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【保】竜と絆の章2 涙と共に掴んだ居場所 − 旧・小説投稿所A
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【保】竜と絆の章2 涙と共に掴んだ居場所

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夜の時間が終わり、うっすらと空が白み始める頃。
ガイル家、一番の早起きが目を覚ました。

「カモ〜〜」 

可愛い欠伸をしながら布団から這い出したのはカモネギだった。
寝起きで少し眠そうな顔をしているが、仰け(のっけ)に枕元に置いてある長ネギを手に取る。
束の間、手に持つ長ネギを見つめて……勢いよく振り下ろした。

「カモッ!」

かけ声と共に、予備動作すら見えない鋭い一閃が虚空を走り、
床に当たる寸前で制止する。
振り下ろした姿勢でピクリとも動かず、普段の陽気な笑顔からは、
考えつかないぐらい引き締まっていた。

「…………」

無言で姿勢を崩し、長ネギを握り直して力一杯伸びをした。

「……ん〜!」

気持ちよさそうな声がカモネギの口から漏れ、
クルリと長ネギを手の平で縦回転させ……一言。

「カモ〜 さぁ、今日も頑張らなくちゃ」

いつもと同じ、陽気な笑顔を浮かべて、カモネギは今日も元気だった、

彼の朝一番の仕事は目覚まし係。
眠っているみんなの部屋を回り順番に回り、目を覚まさせていく。
回る順番も合理的で、一番目は……

「カモッ! カメール〜朝だよ!」
「カメ〜 カモネギ…いつも早すぎだよぉ〜」

のっそりと眠そうな目で起き出したカメールだが、
すでにカモネギの姿はない、他のみんなを起こしに行ったのだ。
カメールは背伸びをして、自慢の尻尾の手入れを簡単にすると……

ガイル家の第二の目覚ましが出陣した。
手際よく手分けして皆の部屋を回り、次第にガイル家に活気が帯びてくる。
最後に起こすのはガイルで……

『ギリギリ寝かせてあげたい』と言う、二匹のささやかな心配りだった。

ちなみに偶には何をされても起きない。
手強い相手もいたりするが……
自業自得として、朝飯抜きになることがガイル家の恒例だったりする。

幸い該当する相手は、昨日から外に出かけたまま帰っていないようで、
今日は誰も、二匹の手を煩わせることなかった。
つつがなく、皆を起こし終え……残りは最後の部屋で、
一緒に居るはずのガイルとヘルカイトだけになっていた。
昨日、ガイルの指示で退室してから、二匹とも一度も様子を覗く機会が無くて、
自然と部屋に向かう足が速くなる。

廊下が交差している場所で、お互いに合流すると一緒になって歩きだした。

「カメ……カモネギ…… 竜さん大丈夫だったかな?」
「カモ。 マスターがついているんだから、大丈夫だよ。」

心配そうなカメールに対して、カモネギはやたらと自信ありげに相づちを打つ。
よほどガイルのことを信用しているのだろう。
内心では、最近疲れ気味のガイルの体調を心配していたが、
ヘルカイトについては絶対に大丈夫だと思っていた。

「カメ……うん。 そうだね」

カモネギの言葉でカメールも安心したようで、ようやく笑顔になった。
その辺りで、ヘルカイトの部屋が二匹の視界に入り……

二匹はいつもと違う違和感に同時に気が付く。

「カメ? あれ……?」
「カモ? 戸が開いている……」

いつもはキチンと閉まっているはずの戸が、開いているのが目に入ったのだ。
揃って不思議そうに呟くと、顔を見合わせる。
お互いに不安そうな相手の顔が目に入った。
普段と違うと言う事が、二匹の心に不安をよんでしまったのだ。

駆け足でガイルの部屋に近づき中を覗き込と、二匹の目が驚愕に見開かれる。
部屋の中で見つけたのは……床に倒れ伏したガイルの姿だった。

「カモ!」
「カメ!」

同時に叫び、弾かれたように飛び出し、ガイルに駆け寄った。
最悪の状況が二匹の頭の中をよぎる。


『「マスター!」』

同時にガイルの身体に触れた手に、ビチャリと粘液質な液体が付着する。
かまわず身体を揺さぶり、容態を観察すると……
肌は白くなっていて、呼吸は落ち着いているが、問題は体温だった。

