ラグラージも軽く冷や汗を拭い手元にあった自分の荷物に手をかけた。



「そうだな、とりあえずこんな森は早く出よう。

 この森の場所さえ知っていればいつでもこれ……。」



カンッ…カラカラ……



ふと、おかしな音を聞きつけラグラージは話の途中で不自然に言葉を切った。

「んっ…?」とその様子を訝しげな表情でグラエナが見つめている。

しかし、グラエナの耳にも微かにおかしな音が聞こえてきた。



カラカラカラ………



それは何か固いものが転がって行くような音だった、

ラグラージとグラエナが辺りを見回してみると広場の真ん中の切り株のところにそれは転がっていた。



それは今朝ラグラージが家から持って来た愛用の木の水筒であり、

グラエナ達と出会う前にあの切り株に座りながらその中の冷たい水で喉を潤した記憶があり、

そして先ほどまではガーディが美味しそうに中の水を飲むために持っていたはずである。



その水筒だけがコロコロと転がっていく…

そしてその水筒の近くに赤い毛並みの子犬ポケモンはどこにも見当たらない……



「ガー…ディー…?」



掠れたようにか細い声がグラエナの口から漏れる、

しかしその直後、ラグラージの鋭敏な頭のヒレが微かなそれでいて不自然な音を感じ取った。



ピチャ……ピチャ……ズチャ……



それはなにか湿ったような音であり、

それでいて粘性の伴った音が混じったような何か不快な音が聞こえてきたのだ…。



「どうしたんだよ、なにか分かったのか…!」



焦りを浮かべた顔でグラエナがラグラージに近づいてきた、

どうやらこの液体のような微かな音はグラエナには聞こえていないようだ。

ラグラージは「しぃっ…」と口に指を当てグラエナに静かにするように伝える、

そんなに微かな音ならば感じ取れるのは自分しかいない、そう思い彼は音のする方向に意識を向けた。



ズリュッ…ピチャ……



だんだんと音が鮮明になっていき、その方向がだいたい掴めてくる、

それは彼らの右手側の茂みの方から聞こえてくるようだった。

ラグラージがその茂みの方を指差しグラエナもそちらの方に注意を向ける、

二匹が目を凝らしてよく見ると茂みの奥の方で何かがもぞもぞと動いているのが分かった…。



「ガーディ…? そこにいるのか……?」



グラエナが小声で話しかけながら、何かが動いている茂みの方へ近づいて行く、

ラグラージもその後ろに続いて追っていく、そして二匹はそっと茂みの中を覗きこんだ。



そこにはラグラージと同じくらいの大きさの紫色の肌をした奇妙な物体がもぞもぞと蠢いていた、

そしてその奇妙な生き物の方からあの湿ったような「ぴちゃぴちゃ」という音が聞こえてくる…。

二匹が息を呑んでその様子を見ていると、

紫色の物体がこっちに気づいたのかピクッと反応しゆっくりとこちらの方へ振り向いた。



小さな赤くて丸い目の下に髭のような黄色の触覚がゆらゆらと揺れている、

まるで全身がゴムのようにグニャグニャと揺れているそれは『マルノーム』と呼ばれるポケモンであった。



そのマルノームの口から見覚えのある赤い毛並みをした足と、

先ほどまではフリフリとやわらかに振られていた白い尻尾がだらりと垂れ下がっていた…。



あまりの衝撃の光景に二匹は愕然とし茂みから少し後ずさると、

マルノームの方が茂みの中からゆっくりとした動きで広場の方に出てきた。

マルノームの口から垂れ下がっているガーディの足はピクリとも動かない、

そしてマルノームがもごもごと口を動かすたびに少しづつガーディの足が口内に消えていく…。



「なにしやがるんだお前! ガーディを吐き出せ!!」



ショック状態から意識が戻ってきたのか、

はっとしたようにグラエナが飛び出しマルノームに攻撃をくわえた。



ズムッ…! ズズゥゥン……!!



