「では、行って参ります」
私は肉親に声をかけ、お辞儀する。
仕事に家事に。今では手のあいていない両親に代わって
十里も離れた城下町に届け物を配達する事になっている。
無論、乗り物など存在しない。
すべて……十里を徒歩で向かうのだ。
あくまで十里は直線距離の為、実質距離はさらに長い。
一日では圧倒的に時が足りない。
その為に配達物を含め、寝具や食料を詰め込んだ荷物を背負っている。
母はレンガを基にし、その上に木材で加工された調理場で家事等を行い
父は仕事で近場の鉱山に出勤していた。
私も歳をとった。とは言え、まだ存分に若人だ。
’行ってらっしゃい’
そう、母が笑顔を返す。
他人……両親から信頼され、依頼を請ける事がこんなにも嬉しいとは思わなかった。
この……頼られている、と言う感覚。
心から沸き上がる嬉しさを表に出さない様に務めた。
今日まで、両親には世話を看てもらい、面倒もかけた。
体も心もしっかりと育っていくにつれ、恩返しの出来ない自分に悔しさを覚えた。
苦しい生活の中で、どうにか両親に楽をさせてやりたい。
ずっと、ずっと心に秘めていた感情。
ようやく、ここで実らせる事が出来るようだった。
自宅の玄関を潜り、村の入口門。
木を麻の紐で縛り上げたものを何枚も連ねて、対になる様に地に埋められた元木に
括り付ける型の門。
分かり易く言えば、西洋劇の酒場の門を長方形にしたものか。
私は背負った荷物を再度背負い直し、門を押し開いた。
草は刈り取られ、大型の石や岩の取り除かれており
整備された道。幾人も通る筈のこの道に足跡は一つとしてない。
時折、吹き荒れる風が無数の足跡を攫っていくのだ。
その風は今も感じられる。
村から空気は一変する。
村のような仄かな空気から、膨大そして、寛大な自然の息吹を感じさせる逞しい空気。
自宅とも、住み慣れた地域とも違う生命に溢れた清々しい空気。
草の青々しい匂い。土の豊かな匂い。
それだけで、私たちは小さな存在だと感じさせられる。
雲一つない晴天のキャンパスに、今日も光の母が目一杯に昇っている。
「ん〜っ、気持ちいい♪」
数分、歩を進めた所で私は背面で腕を組み、伸びをした。
ゆっくりと外気を取り込み、体内の空気を吐き出した。
鮮度に溢れた自然の空気。雑味もなく透明度も高い。
決して食物ではないが、この’空気’は食物と言っても過言ではなかった。
適度に癒され体がリラックスし、歩を進める気力となる。
まだ時は十分にあった。
しかし、私は機械ではないのだ。
疲労し、体調を崩し、空腹にも襲われる。
ずっと同じ速度、調子で歩く事は出来ない。
だからこそ、この装備なのだ。
空腹時には食事を摂取し、あまりに疲労が酷いものであれば休息を必要とする。
この調子であれば、夜の帳が降り視界不安に陥る前には九里程は進めそうだ。
「さて、頑張らなきゃ……」
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