今日は1月2日のはず。
目を覚ますと、なぜか目の前には
家ぐらいもある巨大な虎がわたしに顔を向けている。

突然の事に固まっていると、
頭上にふざけた緑色の格好をした
妖精のようなものがいた。

「え、何」
「初夢の精でございます」

即答された。
そいつは人々に初夢をみせてまわるのが仕事だという。
なんでも、選ばれた人は必ず最後まで夢を見させられるらしい。

自分の顔をつねったりたたいたり。全然痛くない。
確かに夢のようだ。しかも、覚めそうにない。
そうこうしているうちに、

べちゃり

目の前で粘性のある液体を落としたような音がした。

顔をあげると、文字通りその巨大な虎口からは
わたしの身長ほども幅のある広い舌がカーペットのように伸びていた。
なんだかよく見る虎の舌とは違って、
表面はとても滑らかに見えた。


「おかしいじゃない、猫科の舌はもっとざらざらしているはずだよ」

「これは夢の中ですから。
おおかた寝る前に見たもののイメージでも影響してるんでしょう」


あれか。
デフォルメされたライオンの口に含まれた鳥が、
体中よだれまみれで吐き出されるシーンだった。
最後までって…もしかしてあんなふうにされるのか…。
今から自分の身に起ころうとしている災難に身震いする。

…でも、まあ夢だし。悩んでいても夢は終わりそうにない。
迎え入れるように伸びた舌のカーペットにわたしは足を踏み出した。

ぐにょり

柔らかな舌肉がわたしの足を包み込むように受け止める。
くるぶしまでが沈むほど柔らかい。
ぬめぬめとした唾液に苦労しつつ、なんとか両足を舌の上に乗せる。

うわっ!

サーフィンをするように両手を広げバランスをとっていると、
急に舌が持ち上がると、わけのわからないまま身体が暖かいものに包まれる。全身に触れるぐにゅりと柔らかな肉。巨虎が舌でわたしを巻き取っていた。
くるくると2、3重に巻き付いた舌。
わたしの身体はその圧倒的な肉布団の中に閉じ込められた。
ぐにゃぐにゃと柔軟なそれは、わたしの抵抗をすべて吸収する。
腕を体側にくっつけたまま、押してみても、蹴ってみても、叫んでみても。
外から見た舌には何の変化もなかった。

その舌の柔らかさのためか、窮屈さはさほど感じなかったが、
口の中で分泌されたべっとりと濃厚な唾液が気持ち悪かった。
何より舌で外気を遮断され、とにかく蒸し暑い。匂いなんかは感じる余裕もない。
巨虎はすでに舌を口の中いっぱいに納めていた。
その中で弄ばれる小さな人間。どれぐらい長くこうしていただろうか。

では、これで最後です

妖精の声がする。
寝る前にみたアニメでは、この後王様がやってきて助けてくれる。
よかった。終わった。最悪な初夢だった。はやく解放して。
ぼんやりと思っていると

ごくり

「!!!」

突然周囲を舌とは違う圧迫感が襲った。
なにがおきたのかわからないうちに、
どろどろ、といった表現が相応しいほど柔らかな肉の部屋にいた。
でもやっぱり狭い。四つん這いになれないぐらい。
それに、なんだか酸っぱい匂い。

食べられた、という認識ができたのはそれから一瞬後のことだった。

「そのまま虎のお腹のなかで溶けちゃってくださいね〜。
なに、心配には及びません。夢ですから痛くはありませんよ」

確かに痛みの感覚だけはないようだった。それにしても食べられる夢なんて…
肉食獣の強力な胃液が身体を侵食するのがわかる。
じんわりと痺れるような感覚と共に胃袋の柔肉に包まれる。
どろどろと分泌される黄色がかった胃液。

「消化…され…ちゃう…」

胃粘液と混ざりあい、ぷるぷると弾力を感じるほど濃い
太い粘液の膜がそこらじゅう絡み付く。
それが幾重にも、身体中に纏わり付いていく。
じんじんと痺れるような感覚に、もう動く気力もなかった。

柔らかな胃袋に身を任せて2時間後。
わたしはまだ虎の腹のなかにいた。
もう手足の感覚がない。すでに溶け落ちたのだろうか。
どろどろとした胃壁と一体化しているかのような錯覚を覚える。

「ああ…」

じんわりと意識が消えていく。
ここは本当に夢の中なんだろうか。

「もう…どうでもいいか」

痺れるような感覚とぬらぬらした胃袋に包まれたまま、
わたしは既に現実と区別のつかなくなった夢の中へとまどろんでいった。

 

 

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