【海龍リヴァイアサンについての生態レポート】
          リバーブルグ海洋生物研究所 研究員ルイス代行 研究員レナ

『既存データの概要』

リバーブルグ地方の海域にその存在が確認されている海龍リヴァイアサンは、
人語を理解し会話することもできるという類稀な知能を持った龍の一種です。
その力には海流を操り獲物を捕らえ、時には鯱でさえ食べてしまうことがある
獰猛さも兼ね揃えています。

『生態研究の実施』

研究員ルイスは予期せぬ出来事により、実施せざるを得ない状況に持ち込まれましたが
最期まで研究に貢献したいと思い、私に映像と音声記録を託してくれました。
彼の志を貫くためにこのレポートを残します。

『使用した道具』

ダイバースーツ 耐水性携帯電話(録画とメール)

『実施経過』

September,10 PM 1:00
ルイスは初め、沖に出て水温や水質を調査しこれから訪れる海洋生物の計算をしていた。
ちょうどその時私が彼の携帯にかけて通話をしていたので会話をしながらの研究となった。
しかし、潮が荒れだして調査が困難になり帰還の準備をしだしたその時だった。

ズゴゴゴゴゴ…!

「なっ?! 渦潮…?!」

突如現れた渦潮にルイスの乗っていた小船は巻き込まれて音を立てて崩れてしまう。

「ぐっ?! 船が…! 研究用の機材が…! がぼがぼ…」
《ちょ、ちょっとルイス?! 大丈夫なの?!》

ルイス自身も渦に巻き込まれて海の中へ放り出されてしまう、水の流れの勢いに
気を失いかけてしまう。

ズゴゴゴゴゴ…ドンッ!

(がっ?! な、何だ?! 岩にぶつかったのか…?)

水中とはいえ岩にしては衝撃が柔らかすぎる、渦潮も納まってきたので急いで海面に
浮き上がっていく。

「ぶはぁっ!! ……はぁはぁ…、こ、これは…?!」
〈これは、とは随分な言い方ね…、私は生き物なのに…〉

ルイスは目を丸くする、先程背中にぶつかったもの…それはルイスの10倍以上も大きい
リヴァイアサンだった、胴は深い蒼の色彩があり、顔には薄桃色の触角が見える。
言動からして雌のようだが…。

「…さっきの渦潮、あんたがやったのか?! なんてことをするんだ?!
こんな沖で船から投げ出されたら岸に着く前に鮫や鯱の餌になってしまうじゃないか!」
〈あら? そうなったらそうなったで本望じゃない? 貴方生態研究してるんだから
お腹の中の構造をしっかり調査できるじゃない…、うふふ…〉

ルイスの非難におどけたように言葉を返すリヴァイアサン。

〈それに…彼らが貴方を襲いに来ることはないわ…、だって私がいるんだもの…〉
「?! 既存データの情報は真だったのか…」
〈ねぇ…、貴方は今リヴァイアサンと話しているのよ? 何故もっと好奇心に私を見ないの?〉

データには獰猛さがあると記載されていたが、随分能弁な性格だとルイスも電話を介して
聞いていたレナも思ってしまった。

「研究に協力してくれるために引き止めたのか? 生憎だが、機材はあんたが流したせいで
お釈迦になった、だから俺は研究所へ帰る」
〈まぁ…つれないわね…、でも嫌でも研究するようになるわ〉
《そ、それどういう意味よ?! 彼に何をする気なの?!》
「れ、レナ…!」
《あら…? お友達かしら…? 丁度良いわね、研究って言っても記録に残らなければ
意味ないもの…》

グワァァァッ バクゥッ!

リヴァイアサンはルイスに向かって首を伸ばし、大きな口を開いて勢いよく
彼の上半身を咥え上げる。

「ぐっ?! うおわぁぁぁぁっ!!」
《る、ルイスぅっ! どうしたのよ?! 何があったの?!》

ルイスの体は上半身がリヴァイアサンの口内に消え、下半身は天高く持ち上げられていた。
腹に掛かる圧力にルイスは大きな叫び声をあげる、彼の首に巻かれていた携帯電話を介して
レナにもその悲鳴が伝わりより一層不安や心配を掻き立てる。
リヴァイアサンはそのまま顔を持ち上げて重力の力だけでルイスを口内へ引きずり込んでいく。

〈貴方…ルイスっていうのね…? それじゃぁルイス、私の口内から研究を始めなさい…〉
「……俺を返す気はさらさら無いってことか…、いいだろう…研究してやる…」
《な、何を言ってるのよ、ルイス?! こ、口内にいるってことは…貴方、
この後どうなるか分かっているでしょう?!》

携帯電話からレナが懸命に異論を唱える、しかしルイスは自分がもう助からないだろうと悟り
彼女を遮るように言葉を発する。

「映像と音声を記録するために通話は切るぞ、ある程度のデータが取れたらお前に送信する、
それをレポートにして、俺が最期まで研究員としてまっとうしたことを証にしてくれ」
《そ、そんな…駄目! 切っちゃ駄目ぇ!! ルイ…!》

ブツッ! ツー…ツー…

〈あら、良かったの…? あんなに心配してたのに切ってしまうなんて…〉

リヴァイアサンが労いの言葉を発する、ルイスの体は完全に口内に収まり舌の上で
その内部を調べていた。
携帯の録画機能をつけながら、口の中で「うるせぇ、悪趣味女…」と呟く、
それはルイスの最期の抵抗だった…。

ゴプ…グルル…ジュルルゥ…

「…口の中だってのに、いやに粘液をだすな…所々泡が沸いているし…」

まるで口の中自体が一つの消化器官のような錯覚さえ覚えてしまう、
それでいて口の中の肉壁は光沢を発するような綺麗さを保っている。

〈ふふ、十分観察したかしら? それじゃぁそろそろ代価を払ってもらおうかしら…〉

ぺロッグチュックチュルゥッ…!

