りせが直斗の分と合わせて2つ注文したビフテキコロッケをおばちゃんが揚げている間、直斗は、惣菜大学のショーケースに並べられた商品を端から端まで順番に見ながらうーん、と首をかしげる。

「…なんだか…、他の惣菜の値段は適正だと思うけど…ビフテキ関連の惣菜だけ全体的に随分安い…」
「ねー?やけに安いよねー」

 確かに、ビフテキと言うと安いというイメージはないが、この惣菜大学のビフテキと名のつく商品は学生でも買えそうな価格設定だ。皆が何かを疑いたくなる気持ちもわからなくもない。
 放課後で学生の小腹がすき、売れる時間なのかコロッケは頻繁に揚げられ、循環がいいようだ。
 少し待つと、すぐに揚げたてのコロッケが手に入った。

 2人は向き合って店頭の椅子に座ると同時に揚げたてのコロッケを一口、かじった。
 かじりあとが付いたコロッケからふわり、とビフテキ(と、信じたい)の匂いと湯気が流れ出した。
 直斗は、ふう、ふうと息を吹きかけると次の一口をかじる。
 それでもまだその一口は熱かったらしく、口に含んだコロッケから熱い空気を逃がす努力をしているようだ。
 猫舌なの?とりせが笑うと直斗は何も言わずに小さくうなづいた。

「揚げたてが一番だよねー」

 りせはあはは、と笑いながらコロッケに大きくかぶりつく。
 そんな偽装やら、何の肉だか、などと無数のウワサを持つ惣菜大学の惣菜も、学生には大きな味方のようだ。
 さびれてきたとはいえ、スーパーではなかなかできない、揚げたて商品を歩きながら食べるということをできるのは昔ながらの商店街ならではだろう。

 りせの提案で惣菜大学までやってきたのだが、女友達とこうして街角でコロッケを頬張るとは、りせにとっても直斗にとっても新鮮な出来事だ。
 こうして地元に帰ってきて落ち着くまではなかなか街中で好きなことをすることもままならなかったりせ、そして女の子と2人で行動すること事態がなかった直斗。
 アイドルと探偵。一見あわなそうなタイプの違う2人だが、事件をきっかけに仲を深めた2人は一緒に帰ることもよくあり、ランチタイムなども行動をともにすることは少なくなかった。
 女友達が多くない直斗にとって、りせが一番気を許せる女友達なのだ。

 事件が解決し、りせは少しずつ芸能界に復帰する流れとなった。
 しかし前のような全国的なアイドルではなく、今は稲羽のローカル番組の中継に出たり、局のマスコット・稲羽の顔としての仕事で、学校にも今まで通り通い、自由も効き、最初は騒いでいた稲羽の人もよく街中でみかける「りせちー」に慣れたせいか、声をかけられたりサインをねだられたりすることもだいぶ少なくなり、りせにとってはかなり暮らしやすい環境になっていた。
 今も、惣菜大学に数人の八高生がいるが、学校ですっかり見慣れたりせに、構う様子はない。

 コロッケを食べ終わったりせが口を開いた。

「今さー、ちょっと困ってることがあってね…。稲羽テレビの人なんだけど…」
「?」
「毎回毎回、仕事終わった後、ご飯食べ行こうとか、しつこく誘ってくるの。
強引でさー。何度も何度も断ってるのに、ホントメーワクしてるんだよね!」
「今日も仕事あるんだっけ?」
「うん、夕方から夜まで収録だよ」
「夜、用事ないし…終わる頃、むかえに行こうか?」
「えっ?いいの?直斗、やっさしー!」

 りせの顔がぱあっと明るくなる。
 全国的に活躍していた頃はマネージャーがつき、行き帰りはもちろん車だったが、今は仕事のスケールも小さいので1人でバスや歩きで行き来しているせいか、仕事が終わった後に毎回言い寄ってくる男が現れて、りせは困っているようだ。
 連れがいればしつこく食事に誘われることもないだろう。
 直斗は、りせの仕事後、テレビ局まで迎えに行くことを約束をすると、一度りせと別れた。




 りせの仕事が終わる時間に合わせて直斗は稲羽テレビへと向かった。
 調査で都会のテレビ局を訪れたことがあるが、同じテレビ局とは思えないほど落ち着いている。
 さすが、ローカルなテレビ局である。直斗は、時計に目をやるとロビーのベンチへ腰を下ろした。
 りせが来るまであと少しだろう。

「!!あっ、キミ!」
「…?僕ですか?」

 見知らぬ男にキミと呼ばれて、直斗は周りを見渡すが周りには誰もいない。
 男はどうやら直斗に声をかけているようだ。ジャケットを肩に羽織り、サングラスをかけている。
 やけに声が大きく、あらわすなら業界人、と言ったムードの男だ。
 警戒する直斗にお構いなしにずかずかと近づいてくる。

