その日は晴天に恵まれ、空からは眩しいほど燦々と太陽が輝いていた。

「遅いな……」

森に出来たちょっとした広場に誰かの声が聞こえる。
恵みの光を少しでも受けようと、精一杯背伸びする雑草で出来た広場には、
無数の石や岩が転がり、中には数メートルほどもある大岩も存在している。

――と、その大岩に一匹の小さな生き物が腰を下ろして座っていた。

足をバタバタと退屈そうに動かすさまは、何かを待っているようにも見え、
事実にその生き物……『クチート』は、尋ね人が来るのをじっと待っているのであった。

「遅いな……今日は来ないつもりかな?」

両手を支えにクチートは後ろに倒れ天を仰ぐ。
自然と細くなった目にうつるのは、青く広がる空と燦々と輝く太陽……

「ん?」

何か違和感を感じてクチートの目がさらに細まる。
太陽の照らす光……その中に急速に大きくなる黒い影を見つけ、
クチートが笑みを浮かべた。

同時に素早く頭を振る。


ガギィッ!


堅い物同士がぶつかり合う音が響き、何者かが宙を舞った。

「クソッ! 気づかれたか!」

鋭い爪の一撃をクチートの頭部……巨大な大顎が軽々はじき返えし、
その頭上を飛び越えるように何者か……『ザングース』が宙返りをして着地する。

着地の際、殆ど物音がしなかった。

見事な身のこなしを見せ、ザングースは素早く振り返えりクチートの姿を探す。
だが……その必要はなかった。

何故なら攻撃を凌いだ後もクチートは大岩の上から動かず、ザングースを見下ろしたのだから……

「中々いい不意打ちだったよ。 
 たまたま上を向いてなければ危なかったなぁ」
「フンッ! 笑った顔で言われても嬉しくないぜ!」

憎々しげに言い捨て自分を見下ろす相手を睨めつけると、
四つん這いになり、ザングースは何時でも飛びかかれるように身を屈める。

だが、迂闊には飛びかかれない。

その理由をザングースはイヤと言うほど知っていた。
大岩に座り笑っているだけの相手は、生半可な実力ではないのだ。
内心……この相手に恐怖を感じるほどに。

(ぐぅ……此奴、何時も俺を笑って見つめやがって……)

それを振り払おうとする度に、思い出したくもない戦歴が思い起こされる。


67戦67敗……それが、このクチートとの戦歴であった。


最初に出会ってから、すでに一年以上……
毎回、からかうように彼を翻弄し、屈服させ、トドメを刺さず帰って行く。
そんなクチートを倒すためザングースは何度も戦いを挑んだ。

遙かに上手……悔しいがザングースはクチートの力をそう認めていた。

そんな相手を倒すため様々の戦術も考えた。
不意打ちもこれが初めてではない、だが、その度に軽くいなされてしまう。

それが積み重なり出来上がったのが、この連敗記録であった。


「ねぇ……来ないの? アハハ……もしかして、僕が怖かったりする?」
「くっ! 絶対にお前に勝ってやる!」

クチートの挑発が絶妙のタイミングでザングースの心の揺れついた。
見事に図星を付かれたザングースの頭に血が上る。

『単純で直線的』

……良くも悪くもそれが彼の性格であった。
ため込んでいた力を爆発させ、一気にクチートの元へと突っ込んでいくザングース。
その姿を見て、クチートが心の中で冷ややかに笑っていた。

(まだまだ、遅いよ……)
「これでも喰らえ!」

身体が霞んで消えるほどの電光石火から、繋げる鋭い爪の一撃。
その一撃は違わずクチートのいた場所を捉えていた。
振り下ろされる爪はクチート諸共、大岩を容易く抉りとる。

まさに必殺技であった……命中すればの話だが……

「う〜ん……動きが単調だよ。
 それじゃ避けてくれと言っているのと同じ……前も言ったよね?」
「くっ……そぉ……」

耳元で聞こえたクチートの声に、ザングースの顔が悔しさと恐怖に引きつる。
ゆっくりと振り返るザングースの肩の上……
そこに両手をかけてのし掛かっているクチートの姿があった。

