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冬のひととき − 旧・小説投稿所A
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冬のひととき

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 恋人、と言うものを俺は知らない。
 お互いを想い、時間を共有するのを苦とせず、それでいて精神的な充足が得られるという関係とのことだが、まるで理解ができない。
 そんな事を数少ない人の友人の前でこぼしたら、理解できないと言わんばかりの目で見られたものだから、デコピンをしておいた。恨みがましい視線を感じるも、自業自得だと一蹴し、俺は席を立つ。
 また呼ばれてるのかと声を掛けられ、ああそうだと返すと、楽しんでこいよ、なんて一言が飛んできた。何を楽しむというのか。重い足取りを自分でも感じながら、俺はマンションの一室を目指し、大学のラウンジを後にした。

 外に出れば雪が降っており、足元には積もった雪につけられた無数の足音が、この大学に通う生徒の多さを物語っている。
 行き交う人々をチラリと横目で見ると、例えばイヌの頭がついた人間のような人物や、ウサギや猫の頭をそのまますげ替えたような人たちが、楽しそうに話しながら道を歩いている。
 もちろん、防寒具であるコートは誰でもつけているが、身に纏っている自前の毛皮はとても羨ましいものである。
 彼らは俺が生まれる何百年も前から、俺の先祖サマたちと共存していたらしい。歴史の授業をしっかりと聞いておけばよかったなと内心で舌打ちをして、大学のすぐ近くにある10階建てのマンションの入り口に立った。
 1003という数字を押して、コールボタンを押すと、どこにでもあるようなチャイムの音が鳴り出した。一度、二度、三度と鳴った後に、このまま帰れるかもしれないと淡い期待を持ち始めた瞬間、不機嫌そうな声がインターフォンから聞こえてくる。
「……ケイか?」
「そうだよ、早く開けろ」
「早く上がってこい」
 会話が成り立っているのか少し怪しいが、最後の一言の後にブツ、と通話が切れた音がする。
 その後、ドアの鍵が開いた音がしたので、俺はそのオートロック式の扉を開け、エレベーターに乗り込む。
 1003号室という何のひねりもない部屋名と、その数値が書いてあるプレートの下には、辰巳 宗二と書かれている。

