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Re: わにドラ! ( No.17 )
日時: 2010/06/06 16:53
名前: ROM-Liza


 近くでさらさらと水の流れるような音がする。目を覚ましたあたしは、体を包み込む温かさを感じた。

 見回すと、あたしの周りには草や葉っぱが敷き詰められていて、ちょっとした寝床になっている。

 此処は何処だろう。あたしは何でこんなところに居るんだろう。ぼんやりした頭で上を見やると、例の怪物があたしのことを覗き込むようにして見ていた。

「うわぁっ」

 そして記憶が蘇る。あたしはこの怪物に無理矢理連れてこられたんだ。
 その時は思い切り抵抗してたんだけど、あまりの恐怖と興奮で、いつの間にか気を失っていたらしい。

 多分、ここは怪物の住処だ。

 怪物がこっちに手を伸ばしてきた。反応が遅れてしまい、奴の大きな手があたしの頭上に被さる。びくりと体を震わせると、予想通り私の体は掴み上げられた。一気に怪物の口元が正面に来る。

 息を呑む。流石にここまで近くに居ると、この怪物の大きさを改めて感じざるを得ない。

 口の外にはみ出した鋭い牙は、太さはあたしの胴回りと、長さはあたしの体長とそれほど変わらない。グラエナのなんて比にならなかった。

 グパアァッ

 獲物の小ささにしては、怪物はやや大袈裟に口を開いた。

 尻尾の炎が明かりになって、口内の様子をよく見渡すことが出来た。本当に、今日ほど自分の尻尾の炎を恨んだ日はない。

 鋭い牙が奥の方まで、粗く並んでいる。その殆どは、さっき見た牙より幾らか小さいけど、噛み砕かれたら痛いのには変わりない。

 その牙たちに囲まれて、肉厚な舌がでんと待ちかまえている。こいつの大口を以てしても、この舌を持て余している感じだ。

 あたしはここに放られるのか。

 絶望的な状況なのに、あたしは喚き叫ぶことも出来なかった。別に死にたい訳じゃない。ここに連れてこられる時に散々暴れた反動なのかもしれない。

 付け加えるなら、ここに放られたあたしの成れの果てを想像したら、声も出せなくなったというのもある。


 ――ペチャ


 怪物はあたしのことを放り込まず、舌の上に丁寧に乗せた。顔から押し付けられるようにしての着地もとい着舌だった。

 羽ばたいて逃げる隙もなく、あたしは舌で口の奥に押し込まれた。


 ギュウウゥッ


 途轍もない舌の力で、頬の内壁に体が押しつけられる。グラエナのとは違って厚ぼったい。胸の中の空気がたっぷり押し出されて、呼吸もままならない。

 すると突然、圧迫が止まる。怪物の舌があたしの体を転がすと、今度は反対の頬へと押しつけられる。殆ど胸に空気は残っていなくて、頭がぼうっとしてきた。このままじゃ窒息する。

 そして、そのまま意識を手放す――かというところで、体が放り出された。何が起こったのかと思えば、ペッと吐き出されていた。怪物のごつごつした手に受け止められる。

 とにかく大きく喘ぐと、どっと空気が入ってきた。外気に触れると、体は急に涼しくなって、同時に体に纏わりつく涎が嫌な臭いを放つ。お陰で目が覚めた。


「どうだった?」


 上から声がする。その声の主が怪物だということに気づくまで、少しかかった。野蛮な声をしているのかとばかり思っていたけど、まるで反対だった。声だけ聞けば惚れてしまいそうだ。

 だけどそいつは紛れもなく、さっきまであたしを舐め回していた奴だ。

「――いきなり何してくれんだ! 誰なんだよてめぇ!!」


 怪物の問い掛けは無視して、思い切り威嚇する。もう少し遅ければ、本当に死ぬとこだった。


「俺? 俺はオーダイルのオルガ。ちなみに君は?」

「は?」

「俺が名乗ったんだから、君もだろ? 気になるじゃないか」

「はあ。……リザードンの、リン」

「そうか。よろしく、リン」


 何がよろしくなんだ。何だか調子が狂う。


「それより、俺の口の中は苦しかった?」

「……」


 にやにやとあたしを見てくる。こいつはあたしの命の瀬戸際を愉しんでいた。……最低だ。


「何とか言ったらどう?」


 無言のあたしをつまらなく思ったのか、オルガはそう言った。別に苛立っている様子はない。


「いきなり舐め回したのを怒ってるの? だったらゴメン。――でもさ、あの犬に食べられそうになっているのを助けてやったんだ。怪我の手当てもしてあげたしね。これくらいのお礼はしてもらわなきゃ」


