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【保】狂愛シンドローム

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 闇夜の森の中を、一匹のマッスグマが駆けていた。毛並みの荒れた満身創痍の体に鞭打ち、必死の形相で、その名の通り“真っ直ぐ”に進んでいる。

 それにやや遅れて、大きな怪物が続く。体長は、両脇に並ぶ木を3本横倒しにしたくらいである。

 腹部には赤と黒の不気味なボーダーラインが連なり、体の横には先端に赤い棘の付いた黒い脚のような物が沢山生えている。

 上下にうねりながら飛ぶ姿は、まるで低空を這う巨大なムカデのようである。
端から見ていれば優雅な飛行にも見えるが、実際には、前を行くマッスグマに追いつかんばかりの高速度で進んでいる。

 マッスグマは走りながら、後ろを覗いた。もうすぐそこに怪物は近付いている。真っ赤な目をギラギラ光らせて、獲物である自分を一点に見据えている。

 このままでは捕まってしまう――。

 その焦りから、足下への注意が疎かになっていた彼は、石に蹴躓いて前に倒れ込んだ。急いで立ち上がろうとするその背後を、巨大な影が覆う。

 グシャッ

「ぎゃっ!!」


 背中を踏みつけられたマッスグマは、悲鳴を上げた。途轍もない重量がのし掛かっている。

 うつ伏せたまま顔を右に向けて、目の端で後ろを見る。周りの木の幹のように太い足が、がっしりと彼を押さえつけていた。

 そして、視線をもう少し上の方に移した彼は、我が目を疑った。

 怪物の姿が変わっている。

 体の両脇に生えていた黒いムカデ脚は姿を消し、代わりに不気味な黒い翼を背中いっぱいに広げている。

 長く伸びた首の先には――先ほどと何ら変わらない赤い目が、ギロリとみつけていた。飢えに飢えて、本能的に獲物を求めるような目つき。
弱者を弄んで快楽を得ようなどという、知能的なものではない。

 ポタ……ポタ……

 頬に滴が落ちてきた。ねっとりとして生温かい。頬を滑らかに伝わないあたり、これが何であるかは予想がつく。

 滴は、だらしなく半開きになった怪物の口許から垂れていた。

 マッスグマは自分の運命を悟り、恐怖する。


「嫌だ! ……まだ……まだ、死にたくない……」


 涙がポロポロと零し、彼は命を乞うた。暫く沈黙が流れる。怪物は彼から視線を離さない。

 彼は必死に願った。この怪物に、欠片ほどでも理性が存在することを。


 メキ、メキィッ

「ひぃあぁあぁぁっ!!」


 悲鳴を通り越して奇声を上げた。彼が大好きなモモンの実を食べていて、中の種を間違って思い切り噛み潰した時のような音だった。
ただ、その音を立てたのは彼の後ろ足である。怪物がもう一つ足を乗せ、巨岩に匹敵するその体重を――全体重のほんの一部ではあるが――彼の足に掛けたのだ。

 マッスグマの両足は、共に骨が完全に砕けていた。もう使い物にならない。もう逃げられない。

 俺はこの怪物に食べられるのか――? 激しい足の痛みと絶望感に打ち拉がれて、彼は力無く涙を流した。

 獲物が抵抗しなくなったことを確認すると、怪物は体をやや前に屈める。そして口をパカッと開き、中から舌を伸ばし始めた。
舌が次から次へと出てくるので、マッスグマは呆けながらも何処まで伸びるのかとぼんやりと考えた。

 こちらに伸びてくる舌の表面は、満遍なく涎に塗れている。それが月明かりが反射してテラテラと光る。

 やがて地面に到達した舌は、マッスグマの体に巻き付き始めた。ぐるぐると、足の付け根あたりから段々遡って、最終的には口を覆った。

 体が緩く絞めつけられる。自由自在な動きといい、表面の照り具合といい、この怪物の舌は蛇にそっくりで

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