葉の隙間からは白っぽい陽射しが降り、道を明るく照らしている。あたりには花の甘い香りが漂い、鳥の鳴き声が騒々しい。息を吸えばそれだけでのぼせそうなほど、空気は蒸している。

ヒルでも出そうなこのジャングルを、黙々と歩く影がある。青い毛並みにピンと立った耳、犬に似た頭をもつリオルである。背丈はおよそ0.7m弱、まだあどけなさの残る顔を、精一杯緊張させて歩いている。

―――本当にこの道で合ってんのかね

ふとそんな疑いにとらわれ、リオルは地面に鼻を寄せた。かすかにエレキブルのにおいがした。どうやら道は正しいらしい。リオルは顔を起こし、ジャングルを見つめた。緑の濃さは入り口とそう変わらない。しかし目的地までは確実に近づいているのだ。そう思うと少し元気が出た。目の前の枝を払い、リオルは再び歩き出した。

事の起こりは三日前にある。その日、リオルはいつものように探検で手に入れたアイテムを集会所に預けに行った。相変わらず集会所の待合室にはポケモンがひしめいており、皆めいめい好き勝手に噂話をしていた。その中にリオルの気を惹くものがあった。ジャングルを抜けると、まだ手がつけられていない洞窟がある。そこには数多くの宝物が眠っており、現にもう何人かはそれを売りさばいて大もうけしているらしい。

もちろん、リオルもはじめは信じていなかった。だが、その胡散臭い噂話に、預かり所の係官はまるで違う反応を示したのである。

「笑えるでしょう?宝島を信じている大人があんなにたくさんいるなんて。」

「・・・・・・・」

「最近の若いのは本当に餓鬼っぽいとかよく言いますけど、子供のこと言えませんよね。大の大人が寄ってたかって噂しているのがあんな与太話なんですよ?」

 そこまで言って、リオルは係官のエレキブルの様子に気がついた。普段ならば相槌を打つなり、リオルをたしなめるなり、とにかくリオルの相手をしてくれるのである。それが今日は、深くうつむいてこちらを見ようともしない。

「大丈夫ですか?」

 心配したリオルが声をかけると、やっとエレキブルは顔を上げた。一瞬逡巡するような表情を浮かべたが、すぐに笑い顔になって言った。

「・・・だよ」

「はい?」

 エレキブルがカウンターから身を乗り出し、リオルの腕をつかんだ。ぐいと引っ張って、耳元で強くささやいた。

「その大もうけしたって奴、俺のことなんだよ!」

「へ!?」

「声が大きい!」

 間の抜けた声をあげたリオルをエレキブルはしかりつけた。そして素早くあたりを見回し、誰かに聞かれていないか確かめた。聞いているものがいないと分かると、エレキブルは何かを紙にメモしてリオルに渡した。事態についていけずにリオルは尋ねた。

「これ、いったい何です?というか、さっきの話は本当ですか」

「本当に決まってるだろうが。そのメモの場所に行ってみな。洞窟があっから」

 まだ呆然としているリオルをエレキブルはにらんだ。さっさとその紙しまっちまいな、と言った。

「でだな、そこに行ったら、お前の分よりほんの少しだけ多めにとってきてもらいたいのさ。もちろん、目立たないくらいで十分だからよ」

「・・・なるほど。あなたの分も、ということですか」

そういうこと、とエレキブルは小ずるそうな笑みをうかべた。なぜ抜け目のないこのエレキブルが教えてくれたのか、それで腑に落ちた。

 基本的にダンジョンは集会所の委員が管理しており、新しく発見されたダンジョンは報告することが義務となっている。もし報告せずに勝手に探索したりすればそれは違反扱いとなる。係員が率先して規則を破ったと発覚したら洒落にもならない。おおよその事情を理解し、多少欲に目がくらんだリオルは、その場で頷いた。

―――もっとも、ここまで苦労すると知ってたらひきうけなかったけど

胸の中でつぶやき、リオルは飛んできた羽虫をはたきおとした。まる半日かけてここまできたが、もう限界だった。これ以上進めば帰りがもたなくなる。もう引き返そうかと思ったときだった。緑の陰に、小さく光るものがあった。

