Re: 復讐(前編) ( No.1 ) |
- 日時: 2010/02/21 16:57
- 名前: ROMーLiza
「わあ、綺麗」
夜空いっぱいに散りばめられた星に、私は思わず声を出してしまいました。すかさず口を押さえます。肉食ポケモンに見つからないように、こうして草叢の中からこっそり空を見上げてるのですから。
それにしても、綺麗な夜空です。白く瞬く星は殆ど隙間なく、さながら巨大な河の流れを形作っています。
こうして星を眺めてみるのも随分と久し振りなので、全く飽きることはありません。一晩中眺めていても良いくらいなのですが……そういう訳にもいかないのが残念です。
あまり遅くまで外に出ていると、凶暴な肉食ポケモンが彷徨いていて危険なのです。
私の種族はロゼリアといい、ポケモンの中では最も小さな部類に含まれます。属性も草と毒であり、陸上で暮らすには若干不利なところがあります。当然、捕食の対象にもなりがちです。
私の友達も、何匹か肉食ポケモンに襲われたこともありました。私の目の前で食べられてしまった子もいます。
その子はルルという、私の親友とも呼べる存在でした。優しくて、可愛くて、笑顔が素敵で、私はそんな彼女のことが好きでした。遊ぶ時も、食べる木の実を探す時も、日向ぼっこする時も、いつだって一緒でした。
そんなある日。遊びで帰りが遅くなって、暗い中、二人で家路に就いていました。その時、体の大きな凶暴肉食ポケモンに出会したのです。咄嗟に逃げようとしたのですが、彼女は不運にも捕まってしまったのです。
そしてその怪物は、彼女の小さな体を持ち上げて、大口を開け、一口で――喉が膨らんだ後、腹が微かに動いたのを見て、命辛々逃げ帰ったのをはっきりと覚えています。
その晩は泣き明かし、暫くは外に出ることもできませんでした。今でも、思い出す度に恐怖に体が震えてしまうくらいです。
だから、本意ではないのですが、そろそろ住処へ帰らなければなりません。
嫌なことを思い出してしまったためもあり、気分はすっかり萎んでしまいました。人知れず小さな溜息を吐きます。
その時でした。
「ねぇ、そこの君」
突然、私を呼ぶ声がしたのです。
私が振り返ると、誰も居ませんでした。右も左も確認しましたが、ただ木々が広がっているだけです。奥の奥の方まで注意しましたが、それらしい影は見当たりません。
私が首を傾げていると、また、同じ声がしました。
「ここだよ、ここ」
声は上からでした。そちらへ顔を上げると、私は目を見張りました。声の主が空中に浮かんでいたのです。翼を、鳥ポケモンのように羽ばたかせるでもなく。
「気づいた気づいた」
そう笑うと、音もなくスッと私の基へと下りてきました。
その姿は、ぼんやりとした闇の中で、仄かに光っています。お陰で、全身の様子を簡単に確かめることができました。
目はくりくりとしていて、薄緑色の逆三角形が、両目下に一つずつ。白く、あの潰れやすいモモンの実のように柔らかそうな肌をしています。顔は丸みを帯びていて、全体的に幼い印象です。背も、私とさほど変わりません。
そして頭には、黄色い冠り物のようなものが見られます。それは上、左、右の方向に向かって尖っていて、その所為で全身の輪郭は星形をしています。まるでこの星空から舞い降りてきた、一つの星のようでした。
「ねぇ、帰っちゃうの? 折角星が綺麗なのに」
男の子とも女の子とも判断のつきにくい甘い声で、その子は私に問いかけてきました。
「え、あの……」
「良かったら、僕とお喋りしない? 星を見に来たんだけど、独りじゃ寂しくて」
彼は突然な提案をしてきました。相手が初対面なこともあり、少し躊躇われたのですが、ここで無下に断ってしまうのも気が進みません。
回答に困った私は、勢いに任せて頷いてしまいました。彼の見かけからして、捕食者ではなさそうでしたし。
すると、彼の顔が輝きます。
「本当? ありがとう!」
お礼を言うと、彼は私を座るように促しました。私がその場に座り、続いて彼が隣に座ります。
「君の名前は?」
「あ、リ、リムです」
「そうか」
彼は頷くと、そっと微笑みました。その表情の柔らかさ、自然さ、それと美しさに、思わず見入ってしまいます。
「僕はアスター。よろしくね」
「はい……」
相変わらず彼――アスター君を見つめながら、私はか細い返事をしました。
実は私、誰かと話すのはあまり得意ではありません。昔から人見知りをする性格でした。何となく頷いてしまったものの、アスター君の退屈凌ぎの相手になれるかどうか疑問なところなのです。
しかし、それは杞憂でした。彼は気さくに話しかけてきてくれたのです。彼の口から紡がれる言葉の数々は、固まっていた私の心を溶かしてくれるようでした。次第に重たかった唇が軽くなっていく気がします。
寧ろ、私の方から話題を切り出していくようになりました。 話の種は尽きませんでした。今までに出逢った楽しかったこと、悲しかったこと、綺麗なもの、不思議なもの――ルルが居なくなってから話す相手がおらず、胸の奥にしまい込んでいた多くが、私の喉から溢れ出すのです。とても懐かしい心地がしました。
アスター君も相槌を打ったり、詳しく訊ねてきたりと、積極的に私の話に耳を傾けてくれています。お陰で、こちらも話していて嬉しくなりました。
話をしながら、アスター君となら友達になれる気がしていました。だから私は、アスター君に親友のルルのことも話したくなりました。
私はルルについて話を始めました。ルルがどんな子だったか、どんなに優しかったか、ルルとの思い出の数々――そして、彼女が凶暴な肉食ポケモンに食べられてしまったことも。
