青空の中、一筋の雲の橋を造りながら、高速で空を翔る影があった。

彼は急いでいた。
その理由は……


グギュルルルル!


彼の大きなお腹の虫が鳴り響くと
一瞬……カックンと一直線だった雲の道が下に大きくずれてしまった。

最近の彼は大変だった……何せ……いや、とにかく大変だったのだ。
そんな大変な彼にとって数少ない楽しみな日だった。

とにかく彼は急ぐ誰よりも早く。







悠々と広がっている草原を大変そうに荷物を背負って渡っている影がいた。

彼は急いでいた。
その理由は……


「大変だー時間に遅れるぅ!! ……ああっ!!」


ベシャッァァア!!


生い茂る草に足を取られて派手に転がる影……そんな状況でも必死に荷物を離さないように守りきった。
ちょっと痛そうに目に涙を浮かべているが、またすぐに走り始める。

今日は彼にとって大事な一日だった……何せ……いや、とにかく大事な日なのだ。
彼にとって大事なことが二つもある日なのだ。

だから、彼は急ぐ誰よりも早く。







草原の真ん中にある場所。
そこだけが周囲の草原から綺麗に円形に盛り上がっていて、
しっかりとした地面に青々と葉が茂っている大きな大木が祭られるようにして立っている。
さらにとても綺麗なため池もあり、誰かがきちんと手入れをしているようだった。

そこに息を切らせて上がり込んできた生き物の影……ブイゼルだ。
顔の色が少し青くなり、そのまま倒れていきそうなくらい息を弾ませている。
それなのに必死に空の方をキョロキョロと見渡す。
そして、何も見つからないと悟ると……

「やった……間に合った。」

安堵のため息をつき、その場に座り込んでしまった。
その拍子に……


ドサッ! 


ブイゼルは、ついうっかりとあれだけ大事にしていた荷物を落としてしまう。
入れ物のふたが開いて、中から木の実が幾つか逃げ出してコロコロと何処かに行ってしまった。
ブイゼルにはそれがコマ送りのように見えていて……

「ああーー!! そんなーー!
 今年は冷害のせいで木の実がとれなかったから……
 みんなして、あっちこっちかけずり回ったのに……」

ただでさえ青かった顔がさらに青くなり……
両手で頭を抱え、地面に額を押しつけて、自分のあまりの馬鹿さ加減を嘆いた。
でも、ブイゼルにはそんなことをしている余裕は無かった。

「ああっ! そうだ貢ぎ物を並べないといけなかったんだ!
 早くしないと……ルギア様がきちゃうよ。
 僕、ルギア様と……村のみんなに怒られちゃうよ……」

必死になって木の洞に隠してある台座を引っ張り出し、
残った木の実を並べ始めながら、そうなったときの状況を想像したブイゼル。

ここいら辺一帯の土地を外敵から守っていてくれるルギアが怒って、別の地方へ行ってしまう
町のみんなから制裁を受けてボロボロにされて、村から追い出されてしまう。
ブイゼルは自分の考えに身震いした。

「そんなの絶対嫌だ〜! 特にルギア様に嫌われるのは絶対嫌だ〜〜!!」

彼にはルギアに対して特別な思いがあった。
だからブイゼルは必死に貢ぎ物の準備を進めていく。

数分後、何とか準備し終わったブイゼルはその場に倒れ込んでしまった。

「ハア……ハア……お、わった〜。」

仰向けに横になりハアハアと呼吸を弾ませながらも、その表情はとても嬉しそうだ。
実のところ、このブイゼルは気が付いていない。
……貢ぎ物の時間を間違えて、かなり早めに来てしまったことに
今回はこのうっかりな行動がブイゼルを救ったのであった……

このあとにその事に気がつき、ブイゼルがショックを受けるまでは。



数十分後

さっきまでのブイゼルと同じブイゼルとは思えないほど凛々しく、無言でその場に座っていた。

ルギアに貢ぎ物を運ぶ……『運び手』という
仲間内でも羨ましがられる役目を負った者にふさわしく、その時が来るのを待っていた。 


そして……その時がやってきた。


ブオォオオオン!!


まるで風が爆発したかの轟音がブイゼルの上空で炸裂した。

(来た……)

ブイゼルの身が少しこわばったように見える。
そして、バサッ! バサッ!と翼を羽ばたかせてルギア舞い降りて来た。


ズッシィィイイン!!


降り立つとき凄まじい地響きが起こるが、ブイゼルも貢ぎ物の木の実も身動きひとつしない。
地面に降り立ったルギアはググッと首を伸ばし……それでもブイゼルより断然高い位置で、
自分の目の前に仰々しく座っているポケモンを見下ろす。

「出迎えご苦労……お前は初めて見る顔だな。
 今年からお前が運び手になったのか?」

「はい。そうですルギア様。
 今年からあなた様への貢ぎ物の運び役を承ったブイゼルございます。」

その後もしきたりめいたやり取りを交わすルギアとブイゼル……
そして、ブイゼルは最後に貢ぎ物の台座から布を取り払って、木の実の山をルギアに見せた。

「ルギア様、ありったけの木の実を……どうぞ、受け取ってください」

そう言われてルギアがそちらの方を見た瞬間、その表情が険しく変わる。
再びブイゼルを見下ろし……

「これだけか……?」
「……えっ、え〜と……その……」

さっきまで違い低い声……それに混じる怒気を感じて、
ブイゼルは戸惑いながら無意識に少し後ずさった。
恐る恐るルギアの顔に目を向けると……その目は細まりブイゼルを冷たく見つめている。 

初めてルギアに対してブイゼルは心に恐怖を感じた……それでも、勇気を出して問いに答える。

「……すみません。 今年は冷害のせいで不作で……これだけです。」
「そんな事は関係ない!! これでは少なすぎると言ったのだ!!」 
「っっ!! ひ、ひい……る、ルギア様」

