多くの盗掘者に蹂躙され、残された物は何もない遺跡の奥深く、一匹の竜がそこを住処としていた。
盗掘者が持って行くものは別に自分が集めていた宝ではないから、誰が訪れようが興味はなかった。
互いに接触しない為か、至って平和な時間が過ぎていく。
竜は飽きることなく、ただ起きては寝てを繰り返すのみ。
そんなループする時間を、突然乱すように訪れた事件。

どれくらい高かったのか分からない天井が崩れ、瓦礫に混じって叫び声を上げながら落ちてくる「何か」。
地面に激突し、瓦礫が上から覆い被さる。
何事かと身を起こし、瓦礫を片手で軽々と退ける。
自分の体がどれだけ大きいのかも知らなかったが、その片手は落ちてきた何かよりも大きいことだけは分かった。
その何かには顔を近付けてみないとはっきりとは分からなかったが、どうやら人間のようだ。
少し観察しただけで分かったが、これは死にかけている。

足の骨は砕け、吐血をし、意識がない。
新しい刺激だと喜ぶ間もなく、早急な手当てが必要である。
だがこの竜には、攻撃はおろか治癒の知識など無いに等しい。

ただ一つ知っているのは、竜の従者にすれば如何なる生物でも、驚異的な生命力と人外の力を手にすることが出来るということ。

『――――……』







……――――

目を開けると、崩れて穴が空いた天井が見える。

「(そうだ、俺は遺跡の崩壊に巻き込まれて。)」

あんな高所から落ちて無事なのは、奇跡とも言えることだろう。
なんとか体を起こし、荷物の確認をしようと手を伸ばす。
すると生暖かく、ぬめりを帯びた何かに触れる。
光源が殆どないためか、それの正体が掴めない。
不気味に思いつつ、俺は訊ねてみた。

「誰だ?」

『グルゥゥ』

それだけで分かったのは、人間では無い何かが隣に居ると言うこと。
触れていた生暖かい何かから手を引こうとしたら、腕を巻き取られ強い力で引っ張られてしまい、前のめりになるように、

ベチャッ!

と水音を立てながら生暖かいその上に倒れてしまう。
それからすぐ、背中側から鋭い何かが自分の下腹部を貫いた。
強い圧迫で肺の空気を押し出され、顔全体も何かが巻きつき、くぐもった悲鳴を上げることしか出来ない。
自分の血が流れ出ているのが自分でもわかってしまう。
しかし貫いている何かが抜ける気配もなく、激痛ばかりが全身を駆け巡る。

――死ぬ

その文字が頭を過ぎった。
心臓の鼓動は失血により循環する血液量も減っていくにつれ、ゆっくりと遅く、小さくなっていく。
本能が酸素を求めるが、口を開ければぬめりを持った液体が流し込まれ、入ってくる酸素は微々たるもの。

「 っ、 すけ」

何も出来ないまま、視界がぼやけて暗くなってくる。
夜の闇とは違う暗さに、助けを求める声すらもかき消され、とうとう彼は意識を失ってしまう。











竜は満足していた。
暴れこそしたものの、力でねじ伏せた時の快感。
今や意識はないが、その身体をじっくりと舐め回し、感触のみを貪る竜の口からは唾液がとめどなく滴り落ちている。
噛み砕くのも一興だが、思うことがあり、意識のないニンゲンを、唾液で滑らせるように舌の上を転がし、待ち構える喉は獲物の一部を捕らえた瞬間、強く速い筋肉の収縮で、その獲物を一瞬のうちに飲み下し、腹の中に収めてしまった。

幸い、天井に穴はある。
気付かなかったが背に翼がある。
竜はそこから飛び出した。
新たなる獲物を求めて。













外気とは違う、重く異臭が漂う空間で目覚めた彼は、まず自身の下腹部をさする。
穴が空いていたはずだが、今やその影も形もない。
暗黒で周囲の様子は分からないが、倒れている地面はブニブニと、言うなれば羽毛布団の上に寝転がって、自重ですこし沈んでいるような状態である。