「それは気の毒だったね」
アスター君は声の調子を下げて、伏し目がちになりました。
「この世は弱肉強食ですから。危険は心得ているつもりではいたんですが……」
胸が締め付けられるような感覚を覚えました。
「そもそも、私が悪かったんです。帰ろうと言う彼女に、もう少し遊びたいと私が我が儘を言って……」
最後の方は、涙声になっていました。そして、誤魔化しが利かないほど大粒の涙が、目から零れます。その涙を拭うと、アスター君は私の頭を撫でてくれました。
「君が責任を感じることじゃないよ。もし、その肉食ポケモンが近くにいることを知ってたら、君はそんな我が儘言うはずなかっただろ?」
「……」
「親友だったら、そのルルって子も君のことを恨んでなんかいないだろうし。それに、恨むべきはルルを食べた奴だ」
アスター君が冷静に慰めてくれたからか、私は幾分気が楽になった気がしました。
「でも」
私はやっと口を開きました。
「仕方ない、のではないのでしょうか」
「どうしてさ」
アスター君は怪訝な顔で訊ねます。
「彼らにとっては、生きる為なんですよね。私たちを食べるのは……」
もし私たちが食べる木の実などに、意思や感情が在るならば、私たちも立派な捕食者です。だからといって、私たちは木の実を食べるのをやめることはできません。それと同じなのではないか。そういう旨をアスター君に伝えました。
別に、捕食者を擁護するつもりではありません。私たちだって、食べられたくはありませんから。ただ、責任転嫁をするのは良くない気がしたのです。私が我が儘を言わなければ、ルルは犠牲にならずに済んだのですし。
アスター君は腕を組みながら、頷きました。
「まぁ、確かにね」
ほら、やっぱり。私が悪いのです。
「でもさ」
一呼吸おいて、アスター君が切り出します。
「そうじゃなかったら、どう思う?」
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Re: 復讐(前編) ( No.2 ) |
- 日時: 2010/02/21 17:08
- 名前: ROMーLiza
初め、言われたことの意味が分かりませんでした。
「……どういうことでしょうか?」
「つまりさ、“生きるための捕食”じゃかったらっていうこと」
「そんなことがあるんですか!?」
殆ど叫ぶような声で、アスター君に迫っていました。アスター君は指を口の前で立てて、声を落とすように促します。無闇に大声を出しては、危険だからでしょう。
天真爛漫な彼の表情が、今は異様に真面目でした。
「残念だけど、それが現実なんだ」
ほんの少しの間、周りの全ての音が消え、彼の声だけが耳に届きました。それからすぐに虫の音が戻ってきます。私は口を僅かに開いたまま、呆然とアスター君を見つめていました。
「どう、して……」
やっとのことで声を出しました。
「どうしてですか!? どうしてそんなことをしなければならないんですか!? 私には解りません……」
先程注意されたばかりだというのに、捲し立てるように問い掛けました。
「被食者側にとっては理解ができないかもしれないけど」
アスター君はちょっと溜息を吐くと、話し始めました。
「食欲を常に満たせるような強いポケモンにはね、他の欲が現れることが多いんだ」
「他の欲、ですか?」
少し考えてみましたが、全く想像がつきません。やはり弱い立場にいると、物の考え方は違ってくるようです。
「そう。例えば――“自分の存在を、或いは自分の強さを知らしめたい”っていう欲とかね」
言われて初めて、何となく思い当たる所が浮かんできました。それはまさに、ルルを喰らったあの怪物の行動でした。
*
あの時。私たちは怪物から逃げつつも、怪物に向かって攻撃を仕掛けていました。怪物の一歩一歩が大きいため、足留めでもしなければ到底逃げ切れそうもなかったからです。
しかし、無駄でした。私たちの抵抗など、燃え盛る炎の中に、雫を一滴垂らす程度のものでしかなかったのです。
やがてルルが捕まりました。ルルが食べられる、私はそう思いました。
しかし、怪物はすぐにはそうしませんでした。代わりに、ルルへ更に攻撃をしたのです。彼女にはもう為す術がないにも拘わらず。
殴り、蹴り、投げつける。小さくか弱い身体が、何度も宙を舞います。逃げる際にも攻撃受けていましたから、ルルはあっと言う間に衰弱していきました。
ぐったりと微動だにしなくなったルルを、怪物は鷲掴みにします。
「お願いです……助けて……ください……」
辛うじて命を繋いでいた彼女は、蚊の鳴くような声で怪物に助けを乞いました。声は震え、恐怖がよく顕れていました。
それに対して、怪物は――
*
「そういう奴らには共通点があってね」
回想している間に、アスター君の話はまた要所に差し掛かっていました。
「笑ってるんだよ。奴らには、生きるか死ぬかの不安なんてないからね。弱いポケモンを痛めつけた快楽に、浸ってるんだ」
「……」
アスター君の言葉を受けて、ルルの最期の情景が浮かびました。
力なく命を乞うた彼女を、怪物は頭上に掲げ、口の端を不気味に釣り上げます。怪物は大きな口をいっぱいに開きました。
そして、ルルを掴むその手を離したのです。
小さな身体は口内にすっかり消え、彼女が怪物の喉を下るその音を、私は草陰で聞いたのです。あの恍惚の表情を、私は一生忘れないでしょう。
アスター君の言うことは、嫌と言うほどあの出来事に当てはまっていました。
ということは。ルルが食べられたのは、……あの怪物の快楽のため?