―――これか

口に小さな水晶をくわえたトカゲの石像を見つけ、リオルはため息をもらした。手近な石にすわりこみ、水筒の水を一口あおった。そしてバッグからメモをとりだした。見ると、石像に電流を流すよう書かれてある。指示通り持ってきた電気玉を、石像に近づけた。すると、轟音が響いて地面が揺れた。音が止んだときには暗い穴が目の前にぽっかり口をあけていた。これが問題の洞窟らしい。

 それはかび臭く、陰気な洞穴だった。洞窟から漂ってくる薄気味悪さに、リオルは身震いした。この下に宝の山があるのだ。そう思うことで自分を励まし、リオルは穴へと飛び込んだ。

 松明を片手にリオルは洞窟の中を進んだ。道は思ったより広く、数人が並んで通れるほどの幅はあった。壁は湿り、うっすらとコケが生えている。外の陽気がうそのように涼しく、すごしやすさでいえば満点と言えそうだ。

―――しかし、何かひっかかる

 問題はそこだった。確かに気持ちの良い場所ではある。だがどこかピリピリする。肌を刺すものがある。それが何かはまだ分からないが、この奥には危険なものがあるように思えて仕様がないのだ。

―――とにかく、とっとと出ることだ

 何事も早いに越したことはないし、とリオルは思い、先を急いだ。

 十分ほど歩いた頃だろうか。急に視界がひらけ、リオルはきょろきょろとあたりを見回した。そこはだだっ広いホールのようになっており、壁にはびっしりと何かのコケがついていた。試しに松明を消してみたが、そのコケのおかげで壁全体がぼんやりと光っており、明かりには困らずにすんだ。

 一見すると穏やかで平和な広場に見える。だが、体の奥の警告は消えるどころかなお一層強まっていた。早く仕事を終わらせよう。そう決め、リオルは目を皿のようにして宝を探した。

部屋の隅にきらきらと輝くものがあった。近寄ると、それは金製の装飾品である。飛びつくようにしてリオルは金細工を調べ始めた。腕輪やら、首輪やら、どれもこれも高そうな品ばかりだった。リオルの顔が思わずほころんだ。急いでいくつかをバッグに詰め込んだ。

―――こんなもんでいいか

 残りは別の奴の分に残しておいてやろう。腕輪と首輪をそれぞれ2つずつバッグに放り込み、出口を振り向いた。その目の隅に、何かがちらついた。部屋の隅に何かある。ほの暗い洞窟で目を凝らすと、それは祭壇のように見えた。

 とりあえず警告めいた予感は無視し近寄った。やはり祭壇だったようである。びっしりと文字が掘り込まれた石盤が真ん中に鎮座し、その両脇に例の水晶をくわえた石像がある。掘り込まれた文字の上には黒ずんだ石造りのトカゲの首があり、不気味だった。リオルは顔を近づけ、文字を読もうとした。

―――こりゃ、古代語だな

 公務員のエレキブルならともかく、学のない自分に読めるわけがない。バカにされたような気がしてリオルはトカゲの首を小突いた。その石の首が、小突かれた拍子に引っ込んだ。歯車のかみ合う音がして、地面が小刻みに震えた。

「何だ、何だ!?」

 慌てて飛び退ったリオルの意に反して、地鳴りはすぐにおさまった。別段何事もない。脅かしやがって、とリオルは胸をなでおろし、ほっとため息をついた。そして出口に向かおうとした。

 そのときだった。振り返ったリオルの目の前の地面が盛り上がった。唖然とするリオルの前でその山はみるみる高くなっていく。鼓膜にとどろくようなほえ声が響き、砂煙を巻き起こしながら地面がはぜ割れた。煙が晴れ、ほえ声の主を見たリオルはしりもちをついた。トカゲの似た体躯、頑丈そうな紅い鱗。その正体は、高さ7mはあろうかという巨大なグラードンだった。

