繋がったまま首筋を舐めると回された腕に力が入った。
「…くすぐったい」 笑みを含んだ声と同時に頭を軽く押さえられる。こういう時、いつもなら髪に手が触れる軽い音がするのだが、互いに汗ばんでいる状態では息遣いしか聞こえなかった。 「じゃ、噛むか」 「そういうことじゃなくて」 半分ぐらい本気の台詞にはクスクス笑う声が返ってくる。うずめていた頭を上げると、ジョルノは汗の滴る肌に熱っぽい瞳でご機嫌そうな表情を浮かべていた。こいつは結構、セックス中のこういった小休止が好きらしい。 (最初は、ヤるだけヤったら離れろって態度だったくせに) そんな気持ちが湧き上がらないでもなかったが、俺も真っ最中に軽くじゃれるのは好きなのでつられて笑ってしまった。 「今度、噛んでやるよ」 それだけ言ってまた動きを再開する。のし掛かる姿勢だったので、それを変えないままに腰をゆっくり動かしていく。 「う……」 ほんの少し身を引くだけで、俺の下で体がピクリと反応した。それから動きに合わせて小刻みな声が上がりだす。ちょっとずつ体勢を変え、ベッドに両の手のひらをつくと動きやすくなった。そのままやりたいように、好きなように突き込んでいく。 だんだんと、意識しないうちに抜き差しの速度が速まり息が荒くなる。抱きつかれたままでは突っ込みづらいので片手を後ろに回し手を外させた。すぐにその手はシーツに伸びる。 「ん、………はあ…」 ぎしぎしとベッドが軋むぐらいの強さで熱を送り込んでいくと、あがる声がより高くなった。気持ち良さからか堪えているからか、掠れ気味だ。この余裕の無さそうな感じが好きで、いつももっと聞きたくなる。 「もっと声出せ」 腰をぶつけながら言うと、目を閉じて感覚に集中していたジョルノがふと目を開けた。けれど話す気があるわけではないようだ。まあ、話したとしても、分かりましたいっぱい声を出しますなどと言うはずがないのだが。 相変わらずセックス中のジョルノは情欲を隠そうともしない。内面も体も、触れてみれば見た目の印象よりずっと熱い奴だ。それは体の中も同じだった。いつも、その温度と狭さに溶かされそうになる。 「今度、中出しさせろよ」 はーはーと息を荒げながら言うと、今度はちゃんと返事がきた。 「気持ち悪いから嫌です」 言葉通り嫌そうな言い方だ。妊娠するでもないのに、後で掻き出してやってもいいのに、なかなかこいつはゴム無しではやらせてくれないのだった。 「あーあ。いつもそれだよ、愛がねえな」 ちょっと腹が立ってほんの僅かな仕返しにのど元をくすぐる。びくんと体が震え、いい気分になった。そのまま性器を少しでも奥に押し込んでやろうと、全部入れたまま更にぐいぐい押し込もうとするとジョルノは気持ちよさそうに身をよじる。 「あんま拒否るならそのうち強引にヤるからな。文句言うなよ」 「っなにを……、う、馬鹿なこと言ってんです。文句、言うに…決まってるでしょ」 「聞こえねーな」 言葉に被せるようにしながら律動を激しくする。それに合わせ、また短い声が聞こえ出す。シーツにはしっかり皺ができていた。ジョルノが強く掴むせいだ。こいつはいつも、突かれながら掴んだシーツをたぐり寄せ、力を込めづらくなっては手を遠くへ伸ばしてまた掴む。それを繰り返すのでだんだんシーツがずれ、時にはめくれてしまうのだが、注意しても直しづらいようなのでもう注意するのは諦めていた。 それからしばらく快感をむさぼっていると、俺の体から汗が落ちた。 「あ」 ジョルノは、体に掛かった水分に一瞬だけ小さな反応を示したが、わざわざ気にするまでもなくそのまま再び目を閉じた。結構綺麗好きな割に、セックスするときに汗が掛かるのはさすがに気にならないらしい。 