることを実感する。
 その事実はなんだかすごくくすぐったいけど悪くない・・・うん、たぶんきっと。
 だってこの嬉しさは女である僕の気持ちだから。

「なんだ俺かわいくないのか」
「先輩・・・まだ云ってるんですか」



 夕方。
 僕たちは人通りが少なくなっても手をつないで歩いた。
 こうしていると安心できるって不思議。てことは、はぐれる心配がなくてもつないでていいんだ。
 そんな当たり前なことをこっそり思ったりした。
 隣を歩く先輩との距離はたぶん今までで一番近い。これがこれからの僕らの距離になるのだろうか。
 もっと近くになんて望まない。春になって離れ離れになっても先輩の中の僕がいつもここに在ることを願う。

 しばらく行くと公園が見えてきたのでどちらからともなく敷地内に入る。
 誰もいない。冬場の公園は人がいなくなるのが早いようだ。

 あ、そういえば用事は? もう日も暮れかかってるのに忘れてたら大変だ。

「せ、先輩」
「ん?」
「まだ用事済ませてないんじゃ・・・」

「んー、もう終わった」
「ええ? いつのまに」
「うそ。只今、真っ最中です」

 先輩はあさっての方向を向いてしれっと云った。
 でも意味がよく分からない。

「・・・なんて云ったら怒られちゃうかな」

 先輩はそう云うと腑に落ちない顔の僕につないだ手を上げて見せた。

「え、ええーっ」
「人の多いここだったら直斗は手つないでくれるかなと思ってさ。
 鮫川なんかで提案したらまた走り去られて俺凹むだろ」

 いつの間にか先輩はニコニコして僕を見てるし。
 呆れた。一体どんな段取りなんだ。

「も、もう走り去ったりしませんよ・・・」

 先輩から想いを打ち明けられたときの恥ずかしさが蘇って声が小さくなる。

「でも直斗とはぐれたときは焦ったよ。勇気を出してもっと早く行動に移しておくんだったな」
「え・・・えと」
「手つなげて嬉しいよ、ずっとこうしたいと思ってたから」

 せ、先輩、またそういうことを・・・

「でも今一番したいのはこっち」
「!」

 そう云うが早いか先輩はつないでる手を引き寄せた。
 一瞬なにが起きたのか分からなかった。
 先に事態を把握したのは僕の頭よりも口唇で、次いで先輩の体温が後を追って届いた。

 ・・・どれくらいそうしてたかなんて分からない。
 先輩が離れてからようやく頭が回転を始めて、みるみる頬も熱くなった。
 参った。明日熱を出したら先輩のせいだ。

 本当に恥ずかしすぎてどんな顔していいのか分からない。
 ていうか自分が今どんな顔してるのかさえ分からない。
 呆けて緩んでなければいいと祈るだけ。

 先輩、こんなの反則です!
 本人に文句を云いたいのは山々だけど・・・今の僕はいっぱいいっぱいでこれだけ呟くのがやっとだった。




「・・・バカ」


そしてつないだ手をギュっとした。





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