私は赤ずきん。
今日は母との約束で祖母に贈り物を届ける事になっている。
届けた後は……帰らなくても良い。
そう、私は死ぬ事になっているから……
私の頭を覆う頭巾は赤い布なんかではない。
じっとりと繊維の奥まで、執拗に染み込んだ血液。
私を養ってくれている母からの狂気なまでの暴力。
体には無数の痣、骨折、血豆。
心が維持できる寸前まで、痛めつけられた証。
健全だった精神も次第に、薄っぺらくなるまで摩耗し
晴天な大空も見上げる気力も思いも浮かばない。
届け物は、殺意が籠ったかの様に確かな重みを感じる。
歩を進める度に痛む両足、体。
ついこないだ受けた暴力により、骨折しているようで
歩けない程にまで、激しく痛む。
鋭利な痛みは、自然に顔を顰めさせ
目尻に熱い雫を生じさせる程。
遂には、歩を止め……その場に挫けてしまう。
虚ろな瞳で地面、ただ一点を見つめ歩んでいた。
今、辺りを見渡せば樹海の中。
今更、何を後悔するのか。
迷い果てても、神隠しされようとも
生きていても何もない、この世の中。
我慢に我慢を重ねても報われない
不公平なこの世界。
捕われた鎖から、解き放たれるには
’死 ’しか……ない。
この樹海には狼が出るようだった。
ただ、死ぬのも何処か空しいと感じる時もあった。
誰にも看取られず、何も感じず’無’に還る。
それは……悲しいのかもしれない。
それなら、狼に殺されよう。
そうすれば私は無駄にはならない。
狼の体内に取り込まれ、魂も狼と共に成る。
狼の糧になろう。
噂は本体を呼び寄せるとか。
まるで、その時を窺っていたかの様に樹海の深み
木々が光を遮り、暗闇の隙間から狼が姿を現した。
しかし最初、視界に捉える事は出来ず
樹海に立ち込める白気、僅かに感じられる生気。
暗闇に線光を引く、黄昏がそこにはあった。
それは狼であっても
新緑の暗殺者と、特別な呼称を抱く。
最も、危険性が高く
周辺の狩人も大量に殺られている。
その体毛は確実かつ巧妙に溶け込み、視覚的に存在を消され
感覚的な存在に気付いた時には、もう……
しかし、新緑から殺気は感じられない。
ようやく目が新緑に慣れ、全貌が明らかになる。
完全に樹海に溶け込める様な新緑の体毛。
瞳は深みのある黄昏、見据えられると
どこか心を削がれそうだ。
その魔眼は双眸ではなかった。
方眸は猟師が加えたのかどうかは定かではないが
二本の切創が斜めに走っていた。
眼として機能が失われているのは明瞭だった。
黄昏の魔眼は私を舐める様に見据え、
口角を大きく緩ませた。
普通の人間なら、既に殺されているか
それとも、存在に気付いた時点で
確実に腰を砕いているだろう。
戦慄、畏怖。ありとあらゆる恐怖の感情を剥き出しにし
命乞いでも口走るだろう。
生憎、私は生に執着していない。
寧ろ今ここで、命を散らしてくれるなら
それこそ歓迎だ。
ふと、天が闇な事に気付いた。
俯いた視線を上に戻せば、狼。
光量の少ないこの樹海でも明瞭に確認できた。
唾液で滑る口腔。獲物を待ち侘びる紫の舌。
元々、抵抗する気もないが
抵抗すらする事も出来ずに、そのまま口腔に収められてしまう。
案外、粘性の低いさらさらな唾液。
しかし、生臭さと獣らしさは存分に感じられる。
ずぶっ、と柔らかく沈み包み込む舌。
樹海の外気とは一変する、生暖かく蒸し暑さを感じられる空間。
それらが折り重なって、漸くー
喰わ
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