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【保】ヨーギラス×●●●● − 旧・小説投稿所A
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【保】ヨーギラス×●●●●

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3


「ッ……ハア……ハア」


 漸く舌の動きが 弱まると、俺は肩を上下させて息を始める。さっきまでは大きな舌を顔に押し付けられたり、
涎で鼻や口の中が詰まりそうになったりして、まともに息が出来なかった。イワークの口内の少ない空気を必死に吸い込む。

 静かになった口内は涎に塗れていた。やたらと粘っこい涎が、天井からあちこちに垂れてくる。そして舌の上の窪みにどんどん集まってくるから、
俺の体も腰まで涎に浸かっている。俺の口内でせいぜい出る涎の量を考えたら、これは恐ろしいほどの差だ。

 こんな目に遭うためにここへ来たんじゃない。激しく喘ぎながらふと思う。散々弄ばれた所為で、体力は大分消耗していた。
喰うんだったらさっさと喰ってほしい。


「すまない。長い間ポケモンを食べていなかったのでな。すぐに呑み込んでしまうのが惜しくて、つい夢中で舐め回してしまった。苦しかっただろう?」


 イワークが暫くぶりに喋る。味見の時より興奮気味な声をしている。すまないとか言いながら、ちっともすまなそうではないのが少し癪に障る。
かと言って、文句を言う余裕は俺にはなく、ただ呼吸に専念していた。


「君はなかなか良い味をしている。欲を言えばもう暫く味わいたいところだが、そろそろ君も我慢の限界だろうからな」
 

 一体何処に、自分の味を褒められて喜ぶ奴が居るんだ。つまらない御託にうんざりしてくる。

「大変待たせてしまってすまなかった。でも最後に礼を言わせてくれ。何せ、こんなに旨い食事は五年前の今頃以来なのだからな」


 やれやれ、やっと終わる。そう思いかけたその時、ある言葉が引っ掛かった。


――“五年前の今頃”?


 途端に胸騒ぎが起こり始め、信じたくないある推測が浮かんだ。


「なあ」

「ん? 何だ」

「その、五年前に喰ったっていうポケモンについて……詳しく教えてくれよ」


 震える声でそう尋ねる。


「どうした? 今から私に食べられる君が、何故そのようなことを気にするのだ」

「いいから早く話せよ!」


 じれったくて思わず叫んだ。他人にものを頼む態度がなってないな、とイワークは呟く。
胸の鼓動が速く、大きくなってくる。この推測が本当だなんて信じたくはない。違うよな、と自分に言い聞かせながら、俺は祈っていた。


「ああ、あの時のことは今でもはっきりと覚えているよ」


 イワークは感慨深そうに、語り始めた。
 

「君が聞いた通り、私は以前、この洞窟の外で沢山のポケモンを嬲っては喰い殺していた。物心がついた時には、それが快感となっていたのだ。
毎日毎日、目についたポケモンを手当たり次第襲っては喰らうことで、湧き上がる欲求を満たしていた。

しかしだ。そのようなことばかりが続くと、得られる快感も段々薄くなっていくものだ。ただ弱い者を倒すだけでは、満足いかなくなってきた。

そこで私は、もっと強いポケモンに勝負を挑むことを考えた。戦うのに相応しいポケモンを求めて、あちらこちら探し回ったものだ。
そして遂に、私はその二匹を見つけ出し、襲いかかった」


 “二匹”――推測が、現実味を帯びてきた。 


「私の読み通り、彼らは強かった。私は相当な苦戦を強いられた。劣勢に回ることはなかったが、どうにも決め手を欠いた。
そのことにいつもには無い手応えを感じられたが、あまり長引いてしまうと体力が尽きてしまうからな。焦りも生じていた。

 一方で彼らにも疲れの色が見られた。お互い体力は限界に近づいていたのだ。いつの間にか私たちは互いに攻撃をやめ、間合いを取っていた。
そしていつ次の手を仕掛けるかを決め兼ねていた。少しの隙も見せられなかったからな。緊張感が心身を蝕んでいくように思えた。