鈍い音がしてマルノームのおなかにグラエナの『とっしん』が命中し、

マルノームの巨体が二匹から離れた位置に吹っ飛ばされた。



ハァハァと息を切らしグラエナがマルノームをにらみつける、

あまりの事態にラグラージはただ口を開けて見ているしかできなかった。



マルノームがゆっくりとその巨体を起こした、しかし口に含んだガーディを吐き出そうとはせずに、

むしろグラエナに大事なエサを取られないようにするためか先ほどよりもせわしなくモグモグと口を動かしていく。



「べちゃべちゃっ…!」とガーディの体をつたってマルノームの唾液が地面に垂れていき、

ふさふさとしていたガーディの尻尾が水分を含んで力なく垂れている。

ガーディの体もすでに片足と尻尾の先端だけしかマルノームの口の外に出てはいなかった…。



「このっ、吐き出せって言ってるだろ!!」



グラエナは口に黒い光の球を作り出しながらマルノームに向かって吠えた、

グラエナの必殺技『シャドーボール』である。



「いなくなるのは友達だけでもうたくさんだ!俺の家族だけは絶対に奪わせないぞ!!」



そういってグラエナは渾身の『シャドーボール』をマルノームに向けて放つ、

しかし距離が開きすぎていたせいかマルノームはその巨体に似合わないジャンプでその場から飛びのき、

『シャドーボール』をかわしてしまった。



「なっ…!」



技をかわされてしまったグラエナが驚きのあまり声を上げる。



その様子を着地したマルノームがにんまりと笑いながら見届けると、

マルノームは顔を上に向けて大きく口を開きガーディの足と尻尾を口の中に落とし込んだ、

そしてガーディの体を完全に口内に収め…、



ゴクンッ…!



という大きな音をたててガーディを飲み込んでしまった…。



ズズズッ…ズリュッ…ズリュッ……



という生々しい音を立てながらマルノームの喉の部分のふくらみが徐々に下の方へずり落ちていく…。



「やっ、やめろおぉぉぉ!!」



狂ったように吠え声をあげながら、グラエナがマルノームめがけて駆け出した。

再びグラエナは『とっしん』をくりだそうと、足に力を込めて地面を蹴った。



ブワッ!!



しかし、その瞬間グラエナにめがけて紫色の霧状をした何かが吹きつけられた。



「グァッ!?」



おもわずグラエナが悲鳴をあげ

ズシャアッ…!