凄まじい怒声がルギアの大きな口から発せられ、
ブイゼルは叩かれような衝撃のショックで、おびえて後方へ転ぶように尻餅をつく。

ここ数ヶ月の間、外敵からの戦いや冷害のせいで、
ルギアはまともに食べ物を取ることができていなかった……
それらを含めて……ルギアの巨体を満足させるには到底足りていなかった。
怒りと空腹のせいでだんだんとルギアの理性が失われて思考が短絡的になっていく。

「……そんなに怯えてどうしたのだ。
 私はただ……もっと食べ物を持ってこいと言っているだけなのだぞ。」

少なくとも口調だけは優しくブイゼルに問いかける。
その過程でググッと首を伸ばし大きな頭をブイゼルの鼻先まで寄せていくルギア。


スー……フー……スー……フー……


規則的に自分の体毛を揺らしている……ルギアの呼吸する音を間近で聞きながら
大きなその瞳に映るブイゼルは惹きつけられるように一点を見ていた。

「……る……ルギア様……その目……色が変です。」
「私の目がどうしたというのだ……今はそんなことは関係ない。」

ブイゼルを冷たく見つめるルギアの目……血を連想させてしまう様に黒く淀んだ赤…… 

面積を減らし、その中心に白い輪が浮き上がった黒い瞳……
ブイゼルが知っているルギアの目はこんなものではない、
とても澄んでいる綺麗な赤と、その中で映える黒い瞳を称えていたはずだった。


……『怖かった』


……少し前に想像していた事が実現してしまいそうで……
それでも、ブイゼルはありったけの勇気を振り絞って退かなかった。
いや……引けなかったのだ。

減ったのは貢ぎ物だけではない、ブイゼル達の村も大変なのだ。
それでも、みんな我慢して節約して、
あっちらこちら探し回り……ようやくコレだけの量を集めたのだ。

「本当にすみません… もうこれ以上ないんです…。」

これ以上の余力は村にはない……
その事実がブイゼルを後押しし、明らかな拒絶の声をルギアに伝えた。

……それにブイゼルには期待があった。
自分が憧れている、信じている、ルギア様なら分かってくれるはずと……



儚く淡い期待だった。



「………………そうか。」

たった一言そう言って、ルギアは目を閉じるとスーとブイゼルの鼻先から頭を退いていく。

(分かってくれた! やっぱりルギア様だ!!)

嬉しさのあまりクルクルと自分の尻尾か回転を始めて、
そのまま、ルギアの足に抱きついてしまい、顔をすり寄せる。
さっきまでブイゼルの心に巣くっていた恐怖は完全に消え去ってしまった。


だが、気づいてはいなかった。

さっきの言葉と同時にルギアの何かが凍てついて凍り付きはじめたことを……
断続的に襲いかかる怒りと空腹……
足下で自分にその身をすり寄せているブイゼルを気に付くこともなく、
ルギアはその思考を停止させていき……ある感情が大きく蠢きだした。

『食べたい……何でも良いから食べたい』

(何故……私はこんなに苦しいのだ?
 何故……私はこの土地を守ってきたのに、この者達は貢ぎ物を持ってこない?
 何故……私がここまで我慢しな……けれ……ば……?
 そうだ……別に我慢する必要も……)

恐らく、ルギアの理性はこの瞬間に完全に凍り付いた。


グギュルルルル!!!……グゥォォオオオオオ!!!!


「わあっ! ルギア様!!」

至近距離から耳にしたルギアのお腹の鳴る音を聞いて、ブイゼルは驚いて再び尻餅をつくが、
そのまま勢いよくコロコロ転がり……

バッコーン!!

貢ぎ物の木の実を捧げている台座に頭をぶつけてしまった。
台座の木の実の山は崩れず、ブイゼルはルギア様の前だと必死に痛みを堪えて素早く立ち上がった。
その音でルギアの意識がそちらの方に向く。
貢ぎ物の台座と目に涙を浮かべて引きつった笑みを浮かべているブイゼルをルギアは交互に見て……

「……やはり、それだけでは貢ぎ物が少ないな……」
「…えぇ……ルギア様……分かってくれたんじゃ……お願いです。本当に無いんです。 

 ……今回だけで良いですから、待ってください。」

必死に……本当に必死にルギアに懇願するブイゼル。
しかし、ルギアはそんな言葉などろくに聞いてなかった。
何度も……何度も貢ぎ物の台座とブイゼルを交互に見続けて……

「そうだな無いなら仕方がないの……じゃあ何か代わりをもらおうか・・・」
「……代わりですか……僕、何でもしますから……だから」

心の底からの願い……ブイゼルにはもう何も出来なかった。
ここで拒絶されたら、もうどうにも出来ない。
……それにルギア様の為だったら、少々辛いことをやらされても大丈夫だと覚悟を決めていた。


その言葉が、過酷な運命へと導いてしまった。


「……何でもしますから……か……そうだ いいことを思いついた・・・」
「何を……ですか……? る、ルギア様?」


ポタッ! ポタッ! ポタッ! ポタッ!


何かがブイゼルの鼻先を掠めるように落ちて音を立てた。
それが何度も続き、それを目で追っていくと水たまりが出来ていた。


ベチャァ!


その滴る水の一滴がブイゼルの鼻先にかかり、
ブイゼルは水たまりを見つめたまま……鼻にかかった水滴に手を触れてぬぐい取る。
水にしては温かく、手に粘つくように絡みついてくるそれを、ブイゼルはジッと見つめた。

「なに……これ?」

そう言って水滴の降ってくる方……頭上をゆっくりと見上げていく。
見上げた先にあったのはルギアの頭……
半開きに開かれたルギアの口から唾液が溢れて……
長く伸びた赤く生々しい舌をつたわって滴り、白く光る牙に糸をを引いている。

目の前の光景に頭の中が真っ白になり、ボーと惚けたようにそれを見続ける。
消えたはずの恐怖がブイゼルの心に再び巣くいだす。

「何でもすると言ったな……なら……
 お前が足りない、貢ぎ物の代わりになれ!!!」


ドッオォーン!!