ヘルカイトの体液でずぶ濡れになっていた上に、戸が開いていたのだ。
夜通し冷たい空気にさらされ、身体は冷え切っていて当然である。

「カメ! カメ! マスターが、マスターが!」

カメールは激しく取り乱し、ガイルの身体を必死に揺り動かす。
それに対して……カモネギは、自分でも驚くほど冷静に状況を把握していた。

(カモ……マスター身体が冷え切ってる……)

このままでは不味いとカモネギは悟る。
冷静な頭は速やかに答えを出し、もっと暖かい場所を移動させるために頭を巡らせた。

まっさきに思いついた場所はガイルの自室だった。
思いついたなり、カモネギは見た目からは信じられない怪力で、ガイルを抱き上げる。
続けてカメールに指示を飛ばした。

「カモッ! カメール、お湯と着替えをマスターの部屋に運んできて!」
「カ、カメ! 分かった!」

カモネギの声に即座に反応して、カメールは部屋から飛び出していく。
それを見届けずに、カモネギも即座に動き出した。
ガイルの身体に負担をかけないように、揺らさないよう心がけ、
出来るだけ急いで運び始める。

ガイルの身体は、カモネギの自分の身体の倍以上、体重は比べものにはならない。
しかし、それを支えるカモネギの腕力は、さすがポケモンと言ったところだが……
この体格差はさすがに無理があったようだ。
一分少々経った時点で手が震え、汗が噴き出し始めていた。

今のカモネギには、普段……数十秒で駆け抜けられる距離が、果てしなく遠い。
しかし、カモネギは歩く速度を緩めることはしなかった。

さらに一分半ほどかけて、カモネギが部屋に到着したときには、
すでにカメールは全ての準備を終えていた。
この短時間で準備を終えたと言うことは、こっちも色々と無茶をしたのだろう。
カモネギと同じように、カメールの肩は激しく上下し、酷く呼吸が荒れていた。

だが、二匹はお互いの目を見つめ合い、頷くとすぐに作業に取りかかる。

そこからの二匹の連携は完璧で、瞬く間にガイルの身体は綺麗に洗われ、
着替えさせられたかと思うと、直ぐさまベットの中に入れられて布団を掛けられてしまった。

やるべき事を終え、二匹はガイルの様子を心配そうに見つめる。

「カモ……マスター、早く良くなって……」
「カメ……カモネギ、そろそろ時間が……」

カメールの言葉にカモネギが、壁に掛けられた時計に目をやった。
時計の針は、早くも7時を回っていた。
普段ならとっくに家事で、忙しく走り回っている時刻。

(このまま、ガイルの看病をしていたい)

二匹は同時にそう思っていたが、それは出来なかった。
自分たちの仕事は、ガイルに信頼されて任されたモノだったから……
断腸の思いで、お互いに時間が空いたときに隙間を塗って、
様子を見ることで妥協し、二匹は部屋を後にした。



     *   *   *



時間は過ぎ、二匹の仕事が一段落したときには、
日が山の陰に隠れ始め、空が夕日で赤く染まっていた。

疲れ果てて、二匹は仲良く背中合わせになって、床の上に座り込んでいる。

「カモ〜 ようやく終わった……」
「カメ〜 終わったね……後はマスターが目を覚ましたら……」

カメールが目をやった先には、ガイルのために料理したであろう……
病人食が乗ったトレイが置かれていた。
ただの病人食と侮る無かれ、見た目や漂ってくる匂いは、
作った本人達の食欲をそそるほどのモノだった。


