Re: 動かないからだ ( No.1 ) |
- 日時: 2009/06/25 20:51
- 名前: F
- IFストーリ 【動かないからだ】
不気味な夜の帰り道、虫の鳴き声だけが響く静けさがひたすら恐怖を煽る。 真っ暗で視界が狭まり道を歩く足がおぼつかない。
イタズラ好きの風が気まぐれに、周囲の藪をガサガサと揺らしたときなんか心臓が口から飛び出そうだ。
”ガサ……ガサ”
そんな僕を弄ぶかのように、風が不定期に藪をざわめかせる。 本当に意地悪な風だけど、その度に驚いてしまう僕自身もかなり情けなかった。 それもこれもちょっと前に見たあれのせい……
あれとは巨大なアーボの抜け殻だ。
カサカサに乾いて朽ちていたけど、あの抜け殻だけで最低でも僕と同じぐらいの大きさ。 あの朽ち方からして随分昔の筈だから、 今ではどれだけ巨大なアーボになっていることか想像も付かない…… そんな相手に出会ってしまったら大変だ。 まず勝ち目は無いだろうし、逃げ切る自信もまるでなかった。
どうして僕は美味しい木の実の噂に釣られて、こんな森の奥に来てしまったんだろう…… あの抜け殻を見たときから僕は後悔してばかりだ。
……早く森を抜けてしまおう
そうすればこんな不気味で危険な森とはおさらばできるし、いちいち怯えずにもすむ。 ずっと歩き通しだったから疲れているけど、僕はもう少し足を速める事にした。
”ガサッ!”
……けれど、不意に響いた物音に僕の足は止まってしまう。 またも藪をざわめかせる意地悪な風……最初はそう思ったけど、何かが違う感じがする。 まるで誰かに見られているような視線を感じるんだ。
とても嫌な予感がして、揺れた藪に恐る恐る目をやると……やはり何かがいた。 暗いせいでよく分からないけど、藪の上に爛々と輝く目が見える。
そして、漂う獣の匂い。
この匂いを漂わせる相手は、大抵肉食の生き物。 僕は怯えを押し殺し、鳴き声を上げて牽制しながら身構えて、相手の出方をうかがう。 もちろん相手がこれで立ち去らなければ、尻尾を巻いて逃げ出す算段だ。
出来ることなら、これで立ち去って欲しい……
そんな僕の願いとは裏腹に、藪に身を潜めている者は立ち去ろうとはしない。 身構えたことが逆効果になってしまった。 同じように僕を威嚇するような『シャー』という、呼吸音にも似た声が響く!
最初から僕を襲う気だったのかは分からないけど、僕の軽率な威嚇が相手を刺激してしまったようだ。 ズルズルと何かが這う音がして、何者かが藪の中から這い出してくる。
相手の全貌をようやく目に入れて、僕は総毛立つ恐怖を覚えた。
生い茂る藪の中から這い出してきたのは、僕よりもずっと大きくて紫の鱗で覆われた身体をしている、 『アーボ』という蛇の姿をしたポケモンだった。
最悪の事態だ……恐れた相手に出会ってしまった。
見上げるほど大きな体を擡げて、僕を睨んでいるアーボは間違いなくあの抜け殻の主。 太い胴体は通常のアーボの何倍も太く、巻き付かれたらひとたまりもない。 それだけでも驚異なのに、コイツは僕を見て舌なめずりをしている。 ネットリと涎が絡んだ舌はとても不気味で、半開きに開かれた口は僕をひと呑みに出来そうだ。
戦うなんて論外、直ぐに捕まって食べられてしまう。 僕はもうアーボの姿を見ただけで、完全に気圧されてしまっていた。
……逃げなくちゃ、隙を見て出来るだけ早く!
一歩……二歩と後ずさり僕はアーボとできるだけ距離を取る。
そんな僕を見てアーボは笑うだけで追いかけようとはしない。ずっと僕を見ているだけだ。 見逃してくれるのかなと甘い考えが僕の脳裏をよぎる。
それは浅はかで甘い考えだった。
”ピリッ!”
