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捕食旅館へようこそ 〜 ご主人様は肉の味 〜 − 旧・小説投稿所A
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捕食旅館へようこそ 〜 ご主人様は肉の味 〜
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ゲートを出たカイオーガとラティオスの目に飛び込んできたのは、真夏を彷彿とさせる光景だった。
燦々と降り注ぐ太陽と、それに焼かれている大勢の観光客。
「3月」という時期に縛られることなく、あろうことかほぼ全員が水着姿だった。


「うわぁ…みんな元気だね〜」

「この街は、冬場でも夏と温度がそう変わりませんからね。
観光スポット誌にも載ってましたよ」

「ふぇー….常夏の海ってことか」


ビーチパラソルが砂浜の至るところに乱れ咲き、夏にはお馴染みの海の家や、露店まで顔を揃えている。
停泊所にはクルーザーが、波打ち際でプカプカと上下しながら停められていた。


「ところでレムリアとギラティナは? さっきまで一緒に居たのに….」

「…奇遇ですね兄さん、僕も同じこと考えてました」

「どうしよっか….集合時間までまだ余裕あるね」

「先に海に入って体力使うのも御免ですし、お昼も外で食べませんか?」

ラティオスは爪をピンと立て、行列客の並んでいる海の家を指差した。
左手にメガホン、右手に「最後尾」の札を掲げた青年が、威勢のいい声で客を引き寄せている。


「焼きそばかぁ…..さんせー♪」

「さて…問題は料金ですね。せーの…」

「ジャーンケーン、ポンッ!」



・・・・・・・


結局、代金はカイオーガ持ちということで決着がついた。
その後の「どちらが買いにいくか」を賭けたジャンケンでも、結果は同じ有り様だった。



===========



「次の方、どうぞ」

15分ほど涎を啜りながら待ち続け、ようやく順番が回ってくる。
ずっと握り締めていて温まった500円玉を台に置き、カイオーガは注文しようとした。
ところが・・・



「焼きそばふたt…..ってえッ!!? ギラティナ!!?」

「あ、来てくれたのだな….いらっしゃい」


驚愕するカイオーガとは対照的に、ギラティナは眉を吊り上げるだけだった。
珍しい事にオリジンフォルムで、六本の触手を器用に操って焼きそばを作っている。
彼の得意料理が麺だということは、カイオーガも重々承知だった。


「…な、なんでここにいるの?」

「店主が助っ人を捜していたらしい。
それでたまたま近くを歩いていたら…無理矢理…」

「そうなの…!!?」

「ああ…レムリアも同じ理由だ。ほら」

視線を鉄板の上に寄せたまま、ギラティナは余っている触手でつんつんと右を指した。
その方向を目で追うと、アイスクリーム店に従事しているレムリアの姿があった。


「まあクルージングの件は伝えてあるから、集合時間までには終わらせる。
先にマスター達と合流していてくれ」


ソースを垂らし、マヨネーズを振りかけ、青のりをトッピングする。
その鮮やかな手つきに見惚れている間に、ギラティナは素早く2人分のパックを差し出してきた。


「あ、ありがと」

「….どういたしまして♪」

普段は見られない彼の接客笑顔に、カイオーガは思わず胸が高鳴るのを感じた。
素直にパックを受け取り、その場を後にしようとする。


「エターナル、忘れ物だ」

「はえっ….?」

ギラティナは爪先で500円玉を弾き飛ばし、パシッとカイオーガにキャッチさせた。
カイオーガは困惑した様子でそれを見つめ、すぐ彼と目を見合わせる。


「途中ではぐれてしまったお詫びだ。代金は私に持たせてくれ」

「えっ…ホントに? ありがとう!」

財布が膨らんだことよりも、彼の優しさと笑顔に心が躍った。
もう一度ぺこりと頭を下げ、スキップ調で屋台から離れていく。

その背中が視界から消えると、ギラティナはふうっと乾いた溜め息を放った。

「いらっしゃい、次の方どうぞ」



===============


ロンギヌスは、レッドの目の届かない廊下で吐き出してくれたリザードンに別れを告げ、ゲートをくぐって外に出た。
全身に取り付いたネトネトをタオルで拭い去りながら、地図を片手にクルーザーの停泊所を探す。

「えっと…屋台村がこっちだから….......人多いな…」

この活気に満ちた海辺も、陽が西に傾けばスッカラカンになるのだろう。
出来るだけ女性や捕食者の多いポイントを通るように心掛け、ロンギヌスは順調に停泊所に向かっていた。

ところが靴の中に砂が溜まりだした頃、数メートル前に見覚えのある後ろ姿があった。
あのスラッとした桃色の髪といい、ステンドグラスのように多色に煌めく尾といい….