「募集見て来たんでしょ!?」
「…何がですか?」
「あれだよ、あれ!」

 男が指差す先には、ポスターが貼ってある。
 見ると、『稲羽からイケメンユニットデビュー決定!!稲羽☆BOYS オーディション参加者募集中!次世代のアイドルはキミだ!』と書いてある。
 なかなか個性的な仲間(…直斗も、他の仲間から見たら個性的以外のなんでもないのかもしれないが)の言動などには慣れていて、必要ならばその場に応じた的確なツッコミなどを瞬時に与えてきたつもりだったが、さすがの直斗もこれには理解するのに少しの時間を要した。

「……………………はい?」
「あれ、俺のプロデュースなんだ!知ってる?今稲羽って全国的に注目を集めてるからさ、デビューさせれば話題が出るって企画なんだ!うーん、キミならメンバー確実だね!キミ、気に入った!オーディションパスでいいよ、僕直々にスカウトしちゃうよ!」

 男は上から下まで、ジロジロなめるような視線を直斗に送ってくる。
 その視線に直斗は不愉快さを感じ、ため息をついた。
 きれいな肌だね、そういって顔に触れようとした男の手を、直斗はさっと避ける。
 直斗を完全に男の子と勘違いしているようだ。
 稲羽では直斗の性別は皆に知られているはずだから最近都会からこっちに来たばかりなのかもしれない。

「あの、僕はただ、久慈川さんを…」
「ん!?りせちーのファン!?出待ち!?今日りせちーがいるってよく知ってるね?
立派なおっかけだね。アイドルになれば、りせちーとお近づきになれること間違いなしだよ!
女の子にもモテモテになるよ!きっと今もモテると思うけど」
「…いや、そうじゃないんですけど」
「ここってさー、田舎の割りにイケメンが多いよね!うーん、稲羽☆BOYS、ブレイクの予感!
キミはきっと、女性ファンたちの母性本能をくすぐる予感がするよ」
「あの…」

りせの出待ちには間違いないが、そういう意味のものではない。
男は身振り手振りをしながらまだ何やら話し続けている。
人の話を全く聞かない、強引な態度に直斗はピンと来た。
りせが迷惑しているのはこの男ではないかと。
女なんですけど、の一言を言えば済むことだが、自分からその一言を言うことを直斗は苦手としていた。
相変わらずペラペラと一方的に話している男に、言うしかないか、と思っていたところに、仕事を終えたりせがやってきた。

「直斗!お待たせー…あれ?何話してるの?」
「あっ、りせちー!ね、ね、これから暇?ご飯食べに行こうよ」

 男はサングラスをはずすと、自分で自信があるに違いない笑顔をりせに向けた。
 やはり、この男がりせを困らせている男のようだ。
 りせは負けない笑顔を男に返す。素ではない、アイドルスマイルだ。

「すいません、これから直斗と約束があるんで!帰りますねー」
「あれ!?キミ、りせちーのおっかけじゃないんだ?」
「…違いますよ」
「あ、もしかして…りせちーと付き合ってるの!?」

 りせと直斗が顔を見合わせる。
 知っている人が聞いたら思わず笑ってしまいそうになる質問だ。
 否定するものかと思っていた直斗だったが、りせの言葉に目を丸くした。

「そうですよ!だから、ご飯とかご一緒できないで…すいませんねー」
「ええっ!?」
「本当!?だから俺の誘いを…」

 りせは直斗の腕をぐいっと自分の方に引き寄せる。
 男は、自分の誘いをいつも断るのは、自分とは全く正反対の小柄で華奢なタイプの男の子がタイプだからだったのか、などとぶつぶつつぶやいている。
 りせに受け入れられない原因はそういった外的要因で、自分が原因ではないと信じ込んでいる自信家のようだ。

 直斗は少し背伸びしてりせに耳打ちをする。

「ちょっと、久慈川さん」
「…え?もしかして女って知らないの?知ってて冗談で言ってきたんだと思って冗談で返したんだけど」
「知らないっぽいです。男の子のユニットに誘ってきたし」
「…本気?この人」

 サングラスをかけなおすと立ち直ったらしい男は今度は直斗へと笑顔を向けたと思ったら、両手の親指と人差し指でフレームを作ってその中に直斗を収めたりしている。
 随分と忙しい男だ。
 業界人と接することの多いりせなら扱いに慣れているだろうが、直斗はどうも対応に困って仕方ないようだ。

「キミ?直斗くんっていうの?やっぱりいいね!りせちーのハートを射止めただけのことはある!
デビューの話、本気だから!俺、真剣だからね!」
「…結構です」



 懲りずに3人で食事をしようとしつこく誘う男を振り払い、2人はテレビ局をあとにした。
 断り続けた直斗を諦めることができないらしい男は、考え直してよ、としつこく繰り返した。
 面白かった、と笑うりせに対して、直斗は振り回されたことでぐったりしてしまったようだ。

