大きな森。

広い草原。

高い丘。

自然が豊かなこの場所に向かって、大きな車が何台も何台も走ってゆく。


…森林伐採が始まろうとしていた。

     ※   ※   ※

「何これ…」
僕の腕には、白い毛が生えてきていた。
猫の腕じゃなくて人間の腕に。
肌の上から違和感MAXの状態で白い毛が生えてきている…

ふさふさだ。

「ニタめ…」
ブレスレットを試しても何の効果も得られなかった。
全知全能の魔法が効かない術があるのか…

今は午後3時。
猫股岳から戻ってしばらく経っていない。
家に着いてからすぐに不干渉の呪術を使った。

僕が夜中に出歩いたことを親は全く気にしていない。
呪術は猫股の力。

他にも、絵師・笛使い・読心術・空間移動・化身術・言語理解ってのがあるんだよね。

まあともかく、この猫毛を消すにはどうするのか?

役に立ちそうなのは絵師の術。

…でもどうせニタの事だからそれにも対応してあるんでしょう。

僕は諦めて髭剃り機で腕の猫毛を剃り落とした。
猫姿に戻っても、別に影響がない事を願って。


改めて考えると、自分が人間で無い事は、少しショックであり、反対になにか嬉しいものがこみ上げてきた。

猫股。

猫の妖怪。

僕はその妖怪だった。

だった? 過去形じゃなくて、現在系だ。
だったのは 人間だ。

僕は人間だった。
今は猫股だ。

…今は人間だけど。

…じゃあ過去形じゃなくても

…いや中身は猫だよ?

…少なくとも今は人間だって!

そんな事を考えていると、後ろから何かが飛んできて後頭部を直撃した。

「いっ…」
『んなバカな事ばっかり考えるから簡単に気絶したりするんだよ。』

声の主は三毛猫。
でかい三毛猫。
しかも雄。

僕の親であり師匠である……

…なんか気が引けるのは何でだろう!
名前はニタ公。とにかく悪戯が懲りない。

『もう少しかしこくなれねぇのか?吉祥?』

そう。僕の名前は吉祥。
別名、津田祥吉。祥吉は人間の時の名前だ。



自己紹介はいいや。
とりあえずニタに、夢で言ってた森の事を聞いてみなくちゃ。

「あのさ、夢に母さんが出てきた。」
『…黒福がか?』
「うん。」
『伝言か?』
「うん。 えっと、森に行って。って言われた。」
『よし、行って来い。』
「え?今?」
『今。』
「準備は?」
『術を解け。』
「…それだけ?」
僕は術を解いて黒猫に戻った。念のため、普通の猫と同じ姿で。つまり猫股じゃない格好。
幸い、腕には白い毛も無ければハゲてもいなかった。
『いってらっしゃい。』
『…マジなの?』
しかしニタは答えなかった。
ただ、僕に向かってフゥーーと息を吐いただけだった。

僕のことを煙が包み、視界がすべて煙になった。


しばらくして立っていたところは、辺り一面の草原だった。
見渡してみると、そう遠くない位置に森がある。
そして、その森に向かって、巨大な車が走っていく。

そして、その車と森の間の所に…

…猫が1匹。

車に向かって何か怒鳴っている!

このままじゃ轢かれる!
僕は急いで駆けだした。

 

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