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【保】双刃の章 序章 巣立ち − 旧・小説投稿所A
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【保】双刃の章 序章 巣立ち

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 ―双刃の章― 序章 巣立ち
                作者 ゴルダック

大きな戦の時代も終わり、世界は平穏を迎えたかのように思えた。
しかし、大戦の結果、勝利を納めた国は、敗北した国を植民地にしたり、
崩壊した国の各地で、逃げ延びた者、戦争の残党、身寄りの無いもの
などがスラムを作り、身を寄せ合い生きていた…。
そんな場所も残忍な盗賊や、野生のポケモンからの襲撃を受け、人々は
恐怖に脅える暮らしを強いられていた。この話はそんな渦中に生まれた
小さなポケモンの話…。

「うぅん…」

目をうっすらと開けると亀裂の入った壁から太陽の光が差し込む…。

「…もう朝なんしゅか…」

眠たい目を擦り、布団、とは言い難い布切れを剥いで半分目を瞑ったまま
起き上がる小さく、丸く、黄色い体…。

「うあぁっ…しゅごい寝癖っしゅ…」

コダックだ…。
部屋の隅にあったボロボロの鏡台を見て、自分のだらしない頭をペンペンと叩く。

「おーい! コダックぅ〜! 起きたんだろー?! 飯食いに降りて来いよ!」

階段下から呼び声がして、それがだんだん近づいてくる、そして…

「起きてんなら早く来いよ…、毎回起こしにくる俺の身にもなれよな…」

と、悪態混じりに部屋まで上がってきたのはサンドパンだった…。

「うん…、ごめんでしゅ…」

と言って頭をぽりぽり掻いて笑うコダックの姿に呆れ、サンドパンは溜息を吐く。

「ほら、行くぞ…ニューラも下で待ってるし…」

サンドパンはコダックの手を引っ張り、階段を降りようとする。コダックはというと、
強引に引っ張られる手に驚いたが、何よりその温もりが心地よかった…。

「へへ、兄しゃん…」

不意にコダックがサンドパンをそう呼ぶ、それに対しサンドパンは…。

「ん、んな呼び方すんなよ、恥ずかしい…」

顔を赤面させるがまんざらでもない表情だった…。



下へ降りると、そこはボロボロの床に丸い木台という、殺風景な感じだが見慣れた光景だった…。

「もー…、遅いわよ!何してたの?!」

そこにはプリプリと怒る、黒毛に少し吊り目の猫のポケモン、ニューラがいた…。

「折角盗ってきたパンも固くなってるじゃない!」

と文句をあらわにだすニューラ。

「いやー悪い悪い、ちょっとこいつの寝癖を直してたもんでなー」

と苦笑いで答えるサンドパンとぽりぽりと頭を掻くコダック…。そう、彼等はみんな親が
いない浮浪児だった。このボロボロになった廃屋に住み着き、食べるものを盗んで生きていた…。