「はっ……離れろ!!」
「おっと……危ない危ない」

なぎ払うように振り回された腕をクチートは軽やかに避ける。
ついでとばかりに横っ腹に蹴りを入れて、ザングースの姿勢を崩すのも忘れずに……

「あぐっ……貴様……」
「ほらほら、頭に血が上ってたら当たるのも当たらないよ?」

鈍い痛みが走る腹に手を当て、ザングースが向き直る頃には、
距離を取り体勢を整えたクチートが、軽やかなステップすら刻んでいる。

完全にザングースは子供扱いであった。

「ぐぅ……がぁあああ!」
「だから、怒っちゃダメだって言ってるのに」

怒り狂うザングースに対し、クチートは余裕の笑みを絶やさない。
……全ては手の平の上で踊っているのだから。

仕込みはザングースの不意打ちを受けたときから始まった。

不意打ちで先手を取られた優位を余裕の笑みで、精神的に互角に持ち込む。
難しいことではなかった、散々自分に負け続けたザングースはそれだけで牽制になる。

次ぎに言葉で揺さぶりをかけ、ザングースの心を乱す。
これまでのザングースとの戦いで、クチートは彼の性格を知り尽くしていた。
単純で直線的で直ぐ頭に血が上る。
クチートにとって彼を挑発することなど容易かった。

案の定、真っ直ぐに突っ込んで来た動きを冷静に見切る。

速いことは確かに速かったが、飛び込むときの利き足の動きで軌道がバレバレ。
影分身を目くらましに死角に潜り込み、ザングースの背後へ……
あえて直ぐには攻撃せず、さらに言葉で心をかき乱しダメ押しすれば、
この勝負ほぼ勝ちは確定していた。

単調極まりない攻撃を避けながら、クチートは心の中で呟く。


(……退屈だな)


ザングースが最初に見せた素早い一撃は、すでに見る影もない。
我を忘れた力任せな一撃は、クチートが僅かに身体を反らすだけで避けられてしまう。

すでに終わった戦いであった。
後は適当に隙を付いてクチートがザングースを倒すだけ。

「ねぇ、飽きちゃったから終わりにするよ?」
「なっ! くっそぉおお!」

いかにも欠伸が出そうな声を聞かされ、半ばやけになって突っ込んでいくザングース。
振り下ろされる鋭い爪を、クチートは紙一重で避けるとすれ違いざまに……


ガブッ!


頭部の大顎でザングースの頭部を咥え込んだ。
そして、クチートが大きく前転、その動きに引きずられザングースの身体が宙を舞った。


ドガァッ!


「ガフッ!」

ザングースは腹からまともに地面に叩きつけられ、かなりの衝撃が背中まで突き抜ける。
その背中へクチートが容赦なく飛び乗り、手を取ると即座に間接を決めた。
完全に動きを封じられたザングース。
戦いの勝敗は誰の目から見ても明らかであった。