地面が爆発するのと同時に弾かれたかのようにルギアの巨体が加速しブイゼルに
向かって突進していった。

「えっ……」

自分を食べようと長い首を伸ばして走り寄ってくるルギアに
いきなりの事で一瞬、何が何だか分からなくなったブイゼル……
涎をまき散らし、ブイゼルの身の丈以上ある、その大きく開かれた口が到達する……
数瞬前にブイゼルは正気を取り戻した。

「う、うわぁあああ!!」

反射的に横にかわす。
目の前に迫った死……それが彼の最大限の動きを発揮させた。
その一瞬あとに口を閉じたルギアの頭が首が通り過ぎていく……ブイゼルは見た。
ルギアの目がすべてどす黒く真っ赤に染まり、瞳の代わりに白い輪が浮かんでいるのを…… 


「ああ、……ああああ! 嫌だーー!!!」

この瞬間、ブイゼルは自分の役目もルギアに対する思いも完全に忘れ去り
草原へ駆けだし、逃げ延びていった。

「くそ! 逃げるな、待て!」

ルギアはその加速の付いた巨体が邪魔をして中々方向転換が出来ない。
止まることが出来たときには、ブイゼルの姿はルギアのいる場所からは全く見えなくなっていた。

ブイゼルの逃げ去った方に目を向けルギアは笑った。

「フフフ……逃がさないぞ。 哀れな私の貢ぎ物……」

足を曲げ、力をためると一気に飛び上がり翼を羽ばたかせる。
あっという間にルギアは空高く舞い上がった。
そして、恐らくブイゼルの逃げる速度の数十倍以上のスピードで追いかけ始めた。







数分後

ルギアの元から半ば狂乱気味に逃げ出したブイゼルは
何とか逃げ切ったと思えるほど遠くまで来ていた……思いたかったのかもしれない。

「ハァ、ハァ……よし此処まで来れば……」

ブイゼルはしきりに周りを気にしつつ、
荒い息を吐きながら草原の中を隠れるようにヨロヨロ歩いていた。
草原をかき分けて歩く……
それが自分の居場所を最悪の相手に教えている事に気がついていない。
相手は空にいることにも気がついてはいなかった。

ブイゼルの遙か空の上……
上空を飛行しているルギアの目には、ブイゼルの姿がしっかりと捉らえていた。

「いたいた・・・ 私から逃げ切れるものか・・・」

今すぐ飛びかかって食べてしまいたい……舌なめずりをしながら、
そんな欲求にかられるルギア……
その本能が今はまだ、だめだと告げている。
その本能に従いルギアは悟られないように……静かに羽を動かし、
……爛々とした赤い瞳で地上を歩くブイゼルの隙を伺うのだった。

そんなことになっているとはつゆ知らず……ブイゼルは一人考えながら歩いていた。
どうして、こんな事になったのか……
今思い出してもあの時の、ルギアの目の色がブイゼルの目に焼き付いて離れない……
それでも……落ち着いて冷静になれば、
今でもルギアに対する彼の敬愛する精神には変わりがなかった。

「ルギア様……どうしちゃったんだろ……
 あのルギア様は……何か違うよ……ルギア様なのにルギア様じゃない感じがした…… 

 あっ! しまった!! 草原がとぎれてるー!!」

あまりにも考えることに夢中になりすぎた……
ブイゼルはつい受かり草原を飛び出していたのだった。

「ふぅ〜。どこにもルギア様の姿なし!!よかった〜。」

慌てて周囲を見渡してルギアがどこにもいないことを確認したブイゼルは安堵の息をこぼした。


それが……命取りになる。


(フフフ……今度は逃がさない!)

上空からその一部始終を見ていたルギアはそれを見逃すはずが無かった。
一度、大きく羽ばたいた思うと凄まじい速度で急降下を始め一気に襲いかかった。
しっかりとブイゼルに狙いを定め何度も軌道修正を繰り返す。
ブイゼルは今だに自分の危機に気が付いてはいなかった。


ポタッ! ベチャァ……


その場で気が抜けたかのように立ちつくしていたブイゼルの肩に何か……
生暖かいものが落ちてきた。

「あれ……なんだろ……えっ」

肩に手で触れると手に粘つくように絡みつき……その時ブイゼルは気が付いた。
自分の立っている地面が、だんだんと大きくなる影に覆われ始めている事に……

「ん?」

不思議に思い上空を見上げた時……すでに遅かった。
どういう手段を使ったのか……全く音を出さず、ブイゼルの直ぐそばに迫ったルギアの大きな口が、
次の瞬間にもブイゼルをくわえ込もうと開かれていた。
そして、ブイゼルがその時に見る事が出来たのは……
唾液の滴る真っ赤で大きな口の中と、その奥に見える真っ暗な喉だった。


ガブゥッ!!


ルギアの口が閉じられ、ブイゼルの上半身がその口の中へと消えた。
そして、ブイゼルの上半身をくわえ込んだまま、再び羽ばたき上空を目指し始める。
空を駆け上がり続けるルギアの口の中、ブイゼルが遅れたように反応した。

突然、目の前が真っ暗になり、戸惑うブイゼル。
少し周りを見渡そうとすると……殆ど体が動かす事が出来ない。
さらにビチャリと柔らかなものが上半身に触れているのを感じた。
少しずつ混乱していくブイゼルに遅れていた激痛が体中を走りぬけていく。

「あれ? あ、ああ……ギィヤアアアアアア!」

空を駆け上がる間、ルギアは口の中から響いてくる悲鳴を聞きながら
わずかばかりに感じる抵抗にとても……楽しそうに口元を歪める。
何より、ルギアを楽しませているのは……抵抗のたびに舌で感じるブイゼルの味であった。