言葉では言い表せない衝撃が、電流の様に僕の体を駆け抜ける。
何をされたのかまったく分からない。正体不明の攻撃を受けて頭の中が激しく混乱した。 とにかく逃げようと身体に力を込めても体が動かせず、 全身がピリピリとした感覚に縛られていて、まるで自分の体じゃないようだ。
”ズルズル”
ようやく一歩二歩と歩いたところで、後ろから何かが這いずる音が聞こえてきた。 ……アーボが這い寄ってくる音だ。 痺れる身体に鞭を打ち振り返ると、僕を嘲るようにアーボは悠々と笑みを浮かべ、此方へ這い寄ってきていた。 怪しく輝く赤いアーボの目の光に僕はようやく思い至る。
『蛇睨み』
見つめた相手をその名の通り、蛇に睨まれたカエルのように動きを拘束する技。 すでに僕はその技にかかり、マヒの状態異常にかかっていたのだ。
この時、僕は理解した。
どうしてアーボは逃げようとする僕を追わなかったのかを……追いかける必要が無かったんだ。 こうすればどんな相手も鈍重な獲物に早変わりするんだから。 そして、最悪なのが獲物がそれを理解した時には、すでに手遅れということである。 蛇睨みで捕らえた後はなおさら急ぐ必要がアーボにはない。
じわりじわりと這い寄られる恐怖に震え、今の僕のように涙を流す獲物には耐え難い時間が続くことだろう。 その恐怖に耐えられず、僕は固く目を瞑ってしまった。
”ズル…ズルズル……………”
極度の緊張で鋭敏に研ぎ澄まされていた僕の耳から、ずっと聞こえていた這いずる音が聞こえなくなる。 けれどちりつく肌が、アーボが直ぐ近くにいると教えてくれた。
僕の目の前であの大きな口を開いて、今にも僕を丸呑みにしようとしているのだろうか?
…………とても静かな時間だけが過ぎる。 無駄に過ぎていく沈黙の時間に、目を閉じて暗闇の中にいた僕は思わず目を開いてしまった。
そして、直ぐに後悔する。
アーボはいた。僕の直ぐ傍に…… 首もまともに動かせずにいる僕の視界の端で、アーボが美味しそうな者を見る目で僕を見つめている。 瞳孔が縦に裂けた黄色い瞳にシャワーズである僕を映し出し、舌なめずりをしながら……
コイツは……このアーボは、あえて僕が目を開くのを待っていたんだ。 間近でこぼれ落ちる涎を見て、涙を溢し悲鳴をあげる僕の姿を見たいが為にわざと。
……嫌だ、こんなのって!
助ける求める声も声帯がマヒしたように掠れて消えてしまう。 まるで口の筋肉までマヒしたような錯覚を覚えた。
アーボの蛇睨み意外にも、僕を縛っているもの……それは恐怖だった。
それがより僕の体を縛り、身動きを封じてしまっている。 アーボにとって僕はさぞかし狩るのが楽な獲物に見えていることだろう。 そのアーボはもう僕の目の前にいる。 僕の周囲を取り巻くように長い体を這わせ、吐き出す獣臭い息が肌にかかるほど近くに。
……動け……動いてっ!
今ならまだ逃げられるかも知れない……マヒさえ解けたら開かれる未来。 しかし、現実は残酷だった。
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2 ( No.2 ) |
- 日時: 2009/06/25 20:53
- 名前: F
- 逃げようとどれだけ手足に力を込めても、マヒのせいで思うように体がうごかない……
そうしているうちにアーボの真っ赤な口内が目の前まで迫ってきていた。
とても大きな口だ。僕の頭なんかよりもずっと大きい。 そんなアーボの口内が視界一杯に広がる。 とても暗い喉の奥……鋭い牙に…………涎塗れな舌が僕に迫って……
”ヌチャ”
恐怖とマヒで強張った僕の顔をアーボは正面から丸呑みしようと食らいついてきた。 まるで大きな飴玉にシャブリ付くように僕の顔を咥えてしまう。
最初にヌメヌメした舌が僕の頬に触れた。 どちらかというと咥え込まれた僕の顔がアーボの舌に乗ったという感じだ。 アーボの舌に密着する左頬と顎下辺りが、生暖かい感覚に包まれる。 後を引くドロッとしたモノは……アーボの涎?