それでも現実を突きつけるようにクチートが、自分の勝利を告げた。

「これで、僕の六十八勝目だね」
「痛ぇ……貴様……鬼か」
「心外だなぁ、僕はこんなに可愛いじゃないか」

自分の下で呻くザングースに笑いながらクチートが話し掛ける。
イタズラっぽいその笑顔は確かに可愛くは見えるが……

「その性格じゃっ! あがぁっ!」
「ホント君は失礼だなぁ、こんなに優しくしてあげてるのに」
「何処がだ! ぎぐっ!」

口答えが聞こえる度にザングースの間接が悲鳴をあげる。
ギリギリと鈍い痛みが肩と肘に走り、ザングースの目から涙がこぼれ落ちた。

「ところで、今日の不意打ちはどうやったの?
 まさか、空から降ってくるとは思わなかったよ」

突如投げかけられた一つの疑問。
若干締め上げている間接を緩めるとクチートがそう問いかけた。

「ぐぅ……知り合いの鳥ポケモンに運んで貰ったんだ……」

さすがのザングースも、これ以上締め上げられるのはゴメンとばかりに素直に白状する。

これでもう少し手加減をしてくれればと、淡い期待をするが……
それ以上締め上げられた間接が緩むことは無かった。

「へぇ……なるほど考えたね」
「うぐぅ……感心してないで、そろそろ腕を放してくれ……」

消え入りそうなザングースの声をクチートは黙殺……感心したように頷きながら、
心の中で彼に賞賛を送っていた。


あの時の不意打ちは完全に不意を打たれていた。
もし、偶然空を見上げて気が付かなかったら、負けずとも苦戦を強いられたであろう。

動揺はクチートにもあった。
見晴らしのいいところで不意を打たれたことを恥として反省する。
そして、今日の戦いの反省をクチートは頭に刻み込む。

(……これからは気をつけないと)

決して体格に恵まれないモノが、強くなる理由はこの積み重ねなのだろう。

「さてと……君をこれからどうしようかな?」
「……未だ、何かをするつもりなのか!?」

嬲るように向けられるクチートの視線に、ザングースがこれ以上無い悲鳴をあげる。
決められた間接がかなりきついのか、苦悶の表情を浮かべており、
叩きつけた衝撃で擦り傷も所々に見えていた。

ザングースが必死に逃げようと藻掻いている間にも、
クチートはその処遇をじっくり考えていった。

(どうしようかな……結構頑張ったみたいだけど……)

普段ならこの辺で立ち去るところなのだが、今日はいつもと事情が違っていた。
最初だけとは言え、自分を動揺させたザングースの頑張りを評価したいと思っているのだ。
不思議な理由、不思議な考え……何故そう思うのか?


全てはクチートのとある事情に関係あるのだが……


「良し決めた。今日は君の頑張りを認めて、もうちょっと遊んであげるよ」
「そんなのいらねぇ……それより早く降りやがれ……」

当然の要求はクチートにあっさりと無視された。
今から何をされるのか、ザングースはそれがやたらと怖くて堪らない。

「アハハ……遠慮しないで楽しんでいきなよ」
「……うぐっ」

ザングースの頭部にクチートの手がかけられ、顎が地面から離れるように引っ張られる。
新たに加わった激痛が呻き声として漏れ、僅かな時間で解放され再び顔が地面に叩きつけられた。


ベチャッ


「んぅ……?」

叩きつけられた地面は異様に柔らかかった。
それに何処か湿っており、生暖かくザングースの顔を軽く包んでいく。

「い……一体……何が……ぐぅ!」
「顔を上げたらダメだよ……もっと楽しんでくれないと」

クチートは自分の頭部の大顎、大きく口を開けた大顎の舌にザングースの顔を押し付けた。
軽く撓む舌にゆっくりと唾液が溜まっていき、
ザングースの顔を覆っている毛が少しずつ湿り濡れていく。

「んぷっ……何をしやがる……」
「何って、決まっているじゃないか……口を開いたら閉じるんだよ。
 幸い動いたせいで僕もお腹が減ったことだしね」

言いながらクチートは軽く自分のお腹を撫でる。
今から始まる楽しい食事に気分が高揚しているせいで、頬が赤く染まりだすと……
自然とクチートの悪い癖が出ていた。

楽しいとき、気分が高揚しているとき……
つまり食事の時間に……舐めるのだ自分の指先を。

「それに、君って身体が大きいから食べ応えもありそうだしね」
「んんぅ! んっ!」

品定めをするように赤い目でザングースを見つめながら、クチートは何度も自分の指を舐める。
大顎もザングースを味見するかのように盛んに蠢き、唾液をタップリと塗りつけていく。

息が詰まりザングースは空気を求め、藻掻きながら口を開くが、
それを許さないとばかりに舌が巻き付き口を塞ぐ。
容赦のないその行為は、辛うじて出来ていた呼吸を止めてしまうことになり……