(ああ……このブイゼルはなんて美味しい味をしているんだ。)

早く食べてしまいたくなるその欲求を抑えて、何も邪魔の入らない空を目指し、
ルギアは自分でも驚くほどのスピードで駆け上る……何度も味わいながら。

その内、雲を突き抜けて……
全く邪魔をするものがなくなった太陽の光が綺麗に輝いて、
その光が2匹を綺麗に照らし出していたが……


今から行われる事は……そんな綺麗な事とは真逆の行為だった。


ルギアの牙に腰の辺りをハサミつぶされる激痛の中、ブイゼルは急に痛みから解放された。
痛みで悲鳴をあげることは無くなったが……ブイゼルはすでに気が付いていた。
ここが自分が敬愛していたルギアの口の中だということに……
疲労がその体をむしばみ……とうとうルギアの舌の上に体を横たえてしまう。

ブイゼルの体重を舌の先で感じながら、ルギアはテレパシーを使いブイゼルに話しかけた。

「ふふふ、私から逃げられると思っていたのか?」
「なっ? ルギア様!」
「今度は逃がさんぞ・・・」 

ブイゼルを咥え直そうと軽くルギアが頭を振る。
すると……ポーンという感じに数メートルほどブイゼルが宙に浮きあがった。
重力との拮抗により、一瞬の無重力の体験をするブイゼルは無意識に手足をばたつかせる。

「え……ぁ……そ、そんな……」

落ちることも動くことも出来ないブイゼルに改めてルギアの大きな口が迫り、
大きな口がブイゼルの体を覆ってく……そして、その小さな体が、
綺麗にルギアの口の中にスッポリと包まれて……


バグッゥン!!


ルギアの口が唾液の飛沫を飛ばしながら閉じられた。
その拍子に上顎にはたき落とされるようにして、ルギアの唾液まみれの舌に落下する。 



ビチャ!


「あぐぅ……うっ……くっ!」

柔らかな舌がクッションになったおかげで、何もダメージを受けなかったブイゼルだが、 

衝撃ではね飛んだ唾液が全身に降り注いで絡みついてきた。
体を唾液まみれにされたとしてもブイゼルは、
何とかルギアに食べられないようにと必死で牙の檻をドンドンとたたく。

「開いて! 開けて! ルギア様……開けて……」

だけど……非力なブイゼルの腕力では開くはずもなく、すべて跳ね返された。
二つの握り拳を牙の檻に押しつけながら舌の上に滑るように膝をついた。

「ふふふ……もう諦めるのか?」
「うわっ」


ズルッ! ベチャア!


後ろから……真っ暗な喉の奥から響いてくるルギアの声に驚いてビクッゥ!と体を震わせる。
続いて舌が少し持ち上がり滑り台のようになると
唾液のせいで滑りやすくなっていたブイゼルは俯せに倒れ込んだ。
その間にも舌は持ち上がり続け、ブイゼルを上顎の肉壁に押しつける。

「ぐわぁ! 痛い!」

肉と肉の間に挟まれ、ブイゼルはその感触に悪寒が走り、
抜け出そうと弱々しく体を動かそうとしても身動きができない。
ルギアはそんなブイゼルをあざ笑うかのように舌を動かさず器用に話しかける。

「ふふふ・・・ゆっくり味わってやる」
「そんな…ルギア様。 嘘ですよね…?」

嘘ではなかった……ルギアはブイゼルを逃がさないようにゆっくりと舌を滑らす。


ピチャッ ネチャッ ヌメチャッ


「あう……ぷっは! きゃ…う……んっぷ! もう……あっぷ!」

舌が動くたびに……肉が唾液がブイゼルの口や鼻を塞ぎにくる。
それらと戦いながらブイゼルは必死に空気を求めてあがき続けた。

そして、ルギアはブイゼルが努力する……
その度に感じるブイゼルの味に自分の気分が高揚としていくのが分かる。

(ああ……だめだ。 もっとこの味を味わいたいが……
 もうこのまま、こいつを食べてしまいたい……そうだ。
 噛まずに飲み込んでしまえば……もっと長くコレを………………)

そう思いついた瞬間にルギアは舌を元の位置に下ろした。
しばらくの間、ブイゼルは上顎の肉壁に張り付いていたが、
唾液の糸を引きながらすぐに舌の上に落下してきた。

「ハア ハア ……ルギア様……もう許して……出して。」
「そうだな……それではもういいだろう……」
「やったぁ……ルギア様……もう許してくれ……」

ルギアの言葉を許しの言葉だと思い、
嬉しそうに話すブイゼル……その言葉を遮りルギアは続きを言う。

「そろそろ食べてしまうとするか。」
「…………えっ!」


グラッ!


「うわぁっ!」

ルギアはブイゼルを飲み込もうと首を上げて一直線に伸ばしていく。
口の中にいるブイゼルは段々と傾いていく中で何とかルギアの舌にしがみつく。
しかし、それもどれだけ続くのだろうか……?
……ダラダラとルギアの喉に流れ落ちていく唾液の中で、ブイゼルの手がズル……ズルと滑っていく。
いずれは放っておいても落ちてしまうのだろうが、
ルギアは待ちきれずに舌を動かしてブイゼルを振り落とそうとする。

「わぁっ! ……もうだめっ!」

ゆっくりと舌の根本付近まで滑り落ちたブイゼル……震えるその手が離れる。
まさに滑り台から滑り落ちるようにズルズルと滑り落ち……
そして、舌の終着地点で跳ねるように喉の奥に滑り落ちた。
宙を浮きながらブイゼルは下を見ると……真っ暗な洞窟が開いている。

