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Re: わにドラ! 第2話 ( No.2 )
日時: 2009/12/24 17:40
名前: ROM-Liza 

* * *

 両親は普通のリザードンだった。一緒に生まれた兄妹たちも、普通の大きさのヒトカゲだった。ただ、何かおかしなことが、あたしの卵には起こっていたみたいだ。

 あたしが産まれた時、両親は驚いたらしい。それでも、他の兄妹と同じように育てられた。食事やら何やら、あまり手が掛からなかっただろうし。

 でも、そんな長所より、短所の方が断然多かった。気をつけないと、すぐに踏み潰されそうになるし、体が小さい分、他のポケモンに食べられる虞も多かった。

 兄妹喧嘩もあっと言う間に決着をつけられ、いつも悔しい思いをしていた。

 そして、そんな頼りないあたしだから、両親に守られてばかりいた。守られてばかりいたから、成長も遅くなる。兄妹がリザードに進化しても、あたしはいつまで経ってもヒトカゲだった。

 惨めだった。それでも「死にたい」なんて思ったことはなかった。体は小さくても、負けん気は人一倍強い。いつか立派な姿になって、皆を見返してやりたい。そう思っていたのに――。

 ある朝目覚めると、全く知らない場所にあたしは居た。周りには両親も兄妹も、誰もいない。

 一日中歩き回って、飛び回って、それでも見覚えのある場所は見つけられない。

 三日間探し続けて、幼いあたしはやっと「捨てられたんだ」と解った。

 あたしに愛想が尽きたからなのか、あたしの将来を哀れんでなのか。今も分からない。

 とりあえず、あたしを殺そうとしたのは確かだ。で、何処かに放っておけば、その内死ぬだろうと考えたんだろう。

 だったら、その場で踏み潰すなり、喰ってしまうなり出来たはずなのに。親心がそうさせなかったのかもしれないいけど、そんな中途半端な優しさなんて、正直要らなかった。

 両親の予想を裏切って、今もあたしは生きている。勿論、楽なことではなかった。今までより危険が倍増えたから、移動するにも、物陰を選んでいつもコソコソとしていた。

 それでも命の危険には何度も遭った。今生きていることは奇跡だと思う。

 食べ物の在処だって、最初は皆目見当がつかなかった。

 空を飛べないから、リザードンに進化するまでは、地上に落ちた木の実しか採れなかった。自分じゃ狩りはできないから、他のポケモンのお食事中に、こっそり勝手に頂いていた。これもまた、命懸けだった。見つかったらもう終わりだ。

 こんな毎日を送っていたから、皮肉にも、前よりも逞しくはなった。お陰で、リザードンにまで進化することが出来たし。

 ただ、思ったほど日々が変わることはなかった。食糧採集が大変なのも、常に命の危険に晒されているのも、前と同じだった。

 そして、あのガキ共に存在を知られ、悪戯されるようになる。住む場所を変えればいいのかもしれないけど、こんな身だから、漸く慣れてきた場所をそう簡単に去る気にはなれない。

 今はただひたすら、我慢の日々だ。

* * *

 ガサガサッ
 突然、何処かで雑草が揺れる音がした。風とかの所為じゃなくて、誰かが草むらに足を踏み入れたようだ。その後も、繁った雑草の中を突き進む音が続いた。
 あちこち往き来しながら、段々あたしの基へと近づいてくる。

 体を強張らせながら、あたしはただただ音を聴いていた。肉食のポケモンだったら――という不安で心の中が穏やかじゃない。

 そして、音の主の影が草むらから躍り出た。

「……」

 生唾を呑んだ。月明かりに照らされた姿は、狼の形をしていた。グラエナだ。
 夜の闇に溶ける黒と、月明かりに煌めく銀灰色の毛を、冷えた微風に靡かせながら歩き始めた。その方向が、運悪く、あたしの居る方向だった。

 更に。炎の灯った自分の尻尾の存在を、今の今まで忘れていた。

「ヤバ……!」

 思わず口をついて出た声に、胸が縮んだ。奴に聞こえてはいないだろうか。見つかったら、絶対に喰われるぞ。

 横目にチラッと見てみると、グラエナは別の方向を向いていた。あたしのことには気づいていないみたいだ。
 考えてみたら、足下の石に小さなリザードンが縛り付けられてるだなんて、誰が考えるだろう。夜の暗さだって、余計に都合がいい。

