いつかの時代、どこかの世界。 よく見かける剣と魔法が支配する世界。 大陸の真ん中には、聡明で大衆から慕われる国王が治める大国がある。 その国王の治める国は、平和そのものであった。…そう、魔王が現れるまでは。 ある暗雲が立ち込める不穏な夜中に、突如として魔王軍が王城に現れたのだ。 衛兵達は不意をつかれなにもできなかった。魔王軍はあっと言う間に攻め入り、 国王のたった一人の子供…姫を拉致していった。 「ふはははは…姫は、頂いた。たった今からこの私が世界の支配者になるのだ。 姫に手出しされたくなければ、おとなしく我々に従うことだ!ふははははは!」 姫は、魔王によって薄暗い洞窟の奥深くに監禁され、魔王の右腕であるドラゴンによって 監視されることとなった。 姫は、まだ自分の置かれている状況が理解できていなかった。突然魔物にさらわれ、 洞窟に連れてゆかれ、巨大なドラゴンに見つめられている。だが、そんな状況にも かかわらず、姫はさほど動揺した様子はなく、非常に落ち着いていた。それは 鋭い眼差しのドラゴンの視線をにこやかに見つめ返す程であった。 魔王の姫に対する待遇は、それなりに良いものであった。代えのドレスも用意 されるし、運ばれてくる3食の食事も人間の食べられるいたって清潔なもの。 それでも、姫を逃がすまいと始終監視するドラゴンの眼差しはいつでも鋭かった。 数日を過ごすうちに、姫はようやく自分が魔王に拉致されたという事実を受け入れ始める。 カリ…カリ…カリ…カリ… ドラゴンからなにかかきむしるような音が聞こえる。姫はそっと覗いてみた。 顔をゆがめて、お腹周りに前足を伸ばそうとしているが…届かない。 とてもかゆそうだ。 「…ちょっと、おとなしくしていていただけますか…?」 「…!…グルル…」 かゆい所が気になって、姫の監視を怠っていた事に気がつき、慌てて姫を睨む。 「そんなに怖い顔をなさらないで。ほら、ここかしら…?さす、さす…」 姫は臆することなく、ドラゴンがかゆそうにしている部分をそっとさすった。 「……グル、ルゥ」 ドラゴンは少し喉を鳴らしたように姫には聞こえた。あまりに突然の接触でドラゴンは 困惑したが、実際に気持ちがよく、下手に暴れると姫を傷つけかねないので、黙っていた。 「うふ…見た目はそんなだけど、かわいいのね…」 数十分の間、そんな奇妙な光景がそこにあった。 数日過ぎた日のこと。 ドラゴンがなんだかそわそわして姫を見つめている。いつもの鋭い目つきではない。 いつもかゆそうにしてる部分をチラチラ見ながら、姫を見つめている。 「…ふふ、いいわよ。さぁ、楽にしてちょうだい…」 「…グル、ルル…♪ ぺろ…ぺろ…」 「きゃっ! こ、この仔ったら…くすぐったい!」 いつのまにか、姫とドラゴンは仲良くなっていた。元々姫は生き物は大好きで、 怖いもの知らずの性格であった。そんな姫に、いつしかドラゴンは心を許していた。 それでも、さすがに姫を逃がしたりはしないが、姫を見る眼差しは、やわらかかった。 姫は、運ばれる食事を分けてあげたり…言葉を教えてあげたりした。 その頃…国では議論が続けられていた。 一刻も早く姫を取り戻したいが、姫を握られている以上…大きな軍隊を動かすわけにも いかず、指をくわえてみていることしかできない状態が続いていた。 一方魔王は、姫を妃にしようと考えていた。国中でも美しいと評判であった姫は、 魔族にとってもさぞや魅力的なものであったのだろう。 しかしそんなことはつゆ知らず、姫はドラゴンと和やかな日々を過ごしていた。 だが、ドラゴンは…悩んでいた。主君である魔王が姫を妃にしようとしている事は 知っている。いずれ準備が整えば、姫はここから出され、魔王の側に置かれる。 でもドラゴンは姫と別れたくなかった。姫の心優しさに、心奪われていた。 主君への忠誠か、はたまた…許されない恋に身を投じるのか…悩んでいた。 ******************************** ドラゴンは、決心した。 