「まったく…コダック、あんたも8歳になるんだから朝寝坊しないで起きてきなさい」

小さな溜息の後、呆れたようにニューラは注意する。

「えへへ…分かったっしゅ…」

分かったのか分かってないのか、コダックは笑顔で答える。
ニューラは呆れたままだったが、その笑顔を見ていると自然に口元が緩んでいく…。

「…ふぅ、もういいわ、それじゃ食事にしましょ」
「はあぁ…やっと食事にありつける…」
「いただきまーしゅ♪」

それぞれの言葉が飛び交う中、いつもより遅い朝食が始まった…。



朝食を終えた後、三匹は訓練所という名の草原に来ていた…。

「ねぇ、今日も組み手をやるんしゅか?」

少し不満げにコダックはサンドパンに聞く。

「まぁな、この間も300メートル先の集落が盗賊に襲われたばかりだしな」

そう言って、柔軟体操を始めるサンドパン。

「何かあったときには一人一人が戦うなり、逃げるなりできなくちゃね…」

ニューラは腕の関節をほぐしながら、目を細めて言う。

「でも僕…苦手っしゅよ…こんな手だし…」

コダックは自分の爪と二人の爪を見比べ、長さや、鋭さに大きく差があることに
不満の表情を浮かべる。

「うーん…あ、でも! あんたには水鉄砲や念力があるじゃない!」

少し悩んだ後、ニューラはコダックの良い所を見つけて励ます。
そんな様子を黙ってみていたサンドパン…、そして…。

「…コダック、家に戻ったら渡したいものがある…」

サンドパンの言葉ににコダックは目を輝かせる。

「ええっ?! なんしゅか、それ?! プレゼントっしゅか?!」
「ああ、プレゼントだ…、だからそれまで組み手を頑張ろうな…」

そう答えるサンドパンは優しく笑みを浮かべていたが何処となく、寂しそうだった…。

「? どうしたんしゅか…? 兄しゃん…」
「………」

表面上、ニューラはいつも通りだったが、サンドパンの表情を見て少し顔が陰る。
しかし、その気まずい雰囲気を掻き消そうと、

「コダック! プレゼントが待ち遠しいからって、組み手に手を抜いちゃ駄目よ!」

と明るく振舞いながら、組み手の構えを取るニューラ。

「よーし…! 頑張るっしゅ〜!」

そう言って構えを取るコダックを見て、サンドパンはニューラに言葉なき感謝をした。

「おぉお! その意気だ! 俺もやるぜ!!」

その次の瞬間、三匹は地を蹴り、組み手を始めた…。
…これは余談だが、組み手をしていたサンドパンとニューラだったが、体制を崩し、
サンドパンがニューラを押し倒す形になってしまった。

「…? 姉しゃん、なんで顔赤くなるんしゅか?」

その言葉にはっとしたニューラはサンドパンに、

「なんてことすんのよ! この変態〜!!」

バリバリバリバリ! 

爪で思いっきりサンドパンの顔を引っ掻きまくる。

「イデ! イデデデデデ! わ、悪かった! 謝るからやめてくれ〜!!」

昔は背中に網模様があったサンドパンだったが、今は顔に斜めの網模様を作っていた…。




組み手を終え、廃屋に向かうウキウキ姿のコダックと、後ろから微笑み顔を合わせる二匹。

「ねぇ、本当に良かったの? あれはあんたの…」
「分かってて聞いてるだろ、ニューラ…、いいんだよ、これで…」

微笑みながら質問するニューラ、からかわれているように感じ、それでも穏やかな顔で
話すサンドパン、今、彼らは小さいながらも確かな幸せを感じていた…、ところが…。

ぅぁぁぁぁぁ! ぃゃぁぁぁぁぁ!! と悲鳴のような声がする。

「…?! ねぇ、兄しゃん、姉しゃん…、変な声が聞こえる…」

スキップを止めて、不安そうに後ろを振り向くコダック…、ニューラとサンドパンも
辺りを警戒しだす…、そして何かに気づいたのか大声をあげるサンドパン。

「…! 後ろだ!!」

その言葉に全員が振り向く、その視線の先には傷だらけで走ってくるフシギダネと
キレイハナの姿があった。

「あ、あんたらは…! 確かこの先のスラムの農家の…ど、どうしたんだよその傷?!」
「わ、分かんないよ…! 急に大勢のポケモン達が押し寄せてきて次々にスラムののみんなや
建物を壊したり燃やしたりしてきたんだ…!!」

息を荒げ涙混じりに話すフシギダネ、その話を聞いてニューラは何かを思いついたように
声を発する。

「まさか…野盗…? でも…あいつ等は物を奪うだけなのに何故燃やしたりするのかしら…」
「で、でもなんか変なの! 野盗の格好をした連中のなかに兵士の格好をした奴がいたの!!」

キレイハナの言葉に全員に驚愕の感情が走る、無理もない…
野盗を粛清するはずの兵士が奴らと一緒にスラムを襲い、壊滅しようとしているのだから…。

「に、兄しゃん、姉しゃん…こ、怖いっしゅ…」
「こ、コダック…」
「…ここにいるのは危険よ! 早く私達のスラムに戻って逃げる準備をしないと…!
貴方達も辛いかもしれないけど、一緒に逃げましょう!!」

涙でぐしゃぐしゃになっている顔の二人に手を差し伸べるニューラ、その優しさに身を任せ
手を差し出す二人…、しかし、この繋がりは一つの轟音に引き離されてしまう。

ゴバアァァァァァ!!