―――三十六計逃げるに如かず

 驚愕からさめたリオルの脳裏に、そんな言葉が浮かんだ。何はともあれ逃げよう。こんな化け物相手にしてかなうわけがない。くじけそうになる足を奮い立たせ、リオルは這うようにして壁伝いに進んだ。だが、グラードンはリオルを見逃さなかった。よく通る低い声が洞窟に響いた。

「待て、小僧」

ひ、と小さく息を呑み、リオルは立ち止まった。まだ出口までは遠く、走ったところで逃げ切れる距離ではない。おずおずと振り返り、哀れっぽい目でグラードンを見上げた。何か御用で、と言おうとしたが、舌がもつれて上手く言えない。その様子を眺めながらグラードンは鷹揚な口調で言った。

「なに、そうおびえることは無い。小僧に訊きたい事があって呼び止めたのだ。・・・司祭はどこにおる?」

 しさい?まるで予想もしていなかった単語に、リオルは目を白黒させた。しさいって、あの司祭か?つまりあのろくでもない祭壇を祭るための司祭?

 混乱して答えられずにいるリオルに、グラードンは首を傾げたが、あまり気にした様子でもなかった。まあよい、と言った。

「分からんなら別のことを訊こう。・・・この前から随分間が空いたが、今回の生贄は小僧かね?司祭のようには見えぬし、他には思いつかんのだが」

いけにえ?生贄!?ようやく頭がはっきりし始め、リオルはその言葉の危険性を理解した。激しく首を横に振って言った。

「俺は生贄なんかじゃありません。ちょっと、その、何か良いものが無いかと思って・・・」

「良いもの?何だ、それは?

怪訝そうに言うグラードンに、リオルは震える手で金細工の山を示した。グラードンはああ、あれか、としらけた様子で言った。

「あれは今までの生贄がつけていたものでな、ワシが喰う前に取り外すよう命じたものだ。ただの金細工だが、あんなもののために潜ってきたのか?」

 リオルはがくがくと頷き、身をすくめた。グラードンの言葉が事実ならば、自分がやったのは墓荒らしかこそ泥か、とにかくそれに類するものである。うまくすれば無事に切り抜けられるかもしれない。しかし下手をすれば死刑宣告、その場で執行ともなりかねない。不安で胸が騒ぎ、寿命が縮まりそうだった。

 その様子を知ってか知らずか、グラードンはリオルに目もくれず何か考え込んでいる。五分ほど経ってもまだ考えている。いい加減決めてくれ、このままじゃじれったくてどっちにしろ死んでしまう。リオルがそう思ったとき、グラードンが大きくひとつ頷いた。ま、良いかと言った。

「まだ子供でもある。ここがどこかも知らなかったようであるし、罪に問うたところで益はあるまい」

 よっしゃ、と手を叩きそうになるのはどうにかこらえた。リオルは出来るだけ恭しく見えるよう頭を下げ、礼を言って退出しようとした。だが、続く言葉を聞いてその表情は凍りついた。

「穢れの無い子供ならば、生贄にも相応しかろうて。腹もすいておることだし、よし、これでいこう」

 リオルは自分の耳を疑った。罪を許してくれたかと思えば生贄?どういうことだ?まるで意味が通らないじゃないか。

「喜べ、小僧。本来ならばあってはならんのだが、今回は特別の温情をもってお主の罪は許された。お主は栄えある生贄として選ばれたのだ。さ、こちら・・・」

「冗談じゃない!」

思わず叫び、リオルははっとして口をつぐんだ。グラードンが不審そうにこちらを見た。

「何が冗談ではないのだ?何かお主の気に食わぬことでも言ったかの?」

こちらをにらむその目に険がある。リオルは身を縮こまらせた。足がすくみ、のどが渇いて仕方なかったが、ここでひるむわけにはいかない。ことは命にかかわる。声の震えを無理におし隠し、リオルは答えた。

