一面の銀世界……絶えず雪の降り注ぐリィンウィルタ雪山。
標高は優に四千を超える。
斜面の傾斜は麓から山頂に至るまで比較的緩やかで、登山の素人でも登れてしまう程度だが、
この雪山独特の猛吹雪が頻繁に吹き荒れている御陰で、登頂難易度はかなり高い。

雪山の麓付近は、まだ少し緑が残っており森を形成しているが、
半時も山を登っていくと、直ぐに木々がまばらになり雪に覆われた山肌ばかりが目立つ。

そこから先は年中殆ど止むことがない雪の世界が広がっていた。


真冬も直ぐそこまで迫っているというのに、その世界へ足を踏み込んだ者がいる。
……察しの通り、あの旅人であった。

町で見たときよりもかなりの重装備に身を固めているようで、
重ね着をした厚手の防寒具の他に、風防ゴーグルなど新たな装備を身につけている。
背負う荷物袋も大きなものに買い換えられていたりと、
この時期に登山を敢行するだけあって、それなりの装備を町で調えてきたようだ。


斜面が緩やかなこともあって、旅人は順調に山を登っていくことが出来ていた。
しかし、リィンウィルタ雪山の登頂はここからが難しい。

強烈に吹き荒れる吹雪の洗礼は易々と旅人に楽をさせてくれない。

「くそっ! ……雪で前が」

横殴りに近い吹雪に押し戻されそうになって、旅人が前屈みに体を倒して堪える。
天候が荒れだしてから、まともに前に進めなくなっていた。

最低限の視界は風防ゴーグルのおかげで確保出来ているようだが、
常に腕を盾にしなければ、降りかかる雪の御陰で直ぐに見えなくなってしまう。
忌々しげに雪を払い落とすのも、コレで何度目か旅人はすでに数えるのを止めていた。


悪いことに天候は悪化の一途をたどっている。
もし、旅人が観光気分で山に訪れたのならとうに引き返していただろう。

待っていても横殴りの吹雪は収まる可能性は無く。
この場に留まっている事すら危険な状況で、旅人が着ている防寒具も気休め程度にしかならない。
このままでは何時行き倒れになってもおかしくはなかった。

「……ここの吹雪を甘く見てた、このままだと不味い」

旅人の後悔の言葉は寒さで震えていた。
凍死しそうな寒さに耐え、旅人は酒場での会話を思い出す。



          ※  ※  ※  ※


『あの山に登るって? 今の時期にそんなこと言うなんてあんた知らないのか?』
『……吹雪が厳しいのは知っている。こう見ても雪山の登山経験は有るんだ』

自信ありげな旅人に、年を取り渋みの増している酒場の店主が、値踏みするように旅人を見つめる。

『確かに、良い防寒具を揃えてるようだが……』
『なら、教えてくれ。俺はどうしても山に登る必要があるんだ
 この時期に山の道案内を頼むわけじゃない、仕事のために詳しい話を聞きたいだけなんだ』

真剣な面持ちで話し掛ける旅人に、店主もついに折れた。

『まぁ、忠告はしたからな……どうなっても俺を恨むなよ?』
『助かる……で、心当たりは……?』
『ああ、いるぜ。丁度あんたの注文通りの奴がな、もっとも会うのは大変だろうがな』


          ※  ※  ※  ※


旅人は店主の話を聞いた後も、念を入れて町の人々に声をかけ情報を集めた。
おかげで求める人物についての情報が幾つか手に入る。

それらは人物の容姿についてが殆どで、背の高さ、雰囲気、性格等……
集めた情報を元に旅人は相手の姿を想像する。
大体、旅人と同じが少し背が高い好青年が脳裏に浮かんだ。
あくまでもイメージでしかないが、それでも話を聞いた分には好感を抱ける相手である

他にも色々な噂話はあったが、これ以上の有益な情報は出てこなかった。

しかし、雪山に住でいることまでは確かなようで、酒場の店主の言ったとおり、
元から雪山に向かう予定であった旅人には、都合の良い人物のようだ。

こうして雪山の青年の情報を手に入れた旅人は、念を入れて装備を調えると、
意気揚々と雪山に足を踏みれたのである。



そして……自然を甘く見た結果がこの状況。

予想を遙かに超える猛吹雪に遭い、旅人はブツブツと恨み言を呟いていた。
どうしようもない吹雪相手に、イライラを募らせている様を見ると、

……かなりの短気のようだ。

それでも状況判断はまだ出来ているようで旅人は心に迷いを抱いていた。

(……今なら、まだ何とか)

一度後ろを振り返る旅人、その顔には諦めが浮かんでいる。
吹雪もいつ止むかは分からない。
このまま先に進むのは無謀だと理性が訴えかけていた。

再び旅人が前を向くと吹雪の吹き荒れる山頂への道が……

「……チッ……此処まできて、此処までやって今更引き返せるかっ」

引き返すだけなら、まだ何とかなりそうな状況の中で旅人は決断する。
無茶を承知で吹雪の中を突っ切り前に進む事を。


雪に埋まった足を引き抜き、また一歩。
凍てつく寒さを忘れ、もう一歩。


酒場の店主に語った理由も完全に嘘ではないかも知れないが、
それだけでは執念めいた今の行動は説明がつかない。


旅人の姿が次第に吹雪に紛れ……雪山に消えてゆく。
そろそろ日も暮れる。

薄暗くなり始めた空はどんよりとした雲に覆われ、彼の行く末を暗示していた。










―― 標高・1300メートル付近 ――

あれから数時間後……雪山に吹き荒れる吹雪の勢いは更に増しており、
全てを凍てつかせる白の世界へと変わり果てていた。

冷気は体を凍らせる。
思考を凍らせる。

そして、命さえも凍らせてしまう。

「……くっ……そ…………たれ」

力尽き雪に埋もれた旅人の姿があった。
小さく呻き声を上げた後は、もはや動くこともない。

雪は倒れ伏した旅人の上にゆっくりと降り積もり、体を覆い隠していった。

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