「ああ……あ゛あ゛あ゛あ゛……いやだぁああああああ!!!!」
「……がっ!」

再び死を目の前にしたブイゼル。
絶叫と共に発狂したかのようにメチャクチャに暴れながら喉の底へと落ち込んでいった。 


……そこで、奇跡が起こった。

奇跡的に振り回したブイゼルの手が喉の縁に引っかかると同時に
ルギアは突然、呼吸が出来なくなった苦しさで喉を押さえる。

「……が、がっ! うっ! ……ゲホゲホ! ……ッグボハァ!!」」
「うわっ! なんだ! うわぁあああ!!」

とても苦しそうに咳き込み始めるルギア。
だんだん咳き込む力が強くなり……ついに喉に引っかかっていたブイゼルを吐き出してしまった。

大量の唾液と共に一気に宙に吐き出されたブイゼル。
まず目に入ったのは真っ青な空の色だった。

「うわっ。 あれ?外だ・・・。 ルギア様が許してくださった!」

実際……そんなことはない……
だけど純真にルギアの事を思い、信じていたブイゼルはそう確信した。
でも、ブイゼルの喜びもつかの間。

「ってここは? あーールギア様! 助けてください!」
「しまった!!」

重力に引かれブイゼルは猛スピードで落下を始める。
それを追いかけるためルギアは慌てて急降下して追いかける。


残り60秒


わずかにルギアの方が落下速度が速い……
だがそれでも最初に付いた差は大きく、僅かずつしか差が詰まらない。


残り30秒


「・・・・・・もうだめかも・・・しれない・・・」

ものすごいスピードで自分を助けようと、
ルギアが追ってきているのがブイゼルには見えていた。
それでも、彼には少しあきらめの感情がよぎり始めた。


残り15秒


「くそっ!」

追いつけないもどかしさで毒づくルギア、それでも確実に追いついてきている。
しかし、地面も確実に迫ってきていた。


残り5秒


「あぁ・・・・もうすぐそこに地面が……もうだめだ・・・・」

あまりにもの恐怖に目をつぶり、体がこわばるブイゼル……ルギアはもう少し!


残り3秒


「よし! 捕まえた!」

あわやというところで首を伸ばし、大きく開かれた口がブイゼルの尻尾を捉える。
体制を立て直すと、そのまま全力で羽ばたき、地面に乱暴に降りる。


残り0秒


ズシーーーン!!!!!!


大きな地響きと共に、地面を陥没させてルギアは降り立つ。
ビリビリとした衝撃がルギアとブイゼルを襲う。

顔を歪めて何とかルギアは衝撃を逃がしき……れず、口元からボトッとブイゼルが落ちた。
こっちはすでに目を回していたブイゼル……
地面に落とされた衝撃で目が覚めるとフラフラしながらも何とか立ち上がった。

「わっ!?  あ、ルギア様!助けてくださってありがとうございます!」

ルギアに向かってお辞儀をするブイゼル……
本当に嬉しそうなブイゼルに、大きなルギアの口が襲いかかった。
ブイゼルをくわえ込み空高く放り投げるとルギアは……

「お前を助けるためではない 私が喰うためだ!」

宙を舞うブイゼルは驚いたように叫ぶ。

「えっ… そんな… さっき逃がしてくれたのでは!?」
「そんなわけがあるか! あれは事故だ!」
「そんな…  そんな…」

あまりのショックに失言するブイゼル。
一言でブイゼルの戯れ言を切り捨て、真っ逆さまに落ちてくるブイゼルをひと呑みにしようと
真っ赤なルギアの口が……地獄の穴がブイゼルを待ち受けている。


バグッ! ゴクッ!


あっさりと、実にあっさりとコレまでの抵抗が嘘だったようにブイゼルは
頭から口の中に落ち……喉に落ち込み、飲み込まれていった。


ズブズブッ! グリュリュ! ズリュ!


ルギアの長い喉が大きく膨らみ、生々しい音を立ててブイゼルは落ちていく。
生き物を丸呑みにする……それの感触をルギアは存分に味わう。

長く無い時間をかけ……ブイゼルは胃の中に滑り落ちた。
柔らかな胃壁が落ちてきたブイゼルを優しく受け止めて、軽くたわんだ後……元に戻る。 


「うわっ!  ここは…ルギア様の胃袋の中?…」

真っ暗な胃袋の中で少しずつ目が慣れてきたブイゼル。
ポケモンとしての暗視のおかげもあり……
時間をかけて何とか胃袋全体を正確に見渡せるようなった。

ピンク色の胃壁がドックン、ドックンとルギアの心臓の鼓動と一緒に脈動する。
それに何ともいえない不安、不快感を感じるブイゼル。

「くっ…  なんとかここから出なければ…」

上を見上げると自分が滑り落ちてきた食道の出口がある。
今は閉まっているようだが……一筋の希望を胸に上に向かってブイゼルは登ることにした。

ブイゼルがそうしている間、ルギアは……ブイゼルを食べただけでは満足できずにいた。 


「ゴフッ ……まだ足りない。 今度は村へ行くとするか」

底なしの食欲という欲望がルギアを突き動かしていた。
再び空に飛び立とうと翼を広げたとき、ルギアは胸の辺りに不快感を感じる。
ブイゼルが胃壁を登り始めたのだ。

強い不快感と吐き気を感じさせる、ブイゼルの行動はルギアを苛立たせてしまうことになった。

「うっく……まだ抵抗する気なのか!」

『どうするか?』少し思案するルギア……直ぐ答えが出た。
ブイゼルを振り落とすため、思いっきり翼を羽ばたかせて大空へ急上昇する。

「うわっ!」

ルギアが飛んだ反動でグニュグニュ胃壁が動き
その拍子にブイゼルの手が滑り……胃袋の床にビチャリと叩きつけられる。
胸の不快感が消えて、ブイゼルが再び落ちたのを感じ……
ルギアは村の……遠くにある川の源流へ向かって飛び始める。