と音を立てながら地面に倒れこむ。



その光景に驚いたラグラージだが、彼のヒレにはまた新しい音を感じ取った。



ズリュ…ズリュ…



何かが這うようにしてこちらに近づいてくる、

その音はグラエナに吹きつけられた紫色の何かが出てきた茂みの方から聞こえてくるのである…。

そして、ガサガサという茂みをかき分ける音と共にもう一匹のマルノームが姿を現した。



「ウグゥ…、がっふ…!」



苦しそうに呻くグラエナに茂みの中から出てきたマルノームが近づいていく、

グラエナもそれに気づき逃げるため立ち上がろうとするが思うように足に力が入らない。



ラグラージは理解した、

先ほどグラエナに吐きつけられた紫色の霧はマルノームの得意技である『スモッグ』であり、

グラエナはそのせいで どく にかかってしまったのだと…。



ラグラージは急いでグラエナを助けて一緒に逃げようと頭では考えるのだが、

立て続けに起こった出来事のせいで足がすくみ、彼自身もまた思うように動けなくなっていた。



立ち上がれないグラエナに二匹のマルノームが近づいて行く、

自分に近づいてくる気配を感じグラエナが苦しそうにわずかに顔をよじる、

するとそれは先ほどガーディを飲み込んだ方のマルノームであり、

マルノームのおなかは小さくぽっこりとふくれているのが分かった。



グラエナが悔しそうに奥歯を噛みしめていると、

マルノームはなにか違和感を感じたのか、口の中で何かをモゴモゴと動かしたのち

すぅっ…

と軽く息を吸うと「ペッ!」と何かを吐き出した。



唾液まみれのそれはガーディの着けていた鞄であり、

鞄はベシャッと唾液が飛び散る音をたててグラエナの傍に落ちた。

落ちた衝撃で鞄のふたが外れ、中に入っていたオレンの実がコロコロと外に転がってゆく…。



「ちくしょう…! ちくしょう……!」



知らず知らずのうちに涙が顔をつたって地面に流れていく、

グラエナはマルノームのふくらんだおなかに向かって掠れたように声を漏らした。

つい先ほどまで一緒にいた自分の兄弟の笑った顔だけが彼の頭の中で浮かんでは消えていった。



ガーディを飲み込んだマルノームがグラエナに手をかけ、

動けない彼の体をくの字の形から地面に寝そべっているように形を整えていった。

すると茂みからでできた方のマルノームが

グォン…

と音を立てながら大きく口を開きグラエナの足をくわえ込み、ゆっくりと口の中に引きずり込んでいった。



ピチャ…ペチャ……



というガーディの時と同じような湿った音があたりに響いて行き、

それと連動してグラエナの体がマルノームの中に引き寄せられていく…。

虚ろな目をしていたグラエナだったがゆっくりと引き寄せられる感覚に意識を戻され、もがくように体をよじった。



「はなせ! はなせよ!!」



じたじたと体をくねらせ、爪で地面を引っ掻いてふんばろうと試みるが、

抵抗も空しく彼の体はズルズルとマルノームの中に引きずり込まれ消えてゆく。

下半身のほとんどがマルノームに呑まれていき彼の体をぬめぬめとした唾液が濡らしていく。

つやつやとした彼の自慢の黒い毛も、

マルノームの唾液のせいでべたべたになってしまい今はもうその光沢も無くなってしまっていた…。



「うわぁあ…! うわぁぁぁああ…!!!」



半狂乱になりながら暴れるグラエナ姿を見て、

ラグラージは知らないうちに歯の音が合わないぐらいに体がガタガタと震えていた。

腰が砕けてしまい、ぺたりと地面に座り込んだ状態で見ていることだけしかできなくなってしまっていた。



すでに肩のところまで飲み込まれているグラエナは、

最後の抵抗とばかりに両方の前足をマルノームの口の両端に引っ掛け飲み込まれるのを阻止しようとするが、

グニャグニャとやわらかいマルノームの体が思うように掴めず、徐々に肘のところまでもが呑まれていく。



飲み込まれかける最後の瞬間、グラエナとラグラージは目が合った。



お互いに恐怖や混乱ゆえに声が出せない状況だったが、

グラエナの目がラグラージに何かを伝えようと必死に訴えかけている。



『逃げろ』



グラエナはただ一言それだけを伝えていた。

それを受けてラグラージもコクンと一度頷くと自分の荷物を担ぎ、彼らと反対の方向へ脱兎の如く逃げ出した。



すでに首のところまで飲み込まれてしまい、

下半身の感覚もぬめぬめとしたマルノームの口の中の感触しか感じない絶体絶命の状況だったが、

ラグラージが逃げれたのを見て安心したのかグラエナは掠れた声で、



「これでいい…。」



とただ一言だけつぶやいた。





ラグラージが広場から走り出てどちらの方向に行こうか一瞬だけ迷っていると、



ゴクリッ……!



という鈍い音が彼の敏感なヒレに聞こえてきた。

それはあきらかにグラエナが飲み込まれたという意味の音だった。



「ひっ、ひぃぃぃ…!」



情けない声をあげながらも、彼はマルノーム達から離れようと全速力で駆けだした、

後ろを振り返ることなく、方向もめちゃくちゃにラグラージは走って行った、

茂みや木にぶつかって傷ができようとも、木の根に引っ掛かって転びそうになってもかまわず走り続けた。

 

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