「それでは、次に登場するのはシャチのシェリルちゃんでーす!!」

水族館によくあるシャチのショー。

シャチの巨体がプールの端から水しぶきを上げてやってくる。
背びれは今の私よりも大きいんじゃないか?
その圧倒的な重量感に、私だけでなく
観客全員も同じように息をのんでいた。

ただ、観客と私には一つだけ違いが。
私の席は観客席ではなく、バケツの中だということ。

「さあ、いよいよ皆さんお待ちかね、ごっくんショーのはじまりで〜す!」

私は今、身長30cm程度にまで縮められている。
科学技術の進歩というやつは、とんでもないアトラクションを成立させてきた。
私はこの巨大な海獣に飲み込まれ、数分体内体験をして、帰ってくる。
シャチの安全上、全裸で行わなければならない。

よくある海獣ショーのように、挙手で参加者を募るのだが、
同行者に無理やり手を挙げさせられた私は、不運な事に
その役に指名されてしまったのだった。

「あなたには、お魚さんの気持ちを体験してもらいます。
 熱烈なシェリルのキスを受け取ってくださいね〜♪」

大げさなトレーナーのMCに辟易していると、突然全身に影が落ちる。
いよいよ私はバケツから摘み上げられると、シャチの頭の上に持ってこられた。

怪獣のように巨大なシャチが口を開ける。
私を軽く超える大きさまで開けられたその口の中は、
これまた巨大な舌が窮屈そうに収められていた。
そのピンク色の肉塊は息をするかのように蠢いている。

あっと思うまもなく、身体が無重力を感じる、
と共にその口の中が急激に迫ってきた。

ぶにゅり

私は顔からその舌の上に着地した。
身体全体が仰向けにシャチの舌に押し付けられる。
ねとねとべっとりと張り付くようなその感触。
唾液がないのか、直に舌の粘膜を押し付けられる。
私を舌に貼り付けたまま、その口が閉じられた。

さかなくさい。
胃袋の中からだろうか、口が閉じられると共に、
その体内の臭いが充満する。

ばたばたと暴れてみても、マシュマロのような舌が
ぶにゅぶにゅと形を変えて、私の抵抗を全て吸収してしまう。

魚にそうするように、舌が私を押し上げ、喉に押し込もうとする。
この先はどうなっているのだろうか。
普段口の中を見ても、喉の奥は暗く、
喉の粘膜がくっついているその先なんて見たことがなかった。

ずぷり…

私の頭はその窮屈そうな喉の肉に押し込まれる。
息ができないと思いきや、その肉は割りとやわやわしていて、
顔を動かせばどうにか空間を確保できた。

ごっくん

そのまま、喉の肉は身体全体を受け入れる。
強力な一呑みに、身体が急激に運び込まれる。

「うわぁ…」

中は粘液にまみれていた。
食道の壁がうねうねと襞を作り、
その間をねっとりとした濃厚な粘液が糸を引いている。
暗くて何も見えなくても、喉粘液が顔にまとわりつき、
全身をその力強い粘膜が包み、その状況はつぶさに分かった。

ねとねとと濃い粘液が身体を絡め取ってくる。
これでは獲物が生きたまま呑み込まれても抵抗すらままならない。
もっとも、熱い肉の壁が密着していて、ほとんど身動きは取れなかったが。

そのままぐいぐいと暖かい食道の中を運ばれていくと、
いよいよシャチの腹の中に到着した。
暑く、魚くさい空気とより濃い粘液で満たされた胃袋は、
私の身体の到着と共に、ぎゅっと縮むと、
そのまま咀嚼するかのように密着してきた。

この中で、獲物はゆっくりとほぐされていく。
シャチの一つ目の胃袋は消化液が出ない。
胃液は奥の胃から、若干漏れてくる程度だった。

全身を舐め回すような胃袋の抱擁。
ねっとりとした粘液に包まれたまま、私は助けを待つ魚でしかなかった。


――外では慌しくトレーナー達が動いていた。

「シェリルが吐き出さないの!急いで!」

何かトラブルでもあったのだろうか。
ショーは中断され、なにやら大勢の関係者がの周りを取り囲んでいる。
ただひとつ、シャチの獲物を納めた腹だけが、何事もなかったかのように、
食べる前と変わっていなかった。

 

 

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