平穏を取り戻した胃袋の中では、
衝撃でしこたま胃の体液を浴びたブイゼルが倒れていた。

「……う、う〜ん。 くそ!  あきらめるか!」

揺れる胃壁に手をつき、ふらつきながら立ち上がったブイゼルは、もう一度、胃壁を登り始める。
再び不快感を感じるルギアはさらにイライラをつのらせる。

「 どこまでしつこいのだ! お前は!!」

ブイゼルを振り落とそうと高速で宙返りをする。

「 うわ! ……グフェ……」

いきなり胃袋の内部が上下逆にひっくり返る。
上下が分からない不思議な感覚に陥った拍子にまたしてもブイゼルは振り落とされた。 

今度はさっきよりも高く登っていたせいでもんどり打って胃袋の床に叩きつけられる。 

さすがにコレは痛かったブイゼル……一番強く打った頭に手を当てて苦しそうに立ち上がった。

(くっそー……もう一回!)
「お前はもう私に食べられたのだ!
 出られないのだからおとなしくしていろ。」 
「そんなのやってみなきゃわからないです。」

再び登ろうとするブイゼルの脳裏に声が聞こえた。
それはかなり苛立ったルギアがブイゼルにテレパシーで送りつけた言葉だった。

それでも、ブイゼルは強く反発する。
彼は生きたかった……もっと生きていきたかったのだ。

だんだんとルギアはブイゼルを生かしたまま飲み込んだことを後悔しだす……
最初は食べたブイゼルの感触を長く味わうつもりだったのだが……
此処までの抵抗を予測していなかった。

そして、ルギアは……決めたのだった。


ジュルルルゥゥ・・・


ブイゼルの耳に何か液体がわき上がるような音が聞こえてきた。
気になって、ふと周りをよく見るとさっきまでは無かった液体があった。


……そう……ルギアはゆっくりとブイゼルの消化を開始した。


胃壁のあちらこちらからわき上がってくる胃液が、
ゆっくりと胃壁を伝わって、ブイゼルに向かって広がってくる。
だんだんと迫ってくる胃液……
ブイゼルにはそれがなんのためにわき上がってくるか気づかなかった。

いや……気づかないようにしていた……現に彼は恐怖に後ずさる。

「なっ なんだよこれ! うわっ!」

揺れ動く胃壁にブイゼルは足を取られつまずき、足を滑らせて転ぶ。
ルギアは自分の広い胃の中でポコポコとブイゼルが動き回る感触を黙って感じていた。 

無視しているわけではない……むしろ、どこに向かっているのかも忘れて……
今の彼にはブイゼルのことしか見ていなかった。


少し、ルギアの心に変化があらわれ始めていた……本当に少しだけだが。


「くそ!!」

半泣きになりながら何とか壁を登ろうとするが……
そんな状態でまともに登れるはずもない……殆ど登れないうちに手が滑ってそのまま滑り落ちる。
何度も何度も挑戦するが滑り落ちてしまい全く登れない。

それでも諦めようとしないブイゼルに……ついにルギアも業を煮やし。

「 …何度も何度も…暴れるな!」

その怒声ととに激しく右に一回転、続けて急降下をして再び急上昇!
激しく揺れ動く胃の中……ブイゼルは地獄を味わった。

ぐはっ! ぐっう… 痛ぃ…うぅ ぐわ!」

最初に右に跳ね飛ばされ体の左側を強打!激痛にブイゼルの左腕が動かなくなり…
間髪入れずに今度は胃の天井に押しつける。
空気に押しつぶされる様な圧迫感がブイゼルを胃壁に押し込み埋め込んでいき……急に楽になる。
ズリュっとブイゼルが胃壁から押し出されると同時に今度は、胃袋の床に押しつけられるように落下する。
床の一面にはすでに胃液が十分に貯まっていた。


バシャーン!


「ぐわ! 痛ぅ……もうだめかもしれない…」

胃液のど真ん中に落ちたブイゼルは、全身に軽く焼けるような痛みを感じ、
直ぐに飛び起きて逃げだそうとするが……もう逃げられるところはなかった。
そんな状況……ブイゼルに諦めが混じり始めた。

「これで分かっただろ。
 お前は絶対に出られないのだからおとなしく……」
「そんなの…やってみなきゃ…」 

今度は助走を付けようと胃液の中を歩いてでも出来るだけ距離を取り……
一気に駆け登っていく、しかし……


グラッ!


「 うわっ!」

バシャンと大きな音を立てて再び胃液に落ちるブイゼル。
起きあがろうと手をついたとき、手に激しく焼けるような痛みが走った。
すぐさま胃液の中から手を引き抜き、手を見てみると……ブイゼルは愕然とした目でそれを見た。

「あれ? 少し…手が……溶けてる…」

自慢の赤毛が所々ハゲていて、その下の皮膚が真っ赤に腫れ上がっている。
ショック状態のブイゼル……次第に目に涙がちょっとずつ浮かんでくる。
それでも立ち上がり、痛む手で胃壁に手をかけ登り始める。

「ぐぅ… くそぉ!」
「うるさい…」

ルギアはそう呟いた後、急制動をかけて減速、それから即座に急加速した。

「うわっ!」

急激なスピード変化にブイゼルは、一瞬も堪えることが出来ずに
胃壁から引きはがされ……再びバシャーンと音を立てて胃液の中に落ちていった。
もう立ち上がる気力がブイゼルには無かった。

「唾液と胃液で手が滑る……もう…だめだ…。」

胃液の中に倒れ込んだまま胃液でボロボロになっている手をかすみ始めた目で見つめる。 

その目から大粒の涙が次々とこぼれ落ちていく。
痛みだけではない……何ともいえない悲しさがブイゼルに涙を流させていた。

「うっう…」                  
「…お前たちが悪いのだ……お前たちが私に背いたからこうなるのだ。」
「ルギア様…  お許しを…」
「その罪の代償はお前に払ってもらう…」
「 そんな… ルギア様…」

その言葉を最後にルギアは何も答えなくなった。
ブイゼルの……誰かに差し出すように宙に伸びていた腕がゆっくりと降りていく……
そして、だんだんとブイゼルが体を震わせ始じめ……いきなり飛び起きた。