途端にどうしようもなく怒りが湧き上がり、奥歯を強く噛み締めます。生まれてからというもの、ここまで誰かを憎く思ったことはありません。胸の鼓動で全身が打ち拉がれそうでした。
しかし、その感情はやがて涙となって零れました。私がどれほどあの怪物を恨んだところで、何になるというのでしょう。自分の無力さが悔しくてなりません。
「――ごめん」
沈んだ調子の、アスター君の声がしました。
「君が自分を責めてるから、このことを話してみたんだけど……かえって哀しませちゃったね」
談笑していた時の笑顔でも、先程の真面目な顔でもなく、彼は妙にしんみりとした様子でした。薄く微笑みながらも、申し訳なさそうな印象を与える、絶妙な表情をしていました。彼は何も悪くないのに。
この時不覚にも、私は別の意味での胸の鼓動を感じたのです。
「いえ、いいんです。真実を知ることができて、良かったですから。ただ――」
私は彼の胸元に寄りかかります。
「暫く、泣いても良いですか?」
彼は優しく私を受け止めてくれました。
「うん」
落ち着いた返事に、安心したのでしょうか。私の目は、どっと涙で溢れかえりました。アスター君の目を憚る限界は、もうすぐそこに来ていたのです。
長い長い時間、私は咽び泣き続けました。その間ずっと、アスター君は黙って抱きしめていてくれました。
漸く涙が止まってくると、猛烈な眠気に襲われました。泣き疲れてしまったようです。そろそろ帰らなければならないのに、どうしましょう。
すると、私の様子を察したのか、アスター君が久し振りに口を利きました。
「眠そうだね。僕が見ててあげるから、今晩はここで寝ちゃったら? 暑い季節だから、涼しくて寝やすそうだし」
「でも……アスター君が大変ですよ?」
「大丈夫だよ。夜更かしには充分慣れてるからね」
心配する私に、彼はにこりと微笑みかけます。
「そうなんですか? 夜更かしはいけませんよ」
私も少し笑いました。頬には涙の跡が残っていることでしょう。
「でも、今はお言葉に甘えさせてもらいますね」
「勿論どうぞ」
「……ありがとうございます」
お礼を言うと、頭をアスター君の肩に乗せました。自分でも厚かましい気がして、恥ずかしかったので、さっさと目を閉じてしまいました。もしかしたら、彼は少し迷惑そうな顔をしているかもしれません。
ただ、こうしているととても気が落ち着きました。ルルを失って以来、こんなに安らかな気分に浸れる夜はありませんでした。その所為か、私の意識はすぐに遠退いていったのです。
『悔しいよね』
突然、アスター君の声が頭の中に響きました。朦朧とする意識の中では、それが現実のアスター君の声なのか、夢の中のものなのか、判断がつきません。
『僕が手を貸してあげる』
意味深長な言葉を、辛うじて捕らえました。しかし、それについて考えを巡らす暇もなく、私の意識はそこで途切れたのでした。
To be continued...
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Re: 復讐 ( No.3 ) |
- 日時: 2010/02/21 17:29
- 名前: 名無しのゴンベエ
- 続きが気になります…
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Re: 復讐 ( No.4 ) |
- 日時: 2010/02/21 18:45
- 名前: 名無しのゴンベエ
- ROMリザさんの作品、やはり安定して面白いです。
続き頑張ってください!
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Re: 復讐 ( No.5 ) |
- 日時: 2010/02/21 23:22
- 名前: ケイル
- なんだろう、どうなってしまうのだろう・・・!
もしかしてアレな展開かなぁと疑ってしまったりw しかし、自分が食べられる分には、萌え話になるのに、 友人が食べられると悲しい話になりますねw
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Re: 復讐 ( No.6 ) |
- 日時: 2010/04/05 00:46
- 名前: ROMーLiza
- 眠りから覚めると、全身に暖かさを感じました。閉じた瞼が真っ
赤に見えるので、太陽の光が当たっているのでしょう。そういえば 、昨晩は外で寝たのでした。
手で光を遮りながら、私は目をゆっくりと開きました。青々と澄 んだ空が視界の端から覗いています。
起き抜けの目を擦りながら、私は徐に起き上がりました。そして 、違和感に気付きます。
空がやけに広いのです。私は森の中に居たはずで、こんなに四方 八方に空が見えるわけがありません。一体ここは何処なのでしょう か。
何となしに下の方を見ると、変わった草が生えています。茶色い 茎の上に、細かい緑の葉っぱが無数に生えていて――それは、木を そのまま縮めたような形でした。
そして近くには、何かこんもりと土を盛ったようなものが聳えて います。その高さは、立ち上がった私の背と対して変わりません。
そういえば、アスター君の姿が見当たりません。恐らく彼がここ まで私を運んできたのでしょうから、突然居なくなられては困りま す。
彼を捜そうとしてちょっと歩き回ってみると、俄かに足に冷たさ を感じました。
「ひゃっ!?」
反射的に足を退けました。そこにはちょろちょろと長細く水が流 れています。流れの源を目で追うと、彼方まで蛇のように延びてい ます。
あまりに見慣れない光景に、私は目が眩みました。一体此処は何 処なのでしょうか。そして、アスター君は何処へ行ったのでしょう か。
不安に駆られていると、耳元で小さな声がしました。
「おはよう」
その声はアスター君のものでした。私は少し安堵を覚えると、そ ちらに目を向け――
「……」
絶句しました。小石ほどの大きさしかないアスター君が、私の目 の前に浮かんでいたのです。