「先ほどの失言についてはお詫びします。あと、墓荒らしみたいな真似をしたことも。あれがそんないわれのあるものだとは知らなかったんです。本当です。だから、どうか生贄になるのだけは勘弁してください。俺はこの洞窟を出て帰りたいだけなんです」

 言いながらリオルは肩からバッグを外し、足元に置いた。グラードンはそれを見て首をひねった。そのまま十分ほども考え続けていた。

―――大男総身に知恵が回りかね、だっけ

 長考にリオルがうんざりし始め、そんな罰当たりなことを考えたとき、やっとグラードンがこちらを見た。朗らかに笑った。

「よし、分かった、お主は遠慮しておるのだな。なに、子供は要らん心配をせんでも良い。ワシは寛大での、お主の盗みなぞ気にしておらんのだ」

―――コイツ、何か俺に恨みでもあんのか!?

それとも俺がよっぽど美味そうに見えるのか。どっちでもいい、とにかくずらかるしかない。混乱する頭でもそれだけは理解できた。リオルはグラードンに背を向け、一散に出口へと駆け出した。

「そう遠慮せんでも良いと言うとるに」

 後ろでグラードンが何か言った。それと同時に足元に亀裂が走り、乾いた音が響いた。それに気づいたときには、リオルは岩盤ごと空中高く吹き上げられていた。

 地震か!リオルは舌打ちし空中で姿勢を立て直そうとしたが、下を見て目を瞠った。落ちていく先には、グラードンが大口をあけて待っていた。慌てふためくリオルの体をまるごと口の中に収めると、グラードンは勢いよく顎を閉じた。

 グラードンの口の中は熱く暗かった。獣じみた臭いもして、鼻が曲がりそうだ。柔らかい舌が体の下でうごめき、それも不快だった。

―――このままじゃ、喰われる

 恐慌をきたしそうになるのをこらえ、全神経を右手に集中させた。唾液で粘つく舌が味でも見るように鼻先を撫でる。鳥肌が立ちそうな感触だったがそれも無視した。気色悪さにしばらく耐え、リオルは右手に気をためた。そしてその手をグラードンの舌に思い切り叩きつけた。

「はっけい!」

その一撃にグラードンが吼え、リオルは口の中から飛び出した。唾液でべとつく体のまま着地した。振り返ると、グラードンはふらふらと体をよろめかせていた。しばらくよろめいていたが、不意にぐるりと目をまわし、地響きとともに倒れこんだ。もう動かないのを確かめ、リオルは大きく息を吐いた。忌々しげに鼻に詰まった唾液をぬぐい、出口の方を向いた。

―――問題はこれをどうするかだよな

出口はグラードンの地震のせいで岩に埋まっていた。はっけいかきあいパンチか、そのあたりを使えば砕けそうだが、洞窟の崩落の危険性もある。生き埋めになるのはごめんだった。

 そこまで考えて、しかし、とリオルは思った。後ろでのびているグラードンはまだ死んでいない。さっきはうまくいったが、もう一度つかまったらこうはいかないだろう。目を覚ます前に逃げなければ元も子もないのだ。

 とにかく、やってみるしかない。リオルがそう臍を固めたときだった。背後に殺気を感じ、リオルは飛びのこうとした。その動作がわずかに遅れた。わき腹に衝撃が走り、リオルは6mも横に吹っ飛ばされた。

「よくもまあやってくれたものだ。さっきのは良く効いたぞ」

グラードンは淡々と言い、海老のように体を曲げ咳き込むリオルを見下ろした。いい気味だの、と凶暴に微笑んだ。

「おとなしくしておればそのような目にあわずにすんだものを。なぜそう抵抗する?神の血肉となれるのだぞ?」

「・・・・・・」

「どうした?もう答える力も無いのか?」

リオルは答えず、目をつぶっていた。逃げようとすれば逃げられたかもしれないが、今のリオルはわき腹の痛みと怒りで頭に血が上っていた。さっきは非がこちらにあることを考え、威力の弱いはっけいを放った。今度俺を口の中に放り込んだら、きあいパンチで頭ごと舌を吹き飛ばしてやる。奥歯を強くかみ締め、リオルは右手に意識を集中した。