「あの人、最近こっち来たらしいから知らないんだねー、直斗が女の子てこと。仕事熱心だし悪い人じゃないんだけど、ちょっとねぇ……」
「…もう稲羽じゃ、みんな知ってるから間違えられることはないと思ってました」
「こーんな、出るトコ出てるコが男の子なわけないもんねー♪」

 直斗の胸に触ろうとしたりせの手を直斗がガードする。
 何かとちょっかいを出して触ろうとするので、直斗も防御力があがったようだ。
 ちょっかいに失敗したりせはぷう、と膨れると、まん丸から少しだけ欠けた月が浮かぶ空を見上げた。

「あーんなステキな彼氏もいるしね。いいなぁ、直斗」
「え……あ…それは…」

 直斗は俯いて帽子をくいっとかぶりなおす。
 これは直斗が照れているときによくやる仕草だということにりせは最近気づいたのだ。
 彼の話になると反応が変わる直斗に、りせは吹き出す。
 ボディタッチ以外にも、こうして直斗の反応を楽しむのもりせの趣味のひとつ、直斗いじりの一種なのだ。

 りせは、ふわりと直斗に微笑んだ。

「アイドル直斗も売れると思うけど…直斗は、探偵してるときが一番光ってるから、探偵がいいよ」
「…ありがとう」


 なかなか本当の笑顔を見せることもなく、見せる友達もいなかったりせが見せる本当の笑顔。
 それを見て、直斗もつられて無邪気な笑顔を見せた。





 数日後、2人は本屋で言葉を失うハメとなった。
 薄っぺらい雑誌の表紙に「久慈川りせ 密会現場スクープ」と書いてある。
 記事には、りせと直斗がテレビ局から一緒に帰った日の写真がバッチリと写っている。

「電撃休業後、現在は地元・稲羽で活躍中、りせちーにとうとう男性スキャンダル勃発!相手は一部では有名な探偵王子……全国復帰に向けての売名行為との声も…
あはははは!!!稲羽にもいるんだ、芸能カメラマンみたいなの」
「天城先輩の旅館にもいまだに、悪質なテレビマンがきてるとか言ってたけど…もしかしてその人たち?」
「かもねー」

 誤解とは言え、スキャンダルされてしまって大丈夫かと直斗は心配するが、りせはけろっとした顔をしている。
 確かに、稲羽の住人から見たらこの記事は笑いのネタでしかないだろう。

 記事には2人が並んで歩いている写真や、じゃれあっている写真と共に、あることないことが書き綴ってある。
 直斗が雑誌のタイトルを見ると、全国誌だ。
 …ということは、あの人に見られてしまうかもしれない、そう思った瞬間に早速携帯が鳴った。
 ディスプレイを見ると、電話をかけてきたのは、やはりその「見られてしまうかもしれない」その人だった。

「……先輩」
『雑誌見たよ。堂々と浮気とはいい度胸してるな、直斗』
「…見ちゃいましたか」
『かわいく撮れてるな』
「そういう問題じゃないでしょう」
『妬けるよ』
「からかわないでくださいってば…」
『冗談だよ、冗談』
「あ!?ね、先輩!?かわってー!もしもし?先輩?」
『ん?りせ?久しぶり』
「先輩?早く直斗に会いに来ないと、直斗もらっちゃうよ?直斗ってば、寂しくて寂しくていつも先輩に会いたい〜って泣いてるんだから!」
「あっ!そんなウソを!」

 りせが言ったこと…あながちウソではないのかもしれない、直斗はそう思う。
 彼に会いたい、その感情を表には出さないが、部屋に1人になると彼が恋しくなって寂しくなる夜も少なくはない。

「こないだだって直斗、テレビ局の人に無理やりイケメンユニットに入れられそうになったんだからね?」
『…本当か?許せないな。変わりに完二を推薦しろ』
「あははー!完二なんか入れたらユニット崩壊しちゃうから!」
『近いうちに絶対行くから』
「うん、待ってるからねー。直斗に変わるよ」
「もしもし、変わりました」
『直斗、変な男に言い寄られたんだって?…心配だよ』
「大丈夫です。心配いりません」

 直斗、彼が名前を呼ぶ。
 そして、優しい声で、直斗にささやいた。

『会いたいよ』

 単純な言葉なのに、その柔らかい声のトーン、温かさが直斗の心へじわりと響いた。
 直斗の顔が自然と赤くなる。

「ぼ、僕もです…」

「あーーーっ!ちょっと、何赤くなってんの!?何言われたの!?バカップルー!」
「ち、違っ…」
「さー、コロッケタイムー!今日は直斗のおごりねー!」
 雑誌を本棚に戻し、歩き出したりせの後を、直斗は慌てて追いかけた。
 今日も、商店街には、ビフテキのいい匂いが漂っている。




 平和な街、稲羽。

 皆で、守った街。




END





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