粘液の溜まる場所、その中に何かが浮かんでいるのが見えた。
光を反射して輝くそれは、カード?
『何だこれ…?』
カードに書かれている文字は胃液のせいでぼやけていたが、《竜獣研究会》の文字だけは読み取る事が出来た。
《…その空間は独り占めしたいであろう?、先ほどまで居た獲物には下に行ってもらった、そこでも消化は出来るから、な》
俺はそれ以上の事を聞く気にはならなかった、生きたまま下へと流されるのは御免である。
《貴様はなかなか美味くて気に入ったからな、これから先、永い時間をかけてじっくりと我が糧にしてやろう…》
その声が響き渡ると、黒竜はうずくまったのだろうか、ゆったりとした振動が伝わり、胃壁が俺を優しく包み込んでしまう。
軽く突っ張ってみたが、ぐにゅぐにゅとした胃壁に手足が沈み込んでしまい、押し返す事はおろか、逆に自ら束縛されてしまうような物だ。
俺は抵抗を諦めた、粘液が身体中に絡みつき、俺を取り込んでしまうかのように、むにゅっと前後から胃壁に挟み込まれてしまう。
ギュゥ…グジュ…
俺の顔までも胃壁に沈み込んで、気道が塞がれてしまう、俺は苦しむが、手足は動かせない。
息も出来ない。
何も出来ないまま俺は次第に微睡みの中へと…意識を手放した。
《…貴様は後でちゃんと蘇生してやる…》
黒竜は久しぶりに複数の人間を喰えて嬉しそうだった。
柔らかい腹を片手で、中の獲物を眠らせるかのように優しく撫で回す。
《腹は満たされた…しばらくは心地良く眠れそうだ…》
そう、独り言のように喋ると、ゆっくりと瞳を閉じて眠りについた…
獲物はそう簡単には溶かされない、黒竜が自分の意思で胃液の消化能力を極限まで落としているからだ。
腹の中の獲物は、これからどれだけの間、黒竜の体内で生き続けるのだろうか?
飢え死にする心配は無い。
黒竜が咀嚼した食べ物を喰えばいい。
とろりとした唾液も混ざり、丁度良いぐらいに砕かれた野菜や肉を、これから食い続けるのだ。
うずくまり、心地良さそうに眠る黒竜の前には、散々舐め回され、ぐちょぐちょになった衣類と、それに絡みつくようにして形見のブレスレットが落ちていた。
《end》
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