だが、その目論見はあっさりと潰えた。

「念には念を、だな」

そう言ってグラードンはリオルの上にいきなりのしかかった。大慌てで逃れようとしたが、もはや後の祭りである。落ちかかってくる巨体に悲鳴を上げることもできず、リオルは押しつぶされた。

 のそのそとグラードンは起き上がった。足元には息も絶え絶えにリオルが転がっている。その様子にほくそ笑みながらグラードンは顔を寄せ、匂いを嗅いだ。若い肉の匂いが食欲をそそった。

「どうだ?もうワシに喰われる決心はついたか?」

「ふざけるな・・・」

 弱弱しく言い返し、リオルはしんくうはを放とうと手をあげた。その妙に緩慢な動きにリオルは愕然とした。

―――麻痺か!

 なんでよりによってこんなときに。泣き出したい気分でリオルはうめいた。その様子を見て、グラードンが機嫌よくうなった。

「麻痺で万事休す、か。実に気の毒だの。―――もっとも、ワシにとっては手間が省けて何よりだが」

「・・・好きにしやがれ、この野郎・・・」

 投げやりに言ったリオルの言葉に、グラードンは吼えるように笑った。では、そうさせてもらう、と言って、リオルの足の向こうで口を開いた。

―――あれに喰われて死ぬのか

どこか遠いものでも見るような気持ちでリオルはグラードンを眺めた。そう長いとはいえない生涯だったが、それでもいろいろあった。初めて集会所の門をくぐったときの感慨、アイテムを持ち帰ったときの喜び、そして冒険に次ぐ冒険。今まではどうにか生き延びてきたが、どうやら今度ばかりは年貢の納め時らしい。

 だが、リオルが感傷に浸っていられた時間は短かった。生臭い息が顔に吹きかかり、グラードンのことを思い出した。リオルの身の丈よりも大きい舌、上顎と下顎をつなぐ糸のような唾液が見えた。そのうちの一条がリオルの足先にかかる。唾液の感触にリオルは大きく体を震わせた。我に返ったリオルは、強い恐怖に襲われ、しびれる体でもがこうとした。その足に熱い舌がはりついた。

グラードンはリオルの両足を舌で絡み上げると、胸まで口に引きずり込んで咥え上げた。リオルはグラードンの鼻面にしがみついたが、グラードンは気にも留めなかった。舌を首筋にまわし、抵抗するリオルを無理やり引っ張り込んだ。そして無造作に口を閉じた。

生暖かい口に包み込まれ、リオルはかすれた悲鳴を上げた。獣くさい臭いが鼻をつく。臭いの元はグラードンの唾液と舌のようだった。その臭いに自分が口の中にいることをはっきりと悟り、リオルはほとんど半狂乱になって暴れた。まだ動きの鈍い手足でグラードンの牙を叩いたり、舌に噛み付こうとしたりした。

口の中でリオルがもがくのを感じ、グラードンはのどの奥で笑った。子犬一匹じたばたしたところで痛くも無いが、少し鬱陶しい。それに先ほどの無礼にそれ相応の灸をすえてやるのも悪くない。その思いがグラードン持ち前の嗜虐性に火をつけた。グラードンはまず舌先を持ち上げリオルを上顎に押し付けた。そして舌を器用に動かしてリオルをうつぶせにした後、ちょっと力をこめて押しつぶした。そのまま舌をこすりつけ、柔らかいリオルの舌触りをグラードンはじっくりと堪能した。

しかしこれはリオルにとってはたまったものではなかった。顔も含めて体全体がよだれの滴る舌におおわれ、息をすることも出来ない。懸命に顔からだけでも引き剥がそうとしたが、力はますます強くなるばかりだ。そうこうするうちに、鼻や口はグラードンの唾液でつまる。手は肉塊の上をすべる。ついにリオルは気を失った。

舌の上のこそばゆい動きが無くなり、グラードンもリオルが失神したことに気がついた。仕方なく舌にこめた力を緩め、リオルを開放してやった。だが、それだけではまだ気がすまなかった。ぐったりとしたリオルの体に舌を絡みつかせ、隅々まで嘗め回して味わった。やがてリオルが目を覚ましもがき始めると、グラードンは再びリオルを押しつぶした。

グラードンのなぶり方は執拗だった。獲物は柔らかく、余計な抵抗も無い。しかも、久々に眠りから覚めたグラードンは空腹だった。それも手伝って今回の餌はまたとないご馳走に思える。そうたやすく喰いきるつもりは無かった。そして、その分リオルの苦しみは長く続くこととなった。

―――今度こそ死んだか?