 そのような時に、だ。彼らのうちの一匹が口を開いた。耳を傾けてみれば、もう戦うのは止めにしようとのことだった。
無用な戦いはせずに、お互い生き長らえるのが得策でないのか、とな。

 消極的な姿勢に私は不満を感じたが、私もそれほどの余裕はなかった。命だって惜しい。仕方なくその提案を呑むことにした。
すると彼らは緊張を解き、私に礼を告げてその場を去ろうとした。

 しかしだ。彼らが私に背中を向けた途端、私の考えはすぐに変わってしまった。安心しきった彼らの後ろ姿は、あまりにも無防備だったのだ。
勝負を中途半端な形で終えることになったことに後悔していた私は、その隙を見逃すことは出来なかった。

 どのような勝負も、隙を見せた者が負けるのだ。

 私は尻尾を振り回し、渾身の力で彼らの体を横から殴った。反応の遅れた彼らの体はいとも簡単に吹き飛んでいったよ。
近くの木に叩き付けられた彼らに、私は更に容赦なく攻撃を仕掛けた。尻尾で叩き付け、岩を落とし、彼らを放り投げたりもした。

 夢中になっているうちに、彼らは虫の息となった。そして涙ながらに助けを乞うたのだ。その無様な姿は見物だった。
私は長らく感じ得なかった快感を覚えた。当然私は彼らの願いを無視した。獲物を前にしておいて、それをわざわざ逃がす理由など無いからな。

 絶望の表情を浮かべた彼らの体を舌で掬い取り、長いこと味わわせてもらったよ。とても旨かった。苦戦の末の勝利だったからかもしれない。
あの味は今でも忘れることは出来ない。そう――」


 イワークは話の途中で下を向いて、突然口を開いた。大量の涎と一緒に俺の体は地面に落ちる。


「君によく似た、あのバンギラスたちの味はなぁ」


 俺を見下しながらにぃっと不敵に笑った。こいつは最初から何もかも気づいていたようだ。

 推測が、確信に変わった。

 五年前の今頃――それは、俺の両親が消えたまさにその頃だった。

 二匹とももう居ないのか。今の話の通り、あんな酷い仕打ちを受けて父さんと母さんは死んだっていうのか。
そう思うと、イワークに散々弄ばれる二匹の様子が鮮明に浮かんでくる。涙が一筋、頬を伝った。


「このような偶然もあるものだな。良かったじゃないか、漸く君は両親に再会できるのだ。私の腹の中でな」


 イワークが顔を近づけて囁いた。可笑しさを抑えているような声だった。


「お前か……」


 あんなに酷い虐めを受けたのも、群れの大人に構われなかったのも、皆に嘲笑われたのも、独りで寂しい思いをしたのも、
何にも恵まれなかったのも、こんなに悔しいのも、悲しいのも、死にたいと思ったのも――全部、目の前に居るこいつの所為だったのか。


「お前の所為かあああ!!」


 殆ど泣き叫ぶような声を上げて、イワークに跳びかかった。


ガアァンッ


 そして次の瞬間には、イワークの尻尾が俺の腹を捉えた。横に吹っ飛んだ俺の体は、洞窟の壁に打ち付けられ、そのまま真下に落ちた。


「う……あぁ……」


 腹が痛い。尋常じゃなく痛かった。硬い尻尾の衝撃と、その後に受けた背中への衝撃で痛みは倍増していた。
昼間に虐めっ子に蹴られたのなんて、比べものにならない。痛いと口に出そうにも出来ず、自分でも不気味な呻き声ばかりが漏れる。
涙や涎が溢れ出して、歯もガチガチと鳴っている。