声は出ない。いや、そもそも呼吸をしようとすると異臭のせいで吐き気が強く出てくる。
満足に呼吸はできないが、何故か苦しい訳ではない。
試しに手を伸ばす。倒れている地面と同じような感触。
強く押せば沈むし、触っているだけでは変わりない。
不可思議なことだらけで理解が追いつかないが、まだ生きているということだけは、確実である。



生きている、と確信した瞬間だった。
何かぬめったものが自身の両手首に絡みつき、無理やり側面に固定される――つまり、両腕が使えない状態で壁に座った体勢のまま固定されてしまったわけだ。
何事かと思っていたら、口の中に太く硬い何かが無理矢理侵入してきた。
声が出せないと言ったが、もし声が出せる状態ならば彼は苦しそうに咽ぶだろう。
それすらも叶わず、涙目になりながら闇と、謎の物体が襲ってきた恐怖から、暴れ始める。
だが、拘束は外れないどころか、一層強く腕を締め上げ、口の中に入ったままのそれは、さらにうねって喉へと侵入してくる。




そこに、

グボンッ!

と、不思議な音と共に何かが落ちてきた。

「っ ぐ、ぁ……」

仄かに明るくなる。だがそれは、目の前に落ちてきた者が、絶望以外の何者ではないことを見るだけだった。
両目が潰れている。
片腕が食い千切られたのか、骨が露出し血が噴出している。
痛々しい、抉られた足の肉。
全てにおいて、「死」を連想させるものだった。


自分が何も言えず、助けることもできない。
苦痛に呻く声を、耳を塞いで逃避することも許されない。
だが、目の前のニンゲンがいつまでも生きているのはおかしいと思い始めた瞬間、彼の体が暗闇から伸びてきた何かに雁字搦めにされ、

「やめっ、ろ!離、――」
言う前に、闇の中に消えた、その直後。


「が、 ひ、いぎゃぁァァアァッ!! ん、ンンゥー!!!」

その後は、静寂が残るのみだった。
何が行われたのかは分からないが、ただ恐怖に打ちひしがれていた。
が、それを許さないように、喉へと侵入していた触手から、勢い良く液体が噴出した。

胃の中に直接そそぎ込まれるそれは、熱を帯びており、嫌がる自分を無視し、機械的に飲まされていく。
数分間続いた液体の放出が止まると、身体が変な感じになる。

ぐったりとした自分の口から触手が抜ける。
それと同時に嫌な予感が頭に浮かぶ。



――飼われてしまうのではないのだろうか。















予想は的中した。
あれから何度と、回数を数えるのを止めてから、俺は目の前の光景を虚ろながら見せつけられる。

噴門から落ちてきた獲物を触手で胃壁に引きずり込み、密閉した空間の中でゆっくりと消化しつつ、その苦痛を麻痺させているのか、最期の方には不規則に、獲物を愛撫するような蠕動のうねりと、絡みつく消化液が素肌を直接刺激していて、魅了されてしまったのか、頬を赤らめて虚ろな視線のまま、溶かされている事実を知らないまま、命を終える。

そして、俺はその溶かした獲物から得られた栄養、それを一度竜の体内を経由してから、液状になったものを呑まされる。
つまり飼われてしまっているのだ。
ただ、最近はどうでもよくなってきている。

「ま、だぁ?」

おねだりをすれば、それに応えてくれる。
異臭は気にならなくなった。
ぬるぬるする胃壁が気持ちいい。
拘束されていた腕は解かれたが、今や四つん這いの体勢で、飼われている犬と同義。

尻尾が生えてきたとか、爪が鋭くなったとかは関係ない。
もう、俺はこの主のペットなのだ。

ああ、大好きなご主人様。
僕はいつになったら、ご主人様の姿を見ることができるのだろう。
ぬるぬるのウロコをなぞりつつ、俺は今日もご主人様におねだりをする。

「ね……ご主人様ぁ……」

 

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