「がっ?! うぐっ! ぎっ!!」

乗っていた舌が蠢きだし、ルイスの体に巻きつきながら舐めあげてくる、
ルイスはその感触に悪寒を感じ、観察どころではなくなる。

〈あぁ…とても美味しいわよ貴方…、もうちょっと味わっていたいけど、
貴方も研究があるでしょうからすぐに喉の動きや胃の内部を見せてあげる…〉

ズズズ…グルルゥ…ゴクリ…

「くっ! うぐぐぐ…」

他の捕食動物との相違点…、リヴァイアサンはその風貌から蛇を思わせるので、
嚥下もまるで壁の狭い滑り台を滑っているようだった。
そのうち少し広い空間に到達し、足が塞がった肉壁にぶつかる。

「まさか…ここが胃の中なのか…?」

先程の口の中より赤みを帯びた肉壁があり、壁からはしどしどと粘液が沸きあがる。

〈どうかしら…? 綺麗でしょう? 中に入れた者を余すことなく吸収するから
胃壁も張りに満ちているわ…〉
「…そして、俺もその一人という訳か…、…さて、俺の研究…そして命も大詰めだな…」

ルイスは録画機能を切り、ファイルをメールに添付してレナに送信する、
メールを送信した後、すぐにレナから連絡が来る。

ピリリリリ…ピッ!

《ルイス…! やっと繋がった…! 何度も、何度もかけてたんだから…!》
「何度も…? …ちっ、あの悪趣味女め…妨害念波をだしてたのか…」

腹の中から舌打ちと悪態をつくルイス、そしてすまなそうにレナに話しかける。

「ごめんな…、心配かけて…、メール、届いたか? これなら研究に十分役に…」
《ばかぁっ! 貴方が…貴方が手に入れた研究を私に発表しろって言うの?!
…貴方が、生きて帰って発表しなくちゃ…誰も喜ばないじゃない…!!》

電話の先から彼女の泣く声が聞こえてくる、ルイスはこれからの自分の最期を
聞かせたくなかったのでレナに「頼む、切るぞ」と言って電源を切ろうとする。

ピッ…

《待って!! 切らないで! まだ言いたいことが…!!》
「?! 何故…?! 何故電源を切ったのにまだ繋がっているんだ?!」
〈また勝手に切ろうとして無粋な男ね…、わざわざ回線を操作してあげたんだから
感謝しなさい…、本当の最期まで彼女に伝えてあげなさいな…〉

ジュルル…ピシャァッ…ジュウウゥゥッ!

「ぎっ?! うあああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
《?! ルイス?! どうしたのよ?!》
〈うふふ、電話の向こうの彼女さん、彼の声を最期まで聞いてあげなさい…〉

ルイスの体に消化液が纏わりつく、そして彼の肌を衣服ごと溶かしていく…、
悲痛な声が電話を通してレナの耳に響き渡る。

「ぐあぁっ! がっ! や、やめろおおぉぉぉぉっ!! レナに聞かせるなぁぁぁ!!」
《イヤァァッ!! ルイスっ! ルイスぅっ!! 止めて…誰か止めてよおぉっ!!!》

ジュウウゥゥゥッ! ジュワッジュワアァッ!

「あぎっ…ぐぅっ…あ……あぁ……」

次第にルイスの声がか細くなっていく、レナは声と一緒にルイスも失われていくような感覚に
ただ泣き叫ぶことしか出来ない自分と、こんな仕打ちをするリヴァイアサンのことを呪った。

ジュルゥッ…ゴプ…

「………………」
《…ルイス…? ねぇ、ルイス?! 返事! 返事してよ…!
お願い…だから…!!》

ツー…ツー…

ルイスの呻き声を最期に電話は途切れてしまう、それと同時にレナの体から全ての力が抜け落ちる。

「ルイス……嫌…、嫌あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…!!!」







『実施後経過』

September,17 PM 4:00
レポートの提出を終えた私は彼との全てが途切れ、抜け殻のようになっていた。
新しい研究にも手つかずになっていたが、周りは私の気持ちを汲んでそっとしておいてくれる。
そんな堂々巡りが続いた一週間後の今日、研究室をノックする音にふらふらと立ち上がる。

「…誰ですか…?」

ガチャ…

「おいおい…なんだよそのボサボサ頭は…、綺麗な顔が台無しになってるぜ?」
「……え………?」
「なんだよ、その反応…、俺の顔を忘れちまったのか?」

私は一瞬固まってしまう、なぜなら目の前には一週間前に失ってしまったと思っていた
ルイスが立っているのだから…。

「ルイ…スぅ……うわぁぁぁぁぁぁん!!」
「心配かけたみたいだな、でももう大丈夫だ…」

泣きながら抱きついてきたレナを暖かく迎えるルイス、しかし、目だけはどこか
冷たいような印象があった。

「さて、気分転換に少し海にでも出るか!! …一緒に来てくれるか」
「うん…うん…! 行くよ…一緒に行くよ」
「ええ、これで貴女も…うふふ…」

レナを抱いて歩くルイスの顔が歪み、蒼い肌と触角が一瞬浮かび上がる、
その顔は紛れもなく、あの海龍の…。

【ケース 海龍リヴァイアサンについての生態レポート】【完】

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