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【保】ヨーギラス×●●●● − 旧・小説投稿所A
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【保】ヨーギラス×●●●●

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 その日も俺は、地獄の真っ只中にいた。


ドスッ ガッ バキッ

「……やめ……ろ」


 四方から襲ってくる激しい衝撃と痛みに耐えながら、その一言を絞り出した。
だけど奴らは、その言葉を鼻で笑って聞き流した。

 同じ群れのヨーギラス4匹が、俺1匹を満足行くまで殴ったり蹴ったりする。
こんなことが毎日のように、大人の目につかない場所で平然と行われている。
尤も、既に俺があちこちに傷を作っていることに、誰も気付かないはずがない。見て見ぬフリをしているだけだろう。

 群れて生活していると、異質な奴を仲間外れにする嫌いがあるのは、結局大人も子供も一緒だ。
俺は正にその被害者だった。

 俺が他の皆と違うことは二つあった。
一つは、生まれつき瞳の色が白いこと。他の奴らは赤い。
そして二つ目は、両親が居ないことだ。俺の父親と母親は、ある日出掛けたきり忽然と姿を消した。

 最初は――両親の居た頃は、ここまで非道い仕打ちは受けていなかった。
父さんが群れの長だったので、瞳の色のことでからかわれようと、まだ限度というものがあった。
からかわれたと言いつければ、父さんがそいつらを叱ってくれた。

 だけど、両親が消えて他の大人が長を代わりにやることになってからは、虐めが一気に激しさを増した。
訳もなく気持ち悪いだの死ねだのと罵られ、目のことや両親のことで散々からかわれ、挙げ句の果てにはこの暴力三昧だ。
元々血の気の多い種族だから、この手のことが始まると段々酷くなっていく。

 虐められる俺に遠くから同情の目を寄せる奴は居ても、手を差し伸べてくれる奴なんかいやしない。
たまに注意をする大人も居なくはないけど、勿論奴らが反省するわけもなく、大人もそれ以上はあまり言わない。
他人の子にそこまで構っていられないようだ。

 そしてその後、注意された憂さ晴らしとして、奴らから更に辛い仕打ちを受けなきゃならない。





 やがて、暴力が止む。蹲って攻撃を防いでいた俺は、ふっと地面に倒れ伏した。


「おい、起きろ!」


 うつ伏せになっていたところを、角を掴まれ、無理やり頭を持ち上げられる。


「なぁ、群の皆はさ、お前の親はもう死んだんじゃねぇかって言うじゃんか」


 虐めっ子の一人が意味ありげに耳元で囁いてくる。聞きたくもないけど、ぼんやりと耳に入ってきてしまう。


「でも喜べ。俺はな、2人とも生きてるんじゃないかと思うんだ」


 妙にわざとらしい話し方で、何が言いたいのかよく分からない。
オチを知っているのか、他のヨーギラスたちが口に手を押し当てて、笑いを堪えているのが見える。

 そしてその虐めっ子は、遂に言った。

「――お前みたいな気味の悪い奴なんか見捨てて、今頃どっかで幸せに暮らしてんだよ!!」


 その瞬間、俺の頭が真っ白になったのとは裏腹に、周りではドッと大笑いが起こった。
腹を抱えて、声を張り上げて、少しの遠慮もなく。皆笑い転げている。

――何がそんなに面白い?

 今まで押し殺してきた感情が、沸々と込み上げてきて、このときばかりは爆発した。
カアッと顔が熱くなると、視界がじんわり滲んで目から大粒の涙が零れる。
体中の痛みも忘れて、拳を虐めっ子に向けて振り上げた。


グシャッ

 でもその拳が届くことはなかった。他の奴が上から俺の手を思い切り踏みつけたからだ。


「ぎゃああああぁぁ!!」


 激痛に叫ぶ。左手で痛む右手を押さえると、ガラ空きになった腹に今度は渾身の蹴りが食い込んだ。
腹から背中へ突き抜けるようなその痛みに、息をすることさえままならなかった。
喉からは掠れた息が漏れ、息を吸おうにも胸や腹が猛烈に痛むので奥に入っていかない。

