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Re: わにドラ! ( No.12 )
日時: 2010/05/09 20:19
名前: ROM-Liza


「――あ?」


 グラエナの動きがピタリと止まった。あたしの頭上はグラエナの
上顎に覆われている。奴の舌があたしを絡め取ろうとする、まさに
その瞬間だった。

 何が何だか分からないけど、すんでのところで命拾いをしたみた
いだ。気が付くとあたしは、溺れかけたように大きく喘いでいた。

 グラエナが顔を上げると、視界が少し明るくなった。色々な方向
に対して、鼻をヒクヒクと動かしている。


「何だぁ?」


 訝しげに呟くと、後ろを振り返った。

 その際にも、しっかりあたしのことを押さえつけている。

 何をしてるんだこいつは。そう思ったけど、あたしも異変に気付
くことになった。


――ズン


 地面から腹に、幽かな震動が伝わってきた。それも一回だけじゃ
なくて、何回も。回を重ねる毎に、大きくなってくる。何かが近付
いているようだった。

 グラエナは体を完全に後ろに向けると、何も見えない闇に向かっ
て、低い声で唸り始めた。

 すると暫くして、暗闇に何かの姿が浮かんだ。こっちに近付くに
つれて、その姿がはっきりしてきた。


「な……!?」


 グラエナが驚いた。あたしもだけど。

 とにかく体がデカい。あまり背の高い木じゃなければ、天辺に手
が届いてしまうそうだ。グラエナが後ろ足だけで立ち上がったとし
ても、その二倍はある。

 その水色の体躯は筋肉で盛り上がっている。広く厚い胸板。木の
幹のような両腕。見るからに重量感のある上半身を支える、どっし
りと太い両脚。――ただ見るだけで圧倒されてしまう。

 怪物みたいなそいつは、グラエナの威嚇に全く怯むことなく、と
うとうあたしたちの前で立ち止まった。

 黄色い瞳の、蛇のような目。その目を眇めて、あたしたちのこと
を見下ろしている。

 対抗するためか、グラエナは激しく吠えだした。


「おい」


 あたしは押さえられたまま、グラエナに声をかける。


「あぁ? 何だ」

「逃げねぇのかよ。こんな怪物に勝てるわけねぇだろ」

「何? 俺の心配してくれてんの?」

「違ぇよ!」


 あんな怪物に捕まった時には、あたしは原型を留めていないかも
しれない。

 どちらにしても喰われるんだけど、ぐちゃぐちゃに噛み砕かれる
のは勘弁だ。


「――生憎、敵を前にして逃げるのが嫌いな性分でなぁ」


 溜め息を吐いて、あたしの耳元で囁く。


「お前のことは後で喰ってやる。心配すんな」


 上の方で乾いた笑い声がする。そして、背中から押さえられる感覚が消えて、入れ替わりに――

 ぶにゅり


 グラエナの舌が全身に被さった。


「ちょっ、いきなり何だよ!」


 聞こえているのかいないのか、グラエナが舌を退ける気はなさそ
うだ。


 ぬ……ちゃ、く……ちゃぁ、ぴちゃ


 さっきまでとは違って、ゆっくりと、名残惜しむように舐め上げ
てくる。何度も。何度も。舌と吹きかかる息の熱さで、頭がクラク
ラしてきた。

 やがて、体がスッと涼しくなった。頭上の影がのっそりと動いて
、巨大な足が顔のすぐ横を通り過ぎる。

 あたしに背にしたまま、グラエナは言った。


「そこに居ろよ。逃げようもんなら、速攻噛み砕くからなぁ?」

「……」


 噛み砕かれちゃたまんないな。あたしはフラつきながら、その場
に胡座をかいた。

 地面に片手をついて、呼吸を整える――と、その腕からポタポタ
と涎が垂れる。時間が経つほど、その臭いは空気に触れて強まって
いた。鼻をツンと突いてくるこの悪臭が、あたしから発せられてる
っていうのが、何とも嫌だった。

 このまま逃げなかったら、余計に舐め回されて丸呑みされるか、
はたまた噛み砕かれるかだ。

 かと言って、下手に逃げて見つかったら、絶対に噛み砕かれるこ
とになる。

 要は上手く逃げられればいいんだけど、そう簡単にいってくれそ
うもない。飛んで逃げようにも草むらに紛れ込もうにも、音を立て
ずにというのは難しい。それに、あたしの尻尾の炎は、この暗闇の
中じゃ良い目印だ。