 コンコンと一応ノックだけはして、扉のノブに手をかけて回し、開けた瞬間に隙間からきめ細かい鱗に覆われた太い尻尾が俺の身体に巻き付いて、無理やり中に引きずり込まれる。
「遅い」
 リビングに無理やり引っ張られて、その声の主と対面した後に発せられた言葉は、苛立ちを込めた一言だった。
 ヘビの遺伝子を継いでいるコイツにかかれば、絞め殺すのはそう容易くないはずだが、それをしない理由はとても簡単だ。
「……それが、惚れてる相手に掛ける最初の言葉か?」
 軽口を叩くと、俺に巻き付いたままの尻尾に少しだけ力が加わり、圧迫感が増す。
「俺を待たせるのが悪い」
「お生憎様だけどな、お前みたいな猫被り野郎と違って、俺は真面目な……ッ!!」
 締め上げの力が突然強くなり、言葉の途中で肺から空気が全て出ていったような感覚がする。息を吸おうとするも、ちゃんと呼吸ができているかすら怪しい。そんな俺の姿を見て、口の端を上げる辰巳が視界に映る。
 それから数秒後、拘束が解けた。ソファの上で咳き込む俺の姿を上から見下しているそのヘビ野郎は、涙目になりつつも顔を上げて睨む俺を見て、またニヤリと笑ったかと思うと、俺の顎をその右腕で掴み、噛み付くようなキスをしてきた。
 細長い舌が歯列をなぞり、俺が引っ込めておいた舌に絡みついたかと思うと、俺の舌の上を余すところ無く動きまわる。何時まで経っても慣れない感覚に、嫌だと胸板に手をおいて突っ張ると、やっと開放された。お互いの口を繋ぐ唾液の橋を早々に手で拭うと、またニヤリと笑って口を開いた。
「"猫被り"か。面白い事を言うじゃないか」
「そいつは……どーもっ」
「化けの皮を剥がしたのは、言わずもがなお前だというのにな」
 俺の服に手を掛け、テキパキと身体から遠くに放られる衣服。暖房が効いているのか寒くはないが、上半身に纏うモノはなくなり、半裸にさせられてから俺はそのヘビ野郎を睨んだ。
「誘っているのか?」
 俺の視線をそう捉えた奴はいい気になったのか、無骨な手を俺が弱い部分を何度も往復する。俺の意志と関係なく反応する身体が憎い。それに、これから起きるであろう行為への期待の気持ちが膨らんで来て、俺は顔が熱くなっていくのを感じ、顔を伏せた。
「気持ちいいだろう?……今日はもう逃さないからな」
 艶かしい声が耳元に響く。二股の舌が眼前をかすめるのは、これから始まる合図の代わりであるのをよく知っている。
 ソファに身を沈めている俺を置いて、キッチンへと向かう辰巳。2つのグラスに白ワインを注いで戻ってくると、片方を俺に差し出す。俺はそれを受け取ると、一気に飲み干した。
「相変わらずだな」
「……まだ酔い潰れる方がマシだけどな」
 元々お酒には弱い俺は、既に身体が熱を持っているのを感じていた。ふう、とため息を一つ吐くと、俺の身体にゆっくりとヘビの尻尾が巻き付き始める。
 既に辰巳の手に握られたグラスも空になっていて、ゆっくりと開いた口の、上顎についている2本の長く特徴的な牙から唾液が雫になって垂れる。
 こんな、捕食者と被捕食者の真似事をするようになったのは、いつからだろうと、大きく開かれた口を見ながら、答えの出ない問いを頭の中でこねくり回す。確かに、元の動物の遺伝子を多く継ぐ者は、先祖返りと言って、例えば野を駆け回る獣と大差ないような行動を見せることがある。
 しかし、それも一時的なもの。今はそういった行動を抑える医薬品や、精神的なケアを進める施設も多く存在し、この辰巳に関しては、真っ先にそういったモノを取り入れていくべき行動を見せている。
 ただ、コイツはそういった類のものを全て拒否し、俺だけを選んだ。もちろん、生涯のパートナーを見つけるのが一番の解決方法だとカウンセラーの人に聞かされたが、だからと言って食う・食われるの関係になることまでは完全に了承した訳ではなかったからこそ、酒の力を借りて、気丈に振る舞う。
「食うなら、とっととしろよ……」
「……」
 宗二の目が細められる。喜んでいる証拠だが、視界の大半をピンク色の肉壁が埋め、また喉の奥が蠕動しているのを見せつけられるのは、やはり気分がいいものではない。
 だから、少しだけ身体を捩る。そんな反応をした俺を抑えるように肩まで一口で咥えられると、なんとも表現しがたい臭いと潤滑油代わりの唾液や、内分泌液の感触が身体を覆い始めた。
 ぐにゅ、と身体を圧迫するような感覚がする。本格的に俺のことを呑み込み始めたのか、腕を動かそうとしても、左右に捻るくらいしか出来ず、そんな事をしたせいか、肉壁が少しだけ狭まり、俺の身体に密着した。
 ヌルヌルと滑り、また肉壁の動きが身体を這い回るようなものだから、当然背中や脇腹など、俺が弱い場所をなぞるわけで、口を固く結んでいるものの、喉奥からは既に甘い声が漏れ出している。
 そうしていると、既に腰まで飲まれているのか、宗二の体温が感じられるようになり、外気温との差で少しずつ"食べられている"という実感が湧いてくる。確かに人間が何かを食べるなんてのは、小さな動物に限るが、宗二を含めヘビ獣人というのは、自分の体長と同じくらいの生物をも食べれるとのことだから、驚きだ。
 足をバタつかせる事もなく、身体が大きく傾いた時、ようやく全部収まるのかとひどく安心してしまった自分がいた。もちろんすぐに考えなおしたが、トクン、と聞こえてきた心音に、心が落ち着き始める。
「っふ、ん……」
 声が漏れる。思わず口を閉ざすも、それは聞こえてしまったようで、裸足の足が温もりに包まれた時、舌が足の裏を一舐めしたせいで、同じような声をまた漏らしてしまう。
 もう後戻りは出来ない。暗闇の中で敏感になる聴覚と触覚は、余すことなく全身で肉壁の洗礼を受け、俺の気分を勝手に高揚させてゆく。ぐにゅ、と揉まれるたびに身体は大きく跳ね、ゴポ、と分泌される液体が身体に纏わりついてくるたびに、体内に収まってしまったと言う事実を際限なく突きつけられる。
「ひゃ、ぅ、 や……ひっ」
 ぐちゅ、ぐちゅ、と続く水音と、俺を奥へと送り込む蠕動は長い間続き、俺が喘ぎ声を抑えられなくなっても、まるで拷問のように続いたそれが収まったのは、声が掠れて息も絶え絶えになった頃だった。
 やわやわと動いて、落ち着いているこの空間。手を動かして、壁の感触を確かめると少しの温もりを感じつつ、ゆっくりと包まれていく感覚は、心地良さを感じる。ただ、それも少しだけ埋もれるだけで、体ごとその壁の中というわけには行かないのが残念ではある。
 そうして体内に居るという感覚を確かめていると、ちょうど酔いも回ってきたのか、瞼がひとりでに閉じていく。本来、俺の置かれている状況になったら、気絶したらそのまま消化されて栄養分になるのがオチだろう。
 だけど、次に目覚めた時、俺はベッドの上に居るのが常だ。宗二の抱きまくら代わりにされて、夜を明かしているのだ。だから、小さくお休みと言ってから瞼を閉じると、意識は既に闇の中へ溶けていった。