 体のあちこちで同時に起こる痛みをどうすることもできず、のた打ち回る俺を、皆が指差し笑っていた。


「これ以上やるとこいつマジで死にそうだから、そろそろやめようぜ」

「そうだなー」


 痛みに悶える俺を放っておいて、奴らはぞろぞろと何処かへ行ってしまった。

 そして奴らが去った途端、また別の声が聞こえだした。


「痛そー。ホント大丈夫かな、あの子」

「流石は野蛮な連中だ。やることがえげつないな」

「あー、面白かった」

「将来は泣く子も黙るバンギラスだってのに、あんな扱いかよ。不憫だなww」


 あちこちから声がした。よく見ると、茂みの陰や木の枝の上、草むらの中にちらほらと、野次馬たちの姿が見えた。
確認できるだけでも、結構な数が集まっていた。

 こいつらは俺が暴力を受ける様を、声を潜めて見物していたって言うのか。
その証拠に、どの話し声も愉快そうで、俺を本気で心配するような様子は微塵も感じ取れなかった。
所詮は興味本位で、暇潰しにやってきただけらしい。

 息苦しさも限界近くに至ったところで、やっと呼吸ができるようになってきた。
今まで吸えてなかった分、たっぷりと吸い込んだ。沢山沢山吸い込んだ。

 その様子を見て、また野次馬どもがコソコソ話し始める。ああ、鬱陶しい。
そう思いながら地面にへたり込んでいると、その中の誰かの言葉が、不意に耳に飛び込んできた。


「あんなことされて、よく毎日生きてられるね。生きてて何が楽しいんだろう。僕なら絶対無理だ」


 俺に聞こえるように言ったのか。そう疑いたくなるほど、その言葉がはっきりと耳に届いた。
ギクリとした俺は、声の出所を探すこともせず、そのまま何も聞かなかったかのように伏していた。
話し声を遮るようにして、少し大袈裟に喘いだ。





 暫くすると野次馬どもも飽きたらしく、気付けば誰の声もしなかった。
どれほどの間伏していたのか分からないけど、いつの間にか西の空に夕日が半分沈んでいる。

 嫌に冷たい地面から徐に体を起こす。引いてはきたものの、やっぱりまだあちこちがズキズキ痛む。
腹を蹴られた所為か、何となく吐き気もする。陰鬱な気分を背負ったまま、フラフラと立ち上がる。
足も色々やられたので、体の重さを支えるにはちょっと辛い。

 その時、乾いた風が吹き付けた。冬が近いこともあって、ひんやりとしている。
その風が周りの木の葉を揺らすと、カサカサと音が鳴った。色付いた葉っぱが夕陽に照らされながら揺れる様子は、とても綺麗だ。
でも、気に障った。木の葉のざわつきが、何となく野次馬どもの話し声と似ていた。
嘲笑われているようで、腹が立った。


『生きてて何が楽しいんだろう』


 さっきの言葉が思い出される。あの蔑むような口調も、耳の奥に焼き付いて離れない。


「何も楽しくねぇよ」


 思わず口に出して呟いた。両親が居なくなってからというもの、ろくなことがなかった。
さっきみたいな虐めはいつものことだし、群れの大人は少しも面倒を見てくれないし、
両親の居ない寂しさに独りで耐えた夜も数え切れない。

 現状に抗おうとしたって、俺には力もなければ、守ってくれる誰かもいない。
この先もずっとこんな状態が続くかと思うと、嫌になる。

 本当に、何で今日まで生きてたんだろう。あの野次馬に言われて初めて考えた。

 苦しみに耐えれば、いつかは両親が帰ってきてくれる――そんなことを俺は心の何処かで期待しているのか。

 そうだとして、俺はいつまで待てばいいんだろうか。

 果たしてその日は、今の苦しみに耐えてまで待つ意味があるんだろうか。

 やっぱり父さんも母さんも、俺を捨てて何処かに行ってしまったんだろうか。


 ――このまま生きてて、何か意味があるんだろうか。


 色々な疑問が次々頭に浮かんできた。それらが頭の中でぐるぐると渦巻きだして、不安やもどかしさに襲われて、叫び出したいような衝動に駆られる。
頭が熱くなってきて、クラクラする。痛い。おかしくなりそうだ。