何回も繰り返しいたぶったところでグラードンは気づいた。リオルがピクリとも動かない。試しに舌でつついてみたが、それにも反応しなかった。どうやらやりすぎたらしい。まあ十分楽しめたし、よしとするか。どうせそろそろ飽きてきたことだし、と思いグラードンは顔を上に向け、リオルを口の奥の方へと送った。そのままのどへと流し込もうとした。

だが、リオルはまだ生きていた。再三にわたる拷問によってもはや腕を動かす気力も残っていなかっただけだった。ぼんやりとではあるが、意識もあった。その朦朧とした意識が危険を前にして覚醒した。死にたくない、と言う一心で舌につかまろうとしたが、その手はむなしく舌の上を引っかいただけだった。リオルは自分の腰から下が熱いものの中に入り込んだのを感じた。甲高い叫び声を上げて手足をばたつかせたが無駄だった。腰から順に腹、胸、そして最後に頭、と一気に沈み込んだ。同時に、洞窟の中に不気味な音が響いて、グラードンののどが小さく膨らみ、また引っ込んだ。それは、グラードンが完全にリオルを呑み込み、腹の中へと送り込んでしまったことを示していた。

数分後、グラードンの体内でリオルは目を覚ました。リオルは暗く蒸し暑い場所に座っていた。体中悪臭のする粘液に覆われている。手を伸ばすと、目の前にはぬるぬるとした弾力のある壁が広がっている。粘液の出所はこの壁らしい。辺りには体についた臭いと同じ異臭が漂い、その強さはグラードンの口の中と比べてもなお酷い。吐き気のするような場所だった。おまけに、全身が少しひりひりした。

―――とにかく、ここを出なきゃな

 リオルはありったけの力を右手に集中した。幸いなるかな、麻痺はもうだいぶ解けている。今なら使えそうだった。

「きあいパンチ!」

全身全霊の力をこめて放った技だったが、驚いたことに壁はびくともしなかった。それどころか、その技が非常にまずい結果をもたらした。壁全体が動き、リオルの全身を締め上げ、すりつぶそうとしたのだ。手足を突っ張ってとめようとしたが、まるで効果は無かった。脈動する壁面が体全体に覆いかぶさり、粘液が鼻や口にまで流れ込んでくる。リオルはむせこみ体をよじらせた。手で鼻をぬぐおうとしたが、全身を押さえ込まれてはそれも出来ない。リオルは絶望的な悲鳴を上げた。その直後、リオルの鼻面に生暖かい肉壁がはりついた。

 グラードンはじっと自分の腹を見つめた。何かが腹の中で動いているらしく、少しくすぐったい。

―――あの小僧、生きておったのか?

 グラードンは一瞬目を見開いたが、すぐに冷めた表情になった。あの小僧はもう腹の中にいる。生きていようが死んでいようが同じことだ。それよりも問題はこれからの餌のことだった。あの小僧の様子では、今はもう司祭はいないらしい。当然生贄もこない、と言うことになる。

―――まあ、またひもじくなってから考えよう

 もともと無精者のグラードンはそう考え、自分の寝床へと向かった。今はそれなりに腹も膨れている。またどうしようもなくなったら目が覚めるだろう。そのときに餌の問題は考えればよいのだ。グラードンは自分の巣穴の中で目を瞑った。まだ少しくすぐったいが、眠りを妨げるほどのものではない。しばらくして、グラードンはいびきをかき始めた。

 

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