「あれ…...ミロカロス、さん….?」


この距離でもはっきり区別できる美貌は、明らかに大群衆の中でも浮き出ているように思えた。

「掃き溜めに鶴(失言)ってか…...あれ?」

しかしどう見ても様子がおかしい。
困った表情を横に向け、誰かと会話を交えているように見える。
まさか従業員である彼女が、停泊所への道を忘れたとは考えにくい。

となると、残る可能性は……


「やっべ….!!」

ロンギヌスは地図を強く握り締めた。
不安に背中を押され、体育の測定時とは比較にならないスピードで駆けつける。


===============


ロンギヌスの脳裏を掠めた直感は、見事に的中していた。
ミロカロスは自分より遥かに背の低いサンドパンに、典型的なナンパを受けていた。
彼女自身も当然嫌がっているのだろうが、性格上それは顔に出さない。
何とか笑顔で離れようと四苦八苦する様子は、どこか健気にも見える。

「せやから、そんな事言わんと…..今日だけはちゃちゃ入れんといてぇな」

「いいから来いよ!! お前の為にわざわざホテルまで取ったんだ、きっちり代金はカラダで支払って貰うからな!!!」

「…えげつないやり方どすなぁ…」

もはや、ナンパの領域を越えて誘拐にまで発展しそうな状況だ。
サンドパンは鋭い爪先を光らせ、彼女との間をジリジリ詰めていく。
しかし彼が手を振り上げた刹那、背後からのロンギヌスの罵声が二匹を飛び上がらせた。


「なにやっとんじゃオマエはぁぁぁぁァァッ!!!!!」

「わっ….」
「お…お客はん…?」

困惑するミロカロスとは裏腹に、サンドパンは牙を剥いて威嚇してきた。
ロンギヌスも対抗しようと腰のボールに手を伸ばすが、明らかに彼の方が先手だった。
鋭い爪に掻き切られ、ロンギヌスの頬に血のラインが走る。

「うっ…...」

「どこの誰かは知らねぇが…..控えてろ、お前はそこで!!」

サンドパンは盛大に言い放つと、唾を吐いてロンギヌスに背中を向けた。
だが再び前を向いた彼を迎えたのは、鬼気迫る表情で、怒りに目を燃やしているミロカロスの姿だった。




「うちに何やっても構わん…とは言わんけど、お客さんへの手出しは許せへん!!」

「う…わぁっ…!!?」

サンドパンの首に緩めに噛み付き、そのままぐるぐると長い蛇体を巻きつける。
悲鳴を絞り出させていることから、かなり本気(ガチ)なのだろう。

「やえろッ….離し…せぇ…!!」

「………お断りどす」

冷徹に切り返し、ミロカロスはその外見からは想像もつかない程大きな口を開いた。
サンドパンは勿論、人間やそれ以上の生き物まで呑み込めてしまいそうだ。

そんなビッグな巨口をサンドパンの顔に近づけ、ミロカロスは不敵な笑いを見せた。


「….この旅館の敷地内で、暴君がどのように処理されるか….」

「あっ…....ぁぁぁぁ…!!!」

「…たっぷり教えてあげる」


久しく京言葉から離れたその言葉に、ロンギヌスは胸がドキッと震えるのを感じた。
やはり、ギャップが魅力を引き立てるというのは揺るぎない真実らしい。

サンドパンの頭をグワッと咥え込み、ミロカロスは彼の黄土色の尻尾を天に向かせた。
後は重力との素晴らしいチームワークで、ズルズルと肉洞の奥へ引き落としていく。


ロンギヌスは優美にも残虐にも見えるミロカロスの捕食行為を、ただぼうっと口を開けて見ていた。
こうして誰かが呑み込まれる様を、『傍観者』としてじっくり眺めるのは何年ぶりだろう。

溢れた唾液が口内から押し出され、二、三本の糸となって口元から垂れている。
時たま、サンドパンの身体を包み込んでいる、ピンク色の内壁がチラリと顔を覗かせた。
そして、ロンギヌスの待ち侘びたその時がやって来る。