暫くあうあうと口を上手く動かせませんでしたが、思ったことが 漸く声に出ました。
「あ……あの、これはどういうことなんですか!? それに、ここ は何処なんですか!?」
焦る私に反して、アスター君はにこにこと余裕があります。
「ここは昨日の晩と同じ場所だよ」
アスター君は後の問いかけにだけ答えました。
「そんなはずありません! こんな光景はみたことが……」
「そうかな?」
「だって、昨日と全然違うじゃないですか」
「そんなことないよ。よーく見てごらん」
そう言われたので、私はその場に屈み込んでみました。手元から 蔓を伸ばし、例の可笑しな草を退けます。因みに、“ロゼリア”と いう種族の手に当たる部分には大きな花が咲いていて、その隙間か ら伸ばす蔓が手の代わりをしているのです。
じっくり観察してみると、例の草は余計に木の形をしていました。
そして、新しい発見をしました。草をかき分けたその先に、小さ な虫のような生き物を見つけたのです。それをよくよく見てみると 、虫ではありませんでした。
「うわあぁ!」
「怪物だ!」
虫の鳴き声と聞き違えてしまいそうな悲鳴を上げ、一目散に逃げ ていったのは、虫などではなくポケモンたちだったのです。
「え!? えぇ!?」
私は忽ち混乱に陥りました。もはや何がどうなっているのか解り ません。アスター君も他のポケモンたちも小さくなってしまって――。
頭を抱えていると、ふっとあることに気付きました。今この場に 、私より大きな物がないのです。前に言ったように、私はポケモン の中でも最も小さな部類に含まれるので、草むらに入れば体が隠れ てしまう場合が殆どでした。それなのに、今私の周りには、足下程 度の高さの草しかありません。
それに加えて、アスター君や他のポケモンたちの言葉にも引っか かるところがあります。特に、私のことを「化け物だ」なんて、ま るで自分たちが小さくなっていることを自覚していないかのよう でした。
(もしかして……)
私の中に、ある考えが浮かびました。流石にそれはないかと一旦 否定したものの、どうもそれ以外には説明がつきそうもありません でした。
「あのぅ」
ずっと傍らに居たアスター君に、話しかけてみます。
「もしかして、私、とても大きくなってたりしますか?」
そうだとすると、足下の草は森の木々で、細い水の流れは川で、 こんもりと聳えたアレは……多分山でしょう。
我ながら突拍子もない考えですが、これ以外に考えられません。
「ご名答!」
アスター君の声は、やたらに明るいものでした。否定されるかと 顔を赤らめていた私は、面食らいます。
「で、でも、どうやって!?」
「それを説明するには、まず僕の正体を明かした方が良いだろうね」
アスター君の口調は、先程とは打って変わって改まった様子でし た。
「僕はジラーチっていう種族のポケモンなんだ」
「じらーち?」
聞き慣れない種族名です。
「聞いたことないだろうね。僕らは滅多に人前に出てこないから」
「そう、なんですか」
私は頷きつつも、そのことと今のこの状況がどう関係するのか分 からずにいました。
「その理由って言うのがね」
アスター君は言いました。
「何でも実現してしまう能力があるからなんだ」
耳を疑いました。何でも実現する、だなんて夢のようなことを聞 かされても、あまりピンと来ないのが本音です。とは言え、今の状 況を説明できるものは他にありませんが。
「じゃあ……」
「そう。僕が君のことを大きくしたんだ」
「でも、どうして」
「どうしてって、君は友達を奪った奴をあんなに憎んでたじゃない か。自分の手で復讐したくない?」
「ふ、復讐だなんて……」
確かに、とても憎いとは思いますが。やはり“復讐”というのは どうなのでしょうか。復讐の相手に対して、また新しい憎しみを生 むだけで、何の解決にもならない気がします。
「でも、このままでいいの?」
「そ、それは……」
もしアスター君が言うような“快楽のための捕食”をあの怪物が 未だに続けているのだとしたら、許し難いことです。 それを食い止められずに、ひっそりと耐え忍んでこれからを過ご していく自信は、私にはありません。
それでも“復讐”の判断に躊躇っていると、アスター君はこう提 案しました。
「復讐が嫌だったら、注意してやればいいんじゃないかな。今の君 なら、その怪物だって歯が立たないだろうし、迫力あるもん。死ぬ ほど恐い思いをさせてやれば、やめるかもしれないよ」
「あ……」
そうか、そうですよね。何もこのような体になったからといって 、暴力に訴える必要などありませんでした。
それに、捕食される心配なくあの怪物に向き合えるのですから、 これはまたとない機会なのではないでしょうか。
「それなら、やってみたいです」
私はアスター君にそう言いました。
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Re: 復讐 ( No.7 ) |
- 日時: 2010/04/05 00:53
- 名前: ROMーLiza
- 「そう。じゃあまず、その怪物とやらの居場所を掴まないといけな
いね」
「あ、そうでした」
ルルが食べられてから随分と経ちますから、何処にいるかの特定 は困難です。餌を求めて、遙か遠くに行ってしまったかも知れませ ん。
「大丈夫だよ。君の記憶の中のイメージから、そいつの今の居場所 が調べられるから」
「そんなことも出来るんですか!?」
「うん。大抵のことはできるよ。――残念ながら、死んだポケモン を生き返らせることは出来ないんだけど」
そう言うと、アスター君は私の額の辺りに寄ってきて、手をピト リと当てました。するとその周りにだけ、小さな光が一瞬現れまし た。
「――うん、分かったよ。付いてきて」
「は、はい」
何だかあっという間だったので、本当に分かったのか半信半疑な がらも、私は歩き出しました。