「んっ! ん〜! ……んぅ……ん……」

激しく動き続けたザングースは自ら酸素を使い果たし、
一分も経たないうちに力尽きていった。

(……もぅ……ダメだ)

目の前が暗くなり、呻く声も出なくなると、
最後には徐々に身体の力が抜け始め、このまま気絶……すらさせてもらえない。

「起きてよ、僕の舌が気持ちいいのは分かるけど、
 そんなところで寝たらダメだよ」
「んっ……っ! ハァ! ハァ!」

口を鼻を塞いでいた舌が僅かにずれ動き、ザングースはようやくありつけた空気を貪欲に貪り吸う。
酸素を求め激しく鼓動していた心臓も次第に落ち着きを取り戻していった。

しかし、ザングースは気絶していた方が幸せだったかも知れない。

「さぁ〜て、そろそろ食べちゃうね」
「ハァ……ハァ……うぅ……止めてくれ、お願いだから……」
「アハハ、頂きま〜す」

命乞いするザングースに向かって容赦なく言い放ち。
大顎を閉じる。


ガブゥンッ!


「うぎゃぁああ!」
「う〜ん……中々いい声してるなぁ〜」

悲鳴の上がる大顎を見つめながらクチートは、
必要の無くなった関節技を外し、ザングースの背中から飛び降りる。
解放された身体が大暴れを開始するが、ガッチリと閉じられた大顎はビクともしない。

「抵抗しても意味無いよ。絶対に離さないから」
「ぐがぁ! 離せ、離しやがれぇ〜!!」

せっかくの忠告に耳を貸さないザングースの暴れように、クチートがため息を漏らす。
もっとも、こういう展開も嫌いでもない。

「まぁ、いいや。なら好きなだけ暴れなよ」

再びクチートが指先を舐める。
頭部の大顎に力を入れザングースを持ち上げながら。

「……こっちは、そんなの気にせず食べるだけだしね」


ガブ……ガブッ!


「うがっ! ぐぅっ!」

二回大顎が動いた。
同じ回数ザングースの呻き声が漏れる。

一気にザングースの身体を腰回りまで咥え込み、大顎が若干大きく膨らむ。
どういう原理か分からないが、かなり堅い筈の大顎がとても柔軟に変化しているのだ。
もしかしたら、このクチートの大顎は他の同族に比べ特殊なのかも知れない。

「あと、もう少しだよ……未だ抵抗する?」
「んぁぁ……出せ……」


ガブンッ!


「あがっ!」

再び大顎が大きく動き、ザングースの身体は殆どを引きずり込まれてしまった。
大顎から僅かにザングースの左足首だけが覗いており、聞こえていた呻き声も殆ど聞き取れなくなっている。

クチートは愛おしそうに目を閉じて、醜く膨れあがった自分の大顎に抱きついた。

その間にも大顎は動き続け、はみ出た残りを中へと引きずり込む。
よく見れば頭部と大顎に繋がる管も膨れあがっており、
収まりきらなかったザングースの頭部、もしくは上半身が其処にあるのだろう。

完全にザングースを収めた大顎に縋り付きながら、クチートが笑顔で話し掛ける。

「頑張った方だけど、……これで君は僕の物だ」

返事はない。

声が中に届かないのか?
声が中から聞こえないのか?
それとも声すら出せないのか?