ーーーーゴックン・・・ッ・・


呑み込む一瞬、彼女の目から清純さと優しさが消え、妖艶な雰囲気を漂わせた。
獲物を体内に取り入れた優越感に浸っている、立派な捕食者の目だった。

「ふぅ….良い昼食になりそうどすね…」

「えっ!? そ、そいつ消化しちゃうん…ですか?」

「…ふふ…安心しなはれ、今のは言ってみたかっただけどす。
これでも従業員ですさかい、一時間ルールは死守せんと」

「あっ…そうですか。じゃあ行きますか? そろそろ…」

「はい」

その「はい」と同じタイミングで、彼女の食道をゆっくり下っていた膨らみが、地面に隣接した辺りでゴポッと止まった。
きっとあの部分こそ彼女の胃袋なのだろう。
ロンギヌスは停泊所に到達するまでの間、ビキニのお姉さんより一段と魅力的なそこから目が離せなかった。



====================


その後、停泊所にてカイオーガ達と合流し、その数分後にはギラティナやレムリアも戻ってきた。
僅かながらもバイト料を貰ったのか、二人揃って封筒を手にしている。
これで、まだこの場に来ていないのはバビロンのみとなった。

「へへ….焼きそばホッカホカだぁ…。ギラティナありがとね♪」

「いや….別に…」

ギラティナは赤面した。
ラティオスが異常に小さな腕時計に目をやり、焦れったそうに呟く。

「それにしてもバビロンさん遅いですね…..事故でしょうか」

「「「それは無いと思う」」」

満場一致の意見だった。
例え世界が360度ひっくり返ろうとも、バビロンが事故の被害に遭うなど考えられない。
一応責任者であるロンギヌスにしてみれば、むしろ彼がトラブルを引き起こさないかどうか不安だった。


「でも確かに遅いなぁ〜…….先にいっちゃおうか」

「免許があればそうしてますよ」

「そ、それはそれで酷い話よね….」

肝心の免許(バビロン)が来なければ、無論クルーザーを出すことは出来ない。
つまりロンギヌスの、『船上でミロカロスの好感度アップ大作戦』も破綻するのだ。



「…..あんさん携帯電話もってますやろ? それ使ったらどないやす?」

「あ….そういえば…」

ミロカロスの助言にポンと手を打ち、すかさずスマホをポケットから引っ張り出す。
滅多に使わない「通話」のアイコンを叩くと、やや焦り気味に本体を耳に押しつけた。



「バ….バビロン?」

ーーーなんだマスターか。じゃあ留守だ。

「だあーっ!! ふざけてないで早く来てくれよ!!! もう十分もオーバーしてんだぞ!?」

ーーーああ….悪いがやっぱり却下だ。他を当たってもらおうか。

「はぁあああああああッ!!!?」

ーーーまあそういう訳だ、切るぞ。

「ちょ…ちょっと待った!」


このまま引き下がっては漢ではない。
それにこちらにはポテトという、彼を釣り上げるための絶好の餌があるのだ。
ロンギヌスは早速、その最終兵器をチラつかせることにした。


「ふぅ〜ん….じゃああれだなバビロン。
出来たてのポテト30パック、お前はそれを手に入れる権利を捨てるってことだな? ん?」

これは効果抜群のはず、ロンギヌスは咄嗟にそう思った。
ところが電話口を介して跳ね返ってきたのは、思いもよらぬ返事だった。



「…ああ、不要だ。
貴重な残金を失わずに済むんだから嬉しいだろう? じゃあな」

「ちょ…ちょちょちょちょっ…待った、フライドポテトだぞ!!?
P・O・T・A・T・Oだぞ!!? ホッカホカだぞ!!?」

「ああ知ってる。…私としてもこの上なく残念極まりないのだが….
ここの料理長となかなか馬が合ったもんでな、揚げたてを目の前で大量に揚げてくれたよ。それもタダで」

そういえば、口に何かを含ませたまま話しているように聴こえる。
大量のポテトが載った皿を目の前に出されては、バビロンがわざわざ動くはずがない。
ロンギヌスは顔から血の気が引いていくのを感じた。


「そ、そこを何とか….三十分! いや…二十分でもいいから!」

「食事中の携帯電話のご使用はマナー違反なんでね。切らせてもらうぞ、今度こそ」

「ちょっと待っ…」


引き止める間もなく、ツーっツーっという悲しいサウンドが鼓膜を叩いた。
ロンギヌスが憤怒の顔でスマホを砂浜に叩きつける様子を見て、カイオーガ達もその事情を察知したようだ。