俺の汗がジョルノの体に落ち、伝い、肌を滑ってとろりとシーツに流れていく。それは何ともいやらしい様子だった。見た瞬間に興奮が湧き上がり、ジョルノにあることを言わせてみたくなる。 「なあ、言ってみろよ」 深くに収めたまま話し出すと、苦しいのか、それとも動いて欲しいのか、僅かに非難を含んだ目が向けられる。 「ん…、何、をです」 「俺だけだって」 言った途端、その目はからかうように細められた。 「……またそれか。そうやって…、言えと頼んで言わせたって、嬉しくないでしょう。また今度言いますよ」 「俺は強制した言葉でも嬉しいんだよ。いーから言えって」 「考えておきます」 多少語調を強めて迫ってもジョルノの反応は曖昧だった。はっきり言ってムッとする。 「言えよ、一言だろ。…なんだよ言えない理由でもあるってのか!」 「さあ、どうだと思いますか?」 焦る俺に対してジョルノは余裕だ。この野郎いつもこれだ。馬鹿にしやがって。そう苛立つものの、こんな反応でそんな質問をされると、まさか本当に言えないことしてるんじゃないだろうなと不安になってくる。 「…無いだろ? 言えない理由なんて」 つい聞き方が恐る恐るになる。不安げにベッドに肘をつき顔を覗く俺に、ジョルノは表情を変えないままあっさり言った。 「無いですよ」 「……」 全く悪びれない様子に脱力する。基本的にこいつのことは好きだが、こーいうところはマジで何とかして欲しい。一体何なんだ、この意味のないからかいは。これこそがこいつの嫌いな無駄じゃないのか。以前そう思って聞いてみたが、ジョルノにとっては俺で遊ぶのは有意義なことらしかった。 ビキビキと怒りが湧くのをグッと堪えて抗議する。 「お前はなああ、そーやっていつも俺を弄んで……返せ! 俺の純情! ホモになるより以前に戻しやがれええ!」 冷静に言うつもりが途中で怒鳴ってしまった。ギャーギャーと擬音がつきそうな俺の言葉を聞き、ジョルノは物凄く楽しそうに笑い出した。 「はは、ミスタに純情なんてあったんですか。あはははは」 すっごく愉快そうである。堪えようとしても堪えきれないように笑い続けていた。めちゃくちゃ楽しそうな声だ。 「じゅ、純情。……くっ。はは」 一旦笑いが止まってから、また思い出したように笑う。どうでもいいが俺の顔を見てまた笑い出すのは、スゲェ失礼だと思う。このガキが。しかし何とも悪気も邪気もなさそうな笑い方に怒る気も起きない。というか。 「ジョルノ! おい笑うのやめろ、振動が、振動来るだろ!」 俺は怒れる状況ではなかった。ジョルノが笑うたび、その振動がはっきりと突っ込んだままの俺の性器に伝わってくる。びくびく動き、何度も激しく締め付け、おまけにやっぱり熱くて気持ちがいい。不意打ちでそうされると、自分で動かしているときとは違い急にイってしまいそうになる。 「ぎゃー! やめて! こんなイき方したくねえ!」 俺は必死で叫んだ。笑いの振動で出たりしたら情けないにも程がある。 こう見えて俺は結構デリケートだった。以前、めちゃくちゃ興奮してるときに突っ込んだら入れただけでイってしまい、同じ男として慰めてくれたジョルノの変な優しさと、呆然とした表情がショックでその後何日か勃たなかったぐらいだった。あれは傷ついた。ジョルノみたいな奴にまで慰められるほど情けないことだったのかと。今でもあの、『え?もう?』みたいな表情は忘れることができない。 「別にいいじゃないですか。出せば」 「嫌なんだよ俺は! てめーと違って俺のちんこは繊細なんだ! こんなイき方してショックで引きこもったらどうしてくれる!」 男の股間、もとい沽券に関わることなので全く余裕のない言い方になる。