「?! よ、避けるんだ二人とも!!」

サンドパンがニューラとコダックを手で引っ張り、後ろへ倒れさせる。
倒れた二人はその衝撃に、ウッ!! と呻き声をあげる。

ゴオオォォォォ!!

「あああぁぁぁぁっ!!」
「嫌あぁぁぁぁ!」

轟音の正体は炎の渦で、一瞬の内に彼らがいた場所は火の海と化す、
逃げ遅れたフシギダネとキレイハナから耳を塞ぎたくなるような悲鳴があがる。
次第に火が弱まり、視界が広がっていく。

「う、うぁ…ううぅ…」

草タイプという悪条件で炎の渦に直撃した二人は力なく呻き声をあげ倒れている。
ニューラとコダックはなんとか免れ、起き上がろうとしていた。

「んっ…い、一体…何が起こったの…?」
「くっ…ぐうぁっ…」
「に、兄しゃん…?」
「さ、サンドパン…? ちょ、ちょっとどうしたのよ…?!」

サンドパンの様子がおかしい、二人は心配して彼のことをさする、
ニューラは異変の原因に気付いた、彼の足は先程の炎の渦に巻き込まれ
ひどい火傷を負っていた。

「ぐっ! くそぅ…足が動かせない…!!」
「し、しっかりしてよ! 今、背中を貸すから一緒に逃げましょう!!
コダック、向こうに倒れている彼らを起こして…き…」

言葉を詰まらせるニューラ、その視線の先には呻き声をあげる二人をひょいと拾い上げ、
げらげらと笑う赤い竜のようなポケモンがあったからだ。

「がはははっ!! 残念だったなぁ! スラムから必死に逃げてきたみたいだが、
ここで鬼ごっこもおわりだぜ!! おい、お前にはこの芽も出てねぇ方をくれてやるぜ!」
「ちっ! 俺もそっちの柔らかそうな花の奴がいいんだがな…ま、お前の手柄だから我慢してやるか」

赤い竜…リザードンの後ろには兵士の格好をしたバンギラスの姿があった、気力のない二人を一体ずつに
分け、常軌を逸した目で見つめる。

「な、何を言ってるの…?! 二人をどうするつもりなのよ?!」
「お? やけに威勢のいいのが残ってるじゃねぇか…」
「獲物は二人だけだと思ったら、三人もご馳走がついてきてるなんてな…たまらないな…」

舌なめずりをしだすバンギラスとリザードンに、全員の背筋が凍りつく、それは『ご馳走』という
言葉から連想した自分達の末路が明確に浮かび上がったからだ。

「うあぁ…い、嫌…助け…」
「…こんな所で喰われて死ぬなんて…い、嫌だ…」

捕らえられた二人からボロボロと涙がこぼれ、哀願の声で命乞いをする。

「何を言っている? 俺たちはお前等を生かしておく理由なんて一片たりともねぇぞ?」
「どうせお前等は俺たちの食事でしかないのだからな、…それでは頂くとしよう」

命乞いの言葉でさえ彼らにとっては余興のようなものなのだろう、頼みを打ち砕かれ
放心している二人を大きく開いた口へと運んでいく。

「コダック! サンドパンを看てて! 私は彼らを助けてくるから!!」
「ね、姉しゃん…!」

全力で彼らを助けに向かうニューラ、爪を尖らせジャンプして野盗達に切りかかろうとする。

「ちっ! 邪魔をするなぁ!!」

バサバサバサァッ!!

「ぐっ?! うあぁぁぁっ!!」

リザードンが翼を羽ばたかせ強い風圧をニューラに浴びせる、体重の軽い彼女は
その風圧に耐え切れず、そのまま吹き飛ばされてしまう。

ヒュウウゥゥッ、バッシャーーン!!