 折角奴から離れられたのに逃げられない。この状況はどうしよう
もなかった。

 けたたましくグラエナが吠えだした。その、周りの空気がビリビ
リと震えているように感じる。多分、宣戦布告の合図だ。

 叫び声と共に、グラエナは地面を蹴って、怪物の顔をめがけて跳
ぶ。あたしより断然重いであろう体が、ふわりと浮く。

 そしてあたしは、図太い木を振り回すような音を聞いた。

 次の瞬間にはグラエナの体が弾き飛ばされる。ポーンといとも簡
単に打ち上げられていた。グラエナは空中で体勢を立て直すと、静
かに着地する。

 そうしてグラエナはすぐに怪物に向かって走っていった。





 実力の差は明らかだった。グラエナは何度も駆けていっては、素
っ気なく弾き返されている。遠くから攻撃しない辺り、こいつは接
近戦用の技しか知らないのかもしれない。

 だからって、奴もただがむしゃらに突っ込んでいるわけじゃない。

 素速さには目を見張るものがある。相手の、それこそ一歩手前で
急な方向転換をして、揺さぶりもかけている。あたしだったらとっ
くに飛びかかられてるだろうな。

 だけど遥かそれ以上に、怪物の敏感さが凄かった。仁王立ちした
まま、グラエナの攻撃を少ない動きで防いでいた。デカい図体のく
せして、滑らかで繊細な戦い方だ。

 そんな調子で長らく続いてたわけなんだけど、当然、動きの多い
グラエナは疲れ始めていた。着地の度に荒い呼吸が聞こえてくるし
、心なしかフラついている。それでも走り出すときには、自分を奮
い立たせるように、思い切り頭を横に振っていた。

 そんな頑張りも虚しく、怪物の方は涼しげだった。乱れた呼吸の
音なんて全く聞こえない。

 それにしても、この怪物の強さならグラエナを捻じ伏せるのはた
わいないことなんじゃないのか。何でさっさと攻撃しないんだろう。


 そんなことを考えていると、グラエナがまた飛びかかる。だけど
今回は、何だか中途半端な高さだった。疲れで踏み切りが甘くなっ
たのかもしれない。自分でも「しでかした」という表情をしながら
、何とか体のバランスを保とうとする。

 そこをすかさず、怪物の拳が襲った。さっきまでのゆったりとし
た動きからは想像しにくいほど、一瞬の、無駄のない攻撃。体を素
早く屈めて、下から抉るように、腹の中心を的確に捕らえていた。


「ガハッ」


 体をしならせながら、グラエナの体は空中を舞った。今度は着地
の体勢に入らない。今の攻撃が決定的だったみたいだ。

 その様子を眺めていると、あることに気付いた。


「あれ? あいつ……」


 あたしの方に落ちてきてないか?

 ヤバいと直感したときには、あたしの全身を影が覆っていた。


「ちょっと待っ」


 ズウウゥゥン!!


 予想通り、ナイスポイントに落ちて来やがった。


「痛っ、てぇ……」


 幸い潰されるのは何とか避けた。だけど、あたしの体はグラエナ
の前足の下敷きになっていた。起き上がろうにも、てんで体はびく
ともしなかった。見ると、グラエナは伸びている。意識がない分、
架かってくる重さも相当増えているハズだ。

 それでも何とか抜け出そうと悪戦苦闘していると、ズンと重々し
い足音が響いた。あたしの動きが瞬間的に止まる。多分あの怪物の
だよな、コレ。

 今の場所からは怪物の様子は見えないけど、足音は確かに近付い
ていた。


(嫌だ! 来るな!)


 私は目を堅く瞑って息を押し殺した。

 足音が止まる。様子は分からないけど、去っていく音がしないか
ら、多分すぐ近くにいる。

 尻尾は自由が利くから、地面にペタリとくっつけてるけど、この
暗闇じゃ先っちょにある炎で居場所がバレる。

 頼むから早くどっかに行ってくれ――。

 その時、体がスッと軽くなった。それと一緒に体が持ち上げられ
る。


「わっ……!?」


 あっという間に視界が切り変わる。あの怪物があたしのことを見
下ろしていた。暗闇で光る黄色い瞳に、ギロリと睨みつけられてい
た。


「……」


 無言でただ見つめる。ただそれだけで、充分にあたしは殺されて
しまいそうだ。そのうち逞しい大顎を目一杯に開いて、ギラギラ並
んだ牙や、粘っこい涎が延びた舌を見せてくれるかもしれない。そ
うなったらあたしの体は――。

 自分の顔が青醒めていくのが分かった。


「……なあ、離してくれよ」


 黙ったままの怪物に、震える声で頼む。

 すると、怪物は後ろに向き返って元来た方へと引き返し始めた。
その手にはあたしを持ったままだ。


「ふざけんな! 離せ! 離せよぉ!!」


 無茶苦茶に暴れる。尤も胴体から足にかけては、怪物の手にすっ
ぽり収まっているので、盛んに動いてるのは頭くらいだ。

 大蛇のような極太の指は、締め付けこそしないけど、こんな簡単
にあたしの自由を奪う。改めて自分の無力さを思い知る。

 目に涙が滲んできた。


「離してよぉぉぉぉ!!」


 あたしは精一杯泣き叫ぶ。小さな体から振り絞るように、泣き叫
ぶ。その声は誰に届いただろう。届いたとして、誰が助けに来ただ
ろう。

 伸びてるグラエナを残して、怪物はのしのしと静かに去っていっ
た。