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バベルの塔 − 旧・小説投稿所A

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バベルの塔
− 刻 −
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目の前を舞っていた桜が、吸い込まれるようにして地に落ちる。もっと踊っていてほしかったのに。
絶対的な運命に逆らえないその様は、まるでルギア達の未来を投影するかのようだった。

「・・・・・」

リーグの裏側にある小さな公園。10メートル間隔で桜の木が並び、花びらの雨が降る一本道を築いている。強い風が押し寄せる度に、満開の木々がサァァァッと鳴いた。

しかし今、そこは堪えがたい沈黙に包まれていた。
ルギアとゼクロムが、ガンを宣告された患者のように青ざめた顔で俯いている。もっとも、実際はガン以上に避けられない病なのだが。


「ル、ルギアお前……」

「分かっている、言うな!!」

死が先に忍び寄ったのはルギアだった。純白の綺麗な砂が、ぶら下がった翼の先端からサラサラと落ちる。
これはルギアの細胞が変化したもので、枯れた肉体の成れの果てだった。
時間に比例してその量は多くなっていき、やがては全身が砂に還るだろう。
勿論、これは当初から分かっていた自体であり、打つ手はない。
カメラメモリの効果が一週間であることを、ルギア達は復活したその日に知らされていた。
それでも、手をこまねいて死を待つしか選択肢は無い。
既にギラティナが、冥界で自分たちが来るのを待っているだろう。

ルギアは白砂まみれの手を顔の前に持ってきた。小刻みに震えている様子が目に映る。
心臓も、胸に触れなくても鼓動が感じられるほどに肋骨を叩いていた。

覚悟は決めていた筈なのにーーー恐怖が波となって押し寄せる。


「な、なぁルギア……俺、今からでも遅くないと思…」

「断る。勝手に行け」

「ま、まだ何も言ってないだろ!!」

言われなくとも予想はついた。カイオーガに会いに行こう、に決まっている。
ゼクロムにしてみれば、最期の最期、一瞬でも彼と顔を合わせておきたいのだろう。
ルギアも同意見だった。本心では全員で最後の談笑をした後、笑顔で「さよなら」を言いたい。

しかし誇り高い自分のプライドが、それを阻もうと立ちはだかっていた。
第三者からすれば、バカバカしいと思われるかもしれない。
しかしそれでも、向こうが頭を下げるまでは、彼と顔と向かって話すつもりは無かった。
共に血を流したこともある親友だからこそ、馴れ合いのような有耶無耶な最後にはしたくない。
お互い、言いたいことを洗いざらい吐き出し合って終わりたいのだ。
それが彼としての理論であり、決して曲げることの出来ない信条だった。


「…二言は無い。お前がどう思うかは知らないが、私はあいつを甘えさせる気はないぞ」

「で、でもよルギア……あいつだってきっと罪悪感に苛まれてるはずだろ…?」

「自分に非があったと、認めるだけなら誰でも出来る。問題はそれを口にできるかどうかだ。それが出来ない、恥ずかしい、気が進まないというのなら……」








「所詮、私たちの絆はその程度ということだ」

「・・・・・」

ゼクロムに言い返す余地は残されていなかった。
押し黙り、自分の手の甲を見つめる。いつの間にか、ルギア同様白い砂にまみれていた。



「まあ、もしあいつが自分の我が儘を詫びた上、頭を下げるというなら話は別だが」

ーーーーズッーー!!

ルギアが言った直後、聞き覚えのある嗚咽が二匹の耳に飛び込んできた。
一瞬の出来事とはいえ、彼らの生まれもった聴力は伊達ではない。
声の出どころは間違いなく、彼らの背後にある巨大な桜の木。その裏側だろうとルギアは推察した。


「……おい、ルギア…」

「(分かっている)」

蚊のような声で囁いたゼクロムに、ルギアはテレパシーで即答した。
彼は翼の先端をピンと立たせ、口の前に持っていく。喋るな、という合図だった。

ゼクロムは顔をしかめると、あまり得意としないテレパシーを打ち返した。


「(な、何でだよ。あいつ、ちゃんと来てくれたんだぞ? もう意地張る必要なんて……)」



カイオーガは十中八九、背後にある巨木の裏に息を潜めている。
大方、自然に登場できるタイミングを探していたのだろう。
しかし自分の存在を二人に知られた今、その貴重な瞬間はもう二度と訪れない。

一瞬にして、辺りは気まずいオーラに包み込まれた。
きっとカイオーガ自身も、既にバレたことに気付いているに違いない。
ーーー息をするのにも気を使う沈黙だった。


「(駄目だ。あいつはまだ、私達と顔を合わせようとはしていない。
その可能性を、こっちから奪ってどうする)」

「(でも、もう俺たち……)」

肉体の限界が近かった。降りそそぐ桜に紛れ、全身から白い砂が舞い上がっていく。
ルギアの右翼、ゼクロムの尻尾に至っては、もう既に掻き消えようとしていた。


「(…それでも待て。あいつが自分で決心するのを)」

無論、ベッドを抜けて出てきてくれたのはルギアも嬉しかった。
だがここでカイオーガにこちらから声を掛けては、今まで堪えてきた意味が無い。
彼自身が、彼自身の勇気と意思で動かなければならないのだ。
それが現実となることを願い、二人はそっと目を閉じる。消え去る準備も整えておきたかった。