この時僕に襲い掛かった衝撃は言葉では言い表せない。
マヒで動かない筈の僕の体が、この時だけは『ビクッ!』と痙攣するように跳ねた。 それだけおぞましい衝撃が全身を駆け抜けていった。
……嫌だ……嫌だ!
少しでもこの口から遠ざかりたくて、逃げたくて顔を左右に振りアーボの口を押しのけようとする。 そんな精一杯の努力は、僕の顔中にアーボの涎を塗り込むだけに終わってしまう。 ついには顔全体に舌を被され、僕は何も見えなくなった。 より強く感じるアーボの舌の柔らかさに、目尻から涙がこぼれ落ちアーボの涎と混じる。
”ジュル……グジュ…ジゥ”
僕の頭を呑み込もうとアーボが強く口を押し当ててきた。 アーボの牙が僕の顔に食い込み、痛みに声をあげようにも口は舌に塞がれている。 何も出来ないでいるとズルリとアーボの口が深く僕の顔を覆った。
すると今度は身体が持ち上がる。 獲物の顔を咥えたまま、アーボが無理矢理僕を持ち上げようとしているんだ。 いとも容易く僕の前足が地面から浮く。 高く高く持ち上げられて、ついには後ろ足で立つような体勢になってしまった。
”ズル……ルッ”
その体勢から力づくで引き寄せられ、顕わになってしまった僕のお腹に何かがぶつかる。 状況から言って、間違いなくそれはアーボの身体。
肌と肌で触れ合って理解したこと、アーボの身体は意外と柔らかい。 それに予想してたより、ずっと暖かだ。 そんな場違いな考えが逃避として僕の脳裏をよぎる。
だが、直ぐに現実に引き戻されるように、再びズルリとより深く僕の顔が呑み込まれた。
乱暴に奪われていく僕の自由が……そして、包まれていく僕の身体がアーボの体内に…… それを止める術が僕にはない……
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3 ( No.3 ) |
- 日時: 2009/06/25 20:53
- 名前: F
- アーボの口が僕の顔をゆっくりと包み込んでいく。
まっくらで息苦しい口の中はぬめぬめと生温かい感触がした。 マヒのせいで力の入らない僕の体が、ズルズルと引きずられるように口の中に吸い寄せられていくのを感じる。
……お願いだ。誰でもいいからこいつを止めて……
けれど僕の切なる願いを叶えてくれる人は誰もいない。 そうしている内に僕の頭はアーボの生暖かい大きな口に覆われてしまった。
乱暴なアーボの食事の御陰で、僕の首はズキズキと痛む。 息苦しさは一層強くなって、アーボの舌に顔を覆われた僕は少しでも空気を吸うために、 自分の舌でコイツの舌を押しのける努力をする。 そうするとどうしても、ドロッとした涎が僕の口の中へと入り込んできた。
その生臭さに僕は噎び……時には喘ぐ……
僕の口の中で広がるネットリとした生臭い味は味わったモノにしか分からない。 このアーボは口の中で苦しむ僕を、どんな気持ちで食べているのだろう。
もし……僕の味が気に入らなければアーボは吐き出してくれるかも。
けれどもアーボは実に美味しそうに僕の頭を啜り、呑み込むことを止めない。 絶望的なことだが、コイツはどうやら僕の味を気に入ったようだ。 心なしか僕を呑み込もうとする口の動きが速くなった気がする。
”ズルル……ッ…ズルッ”
何度も咥え直されて、アーボは口の中に僕の身体を肩口まで引きずり込んでしまった。 頬の内壁にギュッと圧迫されて、凄く苦しい。 上手く息が出来ない……
死を実感し始めた本能が、興奮で僕の身体の芯を熱く熱していく。
すると上手い具合に身体を冷ますようにアーボの涎が僕の肌を伝った。 口から溢れた涎が、まだ呑み込まれていない僕の上半身をじわじわと浸食する。 しかし、ドロッとしたアーボの涎の不快さは熱を冷ますどころか、逆により危機感を煽られる始末だ…… 上昇を続ける自分の体温に僕は、より強い脱力感を覚え始めた。
グッタリと脱力したままで、熱い吐息をアーボの口の中で吐き出し続ける。
力の入らない足もそろそろ地面から離れそうだ。 そうなったら、アーボはツルツルした僕の体をつるんっとひと呑みにしてしまうだろう。
……結局、僕が助かろうと想ったら自分でどうにかするしかないのだ。
マヒした体でどこまでやれるか分からないけど…… 単なる悪あがきに終わってしまうかも知れないけど……死にたくないから、 精一杯暴れて、藻掻いてやるんだ!