キュルルルル


「カ、カメッ!」

可愛い音がカメールのお腹から聞こえてきた。
真っ赤になったカメールは、慌てて料理から目を背ける。

カモネギも手をお腹に当て、淡々とした口調で呟いた。

「カモ…… そう言えば僕達もご飯食べるの忘れてたね……」
「カ、カメ…… カモネギそれ以上言わないで……もっとお腹が減っちゃう……」

そう言いながらも、カメールの目は再び料理に向いていてしまう。
同じようにカモネギも料理に目を向けてしまった。


しばし沈黙が辺りを支配する。


最初に沈黙に耐えられなくなったのは……カモネギ。、
立ち上がると、ちょっと震える声でカメールに話しかけた。

「カモ…… か、カメール……さっさとマスターのところに行こうか?」
「カメ…… そ、そうだね……このままだと、大変だし……」

何が大変なのかは、あえて何も言わない。
続けてカメールも立ち上がると、トレイを持ち上げる。
容赦なく襲いかかる香りに、二匹の喉が同時にゴクリと鳴った。

その後、思わず手をつけたくなる誘惑に、耐える苦難の末……
何とかガイルのいる部屋へと、二匹はたどり着いたのだった。


ただ……ガイルは未だ目覚めていなかった。


少しションボリとした様子で、カメールはトレイをテーブルに置く。
その後、ベットに歩いていくと、カモネギの隣に並んで声をかける。

「カメ……カモネギ……マスターは……?」
「カモ……まだ、ダメみたい。 
 体温も戻って呼吸もちゃんとしているから、寝ているだけだと思うけど……」

事実その通りだった。
冷え込んで、青白かったガイルの顔には、すでに赤身がさしていて、
いつ起きてもおかしくないぐらいに回復しているように見える。

勿論、二匹はそれを期待しているのだが……
いくら待っても、ガイルが目を覚ますことはなかった。

込み上げる思いに襲われ、カメールの目にじわりと涙が浮かぶ。

「カメッ! マスターが目を覚まさないよ……カモネギ……」
「カモ……カメール泣かないで、何か僕まで……」

涙につられたのか、カモネギの目にも少しずつ涙が浮かんでくる。
言葉に焦燥感が表れ始めた時……
まるで計ったかのようなタイミングで、ガイルの目がうっすらと開いた。

「うっ……うぅん……はぁれ……?
 カモさん……カメさん……どうしてこほに……?」

まったく呂律が回らない口調で、
ガイルは自分を見つめるカモネギとカメールを話しかけた。

だが、その声に答えは返らず……
変わりに二匹の目からは、先とは真逆の涙が浮かびあがると、
口から涙声の歓声が飛び出してきた。

「カメ! マスター!」
「カモ! マスター!」
「おわっ い、一体どうしたんだ……?」

目を覚ましたガイルに思わず抱きつく二匹。
抱きつかれた当人は、何が何だかよく分かってはいなかったが……

理由を察するぐらいのことは出来た。
だから、ガイルも二匹を抱きしめ……声をかける。

「……心配かけてゴメンな……」

涙を止めどなく流す二匹は、さらに泣きじゃくり、
ガイルは黙って、ひたすら二匹の背中を優しく撫でていくのだった。



     *   *   *



「そうだ! ヘルカイトは何処に行った!」

二匹が泣きやみ、ようやく一段落した後……
ようやくガイルの脳裏に昨日のやり取りの記憶がよみがえり、
慌てて部屋を見渡す……が、ヘルカイトの姿は見つからなかった。

(ヘルカイト……お前、本当に……)

気分が落ち込んでガイルの頭が、自然と項垂れる。
だが、すぐにハッと顔が上がり、一抹の期待を胸にカモネギに問いかけるのだが……

明らかにガイルの表情がおかしかった。
冷や汗を浮かべ、目は泳ぎ……
問いかけながら浮かべている笑みも、何処か引きつって見えている。

勿論、カモネギにも心当たりはない。

「カモ…? 竜さん……そう言えば見てない。カメール……知ってる?」
「カメ? 僕が知るわけ無いよ。ずっとカモネギと一緒だったし……」

同じように疑問符を浮かべる二匹。

「ヘルカイト……一体何処に……」

一抹の期待すら潰え、ガイルは再び項垂れてしまった。

多分……心の底ではガイルは分かっていたのだろう。
けれど、それを否定するためにこんな……逃避に走っていたのだ。

両手両膝をつき、落ち込むガイルの脳裏に、昨日の夜の出来事が鮮明によみがえる。
まるで走馬燈のように、ヘルカイトとのやり取りが頭の中を駆けめぐり……
最後に『ガイル……ご免なさい……』と、呟いたヘルカイトの声を思い出した。

(……情けないねぇ……僕って……)

ガイルの手が強く握りしめられる。
手だけではない、全身に力が込められプルプルと身体が震えだしていた。

一番底まで落ちたら、後は登るだけなのだ。
このまま落ち込んだままでいるのは、ガイルの趣味ではない。

(このままだと……僕らしくない!)