「まさか両親の敵討ちなどをしようとでも思ったのか?」 


 頭上で声がした。うつ伏せになっているので、顔は見えない。ただ、「逃げないと」という思いに駆られて、腹這いになって進んだ。
とは言え、進む速さなんて高が知れている。あっけなくイワークに仰向けにさせられた。


「ならば相手をしてやろう。ほら、“したでなめる”だ」


 そう言うと、口を開いて舌を近づけてきた。痛みに加えて恐怖が募り、逃げようにも体が動かなかった。

 ぶにゅり

 地面と肉厚で巨大な黒い舌の間に、俺は閉じ込められてしまった。舌先が押し付けてくる力は相当なもので、
顔を埋められると、全然息が出来なかった。涎と舌の臭いばかりだ。


「どうした。敵を討つのだろう? 少しは抵抗してみたらどうだ」


 くぐもったイワークの声が聞こえる。抵抗なんてとっくにしていた。だけど、やたらと柔らかい舌に俺の手足は沈み込んで、
俺の非力な抵抗は吸収されてしまう。当のイワークには全く感じられないのかもしれない。

 そうしているうちに苦しさは限界にまで達してきた。まだ舌が退けられない。慌ててじたばたもがいてみるけど、
まともに動くことさえできなかった。

 段々意識が遠のいてくる。このまま死ぬのか――そんなことがふと頭を過ぎったところで、真っ暗だった視界が少し明るくなった。
同時に圧迫感が消えた。舌が退けられていた。


「情けない。たったこれだけで戦闘不能か」


 か細い呼吸を続ける俺に、イワークは吐き捨てるように言った。奴の言う通り、自分が情けなくて仕方なかった。
あっちは無傷なのに、俺はたった二回の攻撃でこの有り様だ。もう一歩だって進めない。途轍もない力の差を感じた。


「歯向かわなければ、このような目には遭わなかっただろうに。哀れな奴だ。だが安心しろ。もうじき楽になる」


 そう言うとイワークは、舌を使って俺の体を拾い上げて、口の中に運んだ。そしてゆっくりと顔を持ち上げ始める。
それに伴って口内では段々傾きが増してきた。うつ伏せの状態で必死に舌にしがみついてはみるものの、
涎の所為で酷く滑り、ズルズルと奥へと引きずられていく。

 ふと後ろを振り返ってみると、口の奥の真っ暗闇が見えて震えあがった。俺の脇で大量の涎がそこへと流れていく。
怖い。ちょっと前まではこの状況を望んでいたんだと思うと、自分は馬鹿だったと思えてきた。

 そうしているうちにも体はどんどん下へと落ちていく。やがて舌の末端の方まで到達してしまって、足が空中に浮く。
そうして腹、胸、顔の順に舌の上から追いやられると、終いには手だけでぶら下がった格好になった。そして――


がくんっ

ズルッ
「うわああぁ!!」


 完全に地面と垂直になるまでイワークの頭が持ち上がった瞬間、手が舌から離れ、俺の体は暗闇に放り出された。
下へ落ちる気持ち悪い感じを一瞬味わった後、すぐに前後左右から喉肉の強烈な締め付けを喰らう。
落ちる速さはゆっくりになったけど、這い上がることを許さない確かな力が働いていた。

 もみくちゃにされながら下に送られると、突然足が締め付けから解放され、続いてペッと吐き出されるようにして全身が喉肉地獄から逃れた。
辿り着いたそこは、口内以上にむわっとくる湿っぽさで、何より酸っぱい臭いが充満していた。鼻の奥にツンとくるので、
無闇に吸わない方がいいのかもしれない。

 天井は口内よりも低くなった気がするけど、立ち上がることは出来る高さだ。表面を覆う肉はあちこち起伏が激しくて、
窪んだところには怪しい液体が溜まっている。多分、臭いの原因はこれだ。

 俺は分かっている。ここは、食べたものを溶かしてしまう場所だ。

 そして、俺は喰われてしまったんだ。



<2011/06/21 22:38 ROM-Liza>消しゴム
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