「やっぱバビロンじゃ…..望み薄だったかぁ…」

「そもそも兄さんが勝手に都合したんじゃないんですか…このクルージング」

「だ、だってじゃないとする事ないじゃない…か…」

「…ミロカロスさん、何とか操縦士を旅館の方から貸していただませんか?」

「あ….すんまへん。
気持ちはよう解るんどすが、免許お持ちになっとることが前提ですけん…」

「そういうサービスは無い…ってことね…」


ミロカロスの言葉に最後の希望を失い、レムリアは手を顔にパチッと押し付けた。
急遽決まったスケジュールとはいえ、彼女もこれを楽しみたかったのだろう。

カイオーガは無計画に予約を取ったことに、ロンギヌスはミロカロスに迷惑を掛けたことにそれぞれ責任を感じ、顔を上げられなくなっていた。


「…ま、まあ…船が使えないだけじゃないか。
ただの海水浴なら誰にも頼る必要はないのではないか…?」


ギラティナの意見にカイオーガは一瞬賛成しかけたが、その手も海辺を見た途端に引っ込んだ。
・・・・他ホテルの観光客が多すぎる。
人やポケモンでビーチが埋め尽くされているこの状況では、泳ぐことは勿論、水遊びすら難しいかもしれない。



「仕方、ないな….これは…」
「どの道…僕たち海に嫌われてるのかもね…」
「…兄さんが言うと何気に説得力ありますね」


ギラティナ、カイオーガ、ラティオスは揃って旅館へ足を返そうとした。
しかし・・・・






「ああああああああぁぁぁッ!!!」

突然どこからか聞こえてくる大声。
その声の出どころを探そうと、全員がキョロキョロと首を振った。
意外にも、それを見つけだすのに3秒と掛からなかった。


「カイオーガ先輩だ!!!!」

「…え…ボク……?」

困惑するカイオーガの目の焦点は、こちらに指を向けているダークライに留まった。
ダークライは人差し指をピンと突き出したまま、猛ダッシュでカイオーガの前に駆け寄ってくる。

「いやぁ〜!!! 三ヶ月ぶりっすね!!! 会いたくて夜も寝られませんでしたよ!!」

「だ、だぁれ? 君…」

「ちょ…イヤだなー、そういうボケは酷いっすよ。
俺たち、切っても切れない仲じゃないっすか!!!」


ダークライの異様なハイテンション振りに、逆に周囲が徐々に色褪せていく。
肝心なカイオーガは未だに記憶の中を手探りしているようだが、一向に彼が誰なのか思い浮かばないらしい。

「あらら….もしや本当に忘れちゃったんっすか?」

「ご、ゴメン…」

「いや、いいんすよ。それじゃ改めて自己紹介を!!」

ダークライは胸を張り、何とも嬉しそうに自分の名前を叫んだ。

「え〜、皆さん始めまして! ジャックス=ダークライと申しますッ!」


ロンギヌスの隣を、台風のような風が一瞬にして通り過ぎる。
よく見るとカイオーガだった。ヒレを前後に限界まで振り上げながら逃走を図っている。

「センッぱぁぁーーーーい!!!!」

ダークライもその後に続き、猪突猛進の勢いでカイオーガを追う。
ロンギヌスを始め、誰もが首を傾げてその背中を見ていた。




ーーー五分後。
カイオーガはヒレを砂浜に垂らしながらヨロヨロと戻ってきた。
背中にはダークライが、コバンザメのようにぴったりと密着している。
どうやら彼の異常な追跡力と執念深さに負けを認め、大人しく捕まったらしい。


「で…カイオーガ、そいつ誰だよ。知り合い?」

「あ、いや….違うっていったら嘘になっちゃうんだけど…」

「先輩ッ、今日は本格的にヤっちゃっていいっすよ!! さあ、縛るなり犯すなりしてください!」

「ご、誤解を招くようなこと言うなぁ!!」

カイオーガは懸命に弁明しようとしたが、一同の驚愕した顔は戻らなかった。
彼の恋人であるギラティナに至っては、呼吸も忘れて硬直しきっている。
そんな彼らに追い打ちでも掛けようというのか、ダークライは今度は砂の上に大の字になって倒れた。
無防備極まりない姿勢を、カイオーガの目の前で晒す。