「許してもらえないのなら…もう ヤケクソだ!」

猛然と胃壁に突進して体当たりをする。
跳ね返されたらもう一度、もう一度……
その度に大きく揺れる胃袋にさすがのルギアも苦しそうに顔をしかめる。

「む……ぐぅ……どうしてこいつは……」

何度も抵抗するブイゼルに一瞬ルギアは恐怖を感じたような気がした。
しかし、直ぐに思い直したように頭を降ると
何かを振り払うように今までで一番激しく、ブイゼルを跳ね飛ばそうと左に連続で回転する。

そして、文字通りに吹っ飛ばされるブイゼル。
今度は右半身を強打し、意識が薄くなっていく……それでも彼は立った。

「ぐはぁ! うぅ… まだ…」

体を引きずり、胃壁のそばまで行くと体当たりを続ける。
だが、それにはもう力がこもっていなかった……

「ぐぅ… このっ… ……あぅ。」
「…なぜあきらめないのだ…」

無意識の言葉だった……
今のルギアにとって、ただの食べ物になっていたはずのブイゼルに心を揺るがされての言葉だった。
何故こんなことを聞くのかルギアにも分からない。

そして、ブイゼルの答えは……

「理由は…  死にたくない……」
「…………」

ただそれだけ……生き物が誰もが持っている……とても強い感情。
ブイゼルはそれだけを答えた。

「しかし…もうだめです……ルギア様。
 最後に… あなたの体の一部になれる事を誇りに思います。」

それを最後に倒れたブイゼル……胃の中が静寂に包まれた。
徐々に薄れていく意識の中、ブイゼルは思い出していた…………

空を飛び回るルギアのことを、町にやってきた外敵と戦うルギアの勇士を……
森の中で偶然見てしまった傷ついた体を直しているルギアの姿を……
そして、一度だけルギアと話ししたあの出来事のことを……

そこで、ブイゼルは気を失い意識は闇に飲まれていった。


黙ってそれを聞いたルギア……
目をつむり何かを考えるかのように進むのを止めて……その場の空中に制止した。

(一体……私はどうしたのだ。どうしてこんなに……)

ルギアは考える……これまでのことを……
何故……ブイゼルを食べてしまったのか?

(それは……腹が減っていたから、
 こいつらが約束を破って貢ぎ物をちゃんと持ってこなかったから)

何故……貢ぎ物が少なかったのか?

(今年は冷害がひどかったから……私も今年はろくに
 食べ物を見つけることが出来なかった。)

なら何故……ブイゼル達はこれだけの貢ぎ物を用意できたのか?

(それは…………)

何故彼らは私に貢ぎ物をくれるようになったのか?

(…………そうか……そうだったな)

あることを思い出したルギア、それは……
彼がどうして、この地を守るようになった理由だった。

ルギア自身も覚えていない昔……この地にやってきた。
誰もいない土地……強すぎる自分の力が他の生き物たちの害にならないようにと……
だが、長い時間がたつに連れて、この土地にもたくさんの生き物がやってきた。
それ故、村を作り元気に生の営みを続けていく皆を見続けながら……
ずっと見つからないよう隠れ住んでいた。
こっそりと……村を襲う外敵や小さな災害などと闘いながら、十数年間前までは……

そうあの時、傷ついた体を力を使って癒やしていた時に
子供のポケモンに見つかってしまった時までは……
震えるその子供に話しかけると迷子だと分かり、
ルギアはその子を背に乗せ村の近くまで飛び送り届けた。
最初は怖がっていた子供も別れるときには寂しそうにルギアに聞いた。
『また会える?』それにルギアは『お前が会いたいと思うのならいつの日にか』

それからだった、ルギアが村の皆とが出会うようになったのは……
ルギアは村の皆が好きになった。
村の皆もルギアのことが好きになった。

だからルギアは守った村をみんなを……それを感謝した村の皆がお礼にと始めたのが貢ぎ物だった。
それぞれ、相手が好きだからこそ始まった善意の交換……

忘れていた……それを思い出したルギアは目を開く。
その目は…………


「私は……何もこいつを喰う事はなかった。」


ルギアは急いで地面に向かい急降下する。
そして、地面に降り立つとルギアは急いで、
ブイゼルを吐き出そうと胸に手をあて胸を波打つように動かす。
すると胃が収縮し、ブイゼルをルギアの喉へと押し上げていく。
しばらくするとルギアの喉が膨らみ、それが徐々に口の方へ上っていった。


グッボハァー


ルギアは首を下に向けて口を開き……
あまりブイゼルの体に衝撃を与えないよう優しく吐き出した。
体液まみれで吐き出されたブイゼルの体は……すでに大半が溶け始めていた。
……それでも彼は浅く呼吸を続け、まだ生きていた。


「…危なかったな…だがこのままでは……どうするか……」

焦るようにブイゼルを見るルギア。
見ている間にもブイゼルは弱っていくのが分かった。

「どうしました?」
「なっ! お前……どこから出てきた!!」

不意に後ろからかかった声にルギアは驚き、声のした方へ振り向いた。
さっきまで確かに気配が全く感じられなかったのだ。
しかし、ルギアの目の前にはメガネをかけローブのようなマントを着た
風変わりな格好をしたポケモンが立っている。

「お前は……フライゴンか。 
 ここら辺では見かけない奴だが……どこから来た。」
「……いいんですか? 
 あなたにそんなこと聞いてる暇は無いはずです。」

唐突に現れたフライゴンを警戒するようにルギアは見つめる。
しかし、フライゴンはそれを気にした風もなく、
ただ淡々としていて……ルギアの後ろに倒れているブイゼルを指さした。