途端に足下が騒がしくなります。時折、悲鳴のような声も聞こえ ます。 巨大な怪物に自分たちの頭上を闊歩されれば、それは相当な恐怖で しょう。一応、なるべく木やポケモンを踏み潰さないように、細心 の注意を払ってはいるのですが……。
それにしても、恥ずかしいです。体の大きさが大きさであるだけ に、あらゆる方向からの視線が痛いほどに刺さります。段々と顔が 火照ってきました。
「ここだよ」
アスター君は空中で止まると、森の一部を指さしました。
思ったほど時間はかかりませんでした。尤も、元の小さな体で歩 いたらどれほどかかるのか、分かったものではありませんが。
私は蔓を伸ばして、そこの木々を軽く退けます。
「あ!」
改めて私は、アスター君の特別な能力を思い知らされました。彼 の言葉通り、あの怪物がそこに居たのです。
「バンギラスだね。こいつは」
横からアスター君が囁きました。
バンギラス。私からルルを奪ったポケモンは、そういう種族名だ ったようです。
薄めの緑色をした硬い体。後頭部から背中、尻尾にかけて何本も 突き出た太い棘。見るからに邪悪な目つき。その出で立ちは、ルル を喰らった怪物そのものでした。
ただ、以前と一つ違うのは、そのバンギラスが私より遥かに小さ いという点です。
バンギラスは口をあんぐりと開けたまま、私のことを見上げてい ました。驚きのあまりに固まっているのでしょうか、逃げ出す気配 もなく立ち尽くしています。
「――ほら、リム、捕まえないと」
アスター君に促されてハッとすると、私は蔓をシュルシュルと慎 重に伸ばしていきました。ここで漸く正気に戻った様子のバンギラ スは、逃げ出そうとします。しかし直後には、私の蔓が彼の体を容 易く捕らえました。
激しく抵抗するバンギラスですが、蔓を何重にか巻き付けている のでびくともしません。この抵抗も、本来物凄い力であるのでしょ う。
私はバンギラスを持ち上げました。高くなるにつれ、雄叫びが次 第に情けなくなっていきます。高いのが恐いのかも知れません。実 際、今の私の目の高さから落ちてしまえば、死んでしまうでしょう。
目線の高さにまで持っていくと、私はバンギラスをまじまじと観 察し始めました。彼はすっかり怯えきって青醒めており、捕食者と しての面影を無くしていました。ここまで一方的に怯えられると、 寧ろ戸惑ってしまいます。
さて、捕まえてはみたものの、何を言おうか特別考えもしていま せんでした。
言うべきことを考え倦ねていると、バンギラスが思い切ったよう に口を開きました。
「た、助けてくれ! お願いだ!」
その一言さえなければ、私は相応の言葉を述べて、バンギラスを 放したかもしれません。しかし、彼の発言は私の怒りを呼び起こす こととなったのです。
「――あの」
沈んだ口調で、私は切り出しました。
「貴方が昔、私と同じロゼリアを襲って食べたのを覚えていますか?」
バンギラスの顔から血の気が引きました。覚えているかどうかは 知りませんが、この状況で自分の悪事を問い詰められるのは、生き た心地がしないでしょう。
私は続けます。
「あの子は私の親友だったんですよ。それを貴方が奪ったんです。 私がその後、どれほど辛く悲しく寂しい日々を送ったか、貴方に分 かりますか?」
ばつが悪そうに、バンギラスは俯きました。
「貴方に食べられる直前、彼女は貴方にこう言いました。『お願い 。助けてください』と。とても必死に。貴方が先程言ったように、 です」
新たに蔓を伸ばすと、バンギラスの顔を無理矢理前に向けます。
「どうして彼女を食べたのですか?」
さして大声を出したつもりはないのに、声が辺りに響き渡りまし た。バンギラスは無言のままです。しかし、蔓を通して、ガタガタ と小刻みに震えているのを感じ取ることができました。
「答えられないのなら、私が答えます。快楽のためですよね。自分 が楽しむために、ルルを痛めつけて……」
「ち、違う」
「何が違うんですか?」
口答えをするので、キツめに握りました。バンギラスは殆ど泣き 出しそうに悲鳴を上げます。
「私も貴方で遊んでみたくなりました」
私はバンギラスを口元へと運びます。
嫌な予感を察知して、彼は喚きます。
「ちょっと待ってくれ! 済まなかった! この通りだ!!」
そんな声には耳を貸さず、私はバンギラスを叫び声ごと口に押 し込みました。
硬くゴツゴツとした体なので、まるで石を舐め転がしているよう でした。別に美味しくもありません。
しかし、彼の必死の叫び声は私の口内で殺されてしまいます。も がく彼を、舌で思い通りに操ることもできます。それは圧倒的な力 の差であり、快感でした。唾液がどんどん湧き上がります。
抵抗が少なくなると、奥歯でそっと甘噛みをしてみます。バンギ ラスの頑丈さでは到底体が潰れるはずはありません。それでも、目 を覚ましたようにまた抵抗を始めるのです。
それを繰り返して、暫くはバンギラスを口内で弄んでいました。
やがて、舌に抵抗が感じられなくなりました。甘噛みしても、反 応があまりありません。彼の体力に限界が来たのか、それとも恐怖 に心が折れたのか――どちらにしても、私にはつまらなく思えまし た。
試しに一度、口から出してみると、バンギラスは譫言ばかり呟い て震えていました。涙を流しながら呆けており、私の唾液にまみれ た様子は本当に無様でした。
もはや、捕食者として地上に君臨することは不可能でしょう。
私はバンギラスを舌で絡め取り、口内に引き戻すと、奥の方へと 流し込みました。若干、喉に毬っぽい感触があった後――
ごくん
小さな体は、下へと墜ちました。お腹の中に、微かな重みが確認 できます。
「ふふふ、ゆっくり反省してくださいね」
お腹をさすりながら、中のバンギラスに語りかけます。自然と笑 みが零れていました。
私の“復讐”は呆気なく完了したのでした。
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Re: 復讐 ( No.8 ) |
- 日時: 2010/04/05 01:17