 頭を抱えて悩みに悩んだ末に、突然自分の中でプツンと何かが切れた。
それと一緒に頭の痛みが消え、視界がパッと開けた気がした。


 そうか。

 こんなに苦しいなら、いっそ死んでしまえばいい。


 これから一生受け続ける痛みや苦しみの多さを考えたら、死ぬ一瞬の苦しみなんて大したことないはずだ。
何もしなければ勝手に命は続いていくんだから、それを自分で断ってやろう。簡単なことだ。

 そう考えた俺は、住処とは別の方向へとゆっくりと歩き出した。





 辺りはとっぷり暮れてしまった。見知らぬ場所を歩いていて、俺が居なくなったことに群れの奴らが気付いていないかとふと考えた。
それはないな、とすぐさま否定する。俺のことを気に掛ける奴なんて、あの群れにはいない。

 あの群れに、俺の居場所はない。


 少しして、休憩がてら地べたに座り込んだ。肌寒さを感じながら、俺は最後の夕食とった。
歩きながら適当に拾った木の実を食べた。冬に備えて殆どの木の実は採り尽くされていて、やっと見つけたものはどれも小さかった。
だから、口の中で転がして長く味わった。

 これでは腹が満たされないので、いくらか土を食べた。
一応、生まれたばかりの時は土を食べて過ごす種族なので、土でもまあ生き長らえることはできる。
ただ、土なんてツンと臭うし、決して旨いものじゃない。正直なところ、最後の飯としては極力避けたかった。

 でも仕方がない。食べ物を群れの大人に乞うたところで、きっと相手にされないだろうし、
自分で狩りをしようにも、やり方が全く分からない。
それに、木の実や土ばかり食べていた所為で、体つきが他のヨーギラスよりも大分弱々しいから、
とてもじゃないけど自分で狩りをするのは無理だった。

 本当、最後くらい何か恵まれたっていいのにな。

 自嘲しながら、残しておいた最後の木の実を放り込んで、粗末な飯を食べ終えた。
口の周りの木の実の汁や土を拭って、のっそり立ち上がる。


――さて、どうしようか。


 こうして群れを出てきたものの、死に方については全く考えがなかった。
とりあえず、人目に付かない場所で死にたいな。
情けない死に様を他のポケモンに見られて、同情されたり笑われたりするのは絶対に嫌だ。
死んでまでそんな惨めな思いをしたくない。

 何処かひっそりとした場所で、誰にも知られずに――。些細なその願いを胸に、俺はひたすら死に場所を探し歩いた。
でも簡単には見つからなかった。意外な場所にもポケモンの住処はあるもので、どいつもこいつも俺の願いを邪魔しやがる。

 気付くと、もはや自分のやってきた方向すら忘れてしまい、住処へ戻ろうにも戻れなくなってしまった。
昼間のこともあって疲れ果てていた俺は、気力を振り絞って最期の場所を探し続けた。


 すると、ある洞窟を見つけた。森の外れにあるその洞窟は、近くの木が何本もすっぽり収まるほどの、大きな口をぽっかり開いている。
その奥には闇が広がっていて、夜の外の暗さなんて到底及ばなかった。随分と長く続いているらしい。

 入り口に立ってみると、その闇に引きずり込まれそうな感じがした。まるで別世界。不気味な場所だった。

 寒気を覚えたけれど、俺にはこの洞窟がとても魅力的に映った。ここなら、誰も寄り付かないだろう。
それに、洞窟の方が俺のことを歓迎してくれている気さえした。俺は既に気が狂っているのかもしれない。

 俺は思わず洞窟の中へと足を踏み入れた。



<2011/06/21 22:34 ROM-Liza>消しゴム
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