ふぅ・・儂ながらみっともない喰い方じゃったの・・まぁ・・たまには良いか。」
ジュルリと口周りを舌で舐めずる。
唾液の量は凄まじいものだった。
口周りの毛が唾液に濡れるほど。
飲み込まれた少年の膨らみはゆっくり、低速で胃袋に向かって下っていく。
「ゲフッ・・・ふふふぅ・・満足、満足じゃ・・・」
少年と共に飲み込んだ空気を吐き出し、黒狼は自然と口元に笑みを浮かべる。
「主を消化できぬのは、惜しいかの?それでも良いかのぅ・・・どっちじゃかの・・・」
この少年を自分の物としたい。しかし、そうしてしまえばもう少年は味わえない。
黒狼の相反する心。欲望か食欲か。
今はどちらとも言えない。
白狼である間は殺生、消化は出来ない。
「ふぅ・・儂の腹には主がおる。くふふふ・・なんと嬉しいこと・・」
スッ・・と体を横にし、優しげな目で見つめながら、妖しい手つきで膨らんだ腹をまさぐった。
少年の暖かみが胃袋、胃壁、手を通じて確かに感じられる
狙った獲物の全てを自らが支配している。
それだけで今は十分だった。

 * * * 

ニチュ・・グチュッ・・・グジュル・・
唾液と体液が何度も絡み合う。
もう聞き飽きた粘液の水音を共に率いて、真っ暗な肉洞、食道を下っていく。
蠕動時に肉に激しく締め付けられながら。
「はぁっ・・ぐぅ・・・」
黒狼が体を横にしたため、唐突に落下が遅くなる。
より長くその幸福に浸るためだろうか?
地上、口内でさんざん苦しめたと言うのに、体内でもまだ少年を堪能しようとしているのだろうか?
グギュッ・・ヌチャァッ・・グジュ・・・
蠕動。食道の肉が収縮、体を締め付ける。
少し胃袋に近づくとまた蠕動。締め付け。
・・苦しい・・・辛い・・・
いくら何でも・・激しすぎる・・と、思う・・
グニュニュッ・・・グチャァァァ・・ドチュッ・・・
それでも時は過ぎて、噴門まで流し込まれるとそれを押し開いて、密着するほど狭い黒狼の胃袋に到着した。
「はっ・・・・はっ・・・ぅぅ・・」
極度の酸欠に陥りかけている少年の意識はぼやぁ・・としていた。
ムニュムニュッ・・ヌチャリ・・グチャリ・・ギュウッ!
「ぁあっ!?」
ただでさえ狭いはずの胃袋は今回、さらに狭かった。
少年の体に合わせて形をかえた胃壁は少年を取り込むかのようにくっつき、圧迫を始めた。
グギュ・・グチュ・・ニチュニチュゥゥゥ・・・
胃袋がさらに粘っこい粘液を分泌し、練り込みながら体を押しつぶす。
粘液の肉たちに呑まれる少年。黒狼はこれさえも意識して行っているのだろうか?
「ぇぅ・・がっ・・ぉ・・・ぇぇっ・・」
粘液と肉が呼吸を許さず、その粘液を強制的に飲ませ、気道さえも潰してしまう。
(だ、誰かぁっ・・もう・・・む、無理っ・・・)
声を上げても粘液と胃袋が簡単に奪ってしまう。
体に酸素がついに回らない。少年は気を失った。
それは本来なら、死。
胃液が消化を始める。皮膚、肉、骨を容赦なく数分でドロドロに溶かす強酸の黒狼の胃液。
しかし、胃袋は胃液を出さない。
今の黒狼は白狼。 命を与うる者だから・・・

 * * *

「んっ・・・ぅ・・」
唐突に目が覚めた。
目を開け、視界に入ったのは、真っ赤な何か。
その先に広がる暗い空間。
「え・・・く、口・・・?」
そう、開かれた口内。暗い空間は喉。
牙と口端から垂れる唾液が頬を掠める。
「う、うわぁっ!」
バッ!ガチンッ!
勢い良く顔を上げ、体を起こす。
生暖かい口内を越えた瞬間、牙が噛み合った。
「ぬ、主っ!危ないじゃろっ!?」
その声に振り返れば、すっかり黒毛に戻った黒狼が狼狽えていた。
「驚かせてやろうと思っておったのに・・・首を喰い千切ってしまうとこじゃったろうに・・」
笑えない冗談だ。
確かに加減は無かった。タイミングが合っていれば・・・・ガブリといっていたところだった。
「あ、あれ・・・僕・・・」
「ついさっき吐き出してやったところじゃ。黒狼に戻った今では主を消化してしまうからの。」
「あ・・・あ、ありがとう・・・」
「ふふ・・主からの礼は初めてじゃの。また、可愛らしいのぅ・・」
笑みを浮かべながら、ジュルリと舐めずった。
「は・・はは・・・」
「っと、主。これを受け取るのじゃ。」
「?・・これは・・?」
と、黒狼の大きな前脚から渡されたものは紐のついた鈴だった。
「主はここから自由に薬草を持っていってもかまわぬ事にする。」
「ほ、本当っ!?」
「うむ。じゃが、その時に主を見つけた場合は・・」
「・・・その場合は・・・?」
生唾を飲み込み、言葉を繰り返す。
「主を美味しく頂くかの。消化するかは分からぬが、胃袋には、しっかり入ってもらうからの。」
「え〜〜っ・・そんな・・・」
「文句を言うでない・・良いじゃろ?無償で儂の庭から持っていけるのじゃから・・・本来なら腕一本、足一本は貰うつもりじゃぞ?」
「で、でも〜〜」
「ん〜〜・・そうじゃな・・主がその鈴をつけておれば、丸呑みは止めて、呑み込む前に吐き出すと約束しよう。」
「・・・あの・・・食べるのは・・止めて・・」
「駄目じゃよぅ。それでは儂の楽しみが無くなるではないか。それに、あまり待ちを喰らわされると、今回みたいに喰わしてもらうからの。」
少し意地悪げに言う。
「・・・・・・・・・」
「まぁ・・儂はその鈴の音色を遠くからも聞き取れる。
無難に丸呑みを避けるか、丸呑み覚悟で喰われるのを避けるかは、主にまかせるからの。」
クルリと黒狼が身を翻す。
「え、何処に行くの?」
「帰るんじゃよ。儂の腹が減らぬ内に主も帰るんじゃ。」
「え・・・あ、うん・・」
「それともう一つ。」
「?・・・なに?」
「儂は主の事がどうやら、好きになってしまったようじゃ。味が美味い事もあるが、異性としての。」
「え、えぇ〜〜〜っ!?」
「主には親がおらぬじゃろう?」
「・・・・・うん・・・」
「それは儂も同じ。じゃから・・・主が愛しくて・・可愛くて・・ずっと一緒にいても良いくらいじゃ。食べてしまうかもしれぬが。」
「・・・黒狼さん・・・」
「主がここに来ぬなら、儂は主の家に行って主を味わうからの!!覚えておれ。・・さらばじゃ。」
頬を赤らめ、黒狼は少年に笑みを送ると、尾を揺らしながら、森の奥に消えていった。
「・・・・帰ろっ・・・」
少年もまた、身を翻し、帰路についていった。

 * * *

バクッ!グチュッ・・・ヌチュヌチュッ・・・

ギュムッ・・アグアグッ・・グチャァっ・・

・・・・・ゴクリッ。


ーあぁ・・今宵も、なんと良きことよ・・・ー





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