そう思った僕はアーボに抗うため全身に力を入れた。
すると手が足が動いた、尻尾も……マヒが治ったのだ。 さすがのアーボも僕を食べるのに夢中になりすぎて、蛇睨みが解けたに違いない。
見えた希望、まだ助かるかも知れない。
軟らかな肉が凄く気持ち悪いけど、構うものか! 僕は呑み込まれた上半身に力を入れ、アーボの体液で滑る肉壁を前足で必死に押しのける。 アーボの体内はとても柔軟で幾ら押しても広がってしまう。 それでも少しは呼吸が楽になった。
ようやく十分に空気を吸い込むと、噎せ返りそうなアーボの息を吸い込んでしまう。
僕の他にも数多くの生き物を呑み込んできたアーボの体内の匂い。 最初からずっと僕が感じた獣の匂いとは…… 今までにコイツの胃袋に溶かされた生き物たちの死が入り交じったものなのだ。
このままじゃ、僕もこの匂いの仲間入り……それは嫌だ!
だから、僕はより激しくアーボの口内で暴れる。 しかし……
”ドクンッ”
ハッキリとそれを感じるほど強く、僕の心臓が波打った。 すると釣り糸が切れた人形のように身体から力が抜けていってしまう。 それに身体の内側が凄く熱い…… マヒしたときとはまったく違う身体の異変に、僕は再び身体の自由を奪われてしまった。
身体の内側が焼け付くような痛みに命を削られていく感覚。 今まで強いマヒに冒されていたせいで忘れていた。
アーボは毒タイプのポケモンで、鋭い牙には毒が……
ここに来て僕が大暴れしたせいで、毒が身体に一気に回り始めたのだろう。 丸呑みにされながら何度も身体に食い込んだ牙から、僕の全身には大量の毒が注がれていたんだ。 どうして気が付かなかったんだろう…… マヒが解けたんじゃない、アーボが単に蛇睨みを解いたんだ。 そうする必要がなくなったから……
結局そう言うことなのだろう。 最初から最後まで……僕はアーボの手の平の上で動かされていただけだった。
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4 ( No.4 ) |
- 日時: 2009/06/25 20:54
- 名前: F
- もうどうすることも出来ない……
僕を最後まで手玉に取ったアーボは、僕の身体を完全に持ち上げてしまう。 ねっとりと絡みつくように唾液が全身を濡らしてしまい、とても滑りが良くなった僕は ズルズルと滑るように暗い穴の奥へ運ばれていくだけだ。
アーボの鳴らす喉の音が穴の奥に行くにつれて大きくなってきている、 獣臭い息の混じった生温かい湿った空気が、容赦なく僕の顔を包み込んでいた。
直ぐ目の前に不自然に蠢く闇が見える。 恐らくこの先がアーボの体内へと続く穴の入り口。 その中から僕の顔を包み込む、アーボの生暖かい吐息が噴き出していている。 今から僕はこの中に飛び込むんだ。
そう思うと最初に感じた身も竦む恐怖が蘇ってくる。 せめて……自分が呑み込まれる瞬間は感じたくないと、僕は目を閉じて息を止めた。
”ズブッ……グジュゥ……”
……そして、僕の頭は暗い穴の中へと呑み込まれてしまう。 狭い肉の洞窟の入り口を通り抜けると、そこはもうアーボの食道の中だ。
アーボの体内は思ったほど締め付けられる事はなかった。 それでも頭を殆ど動かせないし、ネットリとした体液が僕の口や耳に入り込んでくるのはどうしようもない。 ジュリジュリと内壁に擦れる音は相変わらずだけど、それに加えてもう一つ……
”トクン トクン”
アーボの心臓の鼓動が内壁に密着した僕の耳に響いてくる。 途端に僕は目眩を起こしたように意識が遠くなった。
全身の感覚も酷く鈍くなり、僕の身体から完全に力が抜け落ち死に体となっていく。 まったく動けない状態でアーボに呑み込まれる自分を感じている事しか……
”グブッ!……ズズルッ!”