- 名前: ROMーLiza
- ども。ろむです。
今回の話のメインは、ロゼリアによる捕食だったという……(´ω`)
大丈夫かなコレww(主に需要的な意味で 期待はずれだった方、スミマセン。
因みに、まだ話は終わりじゃないです。もうちょい続きます。 長くてスミマry
レス返しー。
>>>3の方 そう言っていただけると有り難いです^^ そして亀更新スミマセン。
>>>4の方 安定……ですか。自分ではそうは思っていなかったものでして^^; そう思っていただけてるのはうれしい限りです。
そして亀更新スミry
>ケイル さん ケイルさんの予想通りだったかは分かりませんが、こんな風になりました。
ルルの被食シーンは、メインの捕食シーンまでの前菜的な扱いだったんですが(じゃないと、捕食シーンまで長すぎるんでw
純粋に捕食シーンとして楽しむには、場面が暗かったかなぁとか思ったり。
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Re: 復讐 ( No.9 ) |
- 日時: 2010/04/05 19:53
- 名前: ケイル
- なんと斬新なっ
前回のミニミニ主人公から一転して巨大化主人公ですねw まさか捕食側になるとは思ってませんでした。 うーむ、まだ続くようですがどうなってしまうのだろうw
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Re: 復讐 ( No.10 ) |
- 日時: 2010/04/05 23:25
- 名前: 名無しのゴンベエ
- 小さくて弱かった被食者が、強大な捕食者を逆に食べてしまうという図は
見ていてとても楽しませていただきました! 怯えているバンギラスが新鮮ですね…
ここからどう続くのか、期待して待ってます。
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Re: 復讐 ( No.11 ) |
- 日時: 2010/04/30 12:53
- 名前: ROM-Liza
「……ふぅ」
大きな一息を吐きました。今、私のお腹の中にはもぞもぞとした 感触が在ります。呑み込まれてもなお、あのバンギラスは必死の抵 抗をしているのでしょう。
そうしないと、彼は死んでしまいますから。
しかしその抵抗も段々と弱まり、やがては止んでしまいました。 力尽きたようです。後はゆっくりと私の栄養となっていくだけ。復 讐は成功です。
それなのに、何か物足りなく感じました。あのバンギラスに対し て、今までの怒りを思う存分にぶつけたつもりだったのですが。
どうして――。
「結局食べちゃったね」
暫く振りの声。バンギラスにばかり気を取られていて、今の今ま でアスター君の存在を忘れていました。
「……はい」
「まぁ、復讐を勧めたのは僕だから、気にしないで。それより、気 分はどう?」
「復讐を果たせて、清々しいですね」
私の言葉に、アスター君は「それは良かった」と満足げに頷きま した。
しかし受け答えとは裏腹に、心の中では何だか靄がかった感じが していました。胸の鼓動は、バンギラスを呑み込んでからずっと、 強い調子を保っています。
そして、この沸々と沸き起こる感情の正体に気付いたとき、私は 思わず口を開きました。
「あの、お願いがあるんですが」
「ん? 何?」
彼は屈託のない笑顔で応じてくれました。
「もう少しだけ、この姿のままで居ても良いでしょうか?」
アスター君はぱちくりと目を開きます。
「どうかしたの?」
「実は、ルル以外の友達も、肉食ポケモンの犠牲になっているんで す。その復讐もしたいと思って……」
「へぇ」
ああ、我ながらなんていうことをお願いしているのでしょうか。 初めは復讐に気が進まないようなことを言っておいて、今になって 気変わりしただなんて。十中八九断られるに決まっています。
目の前に浮かぶアスター君を、顔を赤くして伏し目がちに見てい ました。
「いいよ」
思いがけない返答に、私はすかさず顔を上げました。
「リムがそう言うなら、信じるよ」
その言葉に私は幾分の罪悪感に苛まれました。というのも、先程 アスター君に嘘を言ったからです。私の仲間が襲われたのは事実で すが、それが理由な訳ではありません。
まだ、食べ足りない――そのような衝動に駆られて仕方がないの です。
しかしそのようなことを言っては、彼は了承してくれそうにない ので、嘘を言いました。
“狂っている”と自分でも思いました。そして、性分にも似合わ ず、淡々と嘘を吐いてのけたことも驚きでした。もしかすると、今 のこの姿に全ての原因があるのかもしれません。尤も、やはり体を 元に戻してもらおうなどと考え直す余裕がないほど、私の頭は“食 ”欲に汚染されていました。
私は再び屈み込んで、ポケモンたちの姿を捜しました。適当な理 由を付けておいたお陰で、アスター君の目を気にする必要もありま せん。
ところが、いくら木を掻き分けてもコラッタ一匹出てきませんで した。まぁ、これだけ目立つ格好ですし、ポケモンたちは驚いて殆 ど逃げてしまったのでしょう。
仕方ありません。少し移動してみましょう。
一歩、二歩、三歩――歩いていくにつれ、微かに声が聞こえてき ます。もう追いついてしまいました。逃げるなら、もっと遠くに逃 げればよいものを。
木々の隙間に適当に蔓を差し込むと、その先が何かに触れました 。それを捕まえてみると、先程のバンギラスのようにごつごつとし た頑丈な紫の体の、確かニドキングというポケモンでした。
毒を持つ種族ですが、幸い私も毒の属性です。それに、蜜蜂の針 にも満たない大きさの彼の角では、呑み込むのに差し支えはないで しょう。
このニドキングも、相当に怯えた顔をしていました。それを見た 途端、たまらなくお腹が空き、涎も湧き出てきました。
今度は口内で転がすこともなく、そのままニドキングを呑み込み ました。