「・・・そふぃあ。」 「どうしたの・・・?」 「まおうさまが・・そふぃあを、きさきにしようとしている」 「…なんですって…」 「おれは・・・そふぃあと、はなれたく・・・ない。」 「…でも、貴方。貴方は魔王の右腕…でしょう?」 「おれは・・・、おれは・・・!・・・そふぃあを、あいしてる!! こんなにだれかに、たいせつにされたこと・・・なかった・・・。」 「…貴方…。」 「ひとばん・・・、ひとばんだけでいい。 そふぃあ・・・、あなたを、のみこませてくれ・・・。」 邪龍の眼から、涙がこぼれた。 「私もよ…。貴方のこと、本当に大好きよ…。可笑しな事よね。 自分をさらってきた魔王の右腕さんを愛してしまうなんて…ね。 でも、そんなの…関係ない。今は貴方を心から愛しています。 一度、貴方そのものに…いだかれて、見たかったわ。さぁ…めし、あがれ…。」 パサッ…ズサァ… 姫は身にまとうドレスを、ドラゴンの目の前で脱いでみせた。 これから、たった一晩だけ…二度とないふたりの愛の営みに、そんなものは邪魔だ。 姫はドラゴンの目の前にきれいに座り込み、両手を差し出した。 「さぁ…おいでなさい。今晩の貴方の夜食は…わたくし。存分に召し上がれ…。」 「グルルル・・・、いただき・・・ます・・・。」 ドラゴンは、差し出された両手の中に首をさしこみ…そっと擦り寄って見せた。 姫は差し出された首を優しく抱きとめ、上顎に首をのせ丸くなる。 その間ドラゴンは、ぴちぴちと子犬のように…姫の体を舌先で舐めている。 「きゃ…あ、ああん…。やだっ…あは、あははは…。」 「そふぃ・・・あ・・・」 「…なあに?」 「あい・・・って、こんなにここちのいいこと・・・なんだな・・・。」 「…そうよ、いくつものふたりが愛し合い…歴史は、紡がれてきたのよ。」 ぺろ・・・ぺろ・・・ぴちゃ。・・・しゅる・・・にたぁ・・・ 「おれたちのせかいは・・・うばいあい、ころしあい・・・くらいれきし。 つよいものこそが・・・るーる。おれのるーるは・・・まおうさま・・・。 でも・・・おれは、あい・・・しってしまった。あたたかい・・・あい。」 はっ・・・はっ・・・じゅる。びとっ・・・くちゅ・・・ 「もう・・・こんなのは、いやだ・・・。よわいものをきずつけ・・・ころし・・・ まおうさまにおびえるまいにち・・・。いやだ・・・。へく・・・へく。」 「辛かったわね…でも、私に貴方を救ってあげられることができない…。」 はむ・・・はむ!!ばくん・・・ちゅうぅぅ・・・ぎゅゆうぅっ!! 「いいの・・・いいんだ・・・!そふぃあは・・・おれに、あい。おしえてくれた。 そのきもち・・・しったただけで、しあわせ・・・。かんしゃ、してる・・・。」 「ごめんなさい…ごめんなさい…、本当に何もできなくて…あああぁぁん!!!」 むっぐ、むっぐ・・・!!ごぱあぁぁ・・・っ。ごおぉぉ・・・っ ゴ ク ン ッ ! とうとうドラゴンは姫を丸呑みにした。そして…そのまま…ねむりについた。 暖かな胃液で満たされた胃袋に収まった姫も…まもなく眠りに就いた。 たった一晩…でも永遠とも思える時間を…ふたりは共有した。 **************************** 翌朝、国王から遣わされた勇者の子孫がドラゴンの洞窟に攻め入ってきた。 勇者は、脱ぎ捨てられたドレスを目にして、すぐに姫が食べられた事を察する。 怒りに燃えた勇者は、大声をあげながらドラゴンに剣を向け走り出す。 ドラゴンがその気配に気づき目を覚ました瞬間…もう勇者はすぐ目の前。 「ガギャギャアアアアアァァァァッッッッ・・・・・・!!!!!!」 ドラゴンの脳天を勇者はその巨大なつるぎで一撃…、刺し貫いた。 洞窟全体にドラゴンの断末魔が反響して響き渡る…。まもなくドラゴンは息を引き取った。 勇者は急いでドラゴンの体を切り裂き、胃袋の中にいた姫を助け出した。 …勇者に抱えられ、ドラゴンのなきがらを見た姫は…その場で泣き崩れた。 「なぜ…私たちは、戦わなければならなかったの…?」 |