-辰巳side-

「……寝たか」
 俺は、今しがた丸呑みにした人間が胃袋の中で動かなくなったのを確かめ、その一言を漏らした。こうして呼び出せば何時だって俺の元に来て、俺の欲求を満たしてくれるこの人間を労うように、膨らみを数度撫でる。
 恥ずかしい事に、俺は生きていく上の3大欲求のうちの2つに悩まされている現状だ。一方を満たすのはとても簡単な話。表の、いわゆる真面目で爽やかな性格を装っている時に寄ってくる適当な奴らを取っ替え引っ替えしていけばいい話だ。
 だがもう一方は違う。こうして自ら"食事"の代わりになる為に俺の部屋を訪れるのはコイツくらいで、またこんな、裏表のある俺の性格に理解を示してくれた唯一の存在でもある。
 だからこそ、もう逃したくない。野に居る俺らの同族は、何週間も食事をせず、その代わりに一度狙った獲物は逃さず、長い期間を掛けて消化をし、また何週間も絶食すると聞いた。
 俺も、無意識の内にそう思っているのかもしれない。夏休み明けからこんな生活を続けてきたが、何時まで経っても堕ちてこない獲物は、まだまだ嬲り甲斐がありそうで、思わず舌なめずりをしていた。
 むしろ、吐き出した後に身体を綺麗にしてやってから、抱いてベッドに入った時に見せる寝顔は、思わずクラリと来てしまう。サラサラの黒髪を手櫛で梳いてやって、俺の大きな手で撫でると幸せそうな顔をするものだから、我慢が効かなくなりそうで恐ろしい。
 そんな幸せな寝顔を見せるこの人間には嫉妬と、独占欲と、我侭が入り混じったドス黒い感情を何度もぶつけたことがあるが、その度に俺の事を一生懸命理解しようとぶつかってきてくれているのは、上辺だけの奴らとはまるで違うように感じた。
「惚れた弱みか?」
 などと、独りごちる。間違いなく、本能がこの人間を欲しているのだ。容姿については謙遜や否定を繰り返すものの、眼鏡を外した時に見せる素顔はとてもかわいいもので、守りたいと、自分のモノにしたいと思わせる。
 だから、じっくり時間を掛けて、俺はこの人間を俺のものにすると密かに決意すると、襲ってくる眠気に抗うことなく、意識を落とした。


<2012/12/18 21:54 醒龍>消しゴム
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