心を奮起させ、ようやくガイルの顔が前を向き、同時に出来た決意を言葉に変えた。

「ヘルカイト……一人になったらダメだ。
 待ってろよ……絶対、探し出してやるからな!」

引き留めることが出来なかった自分のことが許せない。
それ以上に、一月も一緒にいて……あんな目をさせてしまったことが許せなかった。
ガイルは執念めいた決意を胸に立ち上がると、部屋から飛び出していく。
一拍遅れてカモネギとカメールは、慌ててガイルを追いかけた。

「か、カモ! マスター、起きたばかりで無茶したら!」
「か、カメ〜! 待って〜! 」

しかし、その叫びも無駄なようで、まったく聞こえた様子は無い。
カモネギ達が玄関から飛び出したときには、ガイルの姿は何処にもなかった。
途方に暮れる二匹……



その様子をこっそりと屋根の影から伺う小さな姿が一つ。



ジッとしたままカモネギ達が、何処かへ行ってしまうのを彼は息を殺し待つ。
自身の体の色が影に同化し、それを助けた。

暫くして、カモネギ達の気配が消え……
彼はようやくその姿を現した。

(うぅ……僕を捜してる……)

大きな騒ぎになり、狼狽える彼……そう……ヘルカイトだった。

家を出たまでは良かったのだが。
今を捨て去るには……ガイル達と長い時間を過ごしすぎたのだ。
結局、彼にはこの家を出て行くことは出来なかった。
だからといって、戻ることは出来ない。
なるべくガイル達の近くで……そして、簡単には見つからないところを探し。
見つけたのが、屋根裏だった。
小さくなれば足音に気づかれることも、そうそう無い。

久しぶりの一人きりで夜を過ごし、起きたらこの騒ぎだった。
内心、ヘルカイトは嬉しかった。
それだけ、みんなと家族として認められていた証だったから。

(あれ……ガイルは……何処?)

いつの間にか、ガイルの気配を見失っていた。
ヘルカイトは首を傾げ、空に飛び上がる。
遙か上空で、目を細め周囲を伺い……
高い視力を持つ彼の目は、すぐにガイルを見つけ出した。

「ガイル……あんな所まで……」

ヘルカイトの目尻に涙が浮かんだ。
呟くと同時に、ヘルカイトは翼を羽ばたかせた。
勿論、ガイルの後を追いかけるために。

青い空に浮かぶ、黒い身体は高速で空を駆け抜け、
瞬く間に距離を詰め……追いついた。

ガイルに気が付かれないように高度を落とす。
百数十メートルほど先に、ガイルを視界に入れた時点で宙で制止する。
これだけ離れていても、声はしっかりとヘルカイトに届いてきた。

「はぁはぁ……ヘルカイトっ! 何処に……何処にいるんだ!」

どれだけ走り回ったのだろう……激しく息を切らしており、
何度叫んだのだろう……叫ぶ声も掠れていた。

それでも、ガイルは動くことを叫ぶことを止めない。
あらかたこの辺りを調べ尽くすと、一度ガックリと手を膝に付く。

「……はぁはぁ……ここには、いない……? 
 なら……次ぎだっ!」

丁度、二呼吸すると顔を上げ、すぐに走り出した。
別の心当たりを探しに行ったのだろう……
ヘルカイトもすぐにそのあとを追い、翼を羽ばたかせる。

(あんなに僕のことを……僕はどうしたらっ!)