クチートには、そのどちらでも良かった。
ただ一方的に話し掛けるだけ、返事など初めから期待していない。

「ねぇ、聞いてくれる……僕の話を」

今度は大顎を横たえ、その上にクチートが座る。

「僕は強い人を食べるのが大好きなんだ……だって、僕は強いからね。
 だから逆に弱い人は食べようとすると、虐めになっちゃうから嫌いなんだ」

呟くクチートの表情に喜悦が混じり始め、それでいて何処か恥ずかしそう……

「だから決めてるんだ。
 少なくとも僕に傷を付けるぐらいじゃないと、その人は食べないって……
 君にはこの意味が分かるかな?」

頭を傾げ軽く大顎を叩きながら話し掛ける。
いつの間にかクチートの足が楽しそうにばたつき出していた。

「僕はねぇ……鍛えていたんだよ……君を。
 僕が食べても良いぐらい、とっても強くなるようにね」

其処まで呟くと、ちょっと残念そうにクチートの笑顔が歪んだ。

「そう言うわけで、君を本当に食べるわけにはいかないんだよ。
 だって、君はまだ弱いし……ゴメンね」

全て言い切るとクチートは口を閉ざし、大顎から滑り降りた。
そして、大顎の中に収めたザングースを吐き出す。


ズルズル……ベチャ……


足先から滑るようにザングースが中から吐き出されていく。
幸いというべきか、まだ意識があったようで、
中を空にした大顎が閉じると同時に、ザングースが非難の声をクチートに叩きつけた。

「……うぅ……好き勝手なこと喋りやがって……」
「よしよし、ちゃんと聞いてくれてたみたいだね。僕は嬉しいよ」

力無く地べたに這い蹲ったままのザングースを撫でるクチート。
鋭い目つきでザングースが睨みつけているが、まるで堪えた様子はない。

「それじゃ、次ぎ会う時はもっと強くなっててね。
 僕が食べても良いと思うぐらいに」
「だ、誰がお前に喰われるか!」
「そんなに真っ赤になって恥ずかしがらなくても、僕も恥ずかしくなっちゃうじゃないか」

そう言って本当に恥ずかしそうに、クチートが真っ赤になって身を捩る。
もっともザングースが真っ赤になっているのは、別に恥ずかしいわけではないのだが。

明らかにかみ合っていない会話である。

だが、クチートはふざけている様子はない。
暫く恥ずかしそうに身を捩った後……何かを決意したかのように拳を作る。

「良し、決めた! 今日から君を付きっきりで鍛えてあげる!」
「なっ!? な、何を言って……い、いらねぇ〜よ!」

話が妙な方へと進みだし、ザングースが明らかに狼狽えた。
『このクチートとずっといたら頭が可笑しくなる』……冗談抜きでそう思っていた。
だが、ザングースが何を言っても……

「アハハ、遠慮しなくてもいいよ。それじゃ、行こうか。
 修行に都合のいい場所を探さないといけないからね」
「お、おい! 俺は遠慮なんかっ……って、イテッ! こら、引きずるな!」

そうこうしている内に、クチートはザングースの手を掴んで歩き出した。
問答無用で引きずるクチートの後ろで、擦り傷だらけになりながらザングースが喚き続ける。

……むろん聞いてはもらえない。
逃げようにも自分を掴んでいるのはあの大顎……逃げられるわけはない。

長くない葛藤の間にも身体は擦り傷だらけになっていき……

「イタタッ! やめっ! うぐ……分かったから引きずるのだけは止めろ!」

明らかに脅迫に近いやり方であったが、ついにザングースは諦め承諾してしまった。
パッとクチートの顔に嬉しそうに笑みが浮かぶ。

「やっと素直になったんだ。我が儘な君も好きだけど、そっちの君も好きだよ」
「……もう、好きにしてくれ」

変わらぬ笑顔を見せるクチートに、疲れた様子でザングースが呟いた。
同時に『この先自分はどうなるのだろう……?』そんな考えが脳裏に浮かぶ。

笑っているこのクチートが自分を鍛える理由は……

その理由を考えるとザングースはとても複雑な気分になった。
それはそうだろう、相手に自分を食べて貰うために身体を鍛えるのだ。
ザングースには誰かに食べられたいなどという願望はない……しかし、このままでは遠からず……

(まてよ……なら此奴より強くなれば……)

そうなればクチートに食べられることはなく、リベンジも果たせる。
一石二鳥……都合のいい展開がザングースを前向きにさせた。

こうなると途端にザングースの身体に力が戻ってくる。
善は急げと立ち上がり、ザングースは先を行くクチートに追いつくと並んで歩き出した。

「アハハ、元気が良いね。 
 でも、こうして君と一緒に歩くなんて考えたこともなかったよ。」
「……それは俺の台詞だ」
(こうしていると……今にも簡単に倒せそうに見えるのが不思議だぜ)