「センパァーイ….襲ってェ……」

なんと仰向けのまま、不気味な笑顔を浮かべて呼吸を荒げている。
これをきっかけに、その場にいた全員の頭に『M』のアルファベットが浮かんだ。
強いて言うなら、その前に『ド』も付け加えるべきかもしれない。

「ドMかよ….ってことはそういう関係か?」

「ち、違うよ!! こいつが一方的に迫ってくるだけ!!」

「ある意味、マスターが健全な青年に思えてきますね」

「おいコラ、それどういう意味d」

「…でもいいじゃないですか兄さん、遊び相手が出来て。
そういう遊び大好きじゃありませんか」

「ぼ…僕が好きなのは怖がり屋であって….これは度が過ぎるっていうか…」

カイオーガ自身、自分が重度のSであることは自覚している。
だからこそそんな自分と対極に位置する存在、つまりMには滅法弱いのだ。
理由は簡単、それでは相手が恐怖におののく様を見られない。
それが相手を脅かす醍醐味だというのに、相手が悦んでしまっては興を失うのも甚だしい。


「はふぅ…三ヶ月ぶりに味わう先輩のちょっぴり磯っぽいニオイ……いつもみたいに舐めていいッスよね?」

「舐めるなァァァッ!!」

「ちょ…ちょっと待った」

とうとうギラティナが前に進み出た。
今まで口を閉ざしていた彼だが、流石に「いつもみたいに」という言葉は聞き捨てならなかったようだ。
カイオーガと付き合っているという名目に賭けて、ここは温厚な彼といえど譲れない場所….
……の、はずだったのだが。








「先輩、誰っすかこのムカデ」

「ムカd……!!」

ダークライの何気ないその発言は、氷の矢となってギラティナを突き刺した。
ふらふらっ…と足が揺らぎ、顔に絶望感が漂いはじめる。


「ムカデど同類…..ハハ…ムカデか……ほほ…」

「ギラティナさん、落ち込んじゃいましたね」
「しかも一言で撃沈させるとはな….」
「意外に侮れないわね…あの子」


失意の海に溺れているギラティナには目もくれず、ダークライはすかさずカイオーガの背中に陣取った。
カイオーガは身を捩って振り払おうとするが、ヒルのようにしがみ付いているため微動だにしない。


「むぅ……背中には手が届かないだなんて思うなよーっ!!?」

カイオーガは歯を食いしばり、ヒレの先を自分の背に伸ばそうとしていたが、体型からして届く訳がなかった。
むしろ無駄と知りながらも抵抗するその姿が、ダークライの溺愛心を一層掻き立ててしまったようだ。

「可愛い……先輩の子供っぽい意地、マジ興奮するッス!!」

ダークライはカイオーガの肩に掴まったままで、器用にデジカメのシャッターを切りまくる。
しかしカイオーガに何度もフラッシュを浴びせることが、結果的に彼の怒りを爆発させてしまったらしい。
鬼のような形相のまま、カイオーガは舌を覗かせた。


「い……いい加減にしろォ!!」

「えっ……ギャァッ!!!」

ほぼ伸縮自在の舌先がダークライの頭部をぐるぐる巻きにし、背中から強引に引っぺがした。
その上でさらに彼を砂浜に叩き落とし、バッシャァと巨大な砂の波を立たせる。
カイオーガはフンと笑った。

「あんまり調子には乗らない方が良いと思うよ……? バラバラになりたくないんならねぇ…♪」

口元を険悪に引きつる様子は、まさにブチ切れ寸前の海の王に似つかわしいものだった。
鋭い歯を脅すようにカチカチ言わせ、またしても大の字で仰向けに倒れているダークライの前に立つ。砂浜に激突したときの衝撃を物語るかのように、彼の身体には小さな傷が無数に作られていた。


「……ま、特別に今日のところは許してあげるからさ。早く帰った方が……」

「……っと…」

「え?」

「センパァイ……も、もっと激しく…」

カイオーガは肩を落とした。鈍感なのか打たれ強いのか、ダークライは痛みに呻く様子など少しも無かった。
むしろ桃源郷に魂を置いてきたかのような顔で、鼻から鮮血を垂らしている。興奮がピークに達してしまったようだ。


「……もう、マスター早く戻ろう!!? これ以上いたら面倒だよっ!」

「えっ、あっ…ちょっと…」

ロンギヌスの手を取ると、カイオーガは旅館のゲート目掛けて進もうとした。一秒でも早くこの場から消え去りたいのが見て取れる。
しかし次の瞬間、天国から還ってきたダークライが起き上がり、二人に大声でストップを掛けた。




