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拒む者 − 旧・小説投稿所A

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拒む者

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 終わった。全てが終わった。もう希望も何もない。そう、僕に生きている価値なんてないのさ。

 誰からも嫌われ、仲間は一匹も居ない。こんなリス、この世に存在しちゃいけないんだ。

 そうだ・・・もう、逃げてしまおう。

 この下らない世界から抜けだしてしまえばいいんだ。





 「それで?」

 普通の虎よりも一回り大きい。僕の目の前にいるのは獣神様とまで呼ばれている虎だ。

 なんでもこの辺り一帯を守っているらしいけど、僕には関係ない。こうして自分から出向かないと、僕を知ってもらうことも無かったはずだ。

 「僕を、食べて下さい」

 僕はこの命を捨ててしまおうと考えていた。だけど、水に入っても無意識の内に浮きあがろうとして無理だし、崖から飛び降りるのは失敗した時が怖い。だから、肉食獣の餌になろうと考えたんだ。

 「ずいぶんと唐突だな。一体何が狙いなのだ?」

 「僕にはもう、あなたの栄養になるくらいでしか役に立つことができないんですよ」

 みんなから認められる獣神様の体の一部になれれば、僕だって少しは救われるはずだよ。僕の最期のわがままだ。

 「たしかに我はリスの肉は好んでいるが・・・本当に良いのだな? 今の我は腹が空いておらぬから、まだ引き返せるぞ?」

 迷うなら、始めから来てはいない。僕の決意はとっくに決まっているんだ。

 「どうぞ僕の肉をお食べ下さい」

 怖くはない。むしろワクワクしてくる。こんなに強そうな虎の一部になれるんだ。

 「そうか、良いだろう。暴れるでないぞ?」

 僕は軽く目を瞑って、食べやすいように一歩前へ出た。

 上から生温かい息が当ったかと思うと、次の瞬間には獣神様の舌に巻かれていた。





 「ぐぅ・・・」

 体中に唾液を塗りたくられているようだ。

 だけどどうしたのだろうか? 中々飲み込んでくれないぞ。どうやらためらっているみたいだ。僕、何かしてしまったのか?

 「ど、どうしたのですか?」

 「うっ・・・い、いや、お主が良い味だったのでな、楽しんでおった」

 僕が良い味。生まれて初めて誉めてもらえた気がする。嬉しいよりも、不思議な気持ちだ。

 「あ、ありがとうございます!」

 僕は元気に返事をする。きっともうすぐこの元気は無くなる。一生で最後の会話がこれなら、もう思い残す事はないさ。

 舌に力が強く入ったのか僕は口の壁に叩きつけられ、胸をぐぐぐと押される。

 息を無理やり押しだされて苦しいけど、仕方ない事だね。

 そしてそのまま唾液に流されて、僕は喉を滑り落ちていった。

 そこは底なしのように暗かった。下から異臭が漂ってくる。理性では覚悟していても、本能的な恐怖を感じて一瞬後悔の色が浮かんだ。だけど、それもすぐに忘れてしまった。





 「ここは? うわっ、酷い匂いだ」

 妙に湿っぽく暑い。獣神様の体温を直に感じる。

 体では苦しいと感じるけど、心では喜んでいた。といっても、これもいつまで持つか分からないけどさ。やっぱり、溶かされるのは痛いのかな? 少し、怖い。できれば一瞬で終わればいいけど、そうもいかないだろうな。

 その間にも少しずつ地面は水がしみ出してくる。触れた感覚では普通の水と何ら変わりは無い。だけど、これが僕の命を奪うんだ。

 僕は迫りくる激痛に備えて、きつく目を閉じた。



 すぐに異変は訪れた。お腹が焦がされるような妙な感覚に襲われる。暗くてうっすらとしか見えないけれど、毛並みの形が崩れていっているのだけは分かった。

 そんな事を頭を真っ白にしながら考えていたけど、次の瞬間それは破られた。



 「え・・・え・・・う、うわあああ! 痛い、痛いよおおお!」



 覚悟していたとはいえ、尋常じゃない痛さだ。僕は我慢できずに泣き叫ぶ。

 全身を怪我したのと同じ、考えてみれば当然の事。だけど、死というものをまざまざと感じさせられた。

 僕はなんて馬鹿だったのだろうか? 生きている事の痛みだなんて、この痛みと比べれば全然大した事ないのにさ。

 だけど、もう手遅れなんだ。僕は全てを諦め・・・そこまで考えた事も、痛みにかき消されてしまう。

 消化、僕の存在は消えるのさ。





 ぽつり ぽつり





 静かに脳裏に浮かんでは消えていく光景。

 これが、走馬灯って奴なのかい? そろそろ、僕の命も終わりかな? もう、終わっちゃうの? ついさっきまで外で這いつくばっていたのに、実感が湧かないや。どうしてだろう、明日も明後日も当たり前に来るものだと思っていたのに。