地面との衝突は免れたが、深く流れの急な川に落ち、流されていってしまう。

「ね、姉しゃーーん!!」
「にゅ、ニューラぁ…!」
「くっ、かぼ…サンドパン…! コダック…!!」

コダックは負傷したサンドパンを放ってニューラを追いかけることができず、
ただ叫ぶことしかできなかった。サンドパンも声を絞り上げ彼女の名前を呼ぶが、
水に流されていく彼女にその言葉が届くことはなかった。

「おい何やってんだよ、加減しないから獲物を取り逃がしただろうが…」

バンギラスがリザードンに文句を言う、しかし、その文句には何処か余裕めいた
喋り方のように聞こえる。

「この川の下流には俺やお前の部下がいるだろ? そいつらがつまみ食いでもしないかぎり
あの吊り目の猫も食えるぜ、それより今はこいつらの方が先決だろ?」
「まぁな、それじゃぁ…」

パッ バクゥッ!

キレイハナとフシギダネを捕まえていた手を放し、包み込むように口内へ収め、
その口を閉じる、やがて口からは捕食者二人のものではない捕らえられた者の悲鳴が
聞こえ出す。

「あぐぅっ! ぅ…かはぁっ…」
「ひうぅっ! や…嫌ぁ…だしてぇっ!」

その声に捕食者達はというと、愉しげに顔を歪め口の中の獲物を
転がすように舌と唾液で絡めていく。

ヌチュッピチャックチュルゥッ…ニチャニチャ…

「うあぁっ…! きっ…くふぅ…んぶぅっ!」
「きゃいっ! ぐ…や、やめ…て…」

(うはぁっ! 美味ぇなー…この少し火で焼かれている風味がたまんねぇ…!)
(この中から出で来る悲鳴も味を引き立てる最高の香辛料だな…)

予想以上の味に捕食者達は更なる味を求めてしきりに舌を動かす。

クチュッピチャァッ…グググッ! ガリッ!

「はうっ! ぐっ?! があぁぁっ!」
「ぎっ?! ひぎゃぁぁぁぁっ!!」

口内でフシギダネは上顎に押し付けられ、キレイハナは鋭い牙で足を噛まれ、
赤い鮮血を口や噛まれた傷から流す。
新たな味を見つけたのか、それとも血の味に心を奪われたのか捕食者達の
目がどす黒く染まっていく。

(くくっ…早くこいつの全てを食べてしまいたい…、…まだ獲物もいることだし、
そろそろ…)

グググッズリュリュッ!

「?! あぁ…嫌だぁぁぁ!!」
「こ、こんなの…嫌、嫌あぁぁぁっ…」

顎が持ち上がり、まるで滑り台を滑るように、暗く深い臓腑に続く穴に流されていく二人。
外から見ていたサンドパンとコダックは、捕食者達の喉が大きく膨らみ、なけなしの力で
抵抗する二人の様子がはっきりと分かり、その光景に呆けると同時にこの上ない恐怖を
感じていた…。

ズリュ…グリュリュ…ゴクリ……

そんな生々しい音と共に喉の膨らみは腹の根元へと下っていく。その感触を喜悦とした表情で
味わう捕食者達…。

しばらく呆けていたサンドパンだったが何かを悟ったようにコダックに話しかける。

「に、逃げるんだ、コダック…このままじゃ全員食われてしまう…」
「えっ…? に、兄しゃんはどうしゅるんしゅか?! そんな足じゃ歩けない…」
「俺のことは構うな、それより…自分のことや流されていったニューラのことを助けてやってくれ」
「そ、そんな…で、でも…」

確かにこのままでは残った二人もあの捕食者達のお腹に納まることは目に見えている、
かといってコダックの力だけではサンドパンを担ぐのは到底無理だ。
しかし、それでも兄と慕ってきて、これからもずっと一緒だと思っていたサンドパンを
コダックは見捨てられるわけがなかった。

ググゥッ…ジャキィィッ!!

