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【保】いない − 旧・小説投稿所A
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【保】いない

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大きな岩が段々とつみあがり、小さな滝を作っています。
わずかな滝壷はシャワーズがようやく泳げるか、といったものでありましたが、
そこから連なる流れは穏やかな淵となって、緩やかに流れています。

そこは、この森の中を流れる川で、彼女が一番好きなところでありました。
日の光と川が交互にきらめきあっていて、
川のせせらぎと風のそよぎが響き渡って、
時間がゆったりと流れているような気持ちになります。
森の奥の方であり、もしかしたら秘境と呼んで差し支えないのかもしれません。
もしかしたら、知っているのはオーダイルとシャワーズの、二人だけかもしれません。

シャワーズは岩の上でぐぐーっと伸びをして、ちょこんと腰を降ろしました。
午前の太陽は優しく彼女に微笑みかけます。
ほのかに温かな岩が気持ちよく、そっと腹這いに伏せました。
お腹の奥の方からじんわりと熱を帯びていきます。
耳をそばだてれば、木の葉のこすれる音がどこか遠くで聞こえました。

そっと彼女は目を閉じました。
最初は、より深く辺りの音に浸るためでしたが、
心地よい空間で、次第にシャワーズはまどろみに落ちて行きます。


   *   *   *


そして、彼女は異臭に目を覚ましました。
物が腐るような臭いがどこかからか漂ってきます。

しまった。逃げなきゃ。

どんなに人が立ち入らない領域であるといっても、さすがに気を抜きすぎた。
彼女は自分を恨みました。
そしてそのときにはもう遅く、
川べりから紫色のヘドロが這い上がってきます。


それは、うずたかくつもった、立派なベトベトンでした。


ベトベトンはシャワーズを見て、にやりと口で弧を描き、
じわじわと跡を残して迫ってきます。


   *   *   *


いくら彼女がシャワーズに進化したと言っても、
バトルが苦手な事は大して変わりありません。
ただ昔と違うのは、昔より少し逃げ足が遅くなったこと。
そして、相手の虚を突いたり、隙を作り出して逃げたりする、ごまかしがきくようになったこと。

いくら川から上がってきたといっても、相手は所詮ベトベトン。
泳ぎに関しては圧倒的に分があるはずです。
せっかくの川辺です。地の利を生かさない道理がありません。
見る限りそこまで俊敏な動作はできなさそうなベトベトンです、走って逃げてもいいのですが、
逃げる背中にヘドロこうげきやダストシュートを当てられてしまえば、
大きなダメージを受けてしまうでしょう。
その間に追いつかれないとも限りません。
ここはやはり川へ逃げるのが得策かと思われました。

そうなると問題は、自分と川の間にヤツがいることです。
なんとかしてベトベトンの横をすりぬけ、川へ突入する。
彼女にはひとつの策がありました。

(……”とける”だ!)

シャワーズの特徴のひとつとして、体の細胞のつくりが水分子に似ている、というものがあります。
それを利用して、身体を水とそっくりの液状にすること、”とける”ことが彼女には出来ました。
突然目の前の獲物が”とけ”はじめれば、確実に相手は動揺し隙が生まれるでしょう。
ひとたび”とけれ”ば、これが思ったより目立ちづらくなります。
川まで辿り着くのも楽になるはず。川に入ってしまえば水と見分けがつきません。
さらに、”とけ”てしまえば相手の物理攻撃を受け流す事も出来ます。
相手はベトベトン、得意とする攻撃は物理攻撃のはずです。

まずは、”とける”。
”とけ”きる前に、ふいうちやかげうちをされるかもしれないので、それには用心する。
そして、相手の攻撃を受け流しながら川へと向かい、
そのまま、川の流れに従って逃げる。

(これで、大丈夫なはず……!)




じりじりとベトベトンが迫ってきます。

シャワーズは”とけ”はじめます。

突然どろりと融解しはじめたシャワーズを見て、ベトベトンは大きく目を見開きました。

そうしているうちに、彼女は全身すみずみまで”とけ”きりました。

(これで、逃げれる!)

それから、ベトベトンは何かうめき声を発して。

にやり。

「え、」

「ええええ、」

「えええええええええええええええええええ」







「嘘だろおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」








彼女が見たのは、押し寄せる紫色の濁流。
もはやそこに、うずたかくつもったヘドロの姿はありません。
粘性を失ったヘドロが、波と化して彼女に襲い掛かったのです。


ベトベトンがとった行動は、”とける”。













紫の波が、小さな水溜りを攫って、流れていきました。







<2011/12/16 21:52 ホシナギ>消しゴム
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