 僕の獣生に、良い事なんて無かった。そうだったはずなのに、記憶の中の僕はいつも笑っていた。思い出せなかった? それとも、思い出そうともしなかったのかも知れない。

 そうだ、まだ間に合ったはずだったんだ。それを僕は自分からチャンスを潰して・・・馬鹿馬鹿! 僕は大馬鹿者だ!



 「痛っ!!」

 新たな痛みで僕は我に返った。僕はなんて都合がいい奴なんだろう? 自分から死を望んでいながら、今更後悔を始めるだなんて。

 だけど、我儘な僕はひたすらに暴れた。

 胃壁に噛みつき、爪で引っ掻いた。それでも、どうにも手応えがない。獣神様にとって、僕はとてもちっぽけな存在なんだ。

 痛みを堪えながら振り回していた前脚も、ぐにゃぐにゃに曲がって柔らかいゼリー状になっていた。もう痛みも感じない。

 お腹には大きな穴が空いて、そこからどろどろと血が流れ出している。



 「ああ、やっぱりダメなんだ」



 結局、運ばれてきたのは絶望だ。ここまで来て助かろうだなんて虫が良過ぎる。これは罰なんだ。曲がった考えをしていた僕への。

 だからこうやって、体を溶かされて殺されるんだ。



 すうっと力が抜けるように感じる。もう、オシマイなんだね。残念だよ。そこから先は何も分からなくなった。







 風が背中を撫でる。ここはどこだろう? 天国、それとも地獄?

 「ああ、痛い!」

 違う、痛いって感覚があるんだから僕はまだ生きている。だけど、どうやって?

 僕が恐る恐る目を開けてみると、目の前にはすやすやと眠る獣神様の姿があった。

 「な、なんで? 僕は溶かされて獣神様の一部になったはずじゃ? 夢でも見ていたの?」

 立ち上がろうとして、僕は前によろめく。よく見ると左前脚が無い。あれは夢でも何でもない、現実だったんだ。

 意識した瞬間、また僕に激痛が蘇る。

 「痛い、痛い、いだあああああい!」

 「おお、目が覚めたのか。もう覚まさないかと思っておった」

 涙で歪んだ世界に獣神様の姿が映る。

 「どうだい? もう一回喰ってほしか?」

 僕は全力で首を横に振った。もう二度と胃袋には落ちたくないよ。

 「そうだろう、そうだろう」

 「あの、獣神様。これは?」

 僕は、どうして生きているの?

 「お主の限界すれすれで吐きだしたのだ」

 「ど、どうしてですか?」

 あのままなら、僕の肉を栄養にできたはずなのに。

 「我は獣神。山の動物を救うのがその使命よ。もちろん、心を病んだ者を救うこともある」

 心を・・・病んだ者。僕は獣神様の言葉を反芻する。

 「少々荒療治だったが・・・死を求める者には、生への執着を生みださせる事が一番だ」

 そうだ、僕にも生きたいという気持ちが生まれた。だけど

 「うぅ・・・・・」

 全身から時折電撃のような痛みが走る。もう、体中ぼろぼろだ。

 「薬草で一応の手当てはしてやった。だが、その傷では助かるかどうかは五分五分だろう。後はお主の気力次第だ」

 「はい・・・・・」

 僕は小さく返事をした。





 それからというもの僕は必死に頑張った。といっても、ただ体力を失わない様に丸まったり、痛みを堪えて体を動かしただけだ。

 一度生へと指針がふれれば、野生動物の回復力はすごい。

 脚を一本失くし、耳は欠けて、全身に傷跡が残り五体満足とはいかなかったけど、僕は山へと帰ることができた。



 山のてっぺんにいる獣神様、外見だけじゃなかったんだ。山を見守る本物の神様さ。

 寿命を迎えたら、その時こそ僕の肉をプレゼントしよう。だけどその日が来るまでは精一杯生きよう。



 そしていつか僕も・・・・・





<2013/03/08 21:11 ぶちマーブル模様>消しゴム
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