・・・・・・・







「(無理、か……)」


カイオーガ独特の気配を漂わせながら、彼は一向に姿を見せなかった。
既に5分も経過している。ルギア達にとっては、人生で最も祈り続けた5分だったろう。
しかし、その願いが叶う様子は無い。
気まずい空気の上を、やがて絶望感が漂うようになった。


「ルギア…………」

「(これがあいつの決断なら仕方ない。行くぞ)」

期待を裏切られたというのに、彼の目は妙に澄んでいた。こうなることを薄々勘付いていたのかもしれない。

しかしルギアがそう呟いた刹那、背後で砂利を踏む音がした。
ゼクロムが振り向くと、ちょうどカイオーガが桜の木の陰から出てくるところだった。
声をわなわなと震わせ、明らかに呼吸の度に息を呑んでいる。



「カイオーガ……」

「・・・・・」

ルギアは無言を貫いていた。何の用だ、と嫌味を飛ばすこともなかった。
一方ゼクロムは目のやり場を失い、結局、カイオーガのヒレの幾何学模様を見つめる。
その視線に気付いたのか、カイオーガはそっと顔を上げた。弱々しい笑みだった。


「……二人とも。最後の最後まで迷惑かけて、ごめんなさい!!」

カイオーガは頭を土に押し付け、大声で言い放った。
木の裏に潜み、何度も練習した台詞だった。


「ボク、友達やめたくない。住んでる世界が違っても、君たちとは…!!」

「……もういい。行け」

ルギアが遮るように呟いた。口元が綻んでいた。


「い、行けって……?」

「言いたいことは良く分かった。
だが、お前が会うべき相手はもう一人いるだろう。時間がない」

「で、でも…まだ……」

「あいつは三本向こうの木に隠れてる。お前が行ってやらずにどうするんだ?」

「え、うん……」

ルギアの発言に困惑するカイオーガだったが、ゼクロムの頷きに背中を押され、急ぎ足でジュカインの元へ向かう。
彼にしてみれば、まさに後ろ髪を引かれる思いだったに違いない。

「……カイオーガ!!!」

しかし、行け、と命令したルギア自身が最後に彼を呼び止めた。
それを待っていたかのようにカイオーガは急停止する。彼もゼクロムも、息を呑んで二の句を待った。


「……機会があったらでいい!! もし、イルミア島に行くことがあれば…その……」

ルギアは魚のように口をパクパクさせ、懸命に言葉を引き出そうとした。
最後の願いを託すのに、友に頭を下げるのと同じぐらいの勇気が必要だった。


「私の息子に…会ってやってくれ」

カイオーガは目を見開いて驚愕し、ゼクロムに一瞬目を配った。
実は、彼の息子はまだ彼が死んだことを知らされていない。
バイオリック社が、獲物を狩りにいく彼を不意打ちのようにして捕らえたからだ。


「……家内は病弱だった。息子が言葉を話し出す前に死んでしまったよ。
だからあいつはまだ……1人で今も…」

大物を連れて帰ってくれる父親を、目を期待に輝かせて待っているのか。
それとも記憶に薄い父親のことなど忘れ、一匹狼のルギアとして生きているのだろうか。
それすらも分からないもどかしさが、彼の頬に熱い涙を伝わせる。


「伝えてくれ…。私はもう、この世には居ないと」

「……いいの?」

「叶わないと分かりきっている希望を、いつまでも持たせ続ける訳にはいかない。
それよりも……私の死を乗り越えて生きてほしい」

それは同時に、カイオーガにも宛てた言葉だった。
5年前に倒れた自分のことなど、きっぱり捨て去って欲しかった。


「うん、伝えておくね!!」

カイオーガはそう言うと、ジュカインのうずくまっている木を目指して駆けていった。
桜吹雪の中を突き進んでいく青い背中を、ルギアは虚ろな目で眺めていた。






「おいおい、これだけでいいのか? 他にもまだ言いたい事あったんだろ」

「…べ、別に構わん。それに、あのジュカインと話す時間も与えないなど、愚の骨頂だ」

「なぁ〜ルギア」

「ん?」

「生前、俺らって一緒に旅に出ただろ?
バイオリックに殺される日まで、365日ずっと同じ空気吸ってたよな」

「……それがどうした」

「ガキみたいな感想だけど……それ、よく考えればスゴいことだよな。
生まれた場所も違う、血も繋がっていない。なのに、いつも隣に居たんだぞ?」

「・・・・・」

これほど"スゴい"という形容詞が似合う事柄が他にあるだろうか。
努力や強運ではない。ただ単純に、神がもたらしてくれた『奇跡』だった。




「……なんだ。これからはそうじゃない、とでも言いたいのか?」

「ヘヘッ……別に」

二人は翼の先を丸め、ドンとお互いの拳を突く。
直後、彼らの頭は砂の塊となって崩れ落ち、地を真っ白に染めた。







<2012/03/04 21:09 ロンギヌス>消しゴム
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