 言われて腕を見ると、葉っぱを裂いたやつが巻き付けられていた。どうやら薬草らしい。器用なことに、蔓で縛ってある。あのデカい手でよくできたもんだ。


「誰も助けろだなんて言ってねぇよ!」


 あたしは精一杯の反発をした。もうヤケクソだった。

 あたしの懸命の様子を見て、オルガは笑う。


「素直じゃないなぁ。まぁ、そういうところも可愛いけどね。……そうだ」


 何か思いついたらしく、オルガは悪戯っぽく顔を歪ませる。


「君には究極の選択をしてもらうよ」


 究極の選択。嫌な予感しかしない。


「俺に“飼われる”か“喰われる”か。――喰うとなったら容赦はしないから、よーく考えてね」


 愕然とした。ふざけるな。こんなの二者択一なんかじゃないだろう。殆ど脅しだ。

 ただ、そんなに易々と飼われるわけにはいかない。あたしにだってプライドはある。あたしの一生を、こんな怪物に縛られるのは御免だ。そんなくらいだったら……。



「死んでやるよ」


 あたしは呟く。


「ん?」

「てめぇに飼われるくらいなら、死んだ方がマシだっつってんだよ! ひと思いに噛み殺せよ!!」


 売り言葉に買い言葉だ。
 確かにさっきは「生きたい」と言ったけど、こいつの遊び道具として飼われるくらいなら、潔く死んでやる。


「……言ったね?」



 不意にオルガの声の色が変わる。あたしを握る大きな手にも、力が入れられる。見上げると、その瞳の冷たさに身震いがした。だけど、後戻りは出来ない。ここで死んでやるんだ。

 でも待てよ。一発で胸を噛み抜いてくれればいいけど、急所を外されたら地獄だ。手を噛み潰され、足を噛み潰され、胴、顔――。そうなったら、考えられないほどの痛みに襲われる羽目になる。

 しかも、生きたまま呑み込まれたら、体が溶かされる痛みもそれに加わる。

 そう思うと、途端に怖くなってきた。今まで怖くなかったわけじゃないけど、それを抑える何かが外れてしまったみたいだ。

 ハッとすると、斜め上にオルガの前歯があった。オルガはあたしの心を打ち砕きたいようで、ゆっくりとあたしの体は口内に近づいていた。

 我慢だ。すぐに終わる。もう二度とこんな仕打ちを受けなくていいんだから。

 自分にそう言い聞かせると、オルガの口内が目に入った。岩のような牙、てかてかと光りながらあたしを待ち構える厚い舌、生温かく何処か血生臭い息。

 こんな所にさっきまで居たんだと、そしてこれからまた入っていくんだと思うと、凄く恐ろしかった。





――怖い。






怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い……


 どうしよう、怖くてどうしようもない。とにかく、何も見ないように目を瞑った。

 すると、体が止まった。目を開けてみると、オルガの舌の上で、宙ぶらりんにされていた。すぐに後ろへと引っ張られて、また外に出る。


「気が変わったかもしれないから、あと一回だけ聞いておくよ」


 あたしの顔を見ながら、勝ち誇った顔で言う。


「俺に飼われてみない?」

「……」 


 胸がバクバクと鳴っているのに気が付いた。そして今、助かったという気持ちでいっぱいだった。所詮あたしには死ぬ勇気なんて無い。やっぱり生きていたいんだ。


「……はい」


 消え入りそうな声で、そう頷いた。あたしの顔は涙で酷く濡れていた。


「そうか。賢い選択だよ」


 オルガはあたしの頭を指先で撫でた。


(くそぉ……)


 悔しくて、奥歯の辺りがむずむずとした。


「さてと」


 オルガが立ち上がる。手にあたしを持ったままだ。


「ご飯にしようか」


 瞬間、全身が凍りつく。


「……あぁ、違う違う。昼間の内に魚を捕っておいたんだよ」


 それを聞いて溜息が漏れる。こいつ、からかうために態と言ったんじゃないか?

 住処の奥へ入っていって、寝かせてあった魚を徐に持ち上げた。大きな魚だ。大きく開いた口は、あたしの全身が入ってしまう。

 全長となると、あたしが何匹並べば届くだろう。そんな魚を、オルガは左手だけで持っている。

 オルガは元の場所に戻って胡座をかくと、あたしを地面に下ろし、いきなり魚にかぶりついた。そこにあった肉は根こそぎ消えた。くちゃくちゃと、オルガの口の中で噛み砕かれている。

 一つ間違えれば、あたしがあの中に居たわけだ。鳥肌が立つ。

 それにしても腹が減った。オルガの豪快な食いっぷりに釣られて、今まで影を潜めていた空腹感が復活した。


(美味そうだなぁ……)


 ぼーっと魚を見つめる。魚なんて親に捨てられてから一度も食ってない。水は苦手だし、この体じゃ寧ろ魚に食われるのがオチだ。魚なんて、ご馳走だ。

 あたしの様子に気づいたオルガは、食べるのを一旦止めた。


「ほら、“餌”の時間だ」


 そう言って、オルガは舌を出す。そこからべちゃりと何かが地面に落ちた。

 涎塗れの肉片だった。しっかり噛み解されてある。これを食べろと言うのか。


「どうした? 食べないの?」


 こんなの食べたくない。こんなベトベトのものを口に入れるなんて有り得ない。

 だけど、気持ちに反してお腹が鳴る。そう言えば今朝から何も食べてない。もう限界だった。

 仕方がない。

 あたしはその肉片を口に入れた。

 すかさず臭いが立ち上ってくる。噛む度にベチャベチャニチャニチャ気持ち悪い。その中から必死に魚の味を探した。段々と美味しさが、僅かだけどこみ上げてくる。

 オルガは満足そうに微笑んでいた。あたしの無様な姿を見て。

 屈辱的だ。悔しい。

 でも、刃向かうわけにはいかない。そんなことしたら、食べ物が貰えないどころか、あたし自身が食べられる。


「おかわりは要る?」


 あたしは頷く。まだお腹は満たされない。同じように肉片が目の前に落とされる。それをまた頬張った。

 こんな所、早く抜けてやる。ただ、今は我慢するしかない。


 あたしはそう胸に誓って、口の中のものを呑み込んだ。





To be continued...