まだ、ガイルの前に姿を現す決心は付かない。
怖い……怖かった。

今、自分が出て行ったらガイルはどうするのだろうか……
怒られるのなら、未だ良かった。
それだけのことをしたのだから……

だが、もし本当に嫌われたら?
ヘルカイト自身、そんなことはあり得ないとは分かっていた。
もしそうなら、こんなに自分を血眼になって探すはずが無いのだから……
けれども、不安が拭えない。
どうしても、もしかしたらと思ってしまうのだ。

思わずヘルカイトは笑ってしまった。
自虐的に……

「はは……僕……こんなに自分勝手……」

思えば、自分は常に誰かを求めていた。
一人はイヤ……一人はイヤだった。

ヘルカイトの……彼の一番嫌いなモノ……『孤独』

そんな自分がよくもあの時……
家を出ると言えたモノだと、自分に呆れ笑ってしまったのだ。
改めて自分を見つめ直し……ヘルカイトは決心する。

自分の処遇を完全にガイルに任せると……
どんなことになろうと、それを受け入れると……

だが、今は未だダメだっだ。
そう……ここではダメだったのだ。

「ガイル……」

小さく名を呟くと、ヘルカイトは力強く翼を羽ばたかせる。
次ぎにガイルが向かうところ……そこで告げるつもりだった。

そこは……

『お人好し』と『寂しがり屋』が出会った場所。


……最初に彼らが、出会った場所だった。



     *   *   *



「はぁ……はぁ……うぁ……」

目的地を目前に……ガイルはその場に崩れ落ちた。
膝をつき、両の手で大地に手をつき身体を支え、いつまでも荒い息を吐き出す。
顔色も目に分かるぐらい悪い。

青かった空は、いつしか赤みを持ち……時は夕暮れを指している。
己の限界を無視して、走り続けたのだから当然の結果だった。
だが……それでもガイルは立ち上がる。

「はぁ……はぁ……探さないと……」

おぼつかない足取りで道を歩く。
フラフラと揺れる身体は今にも倒れてしまいそうだ。

それでも彼が体を動かす理由は……

(絶対に……ヘルカイトを連れ戻す……)

最初から変わらず、折れない、諦めること出来ない信念があった。
もし、ヘルカイトが強い意志を持って自ら家を出て、巣立って行ったのなら、
ガイルも探したりはしなかっただろう。
だが、見てしまった。覚えていた。
ヘルカイトのあの寂しさに揺れている……
一人はイヤだと訴えかける……あの目を。

最初……ヘルカイトを家族に迎え入れようと思ったとき、半分は同情だった。
寂しいという呟きを聞き、その寂しさを少しでも紛らわせるならと声をかけた。
そして、警戒しながらも此方を見る目を見て……
目に宿る、深い寂しさを宿す光を見て、ガイルは決意したのだ。

『この寂しさを消してあげないと』……そう思った。

そのためにやって来た事をガイルは振り返る。

帰路の旅の時は……一緒に遊んだり、今までの旅の話をしたり。
家に帰ってからは、積極的に皆に関わらせたりと、常に寂しさを感じさせないようにした。
自分からカモネギ達と仕事をし出したときは、ガイルはとても喜んだ。

おかげで、寂しさの光は薄れてきていたのだから。
なのに今のヘルカイトは、昔に戻ってしまったのだ。

それを止めることが出来なかったのは、何よりも自分のせい……
だから、ガイルは歩く。
ヘルカイトの目から寂しさという光を消すために。



    *   *   *



ガイルは、その場所にたどり着いたとき。
ほんの一月前なのに、とても懐かしい気がした。

感じる気温の高さ……
大小の石が転がる道……

「……はぁ……はぁ」

周囲を見渡しても、あの時からまったく変わっていない景色。
その中から目的のモノを探し続け……

「ヘルカイト……そんな……ここにも居ないのか……?」

明らかな落胆の声。
今まで押さえ込んでいた疲労が、全身から吹きだす。
ガイルはついに膝を折り……その場に座り込んでしまった。

ここが最後の心当たりだったのだ。
もう、ガイルにはヘルカイトが何処に行ったのか見当も付かない。
疲れ切った声がポツリ…ポツリと口から漏れていく。

「みんなも俺も……ずっと探してるんだぞ」

後ろに仰向けに倒れ込むと、小石や大粒の砂が背中に食い込むが、
暫く経つ元気が、ガイルにはもう残ってはいなかった。
あわない焦点で見つめる夜空には、星々が光っている。