突然、ルギアがその大きな手でフライゴンに掴みかかった。

「お前! その言い方からして、こいつを助けられる物を持っているか!!
 それを渡せ! 今すぐにだ!!」

今にもフライゴンを食い殺しそうな迫力で、荒い説得を続けるルギア……
その心の内には、必死にブイゼルを助けたいという思いがあった。

激しくルギアに揺さぶられながら、ルギアの目をジッと見ていたフライゴンは、
急に小さく笑みをこぼし……右手を挙げて、小さく円を描くとその場から消え去った。 


(貸し借りはないですよ。 ……色々といい物を見せて貰いましたから)
「な……に…… 一体……あいつは……ん? これは……元気の欠片。」

幽霊のように不思議な消え方をしたフライゴンを探そうとしたとき……
ルギアは自分の手に光り輝く綺麗な結晶を持っていることに気が付いた。


ボーゼンとするルギア……そこに、せかすような声が聞こえる。
(何をしているんですか! 急がないと取り返しが付かなくなりますよ!)
「……すまない!」

姿を消したフライゴンに礼を言い、ルギアはブイゼルのところへ戻る。

「……助かるか? いや、助かるはずだ。」

急ぎ、元気の欠片を使うと……光の粒子がブイゼルの体を覆っていく。
それをジッと見つめるルギア……その目の前でブイゼルの目がうっすらと開いていく。 


「うぅっ・・・・・ る・・・ルギア様?」
「ブイゼル……気が付いたか」

目を覚ましたブイゼルが最初に見たのは……
心配そうに自分をのぞき込んでいるルギアの姿だった。

のぞき込むルギアの目は……
とても澄んでいる綺麗な赤と、その中で映える黒い瞳を称えていた。
徐々にブイゼルの目に涙が浮かんでいき、自然とルギアの顔に伸びた手はその体の温かさを伝えてくれた。

「あ……ああ。 ルギア様が……元に戻ってくれた。」

自分が助かったことより……そちらの理由がブイゼルの涙を止めてはくれなかった。

自分の体液のせいで未だにベタベタに塗れていて、それがルギアの白い顔を汚していったが、
泣きながら自分の顔を撫で続けるブイゼルにルギアは何も言わず、されるがまま撫でさせた……

そうしている内に、ブイゼルの意識もハッキリしてきて……
アッと申し訳なさそうに手を引っ込めた。

「あ、あの……すみませんルギア様。」
「……次は命令どおりに持ってくるのだぞ。」
「え?  あ、 はいっ。」

特にブイゼルを罰するわけでもなく……それだけをブイゼルに伝える。
今までと反応が違うルギアにブイゼルは少し戸惑い、
それから慌てて立ち上がり、お辞儀をして元気に答えた。

「…………」

無言で、お辞儀をしているブイゼルを見ていたルギアはおもむろに
首を伸ばして、ブイゼルの首筋を優しく咥えて持ち上げた。

「うわぁ! ルギア様!?」
「心配するな…村まで連れて帰ってやる…」

急に高く持ち上げられて驚くブイゼルを安心させるようにそう言い、
ルギアは自分の背中にブイゼルを乗せて空高く飛び上がった。

空を飛ぶルギアの背の上で、しっかりとしがみつきブイゼルは緊張が一気にほぐれ涙が出てくる。

「あぁ……  ルギア様…… 許してくださるのですか?」
「…………」
(ルギア様……今度こそ本当に許してくれたんだ。)

ルギアは何も語らなかった。
そのまま、村までブイゼルを落とさないように飛び続けていく。

「うっ うっ…」

嗚咽をあげて再び泣き出すブイゼル……嬉し涙にも似た不思議な感覚の涙が出てきて止まらなかった。
その声は風を切る音で消えていきルギアの元には届かない。
そうしている内にルギアの目に村が見えてきて、その近くに着陸する。

「ついたぞ……なぜ、泣いている?」

地面に降りて、初めてブイゼルが泣いていることに気が付いたルギア……
どうしたらよいのか分からず、困った表情を浮かべながらブイゼルを背中から下ろした。 


地面に下ろされた後もブイゼルはルギアを見上げながら泣き続け……

「あ〜!! ルギア様〜!!」

我慢できずにルギアのお腹に飛びついた。
勢いよく飛びついてきたブイゼルの体を、驚きながらもルギアは身動きもせずに受け止めた。

「な…なんだ!どうしたのだ!」
「うぅ〜 うっう…」

ブイゼルはその問いに答えられなかった。
ルギアの短く柔らかな羽毛に体を埋めて、必死に何かを答えようとしても
気持ちが言葉にならずに次から次へと消えていき……
ルギアにしがみついたまま泣いていることしかできなかった。

さらに困惑するルギアは、ブイゼルに何か暖かな物を感じたが……その体を引きはがす。 


「……次は、持ってくるんだぞ……」
「うっう…  ぐすん…。」

それだけを言い残し、逃げるように飛び去ったルギア。
それを涙をぬぐいながらブイゼルはしっかりと見送る……そして、ルギアは見えなくなった。
ふと気が付くと、ブイゼルは自分の体に光る一枚の銀色の羽が引っ付いているのを見つけた。
その羽に手を触れながら……ブイゼルは誓った。


(ルギア様……今度こそ本当に、僕の身をあなた様に捧げます。
 どこまでも……ついて行かせてください……)







そのころ……逃げるように飛び去ったルギアは……

(……なぜ、あいつは泣いていたのだ……
 それにしても、あそこまで信頼してもらえ……)

そのルギアの思考を遮るように……ギュルルルル!とお腹の音が響いた。
ルギアは空腹に……あることを思い出して、顔をしかめる。

「本当の貢ぎ物……喰い忘れていたな。」

そして、遠くへ忘れてきた貢物へ向かって飛び始めた。

ルギアは知らない……あのブイゼルが、あの時の小さなポケモンだったことを
あのブイゼルが、ちゃんともう一度会うという約束を守ったことを……
それを思い出したとき……ルギアはブイゼルにどう答えるのだろうか?

それはその時にならないと分からない。


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