「……ふふ、暴れていますね」
弱らせなかったので、お腹の中で蠢いている様子がはっきり感じ られます。でもいくら暴れてみたところで、貴方は二度と外界を拝 むことは出来ないのですよ? 無力ですね。
悦に入っていると、視界の隅で他のポケモンを捕らえました。す かさず蔓を伸ばして巻きつけます。
……一匹一匹捕まえては食べるのも面倒ですね。一気に大勢捕ま えてしまいましょう。蔓に巻き付かれたまま、他のポケモンが食べ られていくのをただ見ていることしかできない絶望感を味わわせて やるのも、面白いかも知れません。
そう決めて歩き出すと、足下で何かがプチッと潰れた感じがしま した。可哀想に、ポケモンを踏み潰してしまったようです。
しかし、その後も私はずんずんと進んでいきました。足下の虫け らを気にするつもりなど、もはやなかったのです。
足下で次々と悲鳴が起こっては消えました。
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Re: 復讐 ( No.12 ) |
- 日時: 2010/04/30 20:50
- 名前: ROM-Liza
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気がつくと、橙色の夕日が顔にかかっていました。
「もうこんな時間ですか」
私はだらしなく口許に垂れている涎を拭います。満腹感を感じな がら、まだ息のあるポケモンたちの動き――食後の余韻に浸ってい ました。どれほどの数を食べたのか、見当もつきません。
「随分と食べたね」
アスター君の声で、我に返ります。
「君は森中のポケモンを恨んでたのかい?」
「……」
何となく蔑みを含んだ声でした。言い返す術もありません。食欲 に身を任せすぎました。
「改めて、周りの状況を見てみるといいよ」
「周り……?」
言われて、横を向いてみました。
そこには無惨に薙ぎ倒され、投げ飛ばされた、滅茶苦茶な木々し かありませんでした。後ろにも。前にも。まるで巨大な嵐が過ぎた 後のように。
食欲に支配されていたときは気に掛けもしなかったのに、この凄 惨な光景に身震いがしました。そして、全ては私がやったことなの だとは、信じられませんでした。
思わず後退りすると、偶然足下が目に入りました。そうして初め て、黒ずんだ赤色に染まった私の足を確認したのです。この赤い液 体は、私のものではないことは確かでした。
「分かったかい? 事の重大さが」
「そ、そんな、私……」
胸の鼓動が、内側から打ち付けてくるように、強くなりました。
「君は、あのバンギラス以下の“怪物”になり果てたんだ」
私が、怪物? それも、ルルの命を奪った、あの悍ましいバンギ ラス以下の?
「ち、違……!」
そう言いかけたとき、お腹の中のポケモンがもぞりと動きました 。
同時にどうしようもなく激しい吐き気に襲われました。
「――ッッ!!」
一気に逆流した内容物は、私の口から大量に零れ落ちました。そ れには、私の体液に塗れた生き物らしいものが混ざっていました。 その中には、殆ど原型を留めていないものもありました。その生々 しい光景こそ、「私が怪物だ」という何よりの証明でした。
「い、嫌ああああ!!」
恐らく誰も居なくなった森中に、私の悲鳴が木霊しました。
「お願いです! どうにか、どうにかなりませんか!?」
取り乱した私は、涙をボロボロ零しながらアスターに縋るように 見つめました。
「さっき言ったけど、死んだポケモンを生き返らせることはできな い。加えて言うと、過去を変えることもできないんだ。そういう決 まりでね」
「そ、そんな!?」
「でもね、一つだけあるんだ。君の罪を消す方法が」
私はそれに飛びつきました。何せ、絶望の淵から救われる唯一の 手だと言うのですから。
「落ち着いて。まずは小さくなろう」
「は、はい」
私が頷くと、アスター君は私の額に手を当てました。そうして、 その辺りが光ります。バンギラスの位置を読み取ったときと同じ要 領でした。
そして、私の視界が段々と低くなっていきました。体が小さくな っているのです。あっと言う間に木の高さにまで下がります。次第 に、元の自分に戻れるのだという安堵感が湧きました。
とうとう、元々の高さになりました。――が、縮小化は何故か止 まりません。今度は草むらの草を見上げるほどになっていき、最終 的には本物の虫くらいの小ささになってしまいました。
「どう……して?」
呆然として立っていると、頭上を巨大な影が覆います。振り返っ た途端、私の体は白く大きな手に鷲掴みにされました。
視界にいっぱいに映ったのは、先程まであんなに小さかったアス ター君の顔でした。
「アスター君、これはどういうことなのですか?」
恐る恐る問いかけると、彼はくすくす笑いました。
「どういうことって、言ったじゃないか。“小さくなろう”って」
その声は冷たく、しかし何処か愉しそうでした。
「あぁ、小さくて可愛いよ、リム」
アスター君はうっとりとしながら、私の体をゆっくり、優しく指 先で撫で上げます。木の幹のように太い指は、寧ろ私の恐怖を煽り ました。
「食べたくなっちゃうよ」
不意の言葉に鳥肌が立ちました。冗談のつもりなのでしょうか。 先程から、アスター君の様子がおかしいです。
「あの、“私の罪を消す方法”というのは?」
そう訊ねると、私を撫でる指が止まりました。代わりに物凄い力 で体が締め付けられたのです。
「いた……」
「それはねぇ」
痛みと苦しみの中、アスター君の口が三日月のように吊り上がる のを見ました。
「僕が君を食べるんだ。つまり君の存在ごと、君の罪を消すのさ」
全身に悪寒が走りました。すぐに逃げだそうと暴れるも、更に締 め付けが強まり、無駄でした。逃げることは不可能でした。
「お願いです、やめてください!」
「さっき、どれだけのポケモンが君にそう言っただろうね」
アスター君は嘲笑します。まるで、私がバンギラスに浴びせた言 葉でした。
