腹の中で聞く話 |
- 日時: 2009/02/08 23:58
- 名前: 名無しのゴンベエ
- ボウズは強いんだな。食われたことに何も文句を言わず、胃袋に収められて尚悪態もつかない。
その歳でそれ程に気丈な幼子、儂は知らなんだ。 普通は――まあ儂の経験上での意見なんだけども――ボウズと同じ状況に於かれたポケモンはな、 啜り泣いたり、呪ってやるだとかなんとかの恨み言を呟いたり、恐怖のあまりに嘔吐したりと、 つまりは何らかの行動を見せるものなんだ。だからボウズはかなり珍しい類のポケモンだな。 ……ああ、ひょっとしてもう既に溶けてしまったのかな? ははは、嘘だよ、嘘。なんだ、まだそんなに元気が残ってるんだな? もしくは恐怖のせいで、痛覚か何かが麻痺してしまっているのかもしれんな。ははは。 ん? 今、「どうしてそんなに優しく話しかけてくれるの?」と言ったのか? ふむ、そうだなあ。わかりやすく言ってしまえば、儂もボウズと同じで、もうすぐ死んでしまうからだろうな。 最期が見えてしまうというのは切ないものだな。 儂はこんな歳まで生きられたのだから未練なぞないのだけれども、やはり切ない。 ……もしよかったらでいいのだが、儂の思い出話にでも付き合ってくれんか? だんまりのまま溶けるのは、なんだか後味が悪いだろう? ははは、どちらにせよ後はもうないのだけどもな。 今、「いいよ」と言ってくれたのかな? そうか。ありがたいものだな。ボウズは本当に強い子だ。 まあ決して長い話ではないから安心してくれ。年寄りの零す思い出話が全て、長いわけではないのさ。
儂は若い頃は手がつけられん位の無法者でな、 そもそもバンギラスというポケモンであった時点で力には恵まれていたものだったから、 その頃は誰彼構わず喧嘩をふっかけていたよ。 つまりは喧嘩が道楽であったわけなんだが、しかしそれ以上に儂の神経を揺さぶる楽しみがあった。 それが捕食行為だった。即ちボウズがされたのと同じ踊り食いだな。 ボウズくらいの小さなポケモンを生け捕りにしては口内に放り込んで、そこで飽くまで弄んでから飲み込む。 略説してしまえばこんな単純なことだが、それにはえも言われないような快感があった。 唾液で濡れた獲物を舌で陵辱するときに一瞬だけ頭を過ぎる背徳感は、いつだって儂を高揚させた。 衰弱しきった獲物が喉を降っていく感覚もまた素晴らしいものだったよ。 噛み砕いてはいないから、痞えるか痞えないかのそのぎりぎりを味わうことができる。 濡れたことで吸着力の増した体は食道の初めから終わりまでを緩慢な速度で撫でて刺激して…… おっと。すまない、ボウズにこんなこと話すものではなかったな。 ……ほう。ははは! いやいや、驚かせてすまん、まさかボウズがそう言ってくれるとは思わなくてな。 そうかそうか。もっと聞きたい、か。 よしよし、ではもう少し話すとしようか。食われたことを愚痴るのは、食う側の心理を知ってからでも遅くはない。 儂に捕まったポケモンは当然やたらめったらにもがいたり怒鳴り散らしたりして抵抗するわけだが、 口の中で唾液に塗れるうちに例外なく大人しくなる。 自分の無力さを自認して抵抗する気をなくすのか、それとも恐怖のあまりに動けなくなるのか。 獲物を包囲するのは儂の肉なので、そいつらの動きが鈍くなっていくのは、見えずともよくわかる。 わかるゆえに興奮する。興奮するゆえにその非道徳的行為を続けてしまう。一種の麻薬だったんだろうな。 体にがたがきてからは喧嘩を売る頻度は減ったが、捕食を行う頻度は逆に増えていったよ。 ところでだがボウズ、儂らバンギラスの、前の前のポケモンを知っているか? ……そうだ、ヨーギラスだ。 自慢じゃないのだが、儂はそのヨーギラスを食った経験も何度かある。 驚いたか? はは。初めて食ったときは、自分も外道を極めたものだなと思ったよ。 何せいずれは自分と同じ姿になるポケモンを食ったのだからな。 食おうと考えたきっかけは単純なものだ。捕食行為が麻薬だったからだよ。 麻薬がどういったものか、ボウズは知ってるか? ……ボウズは歳のわりに、案外博識なんだな。そう、使うと気持ちがよくなる薬だ。 しかし麻薬というのはな、虜になって使い続けるうちに、今まで使っていた量ではこれまでほどの快感を得られなくなる。 体に、それに対する耐性がついてしまうんだ。儂はさっき、ポケモンを食う際に覚える背徳感に高揚すると言ったな。 要するに、だ。儂は捕食をするたびに、それまでのよりももっと強い背徳感を得たいと考えるようになったわけだ。 自分と無関係のポケモンを食うのと、関係あるポケモンを食うのとでは、得る快感が違う。 ボウズにわかりやすいように言えば、前者が物言わん植物を食うのと同等、後者が魚を殺して食うのと同等といったところか。 まあもちろん捕食行為は本物の麻薬ではないから、 ヨーギラスを食うことに依存することはなく、よっぽどむしゃくしゃしたときなんかに食う程度に止めていたがな。 ついでだ。食い物としてのヨーギラスについても喋っておこうか。 ヨーギラスはボウズと殆ど変わらんくらいの背丈だが、体重はかなりある。 バンギラスである儂でも、十分以上口内で舐め回すのは無理だったな。顎が疲れてしまうんだ。 しかしその体重ゆえ、飲み込んだあとの、胃袋に感じる重みは他にはないほどの素晴らしさだったよ。 ……ボウズ、今呻いたな? ……なるほど、そろそろ消化活動が始まったのか。もうそろそろ別れのときのようだな。 最後に何か愚痴ったらどうだ? 儂がきちんと聞き遂げてやるぞ。 ……何もない、か。ボウズ、お前はいくらなんでも強すぎるぞ。どうしてそんなに強くいられるんだ。 ……すまん、今何と言ったんだ? 言葉が切れ切れになってきていて、よく聞き取れんのだ。 いや、もう無理は言わんでおこう。ボウズもゆっくり死にたいだろうしな。 捕食者の気持ちなんて、糞の役にも立たん話を黙って聞いてくれたことを儂はありがたく思うよ。 こいつも、麻薬の虜になっているんだろうな。 ルギア……といったか。こいつがこれまでにどんなポケモンを食ってきたのかは知らんが、 儂を食った瞬間にはきっと抱え切れんぐらいの快感を得ただろうよ。 こいつは今後、どんなポケモンを食っていくのだろうな。いつまで麻薬を常用していくのだろうな。 おそらくは、死ぬまでずっとしていくのだろうが。 うぅ……ボウズ、もう気を失ったかな……? ……返事がないところを……みると、そうなのだろうな……。 儂も意識が……朦朧としてきたよ……体のあちこちが痛むが……それを死ぬ寸前まで味わう心配はないのか……。 儂の体が気絶させようとしてくれているのだろうな……。 しかしできることならば……世を去る瞬間まで、儂は我が身が消化されていく様を、痛みを感じながら見ていたかったよ……。 こんな外道が、気絶で終わるなんて生易しい最期を迎えさせてもらえるなんて、なんだかおかしいじゃないか……なあ? なるほどな、これが食われたものの心情か……いい経験をさせてもらったよ、ルギア。 ボウズ、お前は本当に、本当に強い子だったよ。ありがとうな。 ……さて。儂も眠るとするか。
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