急に支えな無くなったかのように僕の身体が大きく滑り落ちた。 どうやらギリギリの所でアーボの口の端に引っかかっていた僕の両足が外れてしまったようだ。 元の大きさに戻ろうとする力で両足がギュッと締め付けられるのを感じる。
これで本当に最後の命綱が絶たれてしまった。
”ズル…………ズルル…グブッ……ゴクゴクッ”
呑み込まれる僕に分かるほど、アーボは盛んに喉を鳴らす。 動きの鈍った僕の全身をアーボの体内の生暖かい肉が包み込んでいった。
そして、僕の身体は……
”ゴクリッ”
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5 ( No.5 ) |
- 日時: 2009/06/25 20:55
- 名前: F
- ついに僕の足まですっぽりとアーボの中に包み込まれると、
喉を鳴らす鈍い音と共に僕の体は暗い穴の中へと落ちて行った。
ずっと昔に僕が木の実を謝って丸呑みにしてしまったときは、 息が出来なくて凄く苦しかったけど、アーボは木の実よりずっと大きな僕を簡単に丸呑みしてしまった。 今頃僕を呑み込んだ満足感で満面の笑みを浮かべているのだろうか……?
ははは、何考えてるんだろう僕……
馬鹿なことを考えながら、僕が重力に任せて落ちていくアーボの体内は、 柔らかくて生温かいチューブのような場所だった。
そんな柔軟に出来ているアーボの体内は僕の身体に合わせて形を変えてくれる。 湿った肉に身体をすりつけ、尻尾の先で撫で上げたりと、 僕は全身を使ってアーボの体内を感じ、胃袋の中へと滑り落ちていく。 何の抵抗も感じない優しい肉の抱擁は、まるで毒に冒されている僕を優しく誘ってくれている様だ。 せめてこの毒さえ無ければずっと良かったのに……
焼け付く痛みはいつの間にか消えていた……変わりにジットリ汗を掻きそうな暖かさと、 目眩がするほどの吐き気が襲ってきている。 すでに毒が回りきり苦痛が快楽に変わり始めたのかも知れない。
御陰で意識が遠くなりそうだ。 ……どうやら、胃袋で消化される前に毒で力尽きそう……
……そう言えば、僕が食べた木の実。 あの美味しい噂の木の実って……どんなのだった…け? 確か……も……ん…………
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6 ( No.6 ) |
- 日時: 2009/06/25 20:56
- 名前: F
- ”グチャ…ズチュュ…ゥ……”
何か柔らかいものに受け止められる衝撃に、僕の意識が引き戻された。 気を失っていた間に気がつくとずり落ちていく感覚が消えている。
どうやら地面に接しているとこまで落ちきったようだ。 すると此処はアーボの胃袋の中なのだろう。
僕はアーボに食べられてしまったんだ。 アーボの心臓の音と胃壁が擦れるジュリジュリという音に、僕の浅い息が混じって聞こえる。 ブヨブヨな胃袋の中で動くと肌にそれが擦れてヌチュッと音を立てた。
……あれ?