「実は、僕はポケモンが丸呑みにされるのを見るのが大好きなんだ 。君に近づいたのも、君に捕食ショーを演じてもらう為さ」
ということは、昨晩私と楽しそうに喋ってくれたのも、親身にな って相談を聞いてくれたのも、全て演技だったのでしょうか。そう 思うと、涙が零れて仕方がありませんでした。
「そしたら、君が予想以上に食べてくれるんだもん。楽しませても らったよ。それで、僕も君を食べたくなっちゃったんだ」
アスター君の声の調子が低くなりました。私を食べるのが待ちき れないのかもしれません。
ふと見上げると、アスター君の瞳は細まっていて、獲物の私のこ とを一点に凝視していました。その目つきは、あのバンギラスがル ルを食べた直前のものと、あまりによく似ていました。
私も、あのような目をしていたのでしょうか――。
「もう喋ることは何もないよね。僕ももうお腹ペコペコなんだ」
やおら体が持ち上げられます。その動きは、彼の口許で止まりま した。
「それじゃ、いただきまぁす」
直後、私の体は妙な浮遊感に見舞われました。口内の熱い息の歓 迎を受け、テカテカに濡れた舌の上に落ちます。そして、何処から ともなく大量の涎が雪崩れ込んで、私の全身はぬるぬるに濡れまし た。
「い……や……怖い……」
のたうち回る巨大な舌に翻弄されながら、私は恐怖に苛まれてい ました。閉ざされた口内は、夜の闇よりも暗い場所でした。
私は数知れない無実のポケモンに対して、これと同じことを行っ たのです。私の罪の深さを、身を以て実感しました。
きっとこれは罰なのです。受けるべき罰を、今私は受けているの です。そう考えると、生きることへの執着も不思議と消えていきま した。
私を転がす舌がぴたりと止まりました。そして、私を喉へと押し 込んだのでした。
喉の中は口内よりも暗い場所でした。加えて、喉の肉の圧迫感で 呼吸が上手くできません。私は奈落の底へと運ばれているのです。
しかし、恐怖よりも安堵感が勝っていました。漸くこの罪悪感か ら解放されるのです。
突然喉の肉の圧迫がなくなりました。何も見えない中、体が落ち ていくのだけは感じられます。これで、終わりです。
「ルル、ごめんなさい」
私は最期にそう呟いたのでした。
――バシャン
*
「あー、美味しかった」
一匹残ったアスターは、周辺の異様な静けさに不似合いな明るい 声を上げた。
「次はどいつを嵌めようかな」
不敵な笑みを浮かべると、お腹を摩りながら、彼はスッとその姿 を消したのだった。
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Re: 復讐 ( No.13 ) |
- 日時: 2010/04/30 21:18
- 名前: ROM-Liza
- お久しぶりです。――更新の度に言ってますね、コレw
今更ですが、高3になりましたー。てなわけで今年度は受験生になるんですが 、ゆっくり投稿していきたいと思ってます。はい。
レス返しーレス返しー。 返事が遅れてスミマセン><
>ケイル さん 予想を裏切ることができたようで、ある意味光栄ですw
その後は、リムの暴走→アスターの言葉攻め&(゚∀゚)ウマーって感 じになりました。
展開の強引さはともかく、何とか完結したのでひとまず安心です。
>>>10の方 おぉー同士よー(← イイですよねこういうの。
以前は「捕食キャラと言ったら怪獣かドラゴンだろjk」な奴で したが、いつしか自分の中で何かが弾けたようですw
勿論、リザに喰われるのもハァハァものですねー。
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Re: 復讐 ( No.14 ) |
- 日時: 2010/05/01 14:59
- 名前: 名無しのゴンベエ
- 連載完結乙でしたー!
単純な強者と弱者の捕食劇で終わらない、ころころと変わる状況や心理がすごく面白かったです(´∀`) そしてまさかのアスター君の腹黒さ…
楽しませていただきました、GJです!
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Re: 復讐 ( No.15 ) |
- 日時: 2010/05/01 23:45
- 名前: ケイル
- おおお、すごい内容でしたねっ
主人公が、半分自分のやってることを理解しつつも 欲望の前に理性が薄れていき、最後に一気罪悪感に襲われる一連のシーンでは、 まるで読んでる私自身の罪を犯しているように感じられて、 非常に恐怖やストレスを感じる部分で、読んでて楽しかったですw うーん、こういう恐怖を描けるっていうのはすごいなぁ
それとアスターくんに関してはちょっと予想しておりましたw たぶん捕食を見るのが好きで、復讐心を煽ったりしてるんだろうなぁと。 主人公巨大化は考えてませんでしたがw
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Re: 復讐 ( No.16 ) |
- 日時: 2010/05/09 20:54
- 名前: ROM-Liza(レス返しver
- >>>14の名無し さん
ありがとうございますー( ´∀`) 状況変化の多さは、欲張って色々詰め込んだ結果ですねw 本当に俺得ものです。 ジラーチは、昔から腹黒そうに見えて仕方ありません(´ω`)
>ケイル さん 更新毎のコメントありがとうございましたー。励みになりました (`・ω・´)
穏和なキャラが理性を失って凶行に走るって言う設定は、何だか そそられます。もうちょっとハードボイルド(?)に書けたらなぁ。
アスターについては、もう少し感づかれないように書ければ良か ったですね。流石に、巨大化まで予想されちゃたまりませんがw
それにしても腹黒ジラーチ好きです(´ω`)
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