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一目惚れ

 同時刻。ところは変わって森の中にそびえる小高い山の中腹付近。曲がりくねった崖道を一匹の怪獣が重そうな足取りで下っていた。
「ううっ、もうダメ……だ……」
 バタッ!
 ビーズのような目、頬まで裂けた大きな口、丸みを帯びた頭と体、親指の爪だけが残る退化しかけの手、一本の丸い爪が生えた大きな足、太くて長い尻尾、お腹の黄色い三日月模様と膝の黄色いリング模様。弱々しい呻き声と共に倒れ伏したのは、桃色の柔らかな肌をした山椒魚のポケモン――ベロリンガだった。転倒した拍子に、ロール状に巻いて仕舞っていた肉厚の長い舌が口から飛び出し、絨毯のようにクルクルと地面に敷かれる。
 どういう訳か、長らく食事にありつけていないらしい。あばら骨が浮き出るほど痩せ細り、頬はこけ、尻尾は委縮して皺だらけになっていることから察するに、かなり重篤な状態にあるようだった。そんな彼に警鐘を鳴らすかのごとく――
 グゥゥゥゥ……。
 今日で何度目になるか分からない腹鳴が辺りに響き渡る。彼が目を回したのは言うまでもなかった。
「はっ、腹ペコで力が出ない……。早く……食べる物を見つけないと……」
 頭では分かっていても体が動かなかった。身動き一つできないまま横たわり続けるベロリンガ。時間だけが無情に過ぎていく。
 このまま死んでしまうのだろうか。そんな弱気な考えが頭をよぎった次の瞬間――濃厚な甘い花の香りが彼の鼻をくすぐる。
「んっ? これは……香水の匂い……? 近くに誰かいる……!?」
 麓の獣道からだった。瞬時に突き止めた彼は、残る気力を振り絞って立ち上がり、落っこちてしまわぬよう細心の注意を払いながら崖下を覗き込む。
「あぁっ……!」
 思わず間抜けな声を出してしまう彼だったが、幸いにして相手の耳に届くことはなかった。豊満すぎる体のエーフィは悠々と獣道を進んでいく。
「ごっ、ご馳走だぁ……!」
 一目惚れだった。虫ポケモンは勿論のこと、獣ポケモンも大好物である彼の口から大量の涎が溢れ出す。栄養満点の肥満体ということも相まって興奮が止まらなかった。頬は紅潮し、鼻息は荒くなっていく。
「こうしちゃいられない! 先回りして待ち伏せるぞ!」
 言い終わる頃には走り出していた。お腹を唾液でベトベトにした彼は、口の中に舌を仕舞うのも忘れて、全速力で崖道を駆け下りていったのだった。
24/08/11 07:10更新 / こまいぬ

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