それに対しジョルノの反応は対照的なものだった。先ほどの笑いは収まったようだが、表情はニヤリとしたままだ。その瞳が怪しく光るのを、俺は確かに見た気がした。 「そしたらまた、誠意を持って何とかしてあげますよ」 こいつが誠意とか言い出すと胡散臭さ120%である。よくここまで信用できない使い方ができるものだ。 その後何とかギリギリ満足と言えるイき方をするまで生きた心地がしなかった。俺の背中を撫で、頑張りましたね偉い偉いと言うジョルノは、絶対に年上をナメていると思う。 ******* 「ああ、気持ちよかった」 これはジョルノの台詞だが、セックスではなくシャワーの感想だ。一応、注釈。 今は、お互い疲れた体でシャワーを浴び、寝間着をつけ、さっぱりして部屋に戻ってきたところだった。ベッドに腰掛けながら、横で一人満足げにしているジョルノに注意をする。 「お前なあ。俺をからかうのは止めろよ、マジで」 俺は、他人をからかうのは好きだが自分がからかわれるのは嫌いだ。 「からかうなんて失礼だな」 ジョルノが苦笑しながら返事をよこす。 それを聞きつつ難しい表情を作りつつ、俺は頭の中で、余裕げなこいつに勝つ方法はないものかと考える。そんなことを知る由もなくジョルノは言葉を続けた。 「ミスタと話すのが楽しいだけですよ。だって」 「あーーー!」 俺はジョルノの発言を遮って大声を出した。急にピンと思いついたことがあったからだ。 突然叫ぶ俺に、ジョルノは驚いたようだった。びっくりしたような顔になっている。 「どうしました?」 「あのさあ、ジョルノ」 質問には答えず、ベッドに腰掛けたままじりじり距離を詰めていく。 俺はさっき思いついたのだ。いつもからかってくるジョルノに勝つ方法を。恐らく、さっきのジョルノの言葉の続きはこうだ。『だって好きですから』……たぶん、こうくるつもりだったんだろう。俺が照れるのを知っていて。しかし、俺が好きだと言われて照れるならば、ジョルノだって照れるはずだ。 つまり作戦はそれだ。先に言ってしまえばいいのだった。 俺は、ジョルノの目を真っ直ぐに見て、恥ずかしさを堪えて言った。 「…す、好きだぜ」 恥ずかしさでボソボソとなったが、近くにいれば確実に聞こえる大きさで言う。 「え」 一拍、間があった。けれどそれからじわじわと、呆然とした表情に朱が差していく。そしてその顔はすぐに再び、驚いたようになった。 「な、な…なんですか、急に」 いい調子だ。予想以上に、ずっと、いい反応だった。これならいけるかもしれない。再び、恥ずかしさを追いやって言う。 「だから好きなんだよ! 好きって言ったんだ」 「な、そ……」 『そんな』だろうか。ジョルノは言葉を途中で切り、赤い顔のまま固まった。 いつもなかなか言わないことを何度も言ったせいで俺の顔もカーッと熱くなる。今にも顔から火が出そうだった。だがとてもいい調子だ。もっと言うことにする。 「好きだぜ! ジョルノ」 顔をぐっと近づけて言う。ジョルノはなんとも隙だらけの姿勢のまま、動かない。 「……」 「………」 そのまま沈黙が落ちる。頭の中で、たった今自分で言ったことがエコーする。あまりにも恥ずかしい。今すぐ逃げてしばらく会わずにいたいぐらいだ。きっと今、俺の顔はジョルノよりずっと赤くなっているだろう。 だがそのジョルノも非常に照れているようで、赤い顔でジッとこっちを見ている。そんな時間がしばらく続いた。 作戦は成功した。ばっちり効果が出ている。だが、恥ずかしすぎる。なんか言えこの野郎。そんなことを思い、こっそり唇を噛んでジョルノを見ると、奴はやっと反応を示した。 