「ヘルカイト……何処に行ったんだよ……」
「……ここだよ」
「……っ!」

声が返ってきた瞬間、ガイルは飛び起き……ようとして、身体に痛みが走る。
眉間にしわを寄せながら、ヨロヨロと立ち上がった。

「ぐぅ……」
「ガイル……ごめん僕のせいで……」
「……ヘルカイト……何処に……?」

暗闇の中から聞こえてくる声に耳を傾け、ガイルは必死に目をこらす。
しかし、ヘルカイトの鱗は漆黒。
何処までも黒いその鱗は、たやすく闇と同化する。
ガイルには、その姿を見つけることは出来なかった。

「何処だ……何処にいるんだヘルカイト!」
「僕は……ここだよ」


じゃりっ


歩く音が響いた。
足音は最初はゆっくりと小さく、次第に早く大きくなり。
ガイルは音のする方へ目を向ける。

「ガイル……僕は……ここだよ!」
「ヘルカイト!」

すぐ目の前の暗闇の中から、黒い固まりが飛び出す。
大きな泣き声と共に飛びついてきたヘルカイトに、ガイルは簡単に押し倒された。


ドサッ


打ち付けた背中に激しい痛みが走るが、意地で無視する変わりに……
胸の中で泣きじゃくるヘルカイトを、ガイルは抱きしめる。
負けじとヘルカイトも、さらに強く抱きしめた。
丸一日ぶりに感じるガイルの体温が、ヘルカイトには随分久しぶりに感じた。
この暖かさの前にして、どうしても涙が止まらない。

(ずっと……ずっと一緒にいたい!)

今まで考えていた決意や覚悟は、何処かへ置き去りになり。
ヘルカイトは何度も同じ事を叫んだ。

「ご免なさい……ご免なさいっ!」」

やっぱり離れたくなかった。
何を言われても、突き放されても一緒にいたい。

(だから……嫌わないで……僕を嫌わないでっ!)

止まらない心のままに、ヘルカイトは何度でも謝った。
こぼれ落ち続ける涙はガイルの服をグシャグシャにしてしまう。


さわっ


「んっ……あっ」

孤独に怯え、震える小さな竜の首に暖かな手が添えられ……
夜に響き渡っていた泣き声が止まった。
温かな手は、何度も優しく首を撫でて、怯えた心を暖かく慰めた。

「うぅ……ひっく……」
「ヘルカイト……良いんだ……もう泣かないで……」
「……僕……一緒にいても……いい……?」
「もう……だまって何処かに行くなよ……」
「……うん。」

短くかわされた会話。
だからこそ……お互いの言葉はそれぞれ心に強く残る。

「ヘルカイト……ゆっくり休んでねぇ……」

いつの間に眠ってしまったヘルカイトを凍えさせないよう、
ガイルはしっかりと抱き留める。
気持ちよさそうに寝息を立てる身体は、次第に小さく縮み、スッポリと暖かな腕に包まれた。

静かなった夜。
ガイルはゆっくりと立ち上がる。
腕の中には小さなヘルカイトが、子供のように抱かれていた。

「さぁ。 みんなが待ってる……帰ろう。」

ゆっくりとガイルは歩き出す。
そして……すぐに歩くのを止めた。

何故なら……

「カモー! マスタ〜何処〜!」
「カメ! カモネギ、こっちで良いの!?」
「カモ! 僕の棒倒しは絶対だから大丈夫!」
「カ、カメ!? 棒倒しで決めたの!?」

とっても聞き覚えのある声にガイルは思わずにやけてしまった。
そして、声を出す。

「お〜い! カモさん、カメさん! こっちだよ〜!」

こうして、一日だけの寂しがり屋の家出は終わりを告げたのだった。



<2011/06/14 21:47 F>消しゴム
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