 グラエナが歩き出した。その行き先を目で追おうとしたけど、石に邪魔をされる。首を伸ばしてみても、縛られているから見えやしない。

 でも、足音は段々と小さくなって、やがて聞こえなくなった。

「……行った、のか?」

 あたしの声が響いてしまう(気がする)ほどに、辺りはしんと静まり返っている。
 大丈夫みたいだ。深く溜息をついて、上を向く。

「――っ!!」 

 息が止まった。目線の先いっぱいに、あたしを見下ろすグラエナの顔があった。赤い瞳が、薄い闇の中でギラギラ光っている。

 鋭く尖った牙。それらが綺麗に整った歯並び。その隙間からタラーッと、見るからに粘っこい透明な汁が、細く伸びながら落ちる。
 それを見て、血の気が引くのを感じずには居られなかった。

 グラエナは次に、あたしの正面に回り込む――そして、あたしの頭よりも一回り大きな赤い鼻を、体に付くか付かないかの所まで近付けて、あたしの匂いを嗅ぎ始めた。ざらついた表面が、しばしば体を擦る。

 けど、擽ったいなんて呑気なことは思っていられない。この後には、あたしの体がこいつの腹の中に入ってても、可笑しくはないんだから。

 一頻り匂いを嗅ぐと、グラエナは顔を上げる。

「姿は見えねぇのに匂いがすると思ったら、お前か」

 そう独りごちると、更に続ける。


「小せぇ体だな。初めて見たときゃ、ちっとばかし驚いたよ。何だって、こんなとこに縛られてんだ?」

「……何で見ず知らずのテメーに、そんなこと言わなきゃなんねぇんだよ」


 ぶっきらぼうに言い放った。正直今、全身が震えている。怖い。だから、虚勢を張る。そうでもしないと、恐怖に打ち拉がれそうだ。

「ハハッ! 威勢がいいな」


 上を向いて笑うと、グラエナはあたしの方に顔を戻す。

「――本当、喰っちまいたいぐれぇだ」

 周りの寒さ以上に、その言葉があたしを冷たく突き刺した。

 ひん剥かれた大きな目の中には、目の前の獲物に狙いを定めた小さな瞳が浮かんでいる。ちょっと目線を落とせば、開かれた口から、涎でてらてらと光る舌がだらしなく垂れ下がっている。

 ヤバい。こいつ本気だ。

「馬鹿かお前? 少しは考えろよ。腹減ってんだろ? こんなちっちぇ痩せた奴を喰っても腹の足しにもなんねぇだろうが」

「ハハ、必死だな」


 グラエナがにやつく。

 まさしく図星なことを言われて、そこで言葉に詰まってしまった。


「“腹が減ってる”っつってもな、小腹が空いた程度だ。それで、何か居ないか探し回ってたんだがよ、そしたら、丁度いい大きさの奴が居るじゃねぇか」


 隠していた震えが大きくなって、自分ではどうしようもなくなってきた。

 グラエナはその様子を楽しそうに上から見下ろすと、話を続ける。


「それにだ。お前みたいな奴を散々泣き喚かせた挙げ句、呑み込んでやるのも、なかなか乙だと思わねぇか?」

「んなわけ……」 


 そう言い掛けて、思わず声が止まった。いつの間にか、グラエナの顔が真正面にきていた。

「ククク、当てが外れて残念だったなぁ」


 不敵な笑みに吊り上がった口元と、生温かい息。それと、幽かに血の臭い。

 多分、今までにこいつの犠牲になった奴らの――そう思うと、寒気と吐き気がした。


「そうやって縛られてちゃ、不憫だな。俺が自由にしてやるよ」


 そう言って、グラエナは徐に大きく口を開く。視界いっぱいに、鋭い牙とピンク色の口内が映る。そして、その奥の闇までもが露わになった。


「やめ……」


ガッ


 すぐ隣で音がした。石に牙が当たったらしい。一瞬のことだった。