「ミスタ」 名前を呼ばれただけだったがその表情でどんな気持ちでいるかは分かる。ジョルノは、落ち着いた顔で僅かな笑みを浮かべていた。なんとも嬉しそうだ。それを口に出さず、表情にだけ出す辺り、本気で喜んでいそうなのを感じさせる。 それを見ていると、一応本心からの言葉とはいえ、なんだか罪悪感が湧かないでもなかった。 「な、なんだよ」 「僕を動揺させるために言っていることでも、嬉しいです」 「あれ…」 あっさりバレていた。確かに、突然言葉を遮ってめったに言わないことを言い出したのだから、聡いジョルノなら気づくか。 「いや、でも嘘じゃねーぜ。いつも負けてるからたまにはって勢いで言っただけで」 「なんだ」 気まずさからゴニョゴニョ言うと、ジョルノは特に落ち込むでもない様子で続けた。 「ミスタは僕に負けてるつもりでいたんですか。いつも、負けてるのはこっちなのに」 そう言って、俺に体を預けてくる。一旦言い終えたかと思うと手がそっと俺の頬を撫でた。そのままもう片方の腕も伸ばされ、俺の首の後ろで両手が結ばれる。自然、ジョルノは抱きついてくるような体勢になった。 ついつい、ドキッとする。風呂上がりでいつも以上にいい匂いがしてくる。体の預け方が柔らかい。顔が近い。俺の顔は先ほどから赤らみっぱなしだった。 「惚れた方が負けって言うでしょ。……だから、僕はミスタといるだけで負けでなんですよ」 言い終わらないうち、右手の指で俺の唇が触られる。うわ、キスされる、と反射的に目を閉じると、予想通り今度は唇をつけられた。 軽く、そっと触れるだけのキスを何度か繰り返される。その数回でだんだんキスは深まっていき、舌で唇を舐められた。その促しに口を開くと舌が侵入してくる。 舌で舌をつつかれ、舐められ、絡まされる。じっとして、与えられる緩い気持ちよさに身をまかせた。触れてくる舌も、掛けられる体重も、首に回った腕も、全てが溶け込んでしまいそうに気持ちがよい。おまけにやっぱりやたらと良い匂いだ。 ジョルノが舌を抜いた。そしてまた触れるだけのキスをする。割とすぐ、唇が離れた。それから今度は胸もとに頭を乗せ、気持ちよさそうに目を閉じている。その自然な動作と、余韻を残す快感に、俺の動悸は高まっていた。 そしてジョルノはまた話し出した。 「さっき、純情を返せと言ってましたね」 「言ったっけか」 もうさっきのことは忘れていた。俺の返事に、下から笑う気配がする。 「ええ、言いました。無事に返せたようで良かった」 何でそんなこと分かるんだと言いかけて、胸もとに頭を乗せるジョルノが心臓の音でも聞いているのだろうことに気がついた。一体どんな音がするのだか。考えると余計にドギマギしてしまう。 さっきジョルノは俺に負けていると言ったが、やっぱり今のやりとりでも、俺が勝っているとは思えない。 「えーと、『惚れた方が負け』だっけ…とてもそうは思えねえ」 感じたままを素直に口にすると、一瞬考えるような間を置いてからジョルノが言った。 「それはミスタも僕を好きだからですよ」 二人して負けかよ。相打ちじゃねえか。 そんなことを思いながらも、不思議と否定する気は起きなかった。それはつまり、確かにそういうことだからなのかもしれない。 面はゆい気持ちになりながらジョルノの髪に触れる。ついさっきまでのセックスと同じぐらいにその感触が心地よかったのは、純情を返されたからだけではないだろう。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 最初は「事前」の続きのつもりだった…。なんだかとてもまとまりがなくなってしまったので、前半と後半で分けた方が良かったかも。 |