気が付くとなんだか凄く身体が楽だ。 いや、まだ……凄く身体がだるいけど、あの毒の苦しみから解放されている。 僕はジッとアーボの胃袋の中で寝そべったまま助かった理由を考えた。
そして、脳裏に浮かんだ桃色の木の実。 そうだ……あの木の実の御陰だ。
僕は身を捩り、アーボの体液でぬめりけを帯びた自分のお腹をさする。 森の奥で見つけた特に美味しいと噂のモモンの実。たった一つだけだったけど僕はそれを食べた。 ……仮説だけど、それからさして時間を空けずに毒に冒されたから、 実の果肉に含まれる解毒効果が働いたんだと思う。
その御陰で僕は助かったんだ……
いや、助かったとはまだ言えない。
もう暫くすれば、僕を消化するために胃液が漏れ出てくることだろう。 こんなところで最期を迎えるなんてまっぴらごめんだ。どうにかしてアーボの胃袋から抜け出したい。 衰えた生きる気持ちを奮い起こして、僕は立ち上がろうとした。
けれど……その意志に反して僕は動かなかった。 逃げ出そうとする気をそがれる不思議な感覚に包まれて、僕は場違いに欠伸をする。
体にまとわりついてくる肉壁は、じんわりと暖かく僕を包み込んで、 なんだか想像していたよりも不快感がなく、むしろ心地よい気までしてきた。 ちょっと押せば簡単に広がってしまうアーボの胃袋は動く分には問題ないようだし…… 案外胃袋ということを考えなければ、本当に居心地はいいのかも知れない。 それに暖かいせいか、なんだか眠くなってきたみたいだ……
そう思ってしまうと、無理をして逃げ出す必要も無いような気がしてしまう。 心の中では今も逃げ出さないと叫んでいるのに…… ずっと此処にいたい。そんな思いまで抱いてしまいそうになるほど、アーボの胃袋の中が心地よくて。 静かで眠るのには最適な環境に見えて……きて……
だめ……だめ……ずっと此処にいたら消化されちゃうんだ……逃げないと……
心の中で僕が叫んでいるの聞こえる。でも、僕は凄く眠たかった。 ボーッと体の芯から温まってきて、僕は尻尾を抱えるように丸くなると目を閉じた。
もちろん本当に眠る訳じゃない……少し休んで体力を取り戻すんだ。
直ぐに消化される訳じゃない。 もう少し時間があるはずだから……
すこしだけやすんだらここからでるしゅだんをかんがえないと……
すこ……し…………だけ……すこし…だ……………
※ ※ ※ ※
此処で、シャワーズの意識は完全に途切れた。 真っ暗な闇の中に落ち……永遠に目覚めぬ眠りの中へ誘われて……
マヒではない。 毒ではない。 強力なアーボの胃液でもない。
結局彼の命を奪ったのは、抗いがたい快楽だった。 マヒと毒と闘い、アーボに丸呑みされる恐怖とも戦ったシャワーズは疲れ切り、心が弱っていた。 そこへ訪れた一時の安らぎに彼は墜ちてしまう。
アーボの胃袋の中でシャワーズは大人しく目を閉じて眠っている。 生きたまま丸呑みされた彼は、まだ息があり浅い呼吸を繰り返しているが……それだけだ。 心が先にアーボの胃袋に溶かされてしまっている。 だから……シャワーズの身体は、まるで死んでいるよう見えた。
そして、数時間後には本当にそうなることだろう。 眠っている間に残り少ない胃袋の空気を吸い尽くし……何の苦しみもなく静かに……
そのあとでアーボはゆっくりと肉塊となったシャワーズの体を消化するのだ。 数日……下手をすれば数週間の時間をかけて、強力な胃液が骨まで残らず綺麗さっぱりに…… 残酷なようだが、この獲物一匹だけで、 アーボは当分何も食べなくてもすむほどの栄養を得ることが出来るのだ。
静かになったお腹に目を向けて、アーボは心地よい満腹感に思わず舌を出していた。
お腹をプックリと膨らませたアーボは静かに森の奥深くへ帰って行く。 重くなった体で地面に轍を残し、静かに姿を消していった。
The end
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Re: 動かないからだ ( No.7 ) |
- 日時: 2009/06/26 22:48
- 名前: 名無しのゴンベエ
- たまらんぞよw
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Re: 動かないからだ ( No.8 ) |
- 日時: 2009/06/27 21:16
- 名前: 名無しのゴンベエ
- 原作を上手く織り交ぜてますね
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Re: 動かないからだ ( No.9 ) |
- 日時: 2011/01/05 21:08
- 名前: akod
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