「ちょっと待つッス先輩!! ここで帰っちゃ駄目ッスよ!!」

「….どうしてさ」

「あの停泊所に居たってことは、先輩、クルージングする予定なんでしょ?
だったら俺も一緒に連れてってほしいッス!!」

「あ…..そのこと? 残念だけど僕ら免許持ってないから、中止したんだ」

その台詞を言い放つとき、カイオーガは妙に和やかな笑みだった。
これを理由にダークライと離別できると思ったのかもしれない。
ところがーーー


「……なーんだ。その点は心配御無用!」

カイオーガの期待をすべて裏切り、ダークライはとある物を見せびらかした。
顔写真付きの薄いプラスチック製のカード……カイオーガもロンギヌスも、これには見覚えがある。


「め…免許証?」

「そうッス。先輩が船の上でまた俺を虐めてくれるなら、喜んで操縦を務めさせていただくッス!」

幸か不幸か、ダークライがはクルーザー免許の立派な取得者だった。
ロンギヌスは知った途端にダークライの手を取り、目を輝かせながらコクンと頷く。
言うまでもなく、承知しました、の意味だった。

「ハッハッハ、お任せくださいダークライさん。カイオーガには俺がちゃんと言って聞かせますので。
ちなみに私、彼の主人のロンギヌスと申しますので、以後宜しく」

「おお! 助かるッス!」

「コラァァっ!!! マスター、まさか寝返る気!?」

カイオーガが吼えたが、ロンギヌスは無視してラティオスを手招きした。
何の用です? と疑問符を浮かべる彼の耳に、ロンギヌスはそっと何かを耳打ちした。


「本気ですか? 後々どうなっても知りませんからね」

「いいから頼む。お前だってレムリアと一緒にクルージング楽しみたいだろ〜?」

「……仕方ないですね…」

ラティオスは指の関節をパキパキと鳴らし、面倒臭そうに前に進み出る。
それを受けて危険を感じたのか、カイオーガは戦闘の体勢を構えた。

「ラ、ラティオスでも手加減しないよ。
ボクだってクルージングしたいけど、そいつと一緒だなんて……!!!」

「まぁまぁ兄さん、そう言わずに」

ラティオスの動きは俊敏だった。
一瞬にしてカイオーガの背後にまで回り込み、棘のように鋭い爪を光らせる。
そして次の瞬間、聴くも恐ろしいほどのカイオーガの断末魔が、辺りに盛大に響き渡った。


「そ、そこダメっ……ひゃ、あひぃひゃひゃヒャヒャハハハ!!!」

「ほらほら、そんな無防備に脇なんか晒してるようじゃ……パターン入ってしまいますよ?」

「なひっ……アッヒャァァフハヒハハフヘヘヘ!!!」

笑い声を抑えきれず、カイオーガは拳で地を殴った。
ラティオスの指先は彼の急所を的確に捉え、これでもかと言わんばかりにくすぐった。

「よしッ、加勢するぞラティオス!!」

地を殴りながら笑い転げるカイオーガに、ロンギヌスもラティオスも容赦はなかった。
クルージングを果たすという目的のために、彼のみずみずしい肌をくすぐり続ける。
見たところ、脇の下やお腹、尾ひれも意外と弱いらしい。

また、笑い声を上げているのは彼だけではなかった。ダークライはくすぐりの刑を執行するロンギヌス達の合間から顔を出し、カイオーガのアヘ顔を克明にカメラに収めていた。シャッターを切る度に、彼の口から涎が垂れる。

「へへへへ……これで今夜は食が進んじゃうッスねぇ…ブフフ…」

「僕はオカズじゃなk…ひゃぅぁハハハハハ!!! やめっ、エヘゥハハハヒハハフヘアァァァ!!!」


結局カイオーガは反撃することが出来ないまま、脱力感に満ちた顔で仰向けに横たわる。
ロンギヌスはラティオスとの共同作戦によって、見事に彼の口から「わかった」の言葉を引き出したのだ。
ダークライの表情筋がさらに歪み、不気味にすら思える笑顔を形づくった。

「……へへ…先輩、一緒に楽しみましょうね」

「うう……」





<2012/03/16 20:07 ロンギヌス>消しゴム
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