「うだうだ言うな!! 逃げないのならここで俺がお前を殺すぞ!!」
「っ!! …うぅぅ…」

タタタタタタタ…

爪をコダックに向けるサンドパン、コダックはその怒号に押され、
悔いが残るように走り去っていく…。

「頼む…俺の分まで生きてくれ…」

どんどん小さくなるコダックの背を見て小さく呟く。彼はその姿を切実な思いで
眺めていた。

「さてと…お? 何だ、一人減ってるじゃねぇか…」
「逃げたか…、しかしすぐに見つけ出してこの腹に収めてやるとするか」

そう言いながら先程腹に収めた獲物を確認するかのように腹を撫でるバンギラス。

「そうはさせない…! あいつは俺の大事な弟だ…お前等のような奴らに渡しはしない…!!」

残る力を振り絞り、立ち上がって応戦しようとするサンドパン、彼の視線の先にはにたにたとあざ笑う
捕食者達だけが映っていた……。



「うぅぅっ…! 兄しゃん、兄しゃん兄しゃん兄しゃぁん!! ううぅぅぅ…!!」

廃屋に戻ってきたコダック、止まることがない涙を流しながら兄と慕う者の名前を呼び続けた。
床に何度も手を打ち付けて己の無力さを嘆く。

ガッ! ガッ! ガツンッ!!

「?!」

叩いていた床から変わった音がする、よく見てみると床に外せるような溝ができているのに気付く。
床を外してみると、そこには装飾の施された木の箱がある。

「これって…ま、まさか…」
(…コダック、家に戻ったら渡したいものがある…)
「あの時の…プレゼント…?」
(ああ、プレゼントだ…、だからそれまで組み手を頑張ろうな…)
「…嫌っしゅよ、こんな…こんな悲しいプレゼント…嫌だぁぁぁぁぁっ!!!!」

彼は叫んだ、この世の終わりを迎えたように叫び続けた…。
孤独を味わいながら手にした木の箱、綺麗に彩られた装飾がその残酷さを掻き立てる。

「…ここにいたのか…可愛いアヒルちゃん…」
「?!」

後ろからの声にコダックは体の毛の全てが逆立つような感覚に襲われる。
最初は恐怖からくるものかと思っていたが、次第にそれは体からこみ上げてくる違うもの
という風に思えてくる。

「…お前はっ!!」
「くははっ! そら、プレゼントをくれてやる」

ポイッ! パシィッ

「?! こ、これ…は…」

リザードンが投げたもの、それは先程コダックに向けられていたサンドパンの爪の欠片だった。
その爪を凝視していたコダックからは叫んでいたときよりもっと多く涙が溢れかえっていた。

「あの野郎…最期まで抵抗しやがって…、おかげで俺様の翼がボロボロになっちまったぜ…
しかも獲物はあのバンギラスに食われちまうしよ…お前を食わないと割りに合わないぜ」

ジャキィッ!! ザシュウゥゥゥッ!!!

その言葉の後、コダックの中で何かがはじけたようにリザードンへと向かっていき、
その両目に深々と傷をつけた。

「?! ぎいやああぁぁぁぁっ!!!」

木の箱はすでに開けられていて、そこには文字の書かれた一枚の紙切れしか残っていなかった。

『流双刃 鷹匠と鵜飼人 この双剣は俺とお前の親父が一本ずつ使っていたものだ、
その流れるような刀身と軽さから、鷹のような速さと鵜飼のような正確さを兼ね揃えている。
…俺たちの親はもういないけど、お前にはこれを形見として生き抜いてほしいとお前の親父は
願い続けていた、本当はお前と一本ずつ持とうと思ったんだが、両方持っていてくれ…
お前ならきっと使いこなせるから…』

リザードンが痛みに呻いていると、バンギラスが失望したような顔で現れた、そこにはもう
コダックの姿はなく、彼が失敗したことを悟ったからだ。

「まったく…あのような小物一人に無様なものだな、野盗の長よ…」
「そ、その声は…! バンギラス!! あのガキをここに連れてきてくれ!! あいつだけは
俺様が食い殺してやる!!」

剣幕になって怒号をぶつけるリザードン、しかしその姿にバンギラスは静かに含み笑いをし、

ドゴオオォォォォッ!!