笑顔で此方を見上げながら歩くクチートを見つめ返し、
内心そんなことを呟くザングース。

だが、この相手に手を出したが最後……その相手は……

「うぅ……寒気がするぜ……」

思わず自分の考えに身震いするザングース。
声に出さず呟いた声は、幸いクチートには気が付かれなかったようだ。

と……その時。

「見つけたぜ…ザングース!」
「お前はハブネーク!」

いきなり飛び出してきた天敵。
いや永遠のライバル……ハブネークにザングースが臨戦態勢を取る。
同じようにハブネークも身体を低く保ち、何時でも飛びかかれる体勢をとっていた。

一色触発の状態……この二匹が出会うときこうなるのは必然である。
そこへ場違いのように響く声。

「ねぇ、さっさと歩きなよ置いていくよ?」

いつの間にかハブネークの横を通り過ぎ、
先に進んでいたクチートが大声でザングースを呼ぶ。

その声でザングースの頭が、冷や水を浴びせられたかのように一瞬で冷え切った。

「うぐ……この勝負無しだ」
「はぁ、何を言ってんだ? それにこのチビは誰だよ?」

肩すかしを食らったかのようにハブネークが後ろを振り向く。
其処にはクチートがいて……

「ねぇ……今……僕の事をチビってバカにしたよね?」
「ああ、言ったぞ。それがどうしたんだよチビ……」

クチートの目の前で舌をちらつかせるハブネーク。
……自分が何に喧嘩を売っているか気が付きもせずに。

「ふぅん……また言ったね」

ゆっくりとした動作で指を舐め始めたクチート。
先ほどより危険な空気がクチートを中心に張りつめ出す。

(や、やべぇ……俺は隠れる!)

漂う危険な雰囲気……
それに気が付いたザングースがいち早く物陰に身を隠した。

……懸命と言えた。

もっともクチートはハブネークと対峙していても、
その動きすら見えていたようである。

「ザングースは其処で待っててよ……コレ……今すぐどかしておくから」
「あ……ああ……頼む」

もはやザングースはそれしか言えない、気が付かない。
初めてクチートが自分の名前を呼んでくれたことに……

と、クチートが大きく飛び退いた。
先ほどまでクチートの頭があった場所を、鋭い刃をもつハブネークの尾が貫いている。
ゆっくりとハブネークに振り向いたクチート。
油断をして避けきれなかったのか、頬には薄く赤い色が滲んでいる。

それをみてハブネークが大声で笑った。

「なさけねぇなザングース! こんな奴なんか一口だぜ!」
「……喰われるのはどっちだろうね?」


交わされた二人の戦いの合図。

そして……戦いが始まり、あっと言う間に決着が付いた。
クチートは隠れていたザングースを呼び出し、先ほどのように歩き出す。

「はぁ、時間を無駄に過ごしちゃった……ゴメンね」
「い、いや……いいんだ。気にするな」
「アハハ、ザングースは単純だけど優しいんだね」

一言多いクチートの言葉に若干ザングースが震えるが、
……頭部の膨らみ……クチートの大顎に目がいき押し黙ってしまう。

さらに大顎の唇から、ハブネークの刃を持つ尻尾がはみ出ており、
それが地面に擦れながら引きずられていた。

もはや文句も言う気も完全に失せる光景である。

この光景を見たモノなら誰もが思うだろう
先ほどクチートがハブネークの一撃を完全に避けなかったのはわざとだったと。

(俺……いつか此奴に勝てるのか?)
「ほらほら、早くしないとまた置いていくよ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」

大顎からはみ出たそれをなるべく見ないようにするため、ザングースが慌てて後を追いかける。
隣に並んだザングースを横でクチートが笑顔で歩いている。

この二人の関係を一目で見抜ける者がいるであろうか?
そして、ザングースはいつクチートに食べられるほど強くなるのか?

彼らの奇妙な関係、旅は始まったばかりであった。


The end

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