ボクは砂羽 白怜(すなは びゃくれい)。
性別は♀。種族は兎獣人とでも言えば分かると思う。
長い耳は後ろに垂れて、背中でぶらぶら。
研究担当のモンスター資料を挟んだカルテを両手で抱える。
体の丈に合わせた小さい白衣を身に纏い
純白の体を透明の仕切り ーガードウォールー に映り込んだ
碧の瞳が見つめ返す。
「砂羽君、ちょっといいかな」
「あ、はい」
ボクの担当は2F−B区。
その区の区間長がボクを引き止める。
「”ソル”に部屋を移動するかもしれないと伝えてくれるかな?」
「分かりました。伝えておきます」
ボクは研究モンスターと研究所内で唯一、会話する事が出来た。
両親を殺したモンスターと会話できてしまうのは悔しいけど
この能力があるからこそ、ボクはここで必要とされている。
やっぱり、必要とされるのは嬉しい。
それだけで存在が肯定される。
安心感が湧いて、居心地がいい。
「引き止めて悪かったね」
「いえ。では、失礼します」
カルテを抱えたままで区間長に挨拶を交わし、その場を後にする。
実を言えば、モンスターと会話するのは何もいい事ばかりではない。
確かに、こちらの旨をあらかじめ伝えておけばモンスターへのストレスが
軽減できる事もあれば、モンスター側の要望を叶えられる事も可能だ。
しかし、人間がモンスターを憎むように、
モンスターもまた、人間を憎んでいる場合がある。
その際の怒りの矛先はボクに向く事が屡々(しばしば)。
肝を冷やしたときはガードウォールに向けて
体当たりや魔法を放ってきた事もある。
「”ソル”かぁ……久しぶりな気がする……」
No.WT-2b437 コードネーム ”ソル”。
研究所内でも巨躯を誇る狼型のモンスター。
ボクの担当区間の中では最も危険性が高い。
丁度……いや、いつも抱きしめるカルテには彼の情報を挟んでいる。
生体情報、戦闘能力等ー
事細かに隅々まで記されている。
人間を喰らう事も。
でも、”ソル”とは比較的仲がいい。
何て考えてると、すぐ着いた。
「ソル〜、いる?」
ガードウォールで隔てた先の世界ー
砂漠を彷彿させるその世界は
視界を遮るものすらない。
こちらから観察、調査しやすく
あちらからも容易に研究員の姿を捉えることが出来る。
「雌ウサギか、相変わらずそそられる体だな」
「笑顔で恐い事言わないでください」
ソルの表情は邪悪に満ちた笑みを貼り付け
言葉にも一切の躊躇いはない。
ボクは取り敢えず深くは触れず、軽く流す。
彼は残虐の一言で研究所内で知られている。
食事を運こぼうと部屋に踏み入った研究員を容赦なく喰い殺した事もある。
それも……何度も。
「えっとね。伝言があってね……」
「伝言? あの糞人間野郎からか……」
酸化した血のような黒ずんだ紅の体毛。
それらに劣らぬ一対の蒼玉が不機嫌に歪む。
「ひょっとしたら場所が変わる事になるかも……だって」
「んあ?……またか、面倒なことしやがんな……」
無数の牙を覗かせ、喉から唸りが漏れた。
それらの鋭牙は幾人もの獲物を手にかけた
無慈悲の紅牙に染め上げられていた。
四脚に携えられた鋭爪も土や埃で汚れるなか
しっかりと残虐の証を刻んでいた。
「ごめんね、ソル。迷惑かけちゃって」
「あぁ、そうだな、面倒な事しやがって……」
ボクは何故か肩を落とし、悄気て俯いた。
ただ、伝言を伝えただけなのに。
本当はこんな迷惑やストレスを与えたくなかったのに。
モンスターだって好きで研究されている訳じゃない。
時には研究員に牙を剥きたくもなるだろう。
モンスターだって立派な一つの命。
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