と、物凄い勢いで腹を殴りつける。

「ぐぼおぉぉぉぉっ?!」

ドドォン…!!

直撃を受けたリザードンはそのまま廃屋の壁にぶつかり、力なく崩れ落ちる。

「ぐ…が…な、何をしやがる…お前等は俺達野盗の罪を許すからスラムの連中を
一人残らず排除しろと言ったじゃねぇか…」
「確かにな…しかし、お前は何故スラムの連中を排除すると言い出したか分かるか?」
「……?!」

そうだった、これほどの力のある兵士どもが今更スラムの連中からの抵抗を脅えるなど有り得ない、
ましてや、この俺たちに罪を許すなどの配慮をするわけがない。

「あ、あの約束は…ただの餌だったのか…?」
「ご名答、ものの見事に引っかかってくれたな…、今頃はお前の部下も俺の部下に処分されたことだろう…」
「お、お前等は最初から一人残らず処分するつもりだったんだな…!」
「外交的な取引があるからな…遠征でくる使者に対し、汚い者達は見せられないからな…
ここにもじき火の手がまわる、これで俺の任務も完了というわけだ…」

そう言って立ち去っていくバンギラス、リザードンは壊れた廃屋に寄りかかったまま、その意識を
閉ざしていくことしかできない自分と、バンギラスの後姿に一言呟いた…。

「畜生…」

やがて廃屋は火で崩れ落ち、そこに住んでいた者達の思い出と一人の赤き竜の骸と共にこの世から姿を消した…。







そして、8年後…

「また、この夢を見せるのか…」

宵の静寂の中にこぼれる一言の言葉、とあるアパートの一室から、夢から醒めて目を
擦る者がいる。

「いつか…オイラはあんたの想い人を見つけ出すことができるのかな…?
サンドパン兄さん…」

そう、それはあの廃屋に住んでいたコダックだった、成長し、進化したことでその姿はゴルダックへと
変わっていたが、慕う者への気持ちはなんら変わりはなかった。

「ニューラ姉さん…、あんたは今、無事なのか…? 何処にいるんだ…?
…会って渡したいものがあるんだ」

彼の手にはサンドパンの爪の欠片が強く握られていた、あの日、あの時の惨劇から
8年が経った今でも、この爪の欠片とあの双剣が三人を繋ぎ合わせるものなのだから…。

「おおーい!! ゴルダックぅ、仕事の依頼だぜ!」

静寂に包まれていた部屋にあつかましい声が響き渡る。

「何時だと思ってるんだよ、もっと静かに入って来いよ、エレブー」
「何言ってんだよ、ハンターに時間なんて関係ないだろ? 折角良い情報持ってきてやったんだから
文句を言うない!」

ゴルダックは、ニューラの消息、あのバンギラスのことを探るためにハンターという危険な仕事を
していた、そしてその探索の傍ら修行にも明け暮れていた。
このアパートの主でもあり、情報屋のエレブーに良くしてもらい、このようなくだけた会話までできるに至った。

「で? 良い情報ってのは何なんだ?」
「おう、今回の仕事の相方な、凄腕のハンター一人と可愛い女の子のハンターなんだぜ!!」
「凄腕のハンター?」
「バカ、問題はそっちじゃなくて女の子のハンターだよ!! お前も仕事やってて楽しいだろ?!」
「ったく、お前の頭にはそのことしかないのかよ…」

…8年前のあの惨劇を忘れることなどできない、夢にも出てきて、後悔の念に囚われてしまう事もある。
しかし、まだすべてを断たれたわけではない、この双剣と爪の欠片があるかぎり、
歩みを止めることはない……。

To Be Continue


<2